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『アリス・ペンデルトンとお菓子の怪獣。 』
棗・響4544



「こんにゃろ!」
 ここお菓子の国の魔女・アリスは杖を振る。
 お菓子を作り出す魔法はうまくいく時と失敗する時がある。まあ、失敗するとしても誰に迷惑がかかるわけでもない。……食べさせなければ。
「うぅむ。調子はすこぶる良い」
 胸を張る彼女ははるか遠くに見えるお菓子でできた城を見遣る。眉を吊り上げ、フンと鼻息を吐く。
「えっらそうにあんなどでかい城に住みおって…………ん?」
 自分に陰が差したことに気づき、アリスは振り向く。
「……おお?」
 真後ろにずーんと立っている巨大な怪獣はお菓子でできている。先ほどアリスが出したものだ。
「…………でかっ」
 ティラノサウルスに似た姿のお菓子の固まりは、アリスを軽々と抱える。
「な、なにをするのぢゃ! こら、離せ! 離せぇ〜!」

***

「ここ、どこかしら?」
 シュライン・エマは周囲を見回す。
 見知らぬ場所だ。それに、なんだか甘い香りが充満しているような……。
 嫌いではないが、甘すぎる。
「どこでしょ?」
 肩をすくめて応えたのは、棗響だ。彼も漂う甘い香りに不思議そうな表情だ。
 どう考えても自分たちが居た東京ではないし、見覚えのない場所だ。
「……ま、あんなところにお城があるしね」
 響の示す先には城まである。しかも、お菓子の城。
 空は星の瞬く夜のもの。二人の背後に広がる森の中には灯りが点々と見える。どうやらカボチャのランタンがあちこちに飾られているようだ。
「……せ〜……」
 遠くから声が聞こえる。
 シュラインは響と顔を見合わせて耳を澄ました。
「離せ〜! このぉ〜!」
 女の子の声???
 シュラインは怪訝そうにする。
「あっちから女の子の声が聞こえるわ……」
「何かイベントやってるんじゃないかなー。だってほら、ここって夢っぽいし」
「夢……なのかしら」
 それにしてもはっきりと匂いがする。砂糖とか、ハチミツ。生クリーム、カスタード。香ばしいパイの匂いまで……。
(とにかく声のしたほうへ行ってみようかな)
 響はそんなことを思うとさっさと声のするほうへ歩き出してしまった。シュラインが慌ててついていく。
 声の調子からすると、恐らくは助けを求めて……いる?



「くぉの〜! なんぢゃこの〜!」
 手足をバタつかせる少女の襟首を掴んでぶら下げているのは恐竜だろうか? ティラノサウルスに似ているような気がするが……。
「お、お菓子でできてる……」
 あまりの出来の良さにシュラインが「まあ!」と感嘆の息を吐き出した。
「あらららら〜。捕まっちゃってるねぇ、あの子」
「う〜ん。遊んでる……のかしら? それとも、困って……るのかしら?」
 首を傾げるシュラインは、ばたばたと宙で足を動かしている少女の姿を見て、知り合いのサンタ娘を思い出す。なんだか似ている……。
 響はシュラインに尋ねた。
「助けたほうがいいのかなあ?」
「もう少し様子を見てから……」
 どでかいお菓子恐竜はのしのしと歩く。ちょっとした一戸建ての家くらいはありそうなデカさだ。
「ひぃ! この! 離せと言っとるぢゃろうが〜っっ!」
 ぶら下げられたオモチャ状態の少女は「ムキャー!」と怒声をあげていたが、観察していた響とシュラインに気づいて声をあげる。
「そこのおまえたち! 助けろっ!」
 横柄な言い方をする少女を響が指差す。
「とかなんとか言ってるけど、どうするかなぁ」
「ちょっと楽しそうではあるけど」
 あのぷらぷらと揺れている様子は、傍から見ればかなり愉快だ。まあ、本人はそれどころではないだろうが。
 いくらお菓子でできているとはいえ、こちらは二人。あの巨体から簡単に少女を救えるとは思えない。
 シュラインはうーんと考え込んだ。
「とにかく足止めね。私はそちらを担当するわ」
「じゃあ俺は救出ね。りょうかーい」

