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『幸せの日をプレゼント。 』
宇奈月・慎一郎2322)&(登場しない)

「ふぃ〜、極楽極楽」
 立派な富士山の絵を背に、宇奈月 慎一郎は湯船に浸かっていた。
 ここは千住のとある銭湯。
 最近、銭湯めぐりに幸せを覚える慎一郎は、今日もまた暇を見つけて銭湯を探していたのだ。
「熱めのお湯、素晴らしき壁画。むむ、高得点ですね」
 頬を上気させながら悦に浸る慎一郎。
 この後、降りかかる災難を彼はまだ知らない。

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「よぉ、兄ちゃん」
 同じ風呂に入っていたおじいさんに声をかけられた。
「あ、はい?」
「アンタ、一人かい?」
「ええ、そうですよ。おじいさんは?」
「ああ、孫とも言える娘と二人でな」
 おじいさんは一人で笑った。
 昔を懐かしむような小さな笑いだ。
 一頻り笑った後、おじいさんは慎一郎に真剣な目を向ける。
「見たところ、一般人じゃないな?」
「……ええ、まぁ。色々と一般人じゃありませんが、何故?」
「いやいや、うむ、わしの観察眼もまだ衰えていなかったという事か」
 そう言っておじいさんは満足そうに頷いた。
 そして続ける。
「いやな、お前さんに有益であろう体験をさえてやろうかと思ったのさ」
「それはありがたいですね。おでん関係だとなお良しです」
「いや、おでんじゃないんだがな」
 苦笑しながらおじいさんは湯船の縁に人差し指の先をくっつけ、スーッと何かを描く。
「幸運を」
 おじいさんがそういった瞬間、

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「え、ええと……」
 気付けば慎一郎は見知らぬ所に立っていた。
 夜の公園であるらしいここは、なんとも騒然としていた。
「え、ええと、僕は確か千住の銭湯でノンビリしていたはずですが……」
 一応衣服は着用している。着替えた事すら気づかなかったが、もしかして無意識の内に銭湯から出てどこかの公園に歩いてきてしまったのだろうか?
 それにしても、周りを見回すと、とても異常だ。
「わー」「にゃー」「がー」「サレンダー」
「何でこんなに騒がしい所に……? 何時の間に?」
 公園は四方八方に走り去る人人人で埋め尽くされていた。野次馬が雲の子を散らすように逃げた感じ。
 しかもその中に日本人は慎一郎だけであるらしい。
 喋っている言葉が日本語ではない。
「え、ええと……これは英語ですかね」
 方々から聞こえてくる怒声のような早口英語を何とかヒアリングし、それを聞き分ける。
 そして、今の状況を把握するために手近に居た人を捕まえて
「何が起こったんですか?(英語で)」
 と尋ねてみると
「アーカム団が召喚の儀を始めやがった! あのイカレた×××の×××野郎どもめ!!(英語で)」
 と答えてくれた。多少、公にするには不適切な単語が入ったので伏字も駆使しております。ご了承ください。
「アーカム団……? どんな団体なんですか?(英語で)」
「何でもどっかの神話の神を呼び出してこのセントラルパークを中心としたニューイングランド州アーカムをこの国の首都にするつもりなんだとよ! 全くヤクのやりすぎでイカレちまったクソ集団だと思ったら、マジにヤバイモンだったとはな! 今は向こうで駆けつけた警官とアーカム団の連中がやり合ってるが、団の連中は銃弾を跳ね返すんだぜ? アレはマジでヤバモンだ!(英語で)」
 神話、アーカム……なんとも聞き覚えのある言葉である。
「俺はもう行くぜ! こんな所に居たらあの黒ヤギに潰されちまう!(英語で)」
「あ、はい。引き止めてすみませんでした。(英語で)」
 そう言って男性は公園の外の方へ走っていった。
「なるほど……ここはニューヨークですか。銭湯で入浴していたらニューヨークに来て妙な戦闘に巻き込まれるなんて、とんでもない駄洒落だ!」
 一応、事態の端っこくらいは把握した慎一郎は、好奇心から人波に逆らい、公園の中心に向かって歩き出した。

