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『MOONLIGHT SHADOW 』
ジェームズ・ブラックマン5128)&ナイトホーク(NPC3829)

 誰も気付かないような些細な違和感。
 あまりにも静かすぎて、水面にさざ波もたたない程の小さな変化。
「………」
 蒼月亭の一番奥のカウンター席に座り、『グレンゴイン10年』のロックを飲みながら、ジェームズ・ブラックマンは、この店のマスターであるナイトホークの様子を無言で見つめていた。
 多分自分でなければ気付かないだろう。ナイトホークのポーカーフェイスは完璧だ。
 だが、それでもやはりジェームズには分かるのだ。
「クロ、今日は閉店までいるの?」
 チェイサー用のグラスに水を満たし、ナイトホークが煙草をくわえている。
 常連客がいつまでここで飲む気なのかを確かめるようにも聞こえるが、普段のナイトホークならよほど悪質な客でもない限り帰る時間を気にすることはない。そのまま明け方近くまでいようが、すぐ帰ろうが「そう」で済ませるのに、最近何故か自分の帰る時間を気にするような事を言うことがある。
「閉店まで私にいられると、都合が悪いことでも?」
「いや、そういう訳じゃ…」
 まただ。
 ナイトホークは何かをごまかすように目を反らし、入り口に時々目を向ける。
 それは誰かを待っている仕草ではない。むしろ「招かれざる客」を警戒するように、静かな緊張感を放っている。近くを車が通り、そのライトが見えるたびにその緊張感は高まり、通り過ぎていくとそれが緩む。
 …これはいったい何のシグナルなのだろう。
 助けを求めているのか、それとも触れずにいて欲しいことなのか。
 お互い長い付き合いなのだから放っておいてもいいのだが、ナイトホークは自分の中で不安をため込んでそれを自分自身にぶつけることがある。それは今でも全く変わっていない。
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしてます」
 最後の客が去り、店内にジェームズとナイトホークだけが残された。その後ろ姿を見送ると、気が抜けたかのようにナイトホークは大きく息をつく。
「さて…と、取りあえず一段落かな」
 吸っていた煙草をくわえ、カウンターの上のグラスなどを手際よく片づけ始める。その様子にジェームズは声をかけた。
「夜鷹、今日の予定は?」
「…今んとこ未定。何もなければ、店閉めて部屋行って酒飲んで寝るかな」
 今のところ。
 これから何か予定が入るとでも言うのだろうか。
 最近ナイトホークが、真夜中に家にいないことがあることは知っていた。それがもし違和感の原因だというのなら…自分にはそれを知る義務がある。
 グラスの底に薄く残っていた『グレンゴイン』を飲み干すと、ジェームズは立ち上がりナイトホークがカウンターを拭こうとしていた布巾を横から取った。
「予定がないのなら、お前の部屋で少し話をしたいんだがどうだ?」
「別にいいけど…急に何?」
「それは部屋に行ってから話す。ここで話しているうちに『予定を狂わせる何か』が来たら困るだろう」
 カウンターの中にいるナイトホークの動きが止まり、表情があからさまに変わった。口には出していないが、その目は警戒心に満ちている。
「取りあえず店の看板『Closed』にして、入り口に鍵かけてくれる?急いで片づけるから」

 半地下の薄暗い部屋。
 ガラステーブルとさほど大きくないソファー…そして広いベッド。
 相変わらずナイトホークの居住スペースは生活感のかけらもない部屋だった。何度もここには来ているのだが、本当にこの部屋で寝起きしているのか不思議に思うほどこの部屋はやけに整頓されている。
「取りあえず何か飲む?店に出さない『グレンゴイン21年』でいい?」
「お構いなく」
 シガレットケースをテーブルの上に置き、ナイトホークは蝶ネクタイなどを外す。そしてグラスを二つ持ちながら、器用に『グレンゴイン』のボトルも持ってくる。
「チェイサーとか氷とか持ってくるからソファーに座っててよ」
 話を聞くのを伸ばそうとしているのか、単にいつものように人を迎える準備をしているだけなのか。それらが全て用意され、床にぺたりと座ったナイトホークがくわえた煙草にジェームズは火を付ける。
 ふぅ…と煙と共に溜息を吐き出すと、ナイトホークはグラスにスコッチを注ぎながらジェームズの方を見ずにこう言った。
「…話って何?面倒なの嫌だから、単刀直入に話そうぜ」
 ここに来てやっと安心したのか、さっきまで感じていた違和感が消えた。店の中で見せていたのがナイトホークの明るい面だとしたら、この部屋にいる時は月に出来る影のような人には滅多に見せない面だ。確かに存在しているのに闇に溶けて見えない部分。
