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『魔女姫とドラキュラ王子の冒険 』
水鏡・雪彼6151)&藤井・蘭(2163)&(登場しない)

 むかし、アイルランドにね、けちんぼジャックっていう、とてもいじわるで、とても悪知恵の働く男のひとがいたんですって。
 どれくらい悪賢いかっていうと、そう、悪魔をだませるくらいね。ジャックと関わってしまった可哀想な悪魔は、銀貨に変えられて財布に閉じこめられたりして、ひどい目にあったの。
 そんな悪事を重ねたものだから、ジャックは死んだあとも、天国には行けず、地獄に落ちることさえ、出来なかったのよ。ちょうちんを持たされて、いつまでも暗い道をさまよい続ける羽目になってしまったの。罪を償うために。
 だから彼は、ちょうちんのジャック――ジャック・オー・ランタンと呼ばれているの。
 ジャックは自業自得だから、しかたないと思うんだけど……。
 ねえ、ジャックに騙された悪魔は、そのあと、どうしたのかしら?

 † †
 
 秋が深まるにつれ、街の店頭ディスプレイには、不思議な顔のカボチャが並び、可愛らしいコウモリが飛び、どこかユーモラスなモンスターたちが大仰なポーズを取るようになる。
「ハロウィン」という言葉と、それにまつわる行事のことを、水鏡雪彼に最初に教えてくれたのは、誰だったろう?
 その由来をも、まるで異世界での物語のように語ってくれたのは?
 雪彼の近しい親族には、美しく聡明な女性たちが揃っている。おそらくは、大好きな彼女たちのひとりだとは思うのだけれど。
 ともあれ、古いものごとを知ることも大事だが、今を楽しく過ごすことはもっと大切だ。
 澄んだ秋空が眩しい、万聖節前夜の、朝。
 期待で目を輝かせている雪彼の前に、ぱさり、と、趣向を凝らしたドレスが広げられる。
「わあ! かわいい。魔女のおひめさまだ」
 予想以上の出来映えの衣装は、叔母の手作りであった。知人が主催するハロウィンパーティーに雪彼も出向くため、仕立ててくれたのである。
 思い切り膨らませたベビーピンクのレーススカートには、そのピンク色がちらりとしか見えなくなるほどに、薄絹の黒いフリルと緻密な黒レースが花びらのように重ねられている。黒天鵞絨のトンガリ三角帽子の根元には、スカートと同じ色のリボンが結ばれ、添えられた魔法の杖には、ピンクダイヤに模した綺麗なガラス玉があしらわれていた。
「うれしい! きてみるね」
 ドレスを抱えて奧の部屋へ行く。再び現れた雪彼は、すでにおしゃまな魔女の姫君であった。
 上質の布地の着心地の良さと、小さな手に馴染む魔法の杖に、雪彼は満面の笑顔になる。
「そうだ。ね、蘭ちゃんのぶんは? つくってくれた?」
 ドレスの広がりを確かめるようにくるりと一回りし、雪彼は小さく首を傾げる。
 オリヅルランの化身であるところの藤井蘭と、最近、雪彼は親しくしていた。蘭がどう思っているかわからないけれども、雪彼のほうは、彼を大事なお友だちだと決めている。
 だから、ハロウィンパーティーにも一緒に行きたくて誘ってみたのだ。
 そのパーティは、昼過ぎから開催され、夕方にはお開きになる。従って、幼い雪彼にも参加可能であったし、蘭も、持ち主の承諾は取りやすいはずだった。
 幸い、蘭は大喜びで「ぜったい行くなのー」と返答してくれた。ならばいっそ、お揃いのコスチュームなら、もっと楽しかろうと思ったのだった。
 叔母は心得顔で頷いている。どうやら、衣装はとうに完成し、蘭のもとに届けられているらしい。
(よかったぁ。どこでまちあわせしようかな? 初めていくばしょだから、わかりにくいよね)
 不意に、いい考えが浮かぶ。フェアブロンドの小さな魔女は、魔法の杖を軽く振ってみた。
(……そうだ! 蘭ちゃんのいるおうちへむかえにいこうっと。それから、ふたりでいけばいいよね。えい♪)
 空間が繋がり、一足飛びに蘭のもとへ!
 ……というわけには、もちろんいかないけれど、気分の問題だ。
 パーティの高揚は、出かける前から始まっているのだから。

