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『Cock A Doodle Doo! 』
物部・真言4441)&(登場しない)

 

 確かに、歩き慣れた道の上にいるはずだった。
 その日のシフトを終えて、適当に夕飯を摂り、アパートまでの道のりを、真言は確かにいつもと何ら変わらない道順で歩き進めていたはずなのだ。
 均等な間隔を経て伸びる電柱が、暮れてしまった夜の闇を点々と小さく照り付けている。
 真言の足は、その街灯と街灯の真ん中辺りで止まっていた。
 石壁が続いていたはずの場所に、今は一軒の屋敷が軒を構えている。
 尖塔を戴いた、レンガ造りの洋館だ。
 外観から窺うに、おそらくは二階建てであるようだ。
 鬱蒼と生い茂る樹木に隠された窓の中は、当然ながら真暗な闇で埋め尽くされているらしい。
  
 しかし。

 真言は視線を細めて洋館を見据える。
 揺らぐ木立ちの枝葉が、まるで真言を誘うかのように震えているのが見えた。
 庭にあるのは紅い薔薇だ。
 吹く秋の風に揺らぎ、薔薇は文字通り匂いたつような艶やかさで闇を彩っている。
 その薔薇の下に、小さな手毬が転がっているのを見つけて、真言は知らず知らずの内に屋敷の中へと足を踏み入れていた。
 
 玄関のドアに呼び鈴があるのを知って、真言はひとまずそれに指をかけた。
 ベルの音は思いがけず大きく響き、屋敷の中だけでなくそれを囲む夜の空気までをも震わせた。
 人の気配は感じられない。
 真言は拾い上げた手毬に視線を落とし、肩で大きな息を吐く。
 手毬が庭に落ちていたからといって、それが必ずしもその家の物であるというわけではないだろう。まして、眼前にある屋敷は、とてもではないが人の息吹のまるで感じられない空間のようだ。
 返される事のない返事を少しばかり待って、真言はもう一度だけ呼び鈴を押した。
 そうして、やはり応えのないのを確認してから、真言は手毬を玄関の前に置いて踵を返した。
 振り向いた真言の視界に映りこんだのは、――否、視界の全体を覆ったのは、突き出された少女の顔面だった。
 驚き、思わず半歩ほど下った真言の足がドアの下部にぶつかる。肩がぶつかったのか、呼び鈴が大きな音色を響かせた。
 真言の前に立っていたのは長袖のワンピースを身につけた、十にも満たっていないであろう年頃の少女だった。
 少女がかくりと首をかしげる。
 夜の中にあって、少女の姿はなぜかとても克明に、まるで浮かび上がっているかのように、真言の前にあるのだ。
 海底から涌き出てきた水泡のような白い肌。肩の上で揺れる、淡雪のようにしなやかな黒髪。琥珀色の双眸。
 血を吸い取ったかのような、紅い口。
 少女は胸に人形を抱いている。今さっき真言が目にした少女の顔は、あれは人形のものであったのだろうか。少女の姿を写し取ったような、そっくりな出で立ちをしている。
 
 生き人ではない。

 真言は引き下がった半歩を、今度は前へと押し進めた。
 帰らなくてはならない。
 帰路へと戻り、そして部屋までの道のりを、いつものようにのらりくらりと帰るのだ。
 その真言の思念を感じ取ったのか、すれ違い様、少女の紅い唇がぬめりと動き、その形を大きく歪めた。
 あのねえ、おにいちゃん。
 少女が唇を動かすと、吹いている夜風が真言の耳元で少女の言葉を囁いた。
 おはなは好き?
 少女の声がそう問い掛ける。
 応えてはならない。真言の頭のどこかが小さな信号を鳴らし始めた。
 進めていた歩みを止めて、真言はゆるゆると少女の顔に目を向ける。
 少女が笑っている。
 その腕の中で、人形が泣いているように思えた。
 おはな。好き?
 再び問われ、真言はゆっくりと薔薇の花へと目を向けた。
 少女の唇の色と寸分違わず同じ紅で染まっている薔薇が揺れている。その上で、深く生い茂る黒々とした枝葉が波打っている。
 真言が少女の顔に視線を戻すと、少女の口が再び動いた。
 夜が囁く。
 ねえ、おにいちゃん。おにいちゃんはわたしの大事な手毬を見つけてくれたから、とくべつにおしえてあげる。
 その言葉と同時に、真言の後ろ――背中の方で重々しい唸り声のようなものが響いた。
 咄嗟に振り返る。
 真暗であったはずの玄関で、小さなランタンの灯が揺れている。
 その傍らに、真言が広い、置いてきた手毬がぐらぐらと揺れていた。唸っていたのはその手毬だった。
 少女が狂ったように笑う。
 手毬ではなかった。それは、崩れかけてはいるが、まぎれもなく、人間の男の頭だったのだ。
 目を見開いて後ずさる。
 男の目が真言を捉え、その口が何事かを告げている。が、その声は少女の嬌声によって阻まれ、真言の耳までは届かない。
 ああ、ああ、ああ、ああ。
 あのねえ、おにいちゃん。わたし、お父さんの国の血を引いてるんだって。ケガレタ血なんだって。ねえ、ケガレタっていうの、どういうコトかなあ? ケガレテるから、お父さんもおかあさんも、わたしをおいていっちゃったのかなあ。
 風が笑う。嗤う。
 真言は弾かれたように、馴染み深い空間へ――つまりは歩き慣れている道を目指して走り出した。
 首の後ろがやけに熱い。
 男の悲鳴が真言を追いかける。
 夜がまとわりついている。

「ねえ、わたし、あの花の下にいるんだけど」

 少女の声が、今度は囁き声ではなく、はっきりとした音をもって、真言の耳を捕らえた。生温かな息が顔に触れる。
 首の後ろが焼けるように痛い。
 あと半歩で、元いた空間へと戻る事が出来る。
 その安堵が、真言に隙を与えたのか。
 踏み出そうとした真言の足は、土中から伸びている少女の腕によって絡め取られたのだ。
 少女の声が陰々と響く。
 男の恐怖は、いつの間にか途絶えていたらしい。
 つまづき、よろめいた、その拍子に、真言は、見たのだ。
 自分の背に乗っている少女の顔を。
 血と汚臭と、なによりも死を斑に浮かび上がらせたその顔が、真言の目を見つめ、ぐにゃりと三日月を象った。


 気付けば、そこはアパートの近くにある公園の中だった。
 真言はベンチの上に呆けて座り、ざわざわと音をたてて流れる枝葉の音を聴いていた。
 ――――夢、だったのか。
 そう考え、寒さに身を震わせる。
 公園に立ち寄った覚えも、眠りについた覚えも、まるでない。が、真言は強くそう思いこむ事にしたのだ。
 首の後ろに感じる痛みを軽くさすり、そこに残っていた小さな怪我を確め、その場を後にする。

 採った覚えのない、紅い薔薇が数輪、真言の周りを囲むように置かれてあったのには、なるべく視線を向けないようにして。









Thank you for an order.
Moreover, I am waiting for the day which can meet.

2006 November 9
MR
PCシチュエーションノベル(シングル) -
エム・リー クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年11月09日

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