 いつものように不敵に微笑みながらグラスを満たし、舐めるようにちびちびと『グレンゴイン』を飲んでいる。
 聞きたいことはたくさんあった。
 最近自分の知らない所で『Nightingale』という組織からのオーダーを、誰かに仲介するわけでなく自分自身で受けていること。いつもなら「自分は仲介するだけ」と、内容に関わったりしないのに、何故その組織からのオーダーだけを自分でこなそうとするのか…その理由を知りたかった。
「…最近自分で仕事をしているらしいな」
「ああ、それか。長く生きてるしがらみで、どうしても自分でケリつけなきゃならないことがあるからな…仕方ない」
 くす…と、薄暗い中でナイトホークが笑う。
「クロはさ、『Nightingale』って組織知ってる?」
「…噂ぐらいは」
 ジェームズ自身『Nightingale』に関して話を聞いたことはあっても、実際に交渉したり出会ったことはない。知っているのは「個人が持っている組織」であるということと、「能力者がその個人の元に利益を求めず集っている」ということぐらいだ。
「そこから仕事とかの情報を回してもらう代わりに、戦前の研究所関連の話が入ってきたら俺が直で仕事してる…遠回しなスポンサーみたいなものかな」
 普段過去に関する事はほとんど触れたりしないので、ジェームズがそれを聞くのは初耳だった。
 長く生きてるしがらみと、自分でケリをつけなきゃならないこと。
 戦前の研究所関連の話が入ってきたらナイトホークが直で仕事してること。
 自分が知らなかっただけで、ナイトホークはナイトホークで自分の身に怒った謎を解き明かそうとしていたのだろう。
「自分で動くなど、珍しいことを…」
 サヨナキドリは、場所によって『死を告げる鳥』とも言われている。それは朝も夜も関係なくさえずるからなのだが、夜飛ぶ鳥の名を付けられたナイトホークがその組織に関係しているのは、ある意味皮肉な事なのかも知れない。
「まあね…『夜鷹』が『小夜啼き鳥』に使われてるなんて、全く馬鹿な話だ。真実を知りたくて協力してるつもりだったのに、するたびに謎ばっか増える。目の前が本当の闇で、自分が立ってるのか寝てるのかも分からない…今じゃそれに脅えてる…」
 そう呟くと、ナイトホークは突然グラスをあおった。まるで何かに八つ当たりをするような、自分の中にたぎる不安を押さえつけるようなそんな飲み方を見て、ジェームズは眉間に皺を寄せる。
 お互いの間に流れる不穏な空気。魂の奥がピリピリするような緊張感。
「脅えるほどの何かがあったのか?」
 返事は、ない。
 ただ沈黙の中、灰皿の上に置かれた煙草の煙が静かに燻っていくだけだ。その小さな炎がふいと動く。
「悪い…今の話、忘れて」
 忘れられるものか。
 少し前から感じている違和感は、おそらくナイトホークが今話した「不安」や「脅え」に起因しているものだ。その不安の行き場をなくし、闇の中で壁にぶつかったまま飛ぼうとしているのを目の前にして、忘れてやろうなどと言えるはずがない。
「私が『分かった』と言えないことを知っていて、そう言うか?」
 その瞬間、バン!とテーブルを叩く音がして上にあった物が揺れた。ジェームズの静かではっきりとした否定に、ナイトホークが激高する。
「忘れろよ…俺だって忘れられるなら、とっとと忘れたい。研究所に入れられる前の事みたいに、綺麗さっぱり忘れちまいたいんだ!」
 部屋の中がしんと静まりかえり、時間が止まったかのようにお互い黙ったまま見つめ合う。
「…お前の過去に関したことで、何かあったんだな?」
 ナイトホークが感情を激しく揺らせた。忘れてしまいたいほどの不安と脅え…しばらく何かを堪えるように歯を食いしばっていたナイトホークが長く溜息をついた後、目を瞑って首を横に振る。
「そう言われればそうかも知れない。クロには話したことがあるよな…俺が銃剣で人を殺したことがあるって」
 昔ナイトホークと知り合い、しばらく廃墟で暮らしていた頃にその話を聞いたことはある。心を許した相手との『どちらかが死にそうになったら、お互いの手で楽にしよう。足手まといになるぐらいなら…』という約束を守るために、ナイトホークは銃剣を手に取り人を…心を許した相手を殺した。
 ジェームズは無言で頷き、スコッチを少しずつ飲む。こういう時は口を出さず、感情のまま話させた方がいい。自分の不安を己の内に溜めすぎると、ナイトホークは自傷に走る癖がある。今まではそんな事もなかったが、この様子からするとここで吐き出させなければ、一体何をするか分からない。
 スッと立ち上がったナイトホークが、ベッドの下から小銃が入ったケースを出した。その中からは微かに新しい血の匂いがする。それは自分が知っている者ではない全く異質な者血の匂い…。
