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『例えばこんな夢物語 』
シュライン・エマ0086




「はいはい。女の子がそんなうるさく叫ばない」
 アクラ=ジンク ホワイトは手にしている本に向かい、鼻で笑って開いた片手で耳を塞ぐ。
 アクラが手にしていた本には、すらすらと自然に文字が刻まれ、実際はなんともないのだが、まるで怒っているかのようにゆらゆら揺れているような幻覚さえ見える。
 そんな中開かれた扉。アクラの顔がぱっと輝いた。
「ああコール。丁度いいところに」
「どうかしたの?」
 突然名を呼ばれきょとんと瞳を瞬かせたコールは、入ってきた入り口でそのまま立ち尽くす。
「ちょっと物語を書いて欲しいんだ。えっとね……

 登場人物の一人は、アリス・ペンデルトン
 物語の舞台はお菓子の国
 勿論ハッピーエンドで

その他の登場人物とかは誰でもいいからさ」
 それを聞いて、コールはうーんと考えるように視線を空に泳がせる。
「うん。いいよ」
「あ、アリスの詳細な性格はこれを読めば分かるから」
 そう言ってアクラがコールに手渡した本は、前半はもう終わった過去が、後半は真っ白なままだった。
「そうだなぁ……

 実はこの国には、知られていない場所があって、そこには意思を持ったお菓子の人形たちが、人に復讐しようとしてるんだ。
 その理由は食べてくれないから。
 人形ってちょっと食べにくいよね。
 そんなお菓子の人形たちと、和解をするためにアリスは送り出されるんだ。それで仲間はね、

 別腹四次元な幻影使い、シュライン・エマ
 ファンシー召喚師、ティディ・ウォレス
 範囲攻撃魔法限定の魔術師、シルフェ
 護りに特化した戦士、アレスディア・ヴォルフリート
 魔術師もどきな学者、シェアラウィーセ・オーキッド

こんなところかな」
「誰でもいいって言ったけど……」
 本当に大丈夫かな?
 アクラはニコニコ笑顔でそう宣言したコールに、つい苦笑を浮かべてしまう。
 けれど、
(まぁ、どうにかなるよね)
 と、深くは考えなかった。




☆★☆




 その頃お菓子の国では、アリス・ペンデルトンはアクラがよこすであろう助っ人を待っていた。
「まったく、あやつ……レディの言う事は何でも聞くのでは無かったのか」
 魔法の腕も未熟。淑女としての身だしなみも足りていないのに、自分が立派なレディだと信じているのか………
 アリスは自分の後ろに広がる、生まれただけで世に出る事のなかったお菓子たちの墓場を振り返る。
 その瞬間―――
「な、なんぢゃ!?」
 突然訪れる浮遊感。頭から軽く飛び上がった帽子を押さえ、驚きに瞳を瞬かせ辺りを見回す。
 アリスの知りもしない場面が地面から空へと伸びていく。
 まるで、この場所を上書きするかのように。
「あやつ! 一体何を!!?」
 大量のシャボンがアリスを襲う。
 思わず両手で顔を覆った。
「アリスちゃん、何してるの?」
 声をかけられゆっくりと顔を覆っていた腕を解く。
 墓場の前に立っていたはずなのに、気がつけば知りもしない街道になっていた。
(ここはどこぢゃぁあああ!!!)
 アリスは頭を抱えパクパクと口を開く。
「どうされたのかしらアリス様」
「やはり辛い旅路に疲れが溜まっていたのだろう」
 ばっと振り返れば、やっぱり知りもしない女性が二人、アリスに心配そうな眼差しを向けている。
 困惑するアリスの前に、とっとと少女が進み出て、両手を差し出してにこっと笑った。
「元気を出してくださいませ☆」
 ポン♪ と言う音と共に、少女の両手に召喚される熊のぬいぐるみ。
 アリスはやっぱり状況が把握できず、その場で立ち尽くした。
「ところでアリス。向こうの代表は分かっているのか?」
 ぽん。と、肩に手を置かれ、振り返れば髪の長い女性がアリスを見下ろしていた。
(こやつら誰ぢゃぁあああ!!)
 相手は自分を知っているようなのに、自分は全く相手が分からない状況に、アリスは一人混乱し頭を抱えてその場に崩れ落ちる。
 ぐるぐると目を回してその場に倒れるアリスを見下ろし、
「疲れていたのだな」
 と、アレスディアは目を回しているアリスを担ぎ上げる。
 それを見ていたティディが顔をぱっと輝かせ、
「あ、わたくしにお任せくださいませ」
 と、空に向かって両手を伸ばせば……

