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『君のコト 』
梧・北斗5698)&一ノ瀬・奈々子(NPC2601)



 梧北斗は、遠逆欠月が入院している総合病院に向かっていた。
 今日は日曜日。空は快晴。
「さーってと、今日はどこに誘おうかなー」
 晴れ晴れした爽やかな気持ちで呟いて、北斗はふと首を傾げた。
(そういえば、なんかいっつも俺が誘ってばっかりだけど……欠月が行きたいところってないのかな……)
 しかし欠月の行きたいところって?
 北斗はちょうど目の前で変わってしまった信号を見上げる。「止まれ」だ。
 欠月と出会ってかなり経つ。それなのに。
(……俺って、あいつのこと何も知らないような気がする……)
 同じように信号を待つ人々の話し声が聞こえる。北斗はそれらに耳を澄ました。
「え? 明日誕生日なんだ! ウッソー! じゃ、どっかでなんか買っていこうよ!」
「知らなかったのぉ? てっきり知ってると思ってたよあたし」
「知らないよォ。だって誰も教えてくれなかったじゃん」
 などと楽しそうに話す女子高生らしき少女たちの会話に、北斗は呟く。
「誕生日……」
 欠月の誕生日って、いつだろう? そういえば……知らない。
(誕生日がないってわけじゃないよなぁ)
 うーんと唸っていて、ハッとした。
 そういえばいつもいつも手ぶらで欠月のところに行っているが、あいつ、本当は入院してるんだよな?
(……表向き、俺は『見舞い』ってことになってんだよな……。何も持ってかなくていいのかな? いや……あいつの好きな食べ物とか知らないけど)
 欠月の好きな食べ物???
 たらり、と北斗は汗を流す。
(あいつ……何が好きなんだろ……)
 学園祭ではがつがつと色んなものを食べていたが、どれを食べてもいつもと態度は変わらなかった。
 信号が変わり、北斗は道路を横断する。
(うん。決めた)
 今日は趣向を変えよう!
(たまには病室で過ごすってのも、いいかもだし)



