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『これはみんなアヤの夢 』
咎狩・殺3278)&アヤカ・レイフォード(6087)&(登場しない)



「私は、アヤ。殺める、のアヤって書くのよ」
 彼女はいつかアヤカにそう名乗り、鈴を転がすような美しい笑い声を上げていた。常識を外れた名であった。何処の親が、我が子にそんな物騒な名前をつけるだろう。いや、彼女に親はいないのか。いないだろう。ならば名前は、彼女が自分でつけたのだ。何処の自分が、己にそんな不吉な名前を好き好んでつけるのか。
 何時のことか、何処のことか。アヤカ・レイフォードの前に、殺という少女が現れるようになった。
「キミの声が聞こえたの……」
 血のように赤い目で、殺はアヤカをじっと見つめながら、くすくすと笑いつづける。
「キミが私を呼んだのよ。この出会いは偶然なんかじゃないの。キミの運が悪かったわけでもないの。みんなみんな、キミが呼んだの。キミよ。思い出してみて。キミがキミの運命を呼んでいるのよ。そうよ、運命なんてないの。みんなみんな、自分が呼び寄せているのよ」
 赤い目は、容赦なく近づいてくる。声もまた、アヤカの身体と心に絡みつく。抗おうとしても、振り払おうとしても無駄だった。彼女は彼女から離れない。
「キミはキミに従いなさい」
 赤い少女の赤い笑み。血のような笑い声。アヤカの意識は落ちていく、落ちていく。藁にもすがる思いで、アヤカは手を伸ばした。掴んだものは、よりにもよって殺の赤い着物の襟だった。いちばんすがりたくないものだった。
 きしゃあ、と悲鳴のような音を立て、殺の着物は破れた。殺の艶めかしい、白い胸と腹とがあらわになった。殺は相変わらず、表情も変えずに笑っている。

 う ァ あ あああ!!

 落ちたくなかっただけかもしれない。アヤカはその指から糸を伸ばす。蜘蛛の糸よりも細く、ピアノ線よりも強い糸――それは昏き禍糸だ。締めつけられたものや切り裂かれるものに、どこまでも昏い禍をもたらすものだ。数十本の糸は、アヤカの両手から伸びて、殺の白い肢体に絡みつく。
 かかっ た!
 助かる!
 これで助か……、

 しかし、細く硬い糸は、殺の身体にみしりと食いこみ――
 切り刻んで、
 無数の細切れにしてしまった。
 笑う破片が、笑いながら飛び散っていく。
 は は ハは は。ほ ホ  ほほ ほ。ひひ ヒ、けけけけけけけけけ。

「ひィ、いいいいッ!?」
 血みどろの顔と手で、アヤカは声にならない悲鳴を上げた。自分の前に散らばっている破片は、あの殺と名乗った少女ではなく、まったくべつの少女だったからだ。しかも、アヤカと同じ学校の生徒である。細切れにされた制服の切れ端が、それを物語っていた。
 時刻は夕暮れ、学校帰りにふさわしい。
 アヤカは少し学級委員の仕事の手伝いをして、一緒に下校していたのだ。アヤカは自分の正体を隠し、ごく平凡な上辺と体裁を装って生きていかねばならない。そう生きていかなければ殺される。アヤカ・レイフォードは『普通』でなければならないのだ。
 殺してしまった、殺される。どうして殺してしまったのだろう。自分が殺したのは殺ではなかったか。いや、そもそもあの殺も、今回は殺そうとは思っていなかったのだ。ただ落ちたくなくて、死にたくなかったから、仕方なくすがりつこうとして……ああ結局殺してしまったのだ。この子も殺してしまった!
 違う違う、殺せ殺せ。殺してしまえばいい。人間がみんないなくなれば、自分は殺されずにすむのだから。
 おお、今さら、どうして自分は悲鳴を上げたのか。人間など、これまで何十人も殺してきたではないか。あの殺と同じように、切り裂き、切り刻み、ばらばらにしてきた。それが自分の望みだったではないか。父と母の復讐をしてやる。
「あはははは! あはははは! あはははは!」
 アヤカはルビー色の目を見開き、赤く染まった両手の爪を振り回しながら、細切れの肉片の上に倒れこんだ。獣の砂浴びのように、血肉の上で転げまわった。彼女のブロンドと肌と制服は、泥と血肉でどす黒く汚れていく。生温かさが心地いい、このぬめりがキモチイイ。

「楽しそうね。私も混ぜてくれる?」

 紅い、破れた着物を羽織っただけの、殺がそこに現れた。
 帯も締めておらず、履物もない。下着も身につけていない。つくりもののように白い、なめらかな白い身体が、さらけ出されている。アヤカの赤い視界の中で、殺の身体の白は、乳のように滲んでいる。
「ひィ、いいいいッ!?」
 今度こそ、アヤカは声にならない悲鳴を上げた。
「どうやって殺したの? 少しずつ、指の先から切り刻んでいったの? この子は悲鳴を上げた? 痛がってた? 命乞いをした? 楽しかったでしょう?」
「ち、違う……違うわ……、わ、私、あなたを……」
「あら。私はこの通り、怪我ひとつないわよ。切り刻まれたのは、キミの『お友達』」
「違う! 友達なんかじゃない! そ、そんなもの! ……違うわ!」
「この顔は私のものかしら。この顔は私のものかしら。この顔は私のものかしら」
 殺は呪詛のように――まるで子供をあやすかのように、同じ言葉を繰り返しつつ、地面からびらびらとした一枚の皮を拾い上げる。
「この顔は私のものかしら」
 ぴっ、とつまんで広げたその皮は、アヤカが剥いだ顔の皮。殺した少女の顔の皮。恐怖に歪んだ顔の皮――。
 アヤカは髪をかきむしりながら絶叫した。
 殺は喉の奥で笑みを転がしている。
「ようく見てごらんなさい。ほら、ここの、ぽっかり開いたふたつの穴。ほうら……見えるでしょう、キミの顔よ。素敵な顔ね。とても輝いているわ。生き生きしてる……とっても、幸せそうよ。キミは嬉しいんでしょう? 楽しいんでしょう?」
「ちがぁう! ちがっ、ちがちがぁぁぁあああう!! ぢがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああ!!」
 違う。殺すことを快楽にしているのだとしたら、父と母を殺していった人間たちと、何も変わらない。やつらはたぶん笑いながら殺していったのだ。楽しむために殺していったのだ。罪もない者を殺して楽しむのがやつらなのだ。父と母の復讐をしてやる。自分はやつらとは違う。