ひゅるるるるるる

「便利でございますねぇ」
「やはりその熊はどこからやってくるのか興味があるな」
 ぽすん。と、空から落ちてきた熊のぬいぐるみを見て、シルフェとシェアラは関心したようにその様を見つめる。
 アレスディアはティディが召喚した熊にアリスを乗せると、熊は了解したと言わんばかりに、アリスを抱えていない方の腕を振ってティディの後を歩き出した。
「目的地は分かっているもの、さぁ進みましょ」
 アリスちゃんも途中で目を覚ますだろうし。と、シュラインは先陣を切って歩き出す。
 その手に、トリュフが大量に入った袋を持って。
「ああ! シュライン様ずるいですの!」
「や、やぁね! お菓子は別腹でしょ☆」
「「「…………」」」
 気を失っているアリスと、幼いティディを除いた全員が、そんなシュラインの笑顔にただ無言を返したのだった。





 一行は深い森へと足を踏み入れる。なにせお菓子の人形達の住処はこの森を抜けた荒野の向こうにあるのだ。
 どうしてもこの森は抜けなければならない。
「あまり言い気分のする森ではないな」
 うっそうと茂る木々を見回しアレスが呟く。チョコレートで出来た葉と幹は、茶色を通り越してどこか黒にさえ見える。
 太陽の光が無ければ真っ黒の森。
「あまり美味しそうじゃないわね」
 出かけにあれだけのトリュフを一人で平らげておきながら、シュラインはしょんぼりとした表情でチョコの葉を見つめた。
「確かにチョコで出来ているのならば、茶や黒でも納得がいくが、逆にこの緑の葉は何が入っているのだろうか」
 興味深い。と、感慨深く呟いたシェアラの言葉に、誰もが一瞬言葉を失う。
「「「「え?」」」」
 チョコなのに、緑?
「持ち帰り研究してみよう」
 そう言ってシェアラが緑のチョコの葉へと手を伸ばした瞬間、

