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『紅夜 』
高崎・霞6320)&(登場しない)

 とある廃工場の中心で、高崎 霞は振り返る。
「そろそろ出てきたらどうだ」
 だだっ広いスペースに視界を遮るものは少ない。
 入り口の外に見える景色は閑散としており、人の気配はほとんどしない。
 ある二人を除いて。
「高崎 霞だな」
「依頼主の無念を、我らが代わって晴らしてみせる」
 現れた二人は女性。外見がとてもよく似ている。双子だろうか。
 霞と同業、それなりに名も知れている。霞も見覚えがあった。
 よく二人組みで行動していて、元はくの一だったらしい。
 名前は……よく覚えていない。興味も無い。
 所詮は『依頼主の無念を晴らす』などと、私情に動かされるような甘い奴らだ。
「無念を晴らす、か。随分たいそうな名目だな」
 軽薄に笑う霞を前に、女性二人は眉間にしわを寄せた。
「そうやって笑いながらあの人の大事な人を殺したのか!」
「鬼め。自らの行いを悔やみながら死ね!」
 何処までも怒りを高める二人に、霞は笑いが止まらない。
「熱くなるなよ。仕事は冷静でなければこなせないぞ」
「黙れ!」
 二人の剣が閃く。

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 まずは左手から。
 剣の切っ先を霞に向け、片方が突っ込んでくる。
 霞はその手首を易々と掴み、剣を躱す。反撃に裏拳をぶつけようと体を捻るが、上からの殺意に反応して咄嗟に行動を中断、バックステップを踏んで距離を取る。
 案の定、上からはもう一人が斬りかかってきており、あのまま反撃をしていれば胴が真っ二つに斬られていただろう。
「なるほど。言うほどの実力は持っているらしいな」
「力量でも見誤ったか? だがもう遅い!」
「人の痛みを知れ。そしてその痛みに焼かれて地に還れ!」
「ふふっ、『人』の痛みか。面白いことを言う。だったらそれを知らなかった私はなんだ?」
「「鬼だ!」」
 間髪居れずに叫び、二人は再び散る。
 そして右に走った片方から、すぐにナイフのような投具が三つ飛ばされる。
 横一列に並んだ投具はほぼ等間隔で霞の右、真ん中、左の正面を塞いでおり、避けるには上か防御しかない。
 上に逃げるとすれば、飛び上がっている間に攻撃されると防御策が薄い。もう片方が視界の外に居るので心許ない。つまり結論は防御。
 だが、あの投具に下手に素手で触れば何がおきるかわからない。
 霞ははめていた赤い指輪を外し、それを変形させる。
 霞が仕事道具として使う特殊なアーティファクト、紅の牙である。
 変形した形は盾。投具は盾にぶつかり、何事も無く地面に落ちる。
「そこ!!」
 次の瞬間、後ろから声が聞こえる。
 間違いなく、もう片方の声だ。しかも殺気が強い。
 だが、コレはフェイク。
 躱さねばそのままブスリと行くだろうが、後ろから迫る片方に気を取られすぎると、投具を投げたもう片方に殺られる。
 そうでなければ、暗殺を主とするくの一が、声をかけて相手を殺す必要が無い。
 それを把握した上で霞は冷静に対処する。
 まず、指輪を盾から大太刀に変え、それを後方に向かって振る。
 声の距離、方向から、相手の位置は大体掴んでいたので、それを頼りに。
 読みどおりそこに片方が居り、刀はヒットしたが防御されてしまった。だが、相手の攻撃は阻止した。
 そしてまた背後に迫る殺意。
 先程投具を投げた片方が距離を詰めてきているのだ。
 霞は大太刀を遠心力のまま振り、迫る片方にぶつける。
 乱暴な一撃だったので大したダメージは与えられない。
 決定打を与えられなかった事を悟り、すぐに大太刀を指輪に戻し、不安定だったバランスを取り戻す。
 相手の連携が絶妙なのだ。並みの相手ならば、今の一撃で二人とも殺していた。
「全く、敵ながら素晴らしいコンビネーションだな」
「当たり前よ。貴方のように他人を気にしないような人にはわからないだろうけど」
「人は力を合わせれば何処までも強くなれる。それに気付けなかったのが貴方の敗因よ!」
「敗因、ね。最早決着はついたってことか? せっかちな事だな」
「戦闘を始める前に勝負は着いている! 私たちに狙われた時点でお前の負けだ!」
 片方が叫んでいる間に、もう片方が霞に飛び掛る。
 空中からの突き。だが、霞は飛び退いてそれを躱す。
 突いてきた片方が前転で着地し、そのまま起き上がり様に突き、斬り上げ、回転して斬りおとし。
 霞はそれを払い、飛び退き、最後は腕を抑えて防ぐ。
 反撃のチャンス。目の前に居る片方は胴体に大きな隙があり、今ならば紅の牙を使って、コイツの胴を切り裂く事ができる、が、やはり後方から迫るモノを感じる。
 目の前の餌に飛びつけば、すぐに後ろから切り裂かれる。
「なるほど、大体読めてきたぞ」
 相手の基本行動方針は囮と死角からの攻撃。
 片方が正面から切りかかり、もう片方は後方を中心とした相手の死角から攻撃し、しとめる。
 薄笑いを浮かべて、霞は目の前の片方の腕を捻り、右手を極めてその背後に隠れる。
 それに驚いた片方は霞を狙っていた剣が、今はもう片方に向いている事に気付き、すぐにそれを引っ込める。