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 土地勘がないワリには、比較的迷わずに公園を進む慎一郎。万が一にも公園で迷ってしまうと色々とアレだが。
 途中で色々と諦めた警官とアーカム団の団員であるらしい数人の男性の傍を横切ったが、全く気にしてもらえなかった。
 強そうなアーカム団の団員にしても、銃弾を弾く鋼の肉体を持つ自分たちを見て全く物怖じしてない慎一郎を見て逆の恐がっていたくらいだ。
 慎一郎の見たところによると、何かの素敵パワーでアーカム団の団員が強化されているらしい。
 道理で生身で銃弾を弾き返せるはずだ。
「となると、この奥には相当な術者が居るっぽいですね」
 興味深々に慎一郎が目指す先、公園の中心。
 そこには妙な格好をした数十人の人間が円陣を組んでいた。
「今頃我らの同士が六芒星の魔法陣を作るために、その辺の邪魔なビルを倒しているはずだ! もうすぐ我らがシュブ=ニグラス様が降臨する!(英語で)」
「うぉー!」
 などと、かなり気分は高揚しているらしい。
「なるほど。やはりクトゥルー関係の集団でしたか」
 慎一郎の読み通り、彼らはどうやらクトゥルフ神話に登場する邪神、シュブ=ニグラスを崇拝する集団であるらしい。
「豊饒の女神、でしたか。新しく事を起こすなら、やはり肥沃な大地の方がいいですもんね」
 彼らがシュブ=ニグラスを選んだのに、女性的なイメージがあるから、と言う理由も含まれる事を慎一郎が知る由もない。
 そんな事を考えていると、遠くの方でビルが一棟、地に沈んだ。
 それを見て、アーカム団の団員は『おおお』と歓声を上げていた。
「セントラルパークを中心にして魔法陣を敷き、あのビルが星の一つだとしたら、かなり大規模な召喚陣になりますね。正直、あのビルをどうやって倒壊させたのかはわかりませんが、相当な力を持っている集団みたいですね。侮れません」
 慎一郎がアーカム団について認識を新たにしたその時、地面にギョロリと動く目を発見した。
 索敵用の簡単な使い魔だろう。
「っな!?」
 その目はしっかりと慎一郎を捉えており、彼がアーカム団の一員でない事を認識したようだった。
 そして警報。
「侵入者発見! 侵入者発見!!(英語で)」
「なんだと! 侵入者!(英語で)」
「マジか! さっき公園に居る奴らは全員追い返したはずなのに!(英語で)」
 そんなわけで、慎一郎はすぐさまとっ捕まってしまいました。

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「しかし、困ったなぁ(英語で)」
 慎一郎を捕まえたアーカム団の団長であるらしい男は、しかし困っていた。
「捕まえたは良いけど、この人どうしようか?(英語で)」
「どうしようか、って団長は貴方なんですから貴方が決めてくださいよ(英語で)」
「って言われてもなぁ(英語で)」
 慎一郎の処遇に困っているらしいアーカム団全員。
 こんな奴らに、さっき逃げて行った連中は何を怯えていたのか。
「残りの魔力は召喚するのにギリギリだしなぁ。シュブ=ニグラス様の幻影を出してこの人を脅かして逃がすって言うのも無理っぽいなぁ(英語で)」
「だからと言って、このままここに置いておくのもダメですよね。我らの悲願の召喚の儀なんですし、部外者がこの場に居るってのは……(英語で)」
「そうなんだよなぁ(英語で)」
 どうやら邪神の幻影を作り出して、一般人を脅かしたらしい。
 道理で慎一郎が声をかけた男性が『黒ヤギに潰される』などとのたまっていたわけだ。
「でもまぁ、どうする事もできないし、この人は保留って事で良いかな?(英語で)」
「それしかないんじゃないですかね(英語で)」
 殺そう、と言う声が上がらない辺り、この連中はとても小心者らしい。
 いや、見たところ大して武装はしていない。大規模な武力衝突とかになったら大変だろうに、そういうところは無駄に大胆だ。
「じゃあ、まぁ、君はそこで召喚を見学していると良いよ。英語はわかるかい?(英語で)」
「あ、はい。じゃあお言葉に甘えて(英語で)」
 と言うわけで、慎一郎は召喚師でありながら、召喚の儀を『見学』する事になった。