「駄 目 ぢゃー!!」

 叫びに視線を向ければ、ぜーぜーと息を吐くアリスがクマの腕の上で肩を上下させた。
「あら、アリス様。お目覚めになられましたか」
 よっと腕から降りたアリスに、シルフェは恭しく声をかけ、
「クマさん。ありがとうございますわ」
 ティディは今までアリスを抱えていたクマのぬいぐるみにお礼を言えば、クマは片手を上げて軽く回転するように空へ昇っていった。
「不用意に触るでない!」
 お菓子の国だが、甘いものだけがある世界ではないのだ。
 お菓子という殻を被った毒だって存在する。
 アリスはあたりを見回し、そして軽く辺りを見回し、先陣切手は知り始めた。
「抜けばならぬとはいえ、ここはBad Sweetたちの悪戯の森ぢゃ! 皆早々に駆け抜けるぞ!!」
 Bad Sweetとは即ち、罰ゲームのお菓子。
『もー遅〜いよー』
 唐辛子やわさび、からしなどを無理矢理その身に仕込んだ、不遇と言えば不遇のお菓子――その名も悪戯お菓子たちが、森に入り込んだアリス一行に襲い掛かる。
「あ、お待ちくださいまし」
 あまり走るという事をしないシルフェは、突然走り出したアリスからどんどん離れていく。
『右が好きー? 左が好きー?』
「どちらもご遠慮致します」
 シルフェは足を止め、にっこり笑顔で微笑んだ。
 ドン!!
 悪戯お菓子を中心とした直径2mほどの範囲で爆音が響く。
『あ〜れ〜』
 悪戯お菓子は吹き飛び、シルフェは悠々と先を行く皆を追いかけて歩き出した。
 先陣を切っていたアリスとシュラインの前に飛び出た悪戯お菓子。
『10個あるお饅頭はどれ食べるー? 9個は当たり。後はハーズレ〜』
「10個中9個が当たりなんて、普通の罰ゲームね」
「バカもの。あやつらの当りは、わたし達の逆ぢゃ」
 要するに、10個中9個が外れって事。
「どれもご遠慮したいわね」
 シュラインとアリスは杖を構える。が、アリスは結局アリスのままで、お菓子しか呼び出されてこない。けれど、シュラインの杖から発せられた幻影が、悪戯お菓子を包んでいく。
『ここは〜どーこだー?』
 完全に目を回した悪戯お菓子はその場で倒れた。
 アレスは一番小さなティディを守るように腕の中でかばい、悪戯お菓子と向き合う。
『ルーレット、ルーレット、ぐるぐるまわ〜る。順番に』
 悪戯お菓子の周りには卵型のチョコがふわふわ浮かぶ。
「順番に食べろという事か」
「ロシアンルーレットですわね」
『イッヒッヒー!』
 おれーのばーん。と、1つ卵チョコを食べる悪戯お菓子。
『お前のばーん』
 と、悪戯お菓子は卵チョコを投げつけた。
 ロシアンなどではない。全てがBadの卵チョコ。
「!!?」
 立ち上がる爆発音。
 ティディはアレスの腕の中で縮こまる。
 アレスは持っていた盾で卵チョコを防いだ。
 ばらばらに砕けて散ったチョコの破片を、アレスの腕の隙間から悲しみの視線で見つめるティディ。
「怒ったですの!」
 チョコを粗末にするなんて!!
 ばっと手を振り下ろしたティディの動きに合わせて、空から何体ものクマのぬいぐるみが舞い降りる。
『えええ?』
 クマのぬいぐるみたちはティディの願いに答え、卵チョコを消していく。
「食べ物を粗末にしない!」
 最後、投げつけるべき卵チョコをなくしておろおろする悪戯お菓子に、アレスは粛清の意を込めて剣の柄で思いっきり頭を叩く。
『きゅ〜』
 完全に気絶して地面に倒れた悪戯お菓子に、アレスはふんっと息を吐き出した。
「悪戯お菓子と言うのも面白いな」
 シェアラは、一同が対峙しているお菓子たちとの攻防を本に書き記す。
「シェアラ!!」
「ん?」
 突然名を呼ばれ顔を上げると、目の前で悪戯お菓子が二ヒヒと笑っていた。
 ガン!!!
 まるで条件反射のように、シェアラの本の角が、悪戯お菓子の眉間に食い込む。
「…………」
 心配する必要は、なかった様だ。
 こうして道中現れる悪戯お菓子達をけん制しつつ、いつの間にやら、シェアラの攻撃も魔術中心のものへと変わっていっていた。ただ、最初の本の角攻撃がイレギュラーだっただけなのだが。
 森の出口が近づき、その先に茶色の大地が見える。
 目的はその荒野の向こう。
『負けたら食べろ。しょーぶ、しょーぶ!』
 ドン! と、真上から落ちてきた、一際大きな悪戯お菓子。
 まるで一行を森から出してやるものかと言わんばかりの表情。
「悪戯お菓子さんも、お菓子なのですよね?」
 のほほんと問うシルフェに、アリスは答える。
「そうぢゃが……まさか、食べる気か?」
 答えになっていない笑顔がアリスを貫く。
「お腹壊しそうですの」
 抱きしめられるクマのぬいぐるみを召喚していたティディが、その顔をぬいぐるみに半分埋める。
「でも、想像できる範囲の味がしそうとは思うのよね」
 流石に食べられるものしか入れないため、罰ゲームのお菓子と言っても、スタンダード+納豆とかくさやとかキムチとかが入っている程度のような気がする。
 そう思わない? と、振り返るシュライン。
「いや、ナットウやらクサヤの正体は分からぬが、食べられるものならば、大丈夫なのではないだろうか」
 ただ甘いものと一緒という付け合せの問題だけで。と、アレスは答える。
『………食べる?』
 今まで悪戯のお菓子を食べさせようとしていた本人が、自分たちが食べられそうだという事実に、さーっとあるはずのない血の気を引かせていく。
「ふむ。悪戯お菓子は逃げ足も速い。と」
 シェアラはサラサラと本に書き入れる。
 気がつけば大きな悪戯お菓子の姿は跡形もなく消え、今度こそその先の大地が顔を出した。





