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『ぶどうは甘いかすっぱいか 』
藍原・和馬1533)&藤井・葛(1312)&(登場しない)

「そろそろだな」
「あ、あそこ」
 葛が指したのは、道路わきの看板だった。
 ××フルーツパーク、とかいう、いかにもおざなりにつけられた名称は、葛の手の中にあるWebサイトのプリントアウトと同じだ。申し合わせたようにありがちなブドウのイラストが、どちらにも添えられている。
「なんつうか……ベタだな」
「たまにはいいだろ。……窓開けてもいい?」
「ん。ああ」
 葛は窓を開けて、秋の風を車中に招き入れた。
 彼女の髪がなびくのを横目に、和馬は、ハンドルを切る。
 まるで遠足だ、こりゃ。彼は思った。
 空は抜けるような秋晴れ。国道をはずれると、周囲は一転して、のどかな田園に変わった。
 いったいどうして、ぶどう狩りに行こうなどという話になったのだったか。
 わからないが、そのときには、休日の過ごし方として素晴らしいアイデアだったように思えたのだった。葛がさっそくネットで検索し――、この果樹園のサイトを……いや、サイトというより昔ながらの「ホームページ」といったほうがいい手作り感満載のページを見つけ、地図をプリントアウトしたのである。
 しかし、ぶどう狩りとはベタだ。今になって和馬は思う。
 そうこうするうちに、件の果樹園のゲートが見えてきた。

 だが、不思議なもので、ゲートをくぐって敷地に足を踏み入れると……、こういうレジャー施設というものは、ひとの気持ちを浮き立たせる空気が漂っているものだ。
 一定の入場料を支払えば、あとはぶどうを獲り放題、食べ放題だそうである。
 秋晴れの休日の果樹園は、それなりに賑わっていた。
 葛は秋らしい落ち着いた色合いのカットソーにスカートの上から、薄手のカーディガンを羽織った、行楽仕様であったけれど、和馬といえば、いつもの黒スーツなので、レジャー客の中では目立つといえば目立った。もっとも、今さらそんなことを気にする和馬ではなかったし、葛ももう慣れっこになっていたのだ。
「なってる、なってる!」
 棚からは、紫色の粒をいっぱいにつけたぶどうの房が、いくつも下がっている。
「巨峰に、デラウェア、ピオーネ、ジャスミンホワイト……結構、いろんな種類があるんだ。困ったな」
 入口でもらったリーフレットを見て、葛が言った。
「困ったって?」
「全種類食べてみたくなる」
「違いない。よっし、まず、このへんから行くか!」
 獲り放題、食べ放題とはいえ、獲ったものは責任をもって食べるか持ち帰るかするかしなければならないのがルールで、持ち帰る場合は、買い取りということになる。どうせなら、よく熟した、よさそうな房を獲りたいものだ。
 葛はひとつひとつの房をあらためていく。
「あ。あれがよさそう」
 と、張りのよい粒がいっぱいにひしめいた、大ぶりの房を見つけ、葛が手を伸ばすと……
「いただき!」
 横合いから伸びてきた手が、彼女より先に房をもぎとる。
「あっ!」
「へっへー」
 和馬はわざと、房を高く掲げた。葛の身長では届かない位置に。
「ひ、ひど――」
「弱肉強食が野性の掟だ! いっただきまーす」
 ひと粒むしって、口に放り込む。
「くそ! 種が喉に詰まって死ね!」
「んぐ!?」
「え?」
「んんんんん……っ!!」
「ちょっ――、和馬……」
「んまい!」
「!?」
「すげーぞ! めちゃくちゃうまい! しかも、こいつは、種なしぶどうだー」
「……」
「んー? 欲しいか? 『和馬さま、分けて下さい』と崇めればひと粒、わけてやらんでもないぞよ。わははははは……――うげ!」
 肘鉄が、スーツの腹部に決まった。
「ふん。まだまだぶどうはあるんだし……」
 つかつかと、別の房を目指す。
 そしてまた、眼鏡にかなうものを見つけて手を伸ばすと――
「うりゃー!」
「あーーーっ!」
「弱肉強食と言ったろうが!」
「他にもっとあるだろう!」
「これがうまそうなんだよ! んー、いい香り」
「この……!」
「あ!」
 一瞬の隙を突いて、葛の手が和馬の獲ったぶどうをひったくった。
「お、おまえ……!」
 追いすがる和馬。ひらりとかわす葛。ぶどう棚の下の追いかけっこ。
 ふざけあいというには激しく、しかし、いつしか、笑い声があがり。
「こっちこっち!」
「待てよ、こら!」
「『葛さま、分けて下さい』と崇めればひと粒、わけてやらんでもないぞよ」
「お、大人げないな」
「どっちが!? 先にとったのそっちでしょ」
「ふん! 誰が分けてなんかもらうかよ。そのぶどうは……すっぱいぶどうだ」
 葛は、声を立てて笑った。