 † †

 朝から、蘭はそわそわしていた。今日は、雪彼から誘われた、ハロウィンパーティの日なのだ。
 パーティは夕方に終わるらしい。帰ってきたら、今度は持ち主たちと、作りたてのジャック・オー・ランタンに火を灯す予定になっている。
 もてもて&大忙しのオリヅルランは、まずは可愛いレディをエスコートしなければならないという、重大な使命感に燃えていた。
「どうしようなのー! なにを着ていこうなのー?」
 燃えすぎて前のめりにわたわたしている蘭は、衣装がなかなか決まらない。
 苦笑しながら助言してくれる持ち主に従って、あれこれコーディネートしてみる。どれも悪くはない。悪くないはずなのだが、真剣なあまりに、最善の選択肢が見えなくなっているのだ。
「雪彼ちゃん、がっかりしないかな、なの……」
 雪彼の回りにいるのは、優れたセンスを持つ人々ばかりだ。知人が催すというそのパーティも、さぞ洗練された趣向に違いない。
 蘭ちゃんはそのまんまでいいんだよ、と、雪彼は笑っていたけれど、あ、でも、モンスターのかっこした蘭ちゃんもみてみたいかな、とも言っていた。ますますわからない。
(こまったなの)
 取りあえず体中に包帯を巻き付けた状態(ミイラ男のつもり)で、蘭が考え込んだとき。
「藤井さーん。お届け物でーす」
 宅配便が届いた。
 ミイラ男のままハンコを押してお兄さんをびびらせつつ、蘭は荷物を受け取る。
 蘭がすっぽり入れそうなくらい、大きな箱だった。宛名には蘭の名前が記され、みどり色のリボンが掛けられている。
 差出人は「水鏡雪彼」。
「……!」
 箱の蓋を開いたとたん、今しがたまでの蘭の悩みは吹き飛んだ。
 みどり色の絹の裏地が美しい、黒天鵞絨のマント。レースがあしらわれた白い絹のシャツ。短めのベストと、緑玉のついた蝶ネクタイ。黒いシルクハットにも、みどり色のストライプが入っている。
 象牙でつくられた、可愛らしいキバまでセットになった、いたせりつくせりの凝った衣装だった。おそらくは、雪彼の叔母が仕立てて、雪彼の名前で送ってくれたと思われる。
「……ドラキュラ、なの!」
 黒とみどりの衣装に着替えた蘭を、等身大の鏡が映し出す。
 その姿は、さながら、吸血鬼の幼い王子のように見えた。

 † †

「蘭ちゃん、にあう。おうじさまみたいだね」
「雪彼ちゃんも、おひめさまみたいなの」
 タイミング良く迎えに来てくれた雪彼と合流し、ふたりは出発した。
 最寄りの駅に向かう途中、歩道の端で招待状を開いてみる。パーティ会場への道順を確かめるためだ。
 わかりやすい案内図がついているのは、子どもたちだけでも迷わないようにとの、主催者側の配慮だろう。
「どのビルに行けば、いいのなの?」
「うんとね、ろっぽんぎヒルズっていうところ。蘭ちゃん、しってる?」
「聞いたことあるの。東京タワーの、近くなの」
「じゃあ、それを目じるしにすればいいんだね」
 ……あながち間違いではないが、子どもたちの感性は、大人の想像を遥かに凌駕する。
 まして、その日は、異界が近しくなる万聖節の前夜であり、ふたりは、人並み外れた煌めくような生命力を有している子どもであり――そして、『東京』に穿たれた巨大な結界石たる東京タワーと六本木ヒルズは、界鏡現象を呼び込みやすい条件を有していて――
 雪彼と仲良く手を繋いで歩きながら、蘭は目をしばたたかせる。
 街の風景が、一変したような気がしたのだ。

「東京タワーがみえてきたの。……でも……あれれ……? なんだか、おかしいの」
「あれがとうきょうタワー? おかしでできた、おしろみたいにみえるよ」
「いま、道が、ぐにゅって、まがったのー」
「うん。くうきもいっしゅん、ゼリーみたいになったよ。ゼリーの中を、とおりぬけたかんじ」
「この道、おかしの匂いがするの……。チョコレートみたいなの」
「この木のはっぱも、クッキーをやいてるときみたいな、あまいかおりがする」
「痛っ。いたいのー」
「なにこれ。石がふってきた? だいじょうぶ、蘭ちゃん」
「大丈夫なのー。石じゃないみたいなの。……こんぺいとう、なの」

 東京タワーの形と色合いを残した、お菓子の城。チョコレートの香りを放つ、アスファルト。
 焼きたてクッキーの葉をつけた街路樹。
 七色の金平糖があられのように降り注ぐ、六本木の街。