 願っていた荒野。眼前に広がるは、乾いた風が駆け抜ける広大な大地。
 砂埃を巻き上げ勇み帆を上げるお菓子の人形の軍勢。
 6名の勇敢なる人間代表を迎え撃つお菓子の人形軍、その数約2000体。
 圧倒的不利な状況に追い込まれ、誰もが冷や汗(勘違い)を流す様を、人形軍第一師団長、サン・タ・クロース(要するにサンタ姿のお菓子人形)は口元を妖しくも吊り上げ、硬い口ひげの下にある口で笑った。
「はっはっはー! きたなー、おろかにゃるにんげんどもめー」
 一生懸命なんか難しい言葉を発しようとしているのだが、見た目もさることながらどうも舌が上手く回っていない。
「えっと、彼らが話し合う相手でいいのよね」
 が、人間軍は不利な状況に追い込まれながらも、希望を失っては居ない。
「あら美味しそうなお菓子さん。うふふ」
 しかし、人形軍の数は約2000。どこかに勝機を見出さなければ、戦いの藻屑と消えてしまう。
「う…うむ……。もっと大きなものを想像していたのだが」
 人間に対する復讐の憎悪は強大であり、人形軍を突き動かす。
「可愛いですの!」
「アルバァアアト!!」
「……やけに、現実味のある名前ぢゃな」
 人間軍、三等歩兵アルバートを人質になんとも卑怯なる作戦に出る。
 泣き叫ぶ人形軍。しかし人形軍も負けてはいない。一生懸命チョコボールの投石器で応戦。
「わ、私を犠牲にするでありますか、団長ぉおお!!」
 確かアルバートとか呼ばれていた象のお菓子人形が叫ぶ。
「いや、このナレーションが一通りおかしいと私は思うぞ」

しーん………

 うん。まぁ、その通り。
「げんじつにひきもどすのは、いささかこくにゃのである」
 身長約15センチほどの人形軍と、身長多分平均すると160センチの集団。その身長差約145センチ。数で勝っていようとも、どう考えても人形軍に勝ち目はない。
 なにせ、人形軍にとっては大きなチョコボールの投石器も、アリスたち人間にしてみれば、高く飛んで膝にあたればいいほうで、全くもって痛くもかゆくもないのだから。
 アルバートだって、実はティディが目を付けてその手に持ち上げただけなのだし。
 アレスは人形軍の前に膝を着き、
「私たちは争いに来たのではない。話し合いに来たのだ」
「はなしあうことはにゃにもにゃい!」
 ぴょんぴょんと飛び上がってサン・タは憤慨するが、飛び上がってもアレスの顔の位置まで遠く及ばない虚しさ。
「っく……」
「団長ファイト」
 膝を抱えてめそめそし始めたサン・タを、ぽんっと優しくその肩を叩いて親指を立てる仲間たち。
「…………」
 その様を見て、微笑ましいのだがどうにも苦笑が先に出て、肩を竦めるように笑いつつ、目配せしあう一同。
「アルバート様でしたわね。どうぞ、お帰りくださいまし」
 ティディはにっこり微笑むと、持ち上げた象のお菓子人形を地面に下ろそうと腰を低くする。
「……な、情けは無用であります!」
 一瞬じ〜〜んと、心に染込みそうな感動を受けたアルバートだったが、一度敵に捕まってしまった不甲斐なさに叫ぶ。
 ティディは下ろそうとしていた手を止めて、どうしたものかと答えを求めるよう振り返った。
 そんな二人(?)を見てシルフェは腰をかがめアルバートの顔を覗き込む。
「どうすればよろしいのかしら? うふふ」
 にこにこにこ。その笑顔はどこまでも眩い。
「つかまったものは、ほりょ。でっどおあでっど!」
 いや、サン・タには聞いてない。と、突っ込みを一瞬入れたくなったアリスだが、目的は人形達との和解。
 どこまでも軍人かぶれのこのサン・タ。シェアラはしばしその様子を見つめ、どこか納得したようにゆっくりと口を開いた。
「そうだな。この場合、我々人間が圧倒的有利な立場に立っているのは自明の利。しかし、我々は正式な協議の場を設け、お互いの条件を提示しあった後、条約を結びたいと考える」
 シェアラは手にしていた本を過去にペラペラとめくりながら、相手が軍を模しているのなら、停戦協定の条約締結を模した話をすれば、サン・タは乗ってくると考えた。
「えっと、何を言っておるのぢゃ?」
 シェアラが口にしている内容が、どうにも理解できないらしく、アリスは小声でシュラインに問いかける。
「要するに、和解するための場を設けましょうって事よ」
 なるほど。と頷いたアリスと同時に、険しい表情を浮かべていたサン・タが頷く。
「よろしい。おうとおうひにとりついでやる」
 どうやら人形は人形だけで、独立したお菓子の人形の国を作ろうとしていたようである。
 サン・タはすっかりシェアラの言葉に乗っかって、代表者の元へと一同を連れて行くことを約束した。