 欠月への質問日にしようと決めた北斗だったが、いざ欠月の病室に入ると決心が揺らいだ。
 ベッドの上に座って文庫を読んでいた欠月が、来訪した北斗に「いらっしゃい」と笑顔を向ける。
「お、おう」
「どこかに出かけるの?」
「えっ。あ、いや、今日は……出かけないでおこうかと思ってよ」
「……どうしたの。珍しいね。いっつも来て早々、
『欠月ーっ、遊びに行こうぜーっ』
 って言うくせに」
 その言葉に北斗はム、としてしまう。
(なんだか俺が『バカの一つ覚え』みたいじゃねーかよ……)
 だが実際、ここに来てはそんなセリフを言っていたような気がしないでも……ない。
 北斗は欠月の居るベッドの傍まで来ると、イスを引っ張ってきて腰掛けた。
「ねえ北斗、いつもそこに座るけど……腰痛くならない?」
「なるかっ! 姿勢はいいぞ」
「……そういえば弓道部だったね」
 小さく微笑む欠月に、北斗はどきりとする。
「お、憶えてたのか?」
「忘れるわけないじゃない」
「ふ、ふぅん」
 視線を少しだけ逸らし、北斗は嬉しくなった。
 あ、そうだ。今なら訊けるかも。
 北斗は顔をあげて欠月を見つめる。
「なあなあ。欠月って、誕生日いつ?」
 北斗の質問に欠月は目を細める。
「突然なに? なんでボクの誕生日?」
「いや、欠月の誕生日っていつかなあって思って」
「……ボクにだって誕生日くらいあるよ」
 ムスっとして言う欠月の言葉に、北斗は慌てた。
 そうだ。欠月はそもそも人工的に生み出された存在だ。他人に言いたくないことだってあるだろう。
「わ、悪い……。その、嫌なことは言わなくていいから」
「……言いたくない事はまず、答えない」
 冷たく言う欠月に、北斗は身を小さくする。
 欠月が本気で怒ったらどれほど恐ろしいことか。想像するだけで怖い。それに、欠月に嫌な気分を味わわせたくなかった。
「た、誕生日……言いたくなかったら」
 指先をもじもじと絡める北斗を数秒間見つめた後、欠月はやれやれと嘆息する。
「9月3日だよ」
「えっ?」
 きょとんとする北斗に彼は微笑んだ。
「だから、9月3日。ボクの誕生日」
「……………………たんじょうび? 欠月の?」
「そうだよ。キミが訊いたんでしょ?」
 無言でいた北斗が頬を少し赤らめ、嬉しそうに何度も頷く。
 欠月は続けた。
「まあ、これはボクの肉体の誕生日なんだけどね」
「肉体???」
「ほら、ボクって、四代目の身体を使ってるでしょ? 四代目の誕生日が、9月3日。まあ、ボクの魂が形成されたのもその辺りだから、間違ってないと思うけど」
「…………」
 複雑な欠月の事情に北斗はなんだか素直に喜べなくなった。
 北斗は欠月とは違う。普通に母親から産まれ、そしてこの年まで成長した。家族に囲まれて。
 それに比べて欠月はなんて複雑なんだろう。人工的に作られた魂。死者の肉体を蘇生。
 なんだかそれを思うと物悲しくなってくる。
 いや! 自分が落ち込んでどうする! 欠月にはいつも元気でいてもらいたいのだから、自分が率先して明るくしなければ!
「そっか! 9月かぁ。なんか意外だな」
「そう?」
「だって俺はさ、おまえは夏とか冬とか、はっきりした時期っぽいイメージだったからさ!」
「そうかなぁ」
「どっちかってというと、冬って感じだぞ」
「…………冬ねえ」
 ふぅんと欠月は呟く。
 髪の色素が薄いせいかな、と北斗はちょっと思う。
(雪とか似合いそうだよなぁ……)
 ぼんやり見つめていると、欠月が妙な顔をしているのに気づいた。
「んお? どした?」
「そ、それはこっちのセリフだよ……。さっきから何ひとの顔じっと見てるの?」
 怖いよ、と洩らす。
「怖いってなんだ! 失礼だぞ!」
「いや、こっちのセリフだってそれも。そんなに見惚れても何も出ないよ」
「…………そうだな」
 あっさりと同意すると欠月は吹き出し、笑った。どうやら自分のセリフが彼を笑わせる何かを含んでいたようだ。
「ははは! 北斗って素直だなぁ!」
「?? 俺、なんか変なこと言ったか?」
「いやいや……気にしなくていいよ。……ぷぷっ」
 北斗は続けて質問した。
「そういえばさ、誕生日もそうだけど……おまえ、好きな食べ物は?」
「……どうしちゃったの今日は。気持ち悪いね」
 クスクス笑いながら言うので、本当はそう思っていないということがわかる。柔らかい欠月の声に、北斗はなんだかときめいてしまった。
(……くぅ。ほんと……こいつ女だったら絶対可愛かったよな……)
 でも可愛い少女がキツいことを言うのを想像すると……今よりかなり凹む。
「好きな食べ物って……特にないけど」
「ない!? いや、一個くらいあるだろ!」
「……『好き』っていうのがよくわからないんだよねぇ。難しいよね」
「そういう……なんか小難しい話じゃなくてよ……。なんつーの、もう一回食べたいとか、もっと食べたいとか思うものが『好き』っていうことじゃないか?」
「そうなの?」
 じっ、と見つめられて北斗は少しだけのけぞる。なんでそんなに真っ直ぐ見るんだろうか。
「そ、そうだよ。案外単純なことだと、俺は思うぞ」
「……そういうもんかな……。人間の心って、いまだにあんまりよくわからないっていうか……。
 ま、いいや。
 北斗が言う『好き』だと……おはぎ?」
「おはぎ? おまえ、おはぎが好きなの!?」
 仰天する北斗であった。
 欠月が甘いものを好むというのは……かなり意外だ。欠月のイメージは……甘味とは程遠い。
「あれは好みだと思うけど。それに……茶碗蒸かな」
「ちゃわんむし! な、なんかこっちも意外だ……」
「そう?」
 というか……。
(好みが全部和風かよ……。てっきり洋風だと思ってたけど……)
 まあ「煎餅だね」とか言われるよりマシか……。
 欠月は北斗をうかがう。
「そんなに変かな……。う〜ん……」
「へ、変じゃないって! ただ……ちょっと意外だっただけでさ」
 やっぱり訊いて良かった。イメージだけで見舞い品を選ぶより、こうして訊いて好きなものを買ったほうが絶対いい。
(よしよし。今度おはぎを買ってこよう。しかし……見舞いの品でおはぎって……)
 普通はフルーツや、花とかだろうに……。
 北斗は身を乗り出すようにしてさらに質問した。
「じゃ、じゃあさ! おまえの好きな場所とかって?」
「好きな場所?」
「ああ。ほら、どっかに行くって俺が誘っても、俺が行きたいところばっかりだし……」
「…………」
 欠月はちょっと困ったような顔をする。言いたくないのだろうか……もしかして。
 彼は首を傾げた。
「好きな場所……か。うーん……」
「言いたくないなら……」
「そうじゃないんだよ……。好きな場所って、よくわからなくて」
「わからないって……」
 もしかして、さっきの『好きな食べ物』と同じ……?
「プラネタリウムとか? えっと、映画館とか……それに遊園地とかあるだろ?」
「うーん……。仕事で色んなところ行ったけど、どうなんだろうなぁ……」
 心底困ったように悩んでいる欠月の様子に、北斗は申し訳ない気持ちになる。
 欠月のことを知るのは嬉しいが、なんだか欠月は悩んでばかりのような気が……。
「好きな場所って、行きたいなぁと思う場所……でいいんだよね?」
「あ、ああ」
「だとしたら……本屋? あと、図書館?」
「…………全部『本』の関係じゃないかよ」
「飽きないからね」
 …………飽きないのが好きな理由って……。
 なんだかどれも『大好き』っていう感じを受けないのだが。
 欠月がじとっとして自分を見ていることに気づき、「なんだ?」と怪訝そうにする。
「いや、ボクにばっかり訊いてズルいなって思って」
「ズルい!? ず、ズルくねぇだろ!」
「交換条件」
「えっ……な、なんだよ?」
 なんだか嫌な予感がする。
 考えてみれば欠月が大人しく質問に答えているはずがなかったのだ……!
(高級料亭に連れて行けとかそういうことだったら……勘弁してくれ)
 高校生のこづかいでは、無理だ!
「こういうのは、やっぱりフェアにいかないと」
「……フェア……? そ、そうかぁ……?」
「そうですよ、北斗クン。
 そうだなぁ……一つ答えるたびに、北斗が動物の物まねをするってのどうだろう?」
「…………ものまね?」
 だれが???
 顔を引きつらせる北斗に、欠月は肩をすくめた。
「いいじゃん。えーっと、三つ答えたから、物まね三つね」
「ええ〜っ!」
「いいじゃない。ほら早く」
 急かされて北斗は渋々腰をあげたのだった。無難なところで……ニワトリとかどうだろう?
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年11月14日

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