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『■□■□■ ジャック・ナイト・ジャック ■□■□■ 』
也沢・閑6370)&染藤・朔実(6375)&(登場しない)


 目を覚ましたのはソファーカバーの上だったが、ソファーの上ではなかった。ぼんやりと重い頭をカシカシ掻き、染藤朔実は身体を起こす。見慣れたリビングの天井、見慣れたソファーカバー。しかし場所は床の上で、どうやら眠っている間に落ちてしまったらしいことに気付く。寝ている無防備な間にそんな衝撃があったら目を覚ましそうなものだが、と、頭の疼痛に顔を顰める。
 握り締めた携帯電話の時計は、朝の五時を示していた。これもまた中途半端な時間である。秋も深まってくると、この時間は冷える。日付を確認すれば、十一月一日。あ。

「やっば」

 朔実は立ち上がり、お隣の寝室を覗き込む。
 ベッドの上に突っ伏すように、バットマンが力尽きていた。

■□■□■

 いきなり着替えさせられたのにはびっくりしたが、と、也沢閑は仮面の下で苦笑する。BGMは有名な洋楽からホラーゲームのサントラまで、薄暗い照明の下には、異形達が戯れている。普段はもう少し静かなここは、瀟洒なレストランだった。今日はハロウィンと言うことでイベントをしているらしい。ミニスカートのワンピースに小さな外套を翻した女性が、彼にワイングラスを差し出す。受け取って、曖昧に笑う。
 傍らを見れば、ジャックオランタンにかっぷりと飲み込まれたような様子の同居人がチキンに噛み付いていた。忙しないぐらいの食いっぷりが、どこか幼くて少し笑みを誘う。

「サクラにしても、こういうのに参加できるのは中々面白いね。朔実もよく似合ってるし」
「ん、でしょでしょ? 閑くんが今日休みで良かったー、流石にこの被り物で孤独に太鼓持ちとかだったら悲しすぎるよっ。ほんとはもちょっとサクラ仲間がいたはずなんだけど、なーんか都合悪くなっちゃったみたいでさ……置き土産があって助かったけど」
「そうだね、ほんと」

 かくかくとカボチャを不安定に揺らせる朔実の言葉に微笑する閑は、自分の背中に首を向ける。黒いスーツに溶け込むのは、ショルダー型の蝙蝠の羽だった。首元でふわふわとくすぐったいファーと同様、『置き土産』である。
 頼み込まれたのは今朝のことだった。たまに皿洗い等雑用でバイトに入るレストランにハロウィンパーティのサクラを頼まれたのだが、面子が足りない。休みなら付き合ってくれ、立食バイキングだからタダ食い出来るし、ちょっと客の相手をしてくれれば良いから。なんて。返事も待たずに用意されていたスーツを持たされ、部屋を連れ出された。あれよあれよと打ち合わせ・店内用意・着替えが終わり、この現状。そこそこ賑わっている様子なのでこれといってサクラめいたことをしなくても良いのは、幸いだが。

 ハロウィンパーティと言えば聞こえは良いが、客層の偏りから察するに体の良いコンパなのだろうと閑は思う。傾けたワイングラスが空になると、また別の女性にグラスを差し出された。適当に会話を繋げ、円満に収束させる。集まっているのは大学生から若い社会人ぐらいの年頃ばかり。仮装と仮面で気軽に気兼ねなく話し合える空間だからか、妙な一体感が場を包んで、なんとも和やかな様子だった。若さゆえの賑やかさも勿論忘れられていない、有名な曲が掛かると、肩を組んで歌い出す一団も出来上がっている。

 基本的に盆暮れ正月関係があまりない仕事をしているだけに、こうして季節の行事を過ごすのは中々に楽しいものだった。幸か不幸かあまり知名度もまだ高くなく、簡単な仮装をしていれば面も割れない。仮面をつけることで顔を忘れられるこの空間は、肩の力が抜けて気持ちが良かった。それに、ハロウィンなんてそうそう祝ったこともないから、単純に新鮮でもあるし。

「閑くん、お酒ばっか飲んでちゃダメだよっ? 今日のお給料ってここの現物支給なんだから、食べなきゃ損損っ」
「朔実が食べすぎなんじゃないかと思うけど……お腹壊すから脂っこいものばっかり食べない方が良いよ? 軽いものをいっぱい食べたほうが、それこそ元手は取れると思うし」
「だってバイキングだよ、略奪合戦だよ? 食べたいものは先に食べるッ!」