 設けられた席は、人にとっては小さな、けれどお菓子の人形達にとっては大きなお花畑の中心だった。
 やはりお菓子で出来た椅子に腰掛けている王と王妃の姿は、ウェディングケーキの頂上に乗せられている、新郎新婦を模した白いタキシードとウェディングドレスの二人。
「そちらの代表は、あなたかしら?」
 その視線は停戦協定を申し出た、シェアラに向けられている。
「いや、私ではない」
 自分はただの学者であり、代表者の言葉を代弁しただけの者だと答える。
「そうだな、アリス“様”」
 一瞬“様”付けで呼ばれ、何事かとびくっと肩を震わせたアリスだが、
「う…うむ。そうぢゃ」
 顔を向けたシェアラの爽やかな微笑みににべも無く頷いた。
「ええと、ではご希望をお伺いしますから、ご不満な点もお教えくださいね」
 お菓子の人形達の話を聞かなければ、こちらも何もして上げられない。そのためシルフェは問いかける。
 それに呼応するように頷いた王と王妃は、顔を見合わせて一同を見上げた。
「私たちの総意は、私たちを食べて欲しい。それだけ」
 王はそのまま瞳を伏せると、沈痛な面持ちで胸に手を当てて言葉を続ける。
「私たちもこのお菓子の国に生まれたお菓子。それなのに、食べられることなく終わっていく。美味しくないのか? それとも、ただの引き立て役? それはらばまだいい。だが人は言うのだ“食べられない”と。ならばなぜ人は私たちを生んだのか!」
 そして王はばっと顔を上げる。
「食べられる事のないお菓子に、価値などない!」
 だから、人形達は自分たちを生んだ人間たちにその存在を懸けて戦いを挑んだのだ。
「菓子として生まれたにも関わらず、食べてもらうことなく朽ち果てるのは、確かに無念であったろう」
 王の瞳を受けて、アレスはその顔に無念の情を浮かべ、眉を寄せ唇を軽くかむ。
「王よ、王妃よ、私たちはあなた達が嫌いだから、食べないわけではない」
 その理由は一重に、その姿かたち。
「見て楽しむを突き詰めた一つの形なのよね、人形菓子って」
 小さく呟かれた声。そしてその声は続く。
 全部が揃い完璧だからこそ崩したくない。だからこそ壊せる添えられたお菓子に人は食欲を向けてしまう。
「その証拠にね、ケーキを切り分けた時、あなた達が乗っている部分ってとっても人気なのよ」
 人形達に食べない――いや、食べられない理由を知ってほしくて、呟きの主シュラインはずいっと身を乗り出した。
「あなたたちの可愛い姿は、舌じゃなくて心の味わいを与えてくれる。そう思ってるわ」
 お菓子としては不満? と、続けられた言葉に、お菓子の人形達は顔を伏せ、お互いの顔を見える。
「でもね、美味しそうな人型でないと意味がないの。食欲をそそる可愛らしさ、それが大前提」
 真摯な瞳で語るシュラインを後押しするようにアレスが口を開く。
「人とて菓子の味に問題があって食べなかったわけではない。その容姿故に食べづらかったのだ」
「そうよ、不味そうだから食べないんじゃないの。それは判って」
 可愛い、完成された人形であるからこそ、それを壊してしまうのは憚られ、どうしても食べられなかった人が居る。
 お菓子の人形達にそれを判ってほしい。
「その通りだな? アリス“様”」
「うむ。そのとおりぢゃ」
 ぴったりとアリスの左後ろに陣取っているシェアラが、皆の意見が人間の代表者たるアリス、ひいてはその後ろ盾であるお菓子の国の言葉である。と、納得させるため同意を問う。
 アリス自身は正直よく分かっていないと思われるが。これは国と国で行われる正式な会談だ。周りがどれだけ言おうとも、代表者の意見が食い違っていれば話し合いは内部から決裂する。
 そして人形の王はその言葉に小さな眉を寄せた。
