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『もしも…絶対無いだろう対決:草間武彦編 』
鷲見条・都由3107)&草間・武彦(NPCA001)


 武彦は珍しく草間興信所にやってきた都由から、依頼の話ではなく『ある決戦』を申し込まれた。内容は「メンコ三本勝負」。年齢はさほど変わらないふたりだが、子どもの頃にこれで遊んだ記憶があまりない。なぜ今さら、この昭和の匂いがプンプンするアイテムで雌雄を決するのか。いや、男女という意味ではすでに雌雄を決しているが……そんなボケはどうでもいいと心の片隅でつぶやきつつ、彼は「これはもしもどころの騒ぎじゃない」と思った。
 とりあえずふたりの目の前に、対戦にはピッタリの椅子を用意された。しかしそれはとても椅子とは言いがたい代物である。座面がまっ平らで背もたれもありゃしない。さすがの都由も『まさかこれに依頼者さんを座らせているのでは?』と勝手な心配をした。対決の内容は先に伝えてあったので、双方ともメンコはちゃんと用意している。決戦の時はまさに今。仁義なき3本勝負が始まろうとしていた。

 「それでは〜よろしく〜おねがい〜いたしますね〜」
 「ところで鷲見条、お前のはずいぶん凝ったメンコだな。表が押し花じゃないか」
 「やすみじかんに〜つくりました〜」
 「とかなんとか言って、思いっきり自分の手のひらサイズじゃないか。勝つ気満々だな」

 先攻後攻はじゃんけんで決めようとしたが無駄にあいこが続いたのと、都由のスローペースが重なって1分もの時間を費やした。その結果、武彦が先攻。都由のお手製メンコが椅子の中央付近に置かれた。武彦も押し入れから引っ張ってきたごく普通のメンコを取り出す。今回はふたりとも角のある長方形のメンコを選択した。ただ武彦のメンコは厚紙でできていて、都由のものよりも少し重そうに見える。
 投げたメンコが初期配置のものと重なるとアウト、自分のメンコをひっくり返したり落としたりしてもアウト。まさに最初の一手が重要である。先攻というのはある意味でやりづらい。都由はそれを知っていて、最初から絶妙な位置にセットしていた。真剣に小宇宙と化した椅子の上をまざまざと見つめる武彦の背後で、都由はくすくすと手を唇に当てながら微笑む。頭がパンク寸前だった武彦は途中から緻密な計算をやめた。そして意を決して叫ぶ!

 「崖っぷちめがけて垂直に打ち、お前のだけひっくり返らせる! えいっ!!」

 腕力には自信のある武彦は風圧だけで裏返す作戦に出た。唸りをあげるメンコが手から離れた瞬間、ふたりは同時に息を飲む。決闘場に落ちていくメンコがスローに見えてしまうのがなんとも不思議だ。そして作戦通り、メンコから放たれる風圧は都由のメンコをあっさりとひっくり返す!

 「ふっふっふ……これでまずは1勝だな」
 「草間さん〜ひたいにたくさんの〜あせが〜」
 「そっ、それだけ勝負事には気合いが必要だってことだ!」
 「さ〜、つぎに〜いきましょうか〜。いま〜なげた〜めんこは〜、とりやすいです〜」
 「……………あっ!!」

 武彦はなーんにもわかっていなかった。メンコは続けて勝負するものだから、先の展開まで読めないと後が非常に苦しい。確かに崖っぷちからメンコを返したまではよかった。しかし今度はそれを都由が狙うのである。さっきの配置に比べると、武彦のメンコは絶体絶命。都由は彼に取られたものとは違う角のない丸いメンコを取り出し、手のひらで包み込むように持った。そして斜めに構え、手を振り下ろす。それはまさにプロの手さばきだ。