 むん! 意気込む様子は、かくんかくんするカボチャのジャックによく馴染んでいる。閑は笑みを零して、そっとナプキンを差し出した。油でべとべとになっている口元を拭かせて、飲み物も渡してやる。勿論ノンアルコールだ、お酒は二十歳になってから。

「俺も結構食べてるんだけどね」
「うっそだー、さっきからお酒ばっかり貢がれてるじゃん。よ、色男っ」
「そっちも次々餌付けされてたと思うけど、しかも結構なお姉さま達に……年上殺しのベビーフェイス?」
「背はちょこっと低いけど赤ん坊じゃないっ! つーか本当、閑くん何食べてんの。霞とか言わないでよ、その若い身空で仙人じゃあるまいし」
「うーん、近いかな」
「え」
「結構この空気、食べてるつもり。――楽しいよ? 来て良かったと思うから、ありがとう。朔実」

■□■□■

 食べて飲んで遊んでちょっと道化て、それは楽しい時間だ。朔実は思う。傍らでは酔いに任せてたむろって来た女性に囲まれながら、そつなく笑顔を浮かべている閑がいる。朔実はと言うと、ジャック頭を掲げて笑いを取ってみたり、餌付けと共に話し掛けてくる女性達と言葉を交わしていた。
 酒アリの場だから未成年は少なく、年上の女性が多いのは当たり前だが、どうにも閑に向かう人々とは年齢層が違う気がするのは不思議だった。お姉さん達に愛でられるのは悪い気分じゃないが、単純に疑問には思う。

 こんな大量の見ず知らずの人間にひっきりなく声を掛けられて、普段なら疲れきってしまうだろうに、どうしてだか今日は気が楽だった。マスカレードと言うことで、顔が見えない所為かもしれない。少しぐらい無責任になれるから、こういう浮かれた空気は好きだ。楽しんで楽しませて、と言うのは、楽しいことだと思う。その点は少し、ダンスにも似ているし。

 のだ、が。

 閑の様子伺えば、どうやらその視線も同じ方向を気にしているらしかった。女性達の言葉を聴きながらも、ちらちらと眼が泳いでいる。それはそうだろう。
 仮装の異形達のはずなのに、本物がお一人様混じっている。
 ぼさぼさの髪の女性だった。毛量が調節されていなくて、二十年は時代が違うように思える。青白い顔にはべったりとした口紅が引かれ、そこから血が垂れていた。ぽたりぽたりと床に落ちるのに、染みはまるで出来ない。ここにはないもの、だから。

 仮設ステージの上に乗った店長は、ぼろぼろの衣服と青白いドーランでゾンビのつもりらしかった。マイクのハウリングがキィンっと響き、注目を集める。ビンゴ大会を始めるから、入場チケットの裏を見てくれ。きゃあっとステージに向かう人々に、二人は取り残された。サクラの二人には勿論、参加権はない。カボチャ頭を揺らしながら、朔実は閑に駆け寄る。閑はこくりと頷いて、声を潜めた。

「本物だよね、あれ。なんか普通に血ぃ流してるし、やばそうじゃない?」
「うん、なんて言うか、いかにも『恨みます』って感じの様相だからね……まあ、ハロウィンだから仕方ないのかも、だけど」
「全然仕方なくないよっ! なんかされたらやばいもん!」

 朔実は視線で天井を示す。高い天井からぶら下がったシャンデリアが揺れているのが、どうにも不吉だった。構造上ホールの真ん中に向かっているそれが落ちでもしたら、ステージ前に集まっている客達に直撃することは請け合いだろう。ついでに料理の乗ったテーブルも潰れる。それじゃ元が取れない。いやいやそうじゃなくて。
 ふむ、と口元を押さえた閑を見上げれば、言葉とは裏腹に一応真剣に考えているようだった。しかし、具体的に自分達に出来ることはと問うてみても、答えは出ない。お互いに人並み以上の霊感はあるものの、何か修行を積んだわけではないし、だから除霊だとかの知識もない。そもそも、下手に刺激をするのは、逆撫での危険性も高いのだし。

「ちょっと俺は場所を作るから朔実はここで待ってて」
「え、閑くん? 場所って?」
「まあ、待ってなさい」

 くすりと笑った閑がゆっくりと人々に紛れていく。
 おろおろと、朔実はとりあえず霊を見張ることにした。

 たまに見掛けることはあってもあまり凝視することはないのだが、観察してみると、一昔前の様相ではあるものの普通の女性のように見える。乱れた髪や落ちる血を無視すれば、の話だが。色白な肌に虚ろな眼をして、見るからに幽霊といった様子ではある。しかし、見ようによっては――賑やかな場に入っていけなくて、少し寂しげにも思える、ような。