「ならば、どうすれば私たちは食べてもらえるのだろう……」
 人形の形を持って生まれてしまった以上、お菓子の人形以外になることはできない。
 人にとっては、見て楽しむと言う楽しみ方があると言われても、人形の姿が――人形達に取っては――ネックとなって食べて貰えないというのなら、生まれ変われない自分たちは一生食べてもらえないと言うのか。
「こっそり食べて、食べてとお祈りしてみては?」
 シルフェの提案に、元々点の人形達の目がなお更点になる。
「人形さんの形でも食べてくれる方はいます」
 わたくしは食べさせていただきます。と続けられた言葉に、人形たちは顔を見合わせる。
「うふふ、でも声を出すときっと皆様遠慮されてしまうでしょうか、こっそりと」
 やはり、シルフェ自身も動いている人形を食べるのは、少々憚られたのだろうか。
「わたくし思うのです」
 人形達にとって食べてもらえる事が、絶対条件であることはわかる。けれど、
「そんなに愛らしくて、しかも動かれるのでしたら、食べるよりもお友達になっていただきたい気分ですわ♪」
 ティディの視線は象のお菓子人形へ。
 その視線を受けたアルバートは照れるように顔を伏せた。
 ティディは指を一本立てて、誇らしげに胸を張ると、
「と言うわけで、お茶会などいかがでしょう? 皆さんでわ――っと騒げば、きっと気も晴れますわ☆」
 ね? とウィンクして一同の顔を見るティディに、誰もが笑顔を浮かべた顔を見合わせあう。
 同意を求めるようにお菓子に人形達に向けたティディの瞳が、少しだけ別の色を灯す。
「どうしても食べてほしい、と言うことでしたら、遠慮なく食べさせていただきますけど……」
 なにせ、ティディはまだ幼い少女。お菓子は大好きだ。
 そんなティディの視線は、笑顔でありながらも、どこか人形達を検分するような色を浮かばせる。
 無邪気な視線なのだが、どこか恐怖を感じてお菓子の人形達は後退った。
 痛覚はない。食べてもらえる事は確かに嬉しい。けれど、何だろう自分の手や足が無くなる事に今更浮かぶ抵抗。それはこうして動き回れるようになってしまったからだろうか。
「言葉よりも、行動を」
 タキシードの王様が椅子から立ち上がり、一同に向けて両手を上げる。
「お茶会のお菓子は、私たちを食べてくださいますね?」
 ウェディングドレスの王妃様も立ち上がり、一同に向けて同じように両手を上げた。
 王と王妃の行動に躊躇っていたお菓子の人形達も、自分を、自分を、と言う様にアリス達に両手を上げる。
「交渉は成立か」
 シェアラは一連の流れを自身が持つ本へと書き記していく。
 状況が勝手に進んでいく様子を、一人呆然と訳がわからず見守るアリス。
 とりあえず、結果オーライに進んでいるらしい。
 てきぱきと進んでいくお茶の準備。その様子を見守りながら、シェアラは王を持ち上げた。
「王よ、聞きたい事があるのだが」
「なんでしょうか?」
「誰が最初のお菓子の人形かを知りたい。そうだな、始祖と呼ぶべき人形を」
 事態はほぼ解決したと判断し、シェアラは自分の興味を埋めるための行動を始める。
 アリスはまたもぽつんと取り残された。
「えっと、和解できたのか?」
 それがアリスの仕事であり、お菓子の国へ戻ったら和解した事を報告するのはアリスの仕事だ。
「和解だけではない、友情も築く事が出来たのだろう」
 ぼそっと呟いたアリスの問いに答えるように、微笑ましい表情を浮かべたアレスが答える。
「復讐が実行される前に間に合い良かった」
 菓子の復讐がどんな手段で行われるかわからず、どう対応しようかと思っていたアレスだったが、その心配が杞憂で終わってよかったとほっと胸をなでおろす。