「確かにあの時俺が殺したはずなのに、人造ヴァンパイアとして甦ってたんだ…俺、あいつの約束守ってやれなかった」
 自分が心を許し、約束を守って殺したと思っていた相手が人造ヴァンパイアとして甦っていた。その相手を見れば「心を許した相手に置いて逝かれるのが怖い」という不安までが呼び起こされ、動揺するのも仕方がない。
「…怖いんだ。今まで何の情報もなかったのに、急に色んな真実を突きつけられる。どこに向かって飛んでるのか分からない…」
 そのままナイトホークは不安を押し殺すように黙り込む。
 瞳に映る真実と隠されている真実。一体どちらが本当なのだろう…それはジェームズからは全く分からないが、かけられる言葉は一つしかなかった。
「…瞳に映るモノを全てと思うな。お前の心で見たモノが真実だ」
 見えているものが真実とは限らない。ナイトホークが自分の目で見たものは、ナイトホークを惑わすために現れた虚像かも知れない。心を許していて、約束を守ったはずだった者を目の当たりにして混乱する気持ちは分かるが、それが果たして本物なのか…それを見破る術はない。
 スーツのポケットから出したハンカチが闇の中に白く浮かぶ。
「真実って、すっげー痛いな…」
「得てしてそんなものだ。長く生きているから、その痛みに耐えられるかと言えばそうではない…時が過ぎていくからこそ痛みが鋭くなることもあるだろう。夜鷹、引き返すなら今しかないぞ。おそらく『Nightingale』に関わっている限り、その真実はお前を傷つけ続ける」
 ハンカチを受け取ったナイトホークが首を横に振る。
「『Nightingale』なんてどうでもいい…お互い利用してるような関係だ。でも、ここで逃げたくないんだ。怖くないって言ったら嘘になるけど…」
「なら上へ飛べ。痛みを感じられなくなるほど心が凍るぐらいなら、痛みを感じながらでも歩き続ける方がお前らしい」
 そう言いながらジェームズも微かな痛みを感じていた。
 自分が最後に安らぎを与えたと思っていた相手が、もし目の前に甦ったとしたら…自分はそれを「虚像だ」と言い切れるだろうか。偽物だと言いたい気持ちと、本物かも知れないと信じたい気持ち…自分の心はそれを見抜くことが出来るだろうか。
 すん…と鼻をすすりながらナイトホークが溜息をつく。
「上に飛べば、壁がなくなるのかな」
「カゴの中にいなければ、いつか何処かにたどり着けるだろう…きっと」
 ふっ…と闇の中お互いが笑う。
「仮定かよ…でも、ちょっと嬉しかった。サンキュー、クロ」
「どういたしまして…もう一杯飲ませてもらってもいいか?」
「好きなだけどうぞ。その代わり、ちょっとだけ泣かせて…クロ以外、おおっぴらに泣ける相手がいないし」
 その返事が発せられる前に、押し殺したような声が辺りに響き渡った。

 結局ジェームズは、ナイトホークの部屋に泊まっていくことにした。本人は「大丈夫だ」と言っていたのだが、こうやって弱みを見せられると昔のことを思い出しつい心配になってしまう。悪い癖だと思いながらも、どうしてもそれを放っておくことが出来ない。
「もう不安材料はないんだろうな」
「流石にもうない…」
 ジェームズの言葉にナイトホークは嘘をついた。
 本当は前に見せられた廃墟の写真など、ジェームズに言わなければならないことはたくさんあった。だがそれを言ってジェームズを煩わせると思うと、どうしても言えない…いつか話さなければならないことなのだが、それは今じゃなくてもいいだろう。
 お互い嫌というほど時間はあるのだから…。
「あ…クロ。そう言えば、Nightingaleって薔薇に恋して夜通し歌いつづけ、自分の血で薔薇を真紅に染めたって伝説があるんだぜ。この前読んだ本に書いてあった」
「…嫌な伝説だな」
 死を告げ、己の血で薔薇を真紅に染める鳥の名を持つ組織…。
 そのうちジェームズ自身も関わることがあるのだろうか。
 灯り取りの窓から漏れてくる微かな月明かりが映す影が、部屋の中でそっと揺れた。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
ナイトホークが個人で動いていることを知るためのノベルということで、ナイトホークが関わった事件などにちょっと触れています。『Nightingale』自体はおおっぴらに動いていない組織なのですが、名前ぐらいは知っていそうです。
サヨナキドリの伝説は童話にもなっていたと思います。そう考えると色々な因縁を感じます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年11月06日

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