「キミはいつでも、自分の道を自分で選んで歩いてきたのよ」


 アヤカは砂場で遊んでいた。山を作り、トンネルを掘り、小山を作る。穴を掘る。ちょろちょろと蟻が歩いてきて、足を滑らせ、アヤカが掘った穴に落ちてしまった。
「あ。たいへん」
 蟻をつまんで、穴から助けだす。
「ねえ、キミ」
 ふっと視界が暗くなり、聞き慣れない声が落ちてきた。アヤカは顔を上げる。黒ずくめの男と女が何人か、砂場の脇に立っていた。屈みこんで声をかけてきているのは、若い女性だ。
「キミのおうち、どこ?」
「あっち」
 知らない女性だったが、アヤカは素直な子供だった。砂まみれの指で、公園の近くの家を指し示す。
「あの灰色の屋根のおうち?」
「そーだよ」
「ありがとう」
 紅い唇は静かな笑みを浮かべた。黒い女と男たちは、立ち去っていく。蟻は彼らに踏まれて死んだ。そしてその夜、アヤカの父と母は殺された。
 黒い男女の一団によって殺された。


「そう。キミがお父さんとお母さんを殺したの」


「ち、」


 一瞬、言葉も声も出なかった。
 アヤカはトンネルのある砂の小山に拳を叩きつける。崩れた砂の山からは、うざり、と蟻の死骸が1億個、音を立てて流れ落ちてきた。
「ちがあああああああう! ちがああああああああう! ちがああああああう! う、うぇぇぇえええええええんッ、パパぁ! ママぁ! ちがうのよ、アヤカ、ちがうのよ、ちがう、私じゃない、アヤカじゃなぁいッ! ちがああああああううう! うあああああ!」
 アヤカは殺に蟻の死骸と砂を投げつけ、罵り、しまいには掴みかかった。その爪と禍々しい糸で、殺の美しい肌と顔を切り刻む。顔の皮を剥ぎ取り、黒い髪を引き抜く。紅い着物を引き裂き、腹を裂き、その中身を千切っては投げ、叩き潰しては空気に向かって投げつけた。
 殺の笑い声が後ろから聞こえる。
 笑うようにして吼えながら、アヤカは振り向き、背後の笑い声に猛然と襲いかかった。
「違うって言いなさいよ! 謝りなさいよ! 私は悪くない、人間が悪いんだっていいなさい! どうせ謝っても許さないんだけどね、へへへ、ほらッ、さっさと謝って命乞いしなさいよォ!」
「や、めて……たす……けて……」
「ひ、ひひひひッ! 最高、あなた最高よ。そうでなくっちゃ。私の獲物はそうやって鳴かなくっちゃ! あは、あははははは……!」
「い……ぎ……」
 今度はアヤカが笑いながら、笑い声を切り刻む。いや、今度は締め上げていた。指から伸ばした糸が肉と骨を締めつける、この、ぎりぎりぶちぶちという素晴らしい感触! アヤカは笑い声の命乞いと苦鳴に笑い、恍惚に陥りながら締めていく。
「あはははは! あはははは! あはははは!」
 ルビー色の目は、こぼれ落ちんばかりに見開かれていた。乱れた髪も、恍惚に歪む顔も、血と肉片でまだらになっている。心地いいキモチイイ。たまんない。ぎぎりぶちぶち、面白い。

「本当に楽しそうね。私も混ぜてくれる?」

 アヤカは立ち上がると、ものも言わず、紅い声に掴みかかっていった。



「ああ、もう。めんどくさいなぁ。今日、休もうかな」
 すっかり乱れた髪を撫でつけながら、アヤカはベッドから降り、盛大にあくびをした。伸びをすると、関節という関節がばきぼき音を立てる。
「やだ、おっさんくさい。身体なまっちゃってるじゃない……」
 顔を洗い、髪を整える。菓子パンと紙パックのオレンジジュースで朝食を済ませ、制服に着替える。結局学校には行くことにした。ストラップやマスコットでかわいらしいにぎやかさの鞄を持ち、たったひとりの家を出る。
 灰色の屋根の家を出る。
 公園を横切れば近道だ。アヤカは公園に向かったが、そこを通りぬけることができなかった。入り口にはパトカーが停まり、人だかりができていて、黄色のテープが結界のように張り巡らされていたからだ。
 マスコミも大勢集まっていて、カメラやマイクを振りかざしている。リポーターは、ここで昨日恐ろしい斬殺事件があったことをカメラに向かって話していた。
「……」
 アヤカは、違う道を選ぶことにした。
 立ち去る彼女を、人だかりの中に紛れるようにして立つ、黒づくめの男女の視線が追っていく。
「あら。そっちに行くの?」
 アヤカの背中に、美しい赤の声が投げかけられた。
 振り向いたアヤカは、ものも言わずに声を切り刻んだ。




〈了〉

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2006年11月14日

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