「あの」

 小さく、朔実は声を掛けてみる。
 女性は驚いたように眼を見開いて、彼を見た。

「な、なんか食べるっ?」

■□■□■

 ステージに向かって集まる大多数の人々に加わらず、壁際で談笑していた一団が消える。ふぅっと息を吐いて、閑は改めて会場を見回した。サクラ仲間やビンゴにそれほど盛り上がっていなかった客達をステージにそれとなく向かわせ、かつ、ホールの中央付近にいた人々もやんわりと誘導する。
 酒が入っている者が多く、精神面のガードが緩んでいたのは幸いだった。素面だったら能力の通じない人種でも、場に浮かされれば必然気は緩む。ビンゴはリーチが連発して佳境の様相だったが、こちらとしてはそう浮かれてもいられない。

 真上を見上げる。シャンデリアの揺れは、止まっていた。
 杞憂だったかと、視線を巡らせて先ほどの幽霊を探す。
 女性は――朔実と、談笑していた。

「……らしい、と言うか」

 人一倍の人見知りでありながら、積極性に乏しいことはない。そしてそれを発揮する場面は心得ている。天真爛漫な気が強くて、相手のガードを崩すのは、無意識の特性だろうか。
 固い表情で棒のように突っ立っていた女性は、その様子こそ崩れていないものの、戸惑いつつ心を開こうとしている気配だった。少し静観しようと眺めていれば、気付いたらしい朔実に手招かれる。女性は警戒を滲ませていたが――にこり、軽く微笑むと、視線を逸らされた。幽霊とは言え女性らしい、照れている。当たり前と言えば当たり前か。
 ゆっくりと歩み寄れば、さり気なく女性は朔実の後ろに隠れた。上手く利用されて好感度を上げる道具にされている気がしないでもないが、素でのことだろう。そこまで狡猾な性格ではないと、知っている。

「でね、これが俺の居候先の人で、閑くんって言うんだよっ。閑くんは最初モデルしてて、今は俳優とか役者とか、色んなこともしてるんだっ。仕事のときはすっげーかっこいいの、後で雑誌見せたげるっ」
『…………』
「俺の踊ってるとこも見せたいんだけど、今はカボだからちょっと無理なんだよなーっ……あ、お酒とか飲まない? って言うか飲める?」
『…………』
「そっかー、じゃあ何しよっか……あ、ビンゴシート余ってるだろから、くすねてこよっか。景品はもらえないけど、結構盛り上がると思うよっ!」
「もうリーチ連発だから終わりそうだよ、朔実」
「げ、いつのまにっ!? ちえー……あ、じゃあさ、聞きたい曲とかない!? 裏に行って掛けてもらうからさ、無かったら近くのレコード屋で調達するし!」

 女性は喋らないのか、こちらに声が聞こえないだけなのか。それでも緩いジェスチャーを読んで、朔実は一生懸命に会話をしていた。サクラとは言え店員らしく、ホストしているようにも見える。客を守るためか、料理を守るためか、――単純に放っておけないのか。女性の口元が小さく動く。

「朔実、さっき流れてたやつだって。ほら、高音ヴォーカルのロックなやつ」
「あ、判った! じゃ、ちょっと行って来るねっ!」

 ぺちん、と閑の肩を叩いて、カボチャ頭がよろよろと走り出す。バトンタッチと言うことらしい――視線を向けると、女性は俯いてしまっていた。身体を屈めて覗き込むと、避けられる。まるっきり普通の女性、いや、少し慎ましい部類の反応に、閑は小さな笑みを零す。

 彼女がどうして死んでしまったのか、何を未練に思っているのかは判らない。だが、陽気に誘われて出て来る程度には、寂しさを抱えているのだろう。仲間が欲しいとか、そう考えるのも、その表れで。
 ならば、こちら側にいながら認識してやれることを示すのは、合理的な対処法だ。声ぐらい聞こえなくてもコミュニケーションはいくらでも取れる。こちらの声は聞こえているし、相手には聞こうとする意思も、伝えようとする意思もあるのだから。

 マイクがハウリングする、ビンゴ最初の当選者が出たらしい。
 同時にスピーカーが奏で出す、ロックのナンバー。
 駆けてくる巨大なカボチャは、薄暗い中で頭だけが妙に浮いている。