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 そして、六棟目のビルが崩れ落ちる。
「おお、これでやっと召喚の機は熟した!(英語で)」
 声高にアーカム団の団長が言った。
 その途端に地面に奇妙な文様が浮かび上がり、それが俄かに光りだす。
「この時をどれだけ待ったことか。よぅし……(英語で)」
 呟きながら団長は一冊の本を取り出す。
「大金をはたいて手に入れた某有名魔術書の写本! 失われたとされていたこれを発見した時から俺の壮大な計画は始まっていた……!(英語で)」
 それからしばらく無言で中空を眺め続ける団長。どうやら彼の中では長い回想が始まってしまったらしい。
「……そして今、俺の野望が成就する!」
 なにが『そして』なのか、慎一郎には全くわからないが、彼はとても納得したようにその本のあるページを開いた。
 そして声高らかに叫ぶ。
「イア! シュブ=ニグラス! 千の仔を孕みし大いなる森の黒山羊よ!」
 その後も何やらモニョモニョと呪文は続くのだが割合。
 団長が呪文を唱え終わると地面の輝きが一層強くなり、地響きまで聞こえてくる。
 ヤバイモノが来る。
 そこに居る全員がそう思った。呼び出している団長ですら身震いが絶えない。
 慎一郎はそれとなく平静を保っていたが、やはり邪神の召喚だ。強大な魔力、これから来る者への畏怖や何かは感じずには居られない。
「落ち着くためにハンペンの一つでも口に入れたいところですが、そうもいかないでしょうね」
 このままこの集団を放置するわけにもいかないだろう。それに第一この近くでおでんが売っているのかどうかすら謎だ。
 そんな事を考えながら自分の携帯電話を取り出す。
 慎一郎が召喚に使うアレやコレやが詰まった大事な携帯電話だ。
「なんだかよくわからない事態に巻き込まれて手ぶらで帰るって言うのもなんですから。ちょっと拝借していきましょうか」
 そう言ってこの大きな魔法陣を携帯に記録させる。
 陣だけは記録できたが、コレを動かすほどの魔力はスキャンすら出来なかった。
 そう考えると、この団長は実はすごい人なのではないか?
「さぁ、出て来い! 豊饒の邪神よ!!」
 団長の声が上がる。
 そして、それは来た。

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「わらわを呼び出したのは誰じゃ!」
 現れたのは、やはりどうやら女神であるらしい。
 だが、なんと言うか、全体的に想像とは外れていた。
「なんじゃ、誰か答えよ!」
 英語とも日本語とも取れない言語で話しているのだが、それでも慎一郎にも団長にも理解できる。
 コレも神様の力なのだろうか。
「あ、えと。貴方を呼び出したのは俺です(英語で)」
「そなたか。ならばそなたに問おう。わらわを呼び出した理由を」
 女神は胸を反って威張ったように問う。
「あ、えと……この国の首都をニューイングランド州アーカムにしようかな……なんて(英語で)」
「ほぅ、遷都か。それぐらいなら人のみでもできよう?」
「あ、でもやっぱり俺たちだけじゃちょっと力不足で、それに新しい旗印が必要かな、とか(英語で)」
 答える団長の言葉にも切れが無い。動揺しているのだ。
 無理も無い。彼らが想像していたシュブ=ニグラスは巨大な黒山羊なのだ。それこそセントラルパークに居た人間全員を怯えさせ、我先にと逃げ出すような。
 だがしかし、呼び出されたのは全く別の姿。
「旗印とな! それにわらわが抜擢されたと。だが人よ。それほどにわらわの召喚を維持し続ける魔力があるのかの?」
「まぁ、一応準備はしてあるんですが……そんな事より、ちょっと質問があるのですが(英語で)」
「なんじゃ、言うてみ?」
「その、とても言い難いんですが(英語で)」
「言うてみ。召喚主の問いには何なりと答えよう」
「なんで、貴方はそんなに小さいのでしょう?(英語で)」
 そう、現れた女神はとても小さい。
 団長の膝を少し超えるぐらいの身長。
 しかも、その全体を見てみれば、黒山羊というよりはどちらかと言うと人に近い外見をしている。
 ぶっちゃけてしまえば幼女だ。
 その頭に触手がウニョウニョとキモチワルイ黒山羊の被り物をかぶっている。
 そんなナリで尊大な口調で喋られても……。
「む、そんな事か。何故かと言うとな、どこかの誰かが召喚中に魔法陣に干渉したからじゃ」
「干渉、ですか?(英語で)」
「具体的には言えんが、例えばこの魔法陣を何かの媒体に記録しようとしたりな」
 慎一郎の肩が跳ねる。
「誰がそんな事を!?(英語で)」
「さぁ、だれじゃろうな」
「ぬぬぬ……(英語で)」
 どうやら団長は怒っているらしい。肩が震えている。
 その激昂が自分に向く前に立ち去ろうと決めた慎一郎は抜き足差し足で後ずさるが
「よくやった!!!(英語で)」
 団長の大声でその足も止まった。
「よくやった! 誰か知らんが、超グッジョブ!(英語で)」
 団長は……何故か喜んでいる。
「いやぁ、やっぱり黒山羊の姿で女神って言われてもしっくり来ないよね。この展開は予期していなかったけど、逆に良し。人に近い外見で、しかも幼女! 良いね!!(英語で)」
 団長はどうやら変態らしい。
「何を喜んでいるのか知らんが、とりあえずわらわは腹が減った。何か食べ物を持ってきてくれないか」
「それなら向こうへ行きましょう! 良いレストランを知ってるんですよ!(英語で)」
 嬉々として幼女をエスコートする団長を、慎一郎と他の団員は黙って見送った。
 そこに居る誰もが展開についていけなかったのだ。
 団長の暴走っぷりに『俺、この団を辞めよう』と呟くものまで出る始末。
 アーカム団の今後に幸多からんことを……。

