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『ロシアン・ルーレットは甘くない 』
志木・凍夜2333

 気づいたら、鍵のかかった部屋にいた。振り返った奥には台所、そして目の前には小さな机と椅子がある。机の上にはお菓子の載った皿。
「どうぢゃ、おいしそうぢゃろう」
向かいの椅子にちょこんと腰かけているのはお菓子魔法使いのアリス・ペンデルトン。金色の大きな鍵を指先でつまみ、ゆらゆら動かしながらにんまりと笑う。ああ、ひょっとしなくても自分を閉じ込めたのは彼女だった。
「これからわたしとこのお菓子を食べっこするのぢゃ。一つずつ順番で、甘くないのを食べたほうが負け」
わたしが負けたならここから出してやる、とアリスは言った。自分が負けたらどうなるのかと聞いたら
「そこの台所で、私の満足するお菓子が作れたら出してやる」
要するにアリスは、おいしいお菓子が食べたいだけなのだ。勝とうが負けようが彼女に損はない、損をするのは概ねこちらである。
 勝負を拒否したところでアリスは出してくれそうにもない。ここは勝負を受けるより他なかった。観念して椅子に座り、眺め見た皿の上のお菓子はどれも不思議においしそうだった。

 机の上に並んだ六枚の皿。それぞれに一つずつ、パンプキンケーキがのっている。本当のロシアン・ルーレットも確か確率は六分の一だから、ルール的には正しかった。
 ただし仕掛けのほうはなんともお粗末で、志木凍夜としてはいただけない。
「明らかにそれ一つ、色が違うよね」
右から二番目のケーキを指摘すると、アリスは動揺に目を泳がせた。どうでもいい、壁かけ時計の時間を見ている。
「なな、なんのことぢゃ?私にはさっぱりわからぬがのう」
「わからないって・・・これのことだよ」
騙せるとでも思ったの、凍夜はケーキを手づかみに持ち上げる。蝋細工だろうか、この感触は。少なくとも、かじれば腹を下す代物だ。
 ところがアリスはなにを血迷ったのだろうか、作り物のケーキを手に取った凍夜へひとさし指をつきつけ、
「お前が選んだお菓子はそれぢゃな?」
「は?」
「選んだ、選んだのぢゃ。ぢゃから、さあ、食べてみるのぢゃ」
「食べろって・・・食べられる訳ないだろう?見ての通り偽物なんだから」
君は見てもわからないんだろうねと言いたかったが、凍夜は言葉を飲み込む。その隙間へ足を踏み込んでいくアリスはルールはルールだ、と勝ち誇る。
「このゲームは食べられないものを取ったほうが負け、つまりお前が私に負けたということぢゃ。さあ、お前は私においしいお菓子を作るのぢゃ」
アリスのルールは子供の屁理屈だった。大人の理屈を凍夜がいくら通そうとしてみても、もう耳に蓋をして聞いていない。間もなく、どうあっても結果は覆りそうにないと理解した凍夜はにっこりと笑顔を作った。
 文字通り、笑顔を作ったのである。

「アリス、君、お菓子のフルコースなんてどうだい?」
そう言って凍夜が用意したのはまさしくフルコースのお菓子だった。
 前菜となるサラダはキャラメルシロップでたっぷりコーティングしたマロンタルト、続いてスープは砂糖で煮詰めたアップルジュース。スープの中に浮いているクルトンはなんと、角砂糖だった。
「スープはやっぱり温かいほうがいいよね」
わざわざ甘みの増す温度で作っているから、湯気にまで砂糖が含まれているような心地がした。
「・・・ちょっと、違うものが食べたいのだが」
「じゃあパンをどうぞ」
どうせパンもお菓子でできているのだろう、とアリスは思った。だがお菓子でも多分マドレーヌとかクッキーとか、あの辺に違いないと踏んでいた。運がよければ、さほど甘くないビスケットかもしれない。
 ところがバスケットの中のロールパンはマシュマロ、おまけにバターと思ってぬりつけたのはバニラのアイスクリーム。
「・・・・・・」
「味はどうだい?」
「甘い」
なにを訊かれても、アリスにはこの一言しか出ない。甘すぎて、その他の味がまったくわからないのだ。
「まだまだ続くよ、アリス。どんどん召し上がれ」
大の甘党である凍夜の、甘党であるばかりが理由ではないのだが、甘味フルコースはまだまだ、途中である。

 スープの後に出てきた、白身魚のゼラチン煮のように見えたものは、桃のコンポートが詰まったゼリーで、スプーンで割って溢れ出したスープを口に含むと舌にチリチリとした刺激が走る。これは、ソーダ水が入っているのだろうか。
「これは少し固まりすぎたかな・・・砂糖を入れすぎたかもしれない」
もはやアリスには、多少の砂糖など違わないのだけれど。
「この赤いのは・・・なんぢゃ?」
「食べてみればわかるよ」
ゼリーの中の赤いものがニンジンに見える。いつもはニンジンなど好きではないアリスなのだが、今は甘くないものならなんでも構わないから食べたかった。それがゼリーの中に漬かっていたことも忘れ、スプーンですくって口に放り込む。
「・・・・・・!」
凍夜の期待通り、そしてアリスは期待を裏切られ、甘いイチゴは舌の上でとろける。おまけに緑色のキウイも酸味をすっかり抜かれた、鳥肌の立つような甘さで、全部食べ終えたアリスはまるで風邪でもひいたように震えていた。甘さで震えが来る、というのもどうやらあるらしい。
「・・・もう、勘弁してくれ」
甘いものなら底なしのはずのアリスがメインディッシュを前に音を上げた。このまま食べ続けていると、体すべてがお菓子になってしまいそうだった。お菓子の家どころかお菓子人間、など笑えない。
 ところが凍夜はアリスの弱音を聞いて、信じられないという風にため息をつく。
「そうなんだ。君は、食べないんだ。せっかく僕が君のために、食べられるものを、作ったっていうのに」
刃の先で撫でるような、凍夜の物腰柔らかい脅迫が始まった。