 ――彼らはすでに、異界に足を踏み入れていた。
 
 † †
 
 甘い匂いで満ちたこの世界は、子どもたちの楽園のようにも見える。が、それなりの住人間トラブルはあるらしい。
 何故ならば……。
「おかしのおしろのてっぺんに、だれか、すわってるね」
「とがった耳と、尻尾がついてるのー。あくまの子、みたいなの」
「あの子が、こんぺいとうをぶつけてるみたい」
 雪彼と蘭は、東京タワー型のお菓子の城を見上げる。
 城の上には、小さな悪魔が陣取り、矢継ぎ早に金平糖を繰り出しては投げつけている。
 被害にあっているのは、モンスターの子どもたちだった。
 まるで、雪彼と蘭と同じように、ハロウィンの扮装をしているようにも見える彼ら――小さな魔女、幼い吸血鬼、つぶらな目のコウモリ、二頭身のミイラ男や骸骨……。
 みな、金平糖攻撃を受けて、おろおろしている。
 やがて、ミイラ男と骸骨が、蘭と雪彼の存在に気づいた。
(あっ、おひめさまだ)
(おうじさまだ)
 それをきっかけに、みなわらわらと、魔女の姫君とドラキュラの王子を取り囲み、口々に訴える。
(聞いて聞いて。まおうさまが、ひどいんだよう)
(おかしのお城をね、ぜんぶ、とっちゃったの)
(お城はみんなのものなのに)
(少しずつ、わけて食べなきゃいけないのに)
(まおうさま、ずるい)
(ひとりじめなんて、あんまりだよ)
(とりもどしてよ)
(おねがい)
(おねがい)
 
「……蘭ちゃん。これって」
「うん、なの。クエスト発生、なの!」
 もちろん、雪彼と蘭には、わかっていた。
 異界には、お菓子でできた国が、いくつかあるらしい。ここはたぶん、そのうちのひとつ。
 そしてこれは、お菓子の城を独り占めする、悪い魔王。
 さらに。
 迷い込んだ以上、助けを求められた以上、雪彼と蘭は、異世界からやってきた彼らの英雄。
 ふたりは顔を見合わせる。
「わるい子が、おかし全部とっちゃったみたいだね」
「なんとかしなくちゃなの」
「そうだよね、おかしは、なかよくわけなきゃ!」
 きっぱりと、雪彼は言う。魔女の姫君は公明正大なのだ。
「そうなの! お城でくらすのは、みんないっしょが楽しいの!」
 ドラキュラの王子もそう言い放ち、しかし、ふと首を傾げる。
「でも、どうすればいいのなの?」
「まかせて」
 魔女の姫君は、すうと、魔法の杖をかざす。お菓子の城に陣取る、魔王に向けて、
「雪彼、まほうつかう」
「ええっ? 使えるの?」
「ここでなら、つかえそうな気がする。蘭ちゃんもできるよ。手をかして」
 雪彼の手の上に、蘭の手が重ねられ――
「いくよー!」
「はいなのー!」
 ふたりが指先に力を込めた瞬間、ピンクダイヤが閃光を放った。
 強い光はお菓子の城を包み込み……
 魔王を、ぽんっ! と、頂上から落とした。
 ばらばらばらと金平糖がこぼれ、チョコレート製のアスファルトを埋め尽くす。

(ごめんなさい……)
 どこからか、か細い声で謝る子どもの声が聞こえてくる。
 口々に、御礼を言う声も。
(ありがとう、おひめさま)
(ありがとう、おうじさま)
(まおうさまはね、いつもは、いい子なんだよ)
(でも、ハロウィンの日だけは、こうなっちゃうんだ)
(むかしね、ジャックってひとに、いじめられたんだって)
(それでね、この世界ににげてきたの)
(一年に一度だけ、トラウマがうずいちゃうみたいなんだよね)

 † †

 気づいたときには、ふたりは、パーティ会場に着いていた。
 すでに会場では、華やかな人々がハロウィンの扮装に身を包み、楽しげに語り合っている。
 その中に、ふたりの到着を待っていた、叔母や親族の姿も見える。
 雪彼と蘭を見るなり駆け寄って、ほっとした顔になったが――
 微笑んで頷くだけで、特に何も問わなかった。

 姫と王子は、揃って、パーティの輪に入っていく。
 その手にひとつずつ、名残の金平糖を握りしめて。

 
 ――Fin.
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年11月13日

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