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「おい、兄ちゃん。湯船で寝たら溺れるぞ!」
「っは!? ここは!?」
 気がつくと慎一郎は銭湯の湯船に居た。
「あれ? 今まで僕はセントラルパークに……」
「何を寝ぼけて居るんじゃ。若いモンが、しっかりせぃ」
 そうやって呼びかけてくるおじいさんは、慎一郎がセントラルパークに行く前に話していたおじいさんだ。
「あれ、おじいさん……。どこかで会いましたっけ?」
 今になってみると、このおじいさんに何処か見覚えがある。
 初め、声をかけてきたときは全くの他人だと思っていたのに。
「ああ、会ったよ。もう数十年前になるかな」
 慎一郎、今年で二十六歳。四半世紀をやっと生きたと言うのに『数十年前』とはいかに。
「あの……どういうことでしょう?」
「まぁ、聞きなさいな。わしはあの時の礼を言おうと思ったのじゃよ。兄ちゃんが居なければあれからのわしの幸せの時間は無かったからな」
「はぁ……」
 なんとも要領を得ない。
 失礼だが、どこか患っているのだろうか?
「あの娘に後で聞いたことで、本当に驚いた。アンタが魔法陣にちょっかい出したから、あんな事になったのか、とね」
「魔法陣、ちょっかい、あんな事……?」
 だんだんと、慎一郎の頭の中にある結末が思い浮かび始める。
「わしはあの娘と一緒に居られて幸せだった。アンタのお陰さ。だからお礼と、その理由も教えておこうと思ってね」
「……もしかして、貴方は団長さんですか!」
「そうさ。わしが元アーカム団団長。今日のために日本語を覚えて来たよ」
「そうだったんですか……それはわざわざご苦労様です」
 途中から大体予想していた事だが、なんともタイムワープの話にはよくある感じだ。
 おじいさんは慎一郎にお礼を言いにここまで来たわけだが、今ここでおじいさんにセントラルパークまで飛ばしてもらわなかったら慎一郎はあの事件に出くわす事もなかった。
 そうするとおじいさんはあの幼女と会うこともなかったし、お礼をいう事も無かった。
 でも事実、数十年前に事件は起こり、慎一郎はその場に出くわし、幼女が召喚され、おじいさんは幸せな生活を送り、慎一郎にお礼を言いにここまで来てしまったのだ。
 なんとも、面倒臭くありきたりな話ではある。
 ありきたりなのだが、まさか今、自分が体験するとは思ってなかったわけだが。
「さて、わしはそろそろ上がろうかね。アンタを待ちすぎてのぼせそうだよ」
「それはすみませんでした」
「いやいや、わしが自分で待っていたんだ。自業自得だよ」
 笑っておじいさんは浴室を出て行った。
 するとやたら遠くの方で女の子の声が。
『なにをしていた! ずいぶん待ったぞ!!』
『すまんすまん、ちょっと知人が居てな。さぁ、約束どおり、今日はとことんお前に付き合おう』
『よぅし、ならば遊園地からじゃ!』
 などと、微笑ましい会話を交わしながら二人は銭湯を離れていった。
「……幸せそうなラストは良いですが、僕はなんていうか、良い出汁にされたみたいで釈然としないんですが」
 慎一郎の呟きは寂しく、よく反響する銭湯の浴室に響いた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ピコかめ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月27日

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