 実際復讐に遭遇していたとしても、アレスは防御に徹していただろうが。
 お茶会の準備を手伝っていたシュラインが、ぼけっとしているアリスを見つけ、その傍らに駆け寄り問いかける。
「ねぇ、アリスちゃん。お菓子の国に帰ったら、人形に向けて美味しいって感じた人の心を、人形達が聞ける様に出来ないかしら?」
 その言葉にアリスの瞳が大きくなる。胸に暖かな気持ちが生まれたのを感じた。
「分かった。伝えておこう」
 その言葉に、シュラインは「ありがとう」と告げると、またお茶会の準備に戻って行った。
「なるほど。始まりはもう分からないわけか」
 シェアラは王が知る限りのお菓子の人形の話を本に書き込み、結局分からず仕舞いの始祖について、分からなければ分からないほど興味という闘志を沸かせてしまう。
「さあ、皆様。準備はよろしいでしょうか?」
 お茶会を言い出したティディの手には紅茶のカップが。どうにも乗りはお茶会というよりは宴会。
 乾杯に似た音頭でお茶会が幕を上げ、お菓子の人形達がそれぞれ人の周りに集まり始める。
「ホントはね、いつだって食べてみたかったの。私に食べさせてもらえる?」
「どうぞ。どうぞ!」
 食べて! と言わんばかりの視線がシュラインに集まる。
 シュラインは近くにいた小さなハチミツ人形をぱくっと口に入れる。
「美味しい。幸せ〜」
「ありがとう」
 これなら幾らでも食べられるわ。と、目を光らせたシュラインを見て、人形達が何故だかざざっと引いた。
「腕や足を食べてしまっては動けなくなってしまう」
「気にしないで。食べてもらいたいの」
 友となれるのならば、食べるよりも友達にというティディの言葉に至極賛成なアレスは、自分を食べてほしいと迫るお菓子の人形達にたじろぐ。
「で…では、少々失礼して」
 ぱくっと口に含んだ人形の手は、甘い甘い幸せの味。
「美味しい」
「ありがとう」
 腕がなくなっても尚、微笑むお菓子の人形。アレスはやはり痛くはないのだろうかと複雑な気分で微笑む。
「さて、私も頂こうかな」
 この道中でお腹も減っていた事だし。と、シェアラは「いただきます」と手を合わせ、人形ごとお菓子の家を持ち上げて、パクリと口に放り込む。
「ふむ。なかなか、美味しい」
 シェアラは回りに集まるお菓子の人形達よりも、本の記入に忙しく、王から聞いた内容に自分なりに考えた過程を書き入れ始めた。
「お話致しましょう。わたくしとあなたは友達ですもの」
 ティディは両手にアルバートと、そのお友達を乗せてにっこりと微笑む。
「やっぱり、私も食べてほしいのであります。ティディ殿」
 象の菓子人形はそう言って自分の腕をポキっと折り、ティディに差し出す。
 ティディは一瞬きょとんと瞳を瞬かせたが、そんなアルバートの行動に、「はい」と元気よく答え、小さなその腕を口に含んだ。
「…甘い。美味しいですわ」
「嬉しいであります」
 食べてくれた事が純粋に嬉しい。そんな、アルバートの笑み。
「この状況だけ見ていると、惨劇な様子ですねぇ……」
 そう眼前に広がるのは、まるで巨人が小人を食べているような様である。
 ほう。と、紅茶で一息ついていたシルフェは、徐々に欠けていく人形達を見ながらボソリと呟いた。
 呟いては見たものの、シルフェだってお菓子が嫌いなわけではない。
「では、わたくしも」
 もみの木と、それとセットのようなトナカイを手に取ってパクリと一口。
「うふふ」
 幸せそうなその笑顔が答えを物語っていた。
「え? え? ち、血ィ!!?」
 突然、お菓子人形の叫びが当たりに響く。
 パクリと食べられた腕からあふれ出る赤い血。
 そんなものが出るはずもない人形達は慌てふためいた。
「シュライン」
 ぽんっと、シュラインの肩に置かれるシェアラの手。