 お菓子でできているのだから水……が弱点のはず。
 とはいえ周囲には水など見当たらない。ここは丘の上。周囲は木と草ばかりだ。
 のしのしと歩き回っているお菓子の恐竜を見遣り、シュラインは悩んだ。お菓子でできているだけあってそれほど頑丈ではなさそうだし、歩くのも遅い。
「とはいえ、周りに何もないんじゃ……手の打ちようがない気がするけど。棗さんは何かできるのかしら?」
「蜘蛛を使って雁字搦めにできるかもしれないけど……どうだろう」
 飄々と言う響の言葉に「蜘蛛!?」とシュラインが反応する。クモって、空に浮いているものではなくて、あの……。
「そ。蜘蛛型のロボットなんだけどね。どっちにしろ、足止めしないと潰されちゃうかな〜と思うんだけど」
「あの大きさを止めるには……。そうね、ここがお菓子ばかりの国なら紅茶かジュースがあれば……」
「……どこに?」
 しー……ん。
 響の言葉にシュラインは「うぅ」と、うめいた。
「じゃあ……クリームの出るホースとか……溶かしたチョコでもいいかもしれないわね」
「こらぁ! 何をやっておるんぢゃ! 早く助けろーっ!」
 ばたばたと暴れている少女にシュラインは大声で尋ねた。
「ここらへんで、大量にクリームとかチョコがあるところはないかしらー? 溶かした飴でもいいわー」
「なんぢゃと? そんなもので何をしようというんぢゃ……って、ウワーッ!」
 振り回されて少女が目を回す。おおすごい、と響が呑気に洩らした。
「とにかくそいつの動きを止めるわ! 教えてちょうだい!」
「ぬ……そんなものここらへんにあるかぁっ! うぷっ、気持ちわるっ。
 ないなら出してやる! 何が必要か言えっ!」
 ふらふらになりながら少女が叫ぶ。
 シュラインは戸惑いながら言った。
「じゃあ大量の、えっと、生クリーム? と、それを放出するホース?」
 声に反応して少女が、持っていた杖を軽く振った。途端、どしゃん! とシュラインの背後に何かが落ちてきた。
 恐る恐る振り向いたシュラインは思わず感激する。
「かっ、可愛い……!」
 手動の放水機が現れたのだが、お菓子でできていた。四角い本体はパイ生地かクッキー生地のようなものでできている。それに付けられているホースの部分は飴細工だ。本体の中に生クリームが詰まっているらしい。
「えっと、ここを押せばいいのかしら」
 シュラインが以前どこかの田舎で見た、井戸を組み上げるためにあった仕掛けに似ている。クッキーでできたレバーを下に押すと、ホース部分の先からちょろりと生クリームが出た。レバーは元の位置に戻ってしまう。
 響はハハ、と軽く笑った。
「可愛いけど、もしかしてそれ……何度も押さないと持続しないってやつ?」
「………………」
 おそらくはそうだ。シュラインはキッと恐竜のほうを睨むとホースの先端を向けた。左手でしっかりと固定して、右手でレバーを何度も下に押す。勢いよく飛び出た生クリームは恐竜の腹部を白く染め上げた。
「ホースを上に向けないとダメみたいね」
「じゃあ俺がレバーを押す役をするよ。ホースを持っててくれる?」
「え? いいの?」
 驚くシュラインに響は快く頷く。
 というわけで、シュラインがホースを上のほうへ向けた。両手でしっかりと持つ。飴で手がべとべとになっているので、少し辛い。どうやらこの放水機、使う人のことを全く考えていない作りのようだ。
 響がレバーを掴み、勢いよく押し続けた。
 生クリームは恐竜の顔にぶつかり、そのまま全身を染めていく。なんだか美味しそうだ。
「おえ〜! あま〜っ」
 少女がぺっぺっ、と吐き出している。やはりクリームの被害は免れなかったようだ。まあどうやっても、クリームがかかってしまうなとはシュラインも響も考えてはいたが。
 クリームの勢いに押されて恐竜が後退していき、そのままステーンと転がってしまった。
「よーし! 今だ!」
 明るく言う響が自分の持つ蜘蛛たちに命令する。彼のスーツの下から蜘蛛のロボットたちがごそごそと這い出た。
 シュラインが心配そうにその様子を見守る。あんなに小さな蜘蛛で大丈夫なのだろうか?
 蜘蛛が一斉に並び、転倒してもがく恐竜目掛けて糸を出して拘束し始めた。あ、と響が気づく。
「おっと。あの女の子は巻き込まないようにしないと。って、あんなにじたばたしてたら巻き込まれないか」