 こくのある丸まるとした粒が連なる巨峰。
 香り高い甘味が緑の皮の果粒につまったロザリオビアンコ。
 まろやかな果肉がボリュームたっぷりの大粒になったピオーネ。
 特徴的なだ円形の果粒を、皮ごと食べられるマキニュアフィンガー。
 濃い甘味が卵型の粒に包まれるハイベリー。
 ひとくちにぶどうと言っても、味や香り、粒の大きさや形、色合いはさまざまなのだ。
 マスカットのような緑色のものと、巨峰に代表される紫色のものとが大別してあることは想像がつくが、紫のぶどうであっても、違う品種を比べれば、色みが相当違う。デラウェアなどは赤みの強いワイン色だし、ハイベリーなどはむしろ黒に近い。粒の大きさ、形もさまざまで、ぶどうとはこんなに多種多様なものだったのか、というのが、発見だった。
 いや――
 ぶどう棚の下を走り回っていたふたりが、果たして、そんなことに目を向けている余裕があったかどうか……。

「ちょっとタンマ。休憩、休憩……」
 相好をすっかり崩して、葛は、芝のうえに腰をおろす。
「弱肉強食に休憩があるか」
 言いながら、和馬も並んだ。
「必死になりやがって」
「そっちこそ」
「たかがぶどうくらいで……」
「和馬」
「ん」
「ほら!」
 巨峰がひとつぶ、ぽーんと宙を舞った。
「!」
 ぱくりっ!
 見事な空中キャッチだった。
 葛は弾けるように笑った。
「おまえひとを犬みたいに……」
 だがそれでも、ぶどうの粒の甘い甘い果汁が、和馬の口のなかいっぱいに広がる。
「もら、もうひとつ!」
「ワン!」
 ぱくん――!
「上手上手」
 手を叩いた。
「すっぱくなんてなかったろ?」
「ふん。俺が食った瞬間に甘くなったんだ。それまではすっぱいぶどうだったのさ」
「何さ、それ」
「シュレティンガーの猫だよ」
「観測するまで生きているか死んでいるかわからない猫?」
「そ。ぶどうは食べてみるまで、甘いかすっぱいかわからない――」
「ふうん?」
 呆れたような笑みを浮かべながら、葛もひとつぶ、ぶどうを口に運んだ。
 甘くてすっぱい、秋の味がした。


「べたな休日だったな」
「べただったね」
「たまにはこういうのもいいか」
「いいよね」
 バックミラーの中に遠ざかっていく果樹園。
 どこか懐かしささえ感じるありがちさ加減は、裏を返せば、時代を越えて人々に愛されてきたという証なのであって。
「今度は梨狩りにする?」
 葛の言葉をどうとったのか、和馬が笑った。
「栗拾いにしようぜ」
「芋掘りもいいかも」
「いっそ松茸狩りは?」
「……とにかく、当分、ぶどうはいいか、って感じ」
「だいぶ食ったなァ。結構、獲りまくったし」
 フロントミラーに目を遣れば、後部座席には、お土産のぶどうを詰めたケースが山積み。
(それにしても)
 葛は、ハンドルを握る和馬の横顔を盗み見た。
(なんであんなにムキになっちゃったんだろ)
 
 窓の外では、山の端に、秋の夕陽がゆっくりと傾いてゆくところだった。

(了)
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東京怪談
2006年11月02日

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