  スパーーーン!
 「げっ、わざと俺のメンコに当ててひっくり返しやがった! しかも重なってないぞ!」
 「まさに〜おみごとな〜いちげきですわ〜」

 自画自賛の都由。その表情は満足げだ。タイスコアに持ち込んだだけでなく、自分のメンコを落とされる心配のないど真ん中に配置することができたのだから。攻守交替で、今度は草間が投げる。しかしまさか彼女が円形を用意しているとは思わなかった。この形状、どこから見ても返せそうにない。なんとも憎たらしいお姿。真ん中には美しい花びらがあしらわれているが、今の彼にはそんなこと関係ない。ただひたすらに勝つことだけを考えていた。
 結論は意外にも早く出た。さっきの都由と同じことをすれば、配置も似通ったものになるはず……そう信じて再び勢いよく斜めに腕を振り上げた!

 「うおおおおおっ! 頼む、ひっくり返ってくれっ!」
 「あ〜、そのかくどは〜」
  パンッ!
 「なっ、何っ! た、ただ単に、かっ、重なっただけだと……?!」

 垂直からではなく、あえて斜めから都由のメンコの角を狙った武彦。しかし思い通りにひっくり返らないどころか、なんと自分のメンコが重なっちゃってアウトになってしまった。彼の一投は自分が狙った場所から、わずかにズレたのである。そのせいで威力はないわ、とんでもない結果になるわ……まさに踏んだり蹴ったりという表現がふさわしい。
 一気に都由が有利、いや早くも勝利へ王手である。彼女は勝利の証として重なったメンコを頂戴し、最後の1枚を好きなところに置くように指示した。武彦は悩んでも仕方がないとばかりにど真ん中へ配置した。しかし彼が最後に残した1枚は今までのよりもかなり重い。少し厚みも増している。そう簡単には返せないはずだ。しかも都由はそのまま円形を使うらしい。思わず武彦が笑った。

 「おいおい鷲見条。まさかお前、それでやるんじゃ……ふふふ」
 「これで〜きまりですわね〜草間さん?」
 「ふふふ……っておい、なんで決まりなんだよ! ま、まさかお前っ!」

 どっちがマヌケかはすぐにわかることだった。都由は手首をしならせて敵を狙う。やはりさっきの武彦と同じ戦法だ。しかし狙っている場所が違う。彼女は重量級メンコのわずかな脇を狙っていた。そして投じられたメンコはまさにスライディングするかのように動く。そして武彦は信じられない光景を目にした。それは自分のメンコが宙に浮く瞬間である!

  ぱしっ……ぽとっ。
 「おいおいおいおいおい! ま、負けか! も、もう俺の負けなのか?!」
 「しゅ〜りょ〜ですわね。おつかれさまです〜草間さん」
 「これは今までで一番重いのに……って、あれ? な、なんで鷲見条のメンコがヘンなところにあるんだ?」

 決戦に勝った都由は余裕の講義を始める。確かに武彦のメンコは今までのものよりも重そうに見えた。しかし『重い』ということは、それなりの『厚み』がある。彼女は自分のメンコをスライドさせて、わずかに太くなった端を使ってひっくり返す作戦に出た。そして腕だけでなく手首にもスナップをかけ、円形のメンコそのものに勢いをつけたのである。それは武彦のメンコをひっくり返すだけでなく、落ちてきたメンコと重ならないようにするための対策でもあった。

 「ま、負けた……持っていけ」
 「3対1で〜あたしの〜かちですね〜」
 「いちいち確認するなっ! 復唱されなくてもわかってる!」

 武彦はニコニコ顔で撤収しようとする都由の背中を見ながら、勝負が始まる前に思っていたことを不意に思い出していた。

 『どうせならこの対決の結果もなしってことにならないかな……』

 ストレート負けこそ逃れたものの、カッコ悪い負け方には違いない。やれやれといった表情でタバコに火をつけ、さっきまで熱い戦いを繰り広げた椅子に座って敗北の紫煙を吸い込んだ。今日のタバコは身に染みる。不思議と目にも染みる。彼は密かにリベンジを誓っていた。もちろん機会があれば、だが。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月25日

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