 凍夜は、先のパンプキンケーキを未だひどく、根に持っていた。
「僕はこんなに優しいのになあ。君は僕に食べられないものをよこしたのに、僕はちゃんと食べられるものを君に作っている。優しいだろう?ねえ、そう思わないかい?」
こくん、とアリスは小さく頷くのが精一杯。
「そうだよね。僕、親切だよね。さっき君がなにをしたのかようく覚えているのに、それなのにこれほど甘いものを沢山用意しているんだから。ありがたい、と思わなくちゃ」
聞きようによっては、食べられないものでなにか作ることだって充分可能だったんだよとほのめかしているようであった。この男ならば悟られずにやってのけるに違いない、という根拠のない推測がアリスの中で働く。
  今のアリスにとっては、凍夜の言葉ひとつひとつが鋭く尖った矢のようで、それらはアリスの頭を、肩を掠めるぎりぎりを飛んでいく。その気になればどこだって貫けるのにわざと外して、楽しんでいるようである。
「悪かった、私が悪かった」
居たたまれなさにとうとう、意地っ張りのアリスが自ら折れた。これ以上フルコースに突き合わされていては、骨まで砂糖菓子になってしまう。
 ところが凍夜は、自分に不都合なことは器用に聞き逃す耳を持っている。アリスの決死の謝罪は、オーブンのタイマーに完敗する。
「おや、スポンジの生地が焼けたみたいだね。次の料理、自信作なんだよ」
引き止めようと伸ばすアリスの手をすり抜けていく姿は、確信犯である。美しい笑顔の悪魔は、決してアリスを許すつもりなどないのだった。
「フ、フルコースと言っておったな、あいつ・・・」
日頃はお菓子しか食べないアリスだが、一応は普通の料理についても知識を持っている。今まで食べたのがサラダにスープ、魚料理、そしてパンだったので・・・。
「あとは肉料理にデザートと、飲み物か」
もう半分は終わっているということが一つ、希望だった。しかしまだデザートの残っていることが絶望だった。今まででもとてつもなく甘いというのに、甘いことが前提のデザートは一体なにが来るのだろう。

「はい。これが最後だね。コーヒー」
結局、あの後出てきた肉料理とは辞書くらいもありそうなチョコレートケーキで、コショウを模してかけられていた粉砂糖にココアパウダーは、息を吸った瞬間アリスの肺にまで飛び込んできて死にそうなほどむせてしまった。ちなみにつけあわせの野菜は、練切の細工で作られていた。凍夜は手先も器用なのだった。
 さらに一番恐れていたデザートは、これまた特大のフルーツパフェ。しかも嫌がらせのように、フルーツが全て飴でできているのだ。スプーンを立てるたびに薄い飴がパキパキと割れて、破片が舌に刺さってアリスは泣きそうになってしまった。甘いのか辛いのか痛いのか、最後にはまるでわからなくなっていた。
 それでもどうにか完食したアリスは、とりあえず一ヶ月は甘いものに近づきたくないというお菓子の国の魔女としては失格ともいうべき願望が頭に渦巻いていた。
「ところで、アリス」
「は、はい!」
今やアリスは凍夜の一挙手一投足に過敏な反応を示す。うっかり機嫌を損ねてしまっては、
「追加オーダーはいかが?」
などと言われかねない。
「な、なんなのぢゃ?」
あのね、と笑いかける凍夜の手にはメモ用紙。
「今のフルコース、どれが一番甘かった?」
「あ・・・甘い?どれも、非常に甘かったが・・・」
「一番は?」
凍夜の語気がわずかに強まった。途端にアリスは定規で叩かれたように背筋を伸ばし、
「わ、私はゼリーが一番甘かったのぢゃ!ケーキも、パフェも食べるのは大変ぢゃったがあれは量が多かったせいなのぢゃ!」
「なるほど」
頷きながら、凍夜はメモを取っている。どうやら、誰かに同じものを振舞うつもりらしい。心の底からアリスは、その相手に同情する。
「・・・やれやれ」
もうこの男と勝負するのは御免ぢゃ、早く帰ってもらわねばとため息をつきながら、アリスは最後に出てきたコーヒーを何気なく一口すすった。
「!」
直後、吐き出しそうになったのを必死で堪えるアリスの姿があった。なぜかといえば、凍屋が運んできたコーヒーとはそれは、ただ色合いが似ているだけのお汁粉であったからだ。
 最後まで甘味漬けのアリスは恐らく、細胞までお菓子になってしまったことだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2333/志木凍夜/男性/19歳/大学生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
魔女というよりは子悪魔なアリスのわがままに
付き合っていただきありがとうございます。
凍夜さまの皮肉なシーンは正直、書いていてとても楽しかったです。
相手のルールに乗っ取った上で嫌がらせをしそうな性格、
という感じがしました。
逆に辛かったのはお菓子フルコースの描写。
書いているだけなのに、なんだか胸焼けがしてきました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
お菓子の国の物語 -
明神公平 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年11月14日

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