「朔実、踊るのは上手なんですよ。我流だからちょっと荒削りで乱暴な箇所もありますけれど」
『…………』
「見てるときっと楽しくなります。一緒に踊って、少し楽しみませんか?」

 そっと囁き掛けると、女性はこくり、小さく頷いて見せた。

■□■□■

 閑に促されるまま踊っていたら、ビンゴが終わった後の客達も加わって、一気にダンスパーティの様相になっていた。外して壁際に置いてあったカボチャ頭を探すと、はい、と差し出される。見上げれば閑だった。少し汗をかいている様子に、どうやら一緒に踊っていたらしいと判る。受け取ったジャックを頭に戻して、朔実はきょろきょろと辺りを見回した。

「閑くん、幽霊さんどこ?」
「さあ、さっきまで一緒に踊ってたんだけど。さっきの曲でステージの前に行って、見失っちゃった」
「『ちゃった』、って――平気なのそれ」
「平気だと思うよ。随分楽しんでたみたいだし、暴れたりはしないでしょ」
「ふーん……なら良かったっ! しっかし疲れたー、スーツで踊るとか無理ありスギだよっ! ファーとか首にくっ付いてあっつー」
「お疲れ様?」

 ぱたぱた首元を仰ぐと、ボロの迷彩服を着こなしたウェイトレスがグラスを差し出してくる。店員はゾンビの様相だから、彼女も灰色のドーランで顔を染めていた。朔実は炭酸の気泡が上がるそれを受け取る、ガラスはよく冷えていて、指先に気持ちが良い。
 同じようにグラスを取った閑に向けて軽く掲げると、かちん、と音が鳴る。軽い乾杯に笑ってからぐいっと飲み干すと、しゅわしゅわと喉越しの良い感覚が通り抜けた。そして同時に、鼻を抜けるキツいアルコール臭――あれ?

「……朔実、顔赤いけど」
「やー、疲れた疲れた、んー、もちょっと踊ってくるっ!」
「グラス、アルコール臭い……サワー、か。俺も飲んだけど結構な度数だっけ」
「閑くん、閑くんもー!!」
「絡まないで、朔実、絡み酒はやめて」
「おーどーろー!! はぴはぴはーろうぃーん!!」

 けらけらと笑うジャックに人々もやんややんやとはやし立てる。引き摺られたバットマンは、この羽が飛べたら逃げるのになあ、とシャンデリアを見上げた。
 その上ではあの幽霊が、楽しげに手を振っていた。

■□■□■

「すみませんでした」

 ずざざざざ。スライディング土下座などと言うクオリティの高い技をしながら謝る朔実に、閑は苦笑を向けた。頭は少しだけ痛むが、水を飲めばすっきりする程度の二日酔いだ。仕事まで時間もあるし、問題は無いだろう。恭しく差し出されたコーヒーを受け取り、ソファーに腰掛ける。床に座ったままの朔実も、隣に招いて。

「ちょっと絡まれてちょっとべろんべろんになられてちょっと世話しただけだよ。で、ちょっと力尽きた、みたいな……これから気をつけてくれれば良いだけだから、そんなに謝らなくても」
「いや、でも閑くんに迷惑掛けたのは変わんないし。風邪とか引いたら大変じゃん、喉平気? 酒で潰れたりとかしてない?」
「そんなには飲んでないよ、本当に気にしなくて良いから。朔実こそ、二日酔いは? 辛いんだったらバイトまでにめいっぱい水飲んでおくと良いよ」
「まじで? 水道水で良い?」
「……辛いんだ」

 乗せられてあの後も飲んでいたしなあ、と、閑は苦笑する。ごっきゅごっきゅとシンクに向かって水を飲んでいる朔実を見れば、ご丁寧に腰に手を当てていた。風呂上りの牛乳のような様相が少し可笑しい。立て続けに四杯飲んでから戻って来た彼は、ちょん、とソファーに正座する。

「ほんとにごめん、迷惑掛けて」
「だから、そんなに気にしなくて良いって」
「あー、だってだって、俺の所為で閑くんが楽しんでなかったらホントに休日働かせただけだしさー」
「そんなことないよ」

 やんわりと笑い、閑はコーヒーを覗き込んだ。

「色々あったけど、楽しかったし。行って良かったよ」
「〜〜〜〜〜〜ッ、閑くんっ!!」
「でも今度お酒が入ったら問答無用で捨てて行くかも」
「えぇぇええええ!?」
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
哉色戯琴 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年11月01日

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