「少しくらい、ね?」
 今日はハロウィン。悪戯したっていいじゃない。
「あら? これジャムですわ」
 血が出たと騒いでいる人形の手を確かめるように持ち上げたティディの言葉に、人形の動きがぴたっと止まり恐る恐る改めて自分の手を見た。
「あ……」
 よくよく見ればイチゴの粒々が混じった己の血。
 自分の血はイチゴジャムだったのか……じゃ、なくて!
「良かったぁ」
「ジャムがついて尚おいしそうですねえ。うふふ」
 にっこり笑顔でそう告げたシルフェだが、状況を見ているとどうしてもお菓子を食べるというようには見えない。
「皆お菓子のはずなのだがな」
 アレスはその様子を苦笑交じりの微笑で見つめ、催促するように伸ばされた腕を、パクリと頬張る。
『美味しい』
『ありがとう!』
 それはいったい誰が発した言葉であろうか。
 辺りに温かい笑顔が広がっていく。
 嬉しそうなお菓子の人形達と、微笑むみんなの顔を見てアリスはふっと笑う。その瞬間アリスの足元が浮いた。
「なっ……皆…っ」
 行き成りの出来事にアリスは回りに助けを求めるよう視線を向ける。
 けれど、誰もアリスの今の状況を気にした様子は無かった。
 足元からあふれ出る泡。
 泡は、今アリスが立つ景色を侵食するように膨張していく。
 アリスは足元から出る泡を避けるように両手で顔を覆う。
 トン。
 足が地面につく。
 アリスは辺りを見回した。
「ここは……」
 そこは最初にアリスが立っていた、生まれただけで世に出る事のなかったお菓子たちの墓場……だった場所。
 キラキラと光が空へと昇っていく。
「そうか」
 アリスは優しく微笑んだ。

『美味しい』

 その言葉は創られたお菓子の人形の国だけではなく、お菓子たちの墓場にまで届いた暖かい言葉。
 アリスは、今は居ない夢の中の仲間に向けて届くようにステッキを振り上げる。
「感謝するぞ! 皆の者!!」




☆★☆











「あら?」
 机の上に、いつ置かれたか分からないお菓子のバスケット。
 “Thank you”と書かれ添えられたカードに、いやな気分はしない。
 シュラインは一つお菓子を頬張った。












━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛


☆――東京怪談――☆

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


☆――サイコマスターズ――☆

【0495/ティディ・ウォレス/女性/9歳/エスパー】


☆――聖獣界ソーン――☆

【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【1514】
シェアラウィーセ・オーキッド(26歳・女性)
織物師


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛


 お菓子の国の物語「例えばこんな夢物語」にご参加ありがとうございます。
 ライターの紺碧 乃空改め、紺藤 碧です。
 世界観を超え、しかも夢の中の場所での冒険楽しんでいただければ幸いです。
 お菓子の人形達に戦闘能力がなく、最後折角行ったジョブチェンジが行かされず終わりました。反省点です。
 それではまた、シュライン様に出会える事を祈って……

お菓子の国の物語 -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年11月17日

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