 それを笑った霞は、極めていた右腕を軽々と折り、そしてその片方を蹴り飛ばす。
 目の前に居た片方は蹴られた方を慌てて受け止めたが、その場に倒れてしまった。
「お前の持っている剣、刃渡りは目算で五十センチか。今、コイツを貫けば、私にもダメージが通ったかもな?」
「仲間を傷つけるなんて、できるわけ無いでしょ! お前にはわからないかもしれないけど!」
「ああ、わからないな。まず、私には仲間などには頼らないからな」
 冷酷な笑いを浮かべる霞をみて、二人はすぐに起き上がり、連携を取りやすい距離を取る。
「貴方こそ、何故今の好機を逃した。私たちが倒れている間なら、すぐに殺せたはずだ」
「近づいた所に、貴方が左手に持っている投具でブッスリって言うのはイヤだからな」
 手の内がバレていることに、小さく舌打ちした。
「さて、そろそろ終わらせようか。私も暇じゃないんでね」
 霞は指輪を抜き、それを持ち上げる。
 二人は何か攻撃されるのではないか、と感じて身構えるが、しかし攻撃らしい攻撃は来なかった。
 霞は指輪を地面に落としたのだ。
 手が滑ったのか? いや、そんなヘマはするまい。
 だったら一体何を?
 考えている間に、一つ、不自然な壁が出来た。
「っな!?」「これは!?」
 くの一の二人を分断するように現れた紅い壁。
 それは紛れも無く、紅の牙が変形したものだった。
 連携を崩すための壁だ。
 二人がそれに気付いた時には、既に遅かった。
 何とかもう片方と合流しようと動くが、その度に目の前を新たな壁が立ちふさがり、その進路を妨害する。
 それを十数秒も続ければ、二人は赤い壁に四方を囲まれていた。
「さて、どうするかな?」
 ヒヤリと響く霞の声。
 このままでは死ぬ。
 だがそんな死地で、片方は壁の中に活路を見出す。
 見上げる壁に、人が通れそうな隙間を見つけた。
 霞は二人とも捕獲したと思って油断しているはず。
 片方はその穴目掛けて跳躍。
 届かない距離ではない。一跳びで手が届くはずの距離だった。
 だがしかし、それは釣り人の餌だった。
「っひ!」
 自分の迂闊さと迫り繰る恐怖に、小さく悲鳴をあげた。
 自分に向く壁面が全て針に変わる。それらは全て、切っ先を自分に向けており、壁は霞の意思通りに変化する。
 つまり……。
「簡単に餌に引っかかるからさ。馬鹿が」
 冷たい声がくの一の耳に届いた。
 片方は疑問を以ってそれを聞き、片方は確固たる絶望を以ってそれを聞いた。
 そして、肉を穿つ嫌な音、断末魔の悲鳴。
 ややしばらくした後に、何か重たそうなものが地面にドシャリと落ちた。
 全ては壁の中の出来事。
 片方にその内容を知る術はない。
 ただ、彼女たちは能力で相手の意思を組む事ができる。双子ならよくあることなのだろうか。
 それによって感知した。彼女の意思を感知できないことを、感知したのだ。
 寝ている間ですら夢を共有するほど繋がっているのに、こんな事は異常事態だった。
「お姉ちゃん!? どうしたの、お姉ちゃん!!」
「ほぅ、向こうが姉か。意外だな、向こうの方が拙い技術だった」
「お姉ちゃんを馬鹿にするな! 出せ! ここから出せよ!!」
「良いだろう。そこから出してやる。だが、驚くなよ?」
 霞の声の後、全ての壁が無くなる。
 紅い障害物が無くなった事で、どうやら妹であるらしい片方に、その光景が映った。
 姉の、惨い、死。
 全身を針で貫かれたその身体は、ボロボロだった。
「お、姉……ちゃん?」
 消え入りそうな声で、妹が呟く。
「嘘だ。嘘だよ」
 年恰好で言えば十八かそこらだろうか?
 大事な身内の死に――傭兵と言う特殊な職業についていたとしても――妹は堪えられなかった。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 慟哭と、それを眺める冷笑。
「殺してやる殺してやるコロシテヤルゥ!!!」
 妹は剣を構え、不用意に霞に突進する。
「言ったろ。熱くなるな。冷静でなければ仕事はこなせないぞ、って」
 だがそれを迎え撃った冷笑は、彼女の激昂を嘲笑うかのように、紅い壁を以って迎え入れた。
 一瞬にして上下左右前後、全ての方向を紅い壁で包まれた妹。
 だが、妹はそれにも気付かないように怒りによって自棄になり、その壁を斬りつける。
「コロシテヤル! コロシテヤル!!」
「戦闘が始まる前に勝負が決まってるって言ったな? あれは正解だ」
 聞こえていないのだろうが、霞は続ける。
「私を標的に選んだ時点で、貴方たちの負けが決まっていたよ」
 容赦なく圧迫する紅い壁の中で、妹は叫び続けた。
 恨みと憎しみと悲しみをこめて『コロシテヤル』と。
 だが、その言葉が叶う事はない。
 紅い壁は、その中に普通の人間がどう体をたたんでも入れないような大きさまで縮まり、いつしか怨嗟の声も聞こえなくなっていた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ピコかめ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月27日

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