 無事に救出された少女は生クリームがべったりと顔にも服にもついていた。恨むような視線を響とシュラインに向けてくる。
「ご、ごめんなさい」
「ふんっ。まあ助かったから許してやる!」
 謝るシュラインに尊大に言い放つ少女は響に頭を撫でられた。
「もう大丈夫だよー。うわぁ、帽子も髪もべたべただね」
「やかましいっ! さわるなぁっ」
 両手を振り回す少女に響が小さくくすくす笑う。
 シュラインは動けなくなっている怪獣のほうへ視線を遣る。まるでガリバー旅行記である。小人に捕まってしまったあの光景をシュラインは思い出した。
(でも……こっちは恐竜で、捕まえてるのは蜘蛛だけど)
 起き上がれない状態のお菓子の恐竜は完全に停止していた。蜘蛛の糸は見かけよりかなり頑丈のようである。
 少女はぐいっと自身を親指で示す。
「わたしを誰だと思っている! 魔女、アリス・ペンデルトンなんぢゃぞ!」
「いや〜、知らないなぁ」
「ごめんなさい……私も」
 響とシュラインの言葉にアリスがガーンとショックを受ける。彼女は眉を吊り上げた。
「そういえば……見かけない顔ぢゃな。使い魔か?」
 シュラインは首を傾げて響を見遣る。響は肩をすくめることで返事をする。
 アリスは「そうかそうか」と勝手に納得した。
「しかし、もっとマシな助け方があったぢゃろうが。まったく。
 一応礼だけはしておくぞ。とっておきの菓子を出してやる」
 アリスはそう言うなり、持っていた杖を軽く左右に振ってみせる。
 杖の先からぼふんっ、という音と共にマーブルチョコが三人の頭上に発生してばらばらと落ちてきた。生クリームまみれのアリスはマーブルチョコがクリームの部分にくっついている。響とシュラインはもろにチョコの雨に当たってしまった。あまり痛くないのが幸いだった。
 響がぱちぱちと拍手する。
「可愛いね。今のなに? 手品?」
 顔を引きつらせてアリスがぶんぶんと杖を振り回す。
「ま、魔法ぢゃ、魔法! 本当に出来の悪い使い魔どもぢゃ! そんなこともわからんとは嘆かわしいっ」
 なにやら彼女は誤魔化すように早口でまくし立てた。
「あの……今のチョコの雨がお礼なのかしら?」
 シュラインの言葉にしーん、と静まり返ってしまう。やがてアリスがこほん、と大きく咳払いをした。
「そんなわけないぢゃろう! 見ておれっ!」
 彼女はまた杖を振った。興味津々の響と、なんだか心配そうなシュラインは……顔をゆっくりとあげていく。
 アリスの背後に、先ほどの二倍はあるお菓子でできた恐竜が出現したのだ。
「ぬ? なんぢゃ? どこにも菓子が出現していないな」
 ぶんぶんと杖を振り回すアリスは、背後の恐竜に気づいていないようだった。
 美味しそうだけど…………さっきより凶暴な顔をしているじゃないか。
 シュラインと響は顔を見合わせて、アリスに無言で背後を指し示す。アリスは怪訝そうにした。そして彼女は後ろを振り向く。
 バッと顔を前に戻し、尊大に言い放った。
「よし! ではとりあえず……逃げるのぢゃ!」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【4544/棗・響(なつめ・きょう)/男/26/『式』の長】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、棗様。初めまして。ライターのともやいずみです。
 蜘蛛型ロボットで恐竜を拘束。無事にアリスを助けることができました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
お菓子の国の物語 -
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東京怪談
2006年11月06日

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