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『■□■□■ てのひら ■□■□■ 』
高峯・燎4584)&高峯・弧呂丸(4583)&(登場しない)


「ッ、コロ!!」

 呼んだ声に反応して弟の身体が跳躍するのを確認し、高峯燎はカシッと口唇を噛んだ。歯を食い縛るのも有効だが、直に神経の通っている部分に刺激を与える方が気合が入る。弧呂丸は持久力こそ無いが瞬発力自体は優秀だ、一瞬でも、敵の視線を奪うには向いている。だからもう十分だ――上手く動かない身体を踏ん張る。弧呂丸に伸ばされ、結界に阻まれていた巨大な腕は、自分に向かってくる。
 噛み切った口唇からは血の味が零れだして鬱陶しい。乱れた髪を軽く払って、燎は懐から出した木札を軽く構えた。

■□■□■

「はい、終わり」

 ぺたんっと燎の口元に絆創膏を貼って、弧呂丸は小さく微笑んだ。対して顔中に浅い擦り傷を作った燎はばつの悪そうな顔をして、髪を軽く掻き上げる。兄弟で寸分違わないサラリとしたおかっぱ頭は、そろそろ燎に少し鬱陶しいものだった。家でのんびりとしているのが得手の弟には気にならないだろうが、動くほうが性に合っている燎には、多少鬱陶しい。
 鬱陶しいといえば口元の絆創膏もそうだ。乾かしておけば良いと言うのに無理に貼って。口が開き辛いし食事も面倒なのに――思うことはあっても、口には出さない。目の前の弟は不安そうに視線を向けてくる。苦笑してぺしぺし頭を撫でてやると、弧呂丸は安心したようにきゅぅっと握り締めていた手を解いた。

「痛かったりしたら、言って下さいね。ちゃんとやりなおし、しますから」
「平気だって。手間掛けたな、俺はそろそろ行くよ――これからは、符を書く時に障子開けっ放しになんかすんなよ」
「はい、判りました」

 柔和に笑った弧呂丸は文机に向かってしゃんと背を伸ばし、木札にすらすらと筆を滑らせていく。燎は静かに障子を閉じて、縁側で伸びをした。口元で絆創膏が引き攣るが、夜までは我慢してやるとしよう。小春日和の青い空を見上げながら、ぼんやりとそんな事を思う。するりと落ちた袖、腕にはいくつもの引っ掻き傷が蚯蚓腫れになっていた。

 いつもそうだ、と思う。
 本当は適当に屋敷を囲む壁を越えて、外に向かうつもりだった。古い油土塀にはいくつか穴が空いている箇所があって、そこを抜けて遊びに行くのは常のこと。別に特別外出を禁じられているわけではないが、裏道を開拓するのは単純に楽しいのだ。今日も同じようにするつもりだったのに、足が向いたのは離れで。普段は寄り付かないはずなのに、見れば、庭の木を見上げて途方にくれる弟の姿があった――曰く、符の手本が風に流されてしまった、とのこと。
 体格はそう変わらないものの、双子の弟である弧呂丸はあまり身体を使うのが得手ではない。単に経験が無いとも言う。仕方なく木に登って取ってやれば、枝に引っ掛けた顔や腕の手当てをしなくてはと騒いで、まったく、心配性と言うか過保護と言うか。縁側を歩きながら燎は懐に手を突っ込み、一枚くすねてきた木札を眺める。いつもいつも。弟のくせに。

 庭に植えてある木々はどれも樹齢を重ねてたくましい、若い神木のようなものだ。先祖が代々小まめに植えてきたのだという。決して将来起こりうる砂漠化を懸念したわけではなく、純粋に必要だった為だ。紙の札よりも強い材料。枝から切り出したそれに、汲み上げた井戸水で丁寧に擦った墨を滑らせる。そうしてやっと、一枚。
 木々は弧呂丸に優しいが、燎にはそうでない。ひりひりと着物が擦れて傷む傷に、燎は顔を顰めた。ぴんっと軽く木札を弾く。綺麗なものには誰もが好意を持つし、そうでないものには逆だと言うことだろう。たまに登って傷を付けたのを根に持たれているのか、それとも。

「こっちだって、好きでやってるわけじゃないっつの」

 ぽつりと呟いた言葉は、高い空にスゥと消えた。

■□■□■

 稼業である呪禁師の仕事が始まったのは、物心付くより前だった。弧呂丸はそう認識している。修行もまた仕事に入るとしたら、やはりその頃からだろう。教え込まれるのは代々伝わってきた符術や結界の知識。兄は面倒そうにしていたが、弧呂丸には新鮮で、興味深いものだった。知的好奇心を擽る、と言っても良い。出来上がった札を確認して、そっと畳に並べる。及第点、と言ったところか。
 家人達曰く、自分達は随分吸収が早かったらしい。外に出向く仕事に就くのも、だから、異例の年嵩だったとか。今は使用する道具等の準備も出来る程度には一人前として『あちら側』にも認識されているらしく、依頼はひっきりない。兄はやはり面倒そうながら、それでも誠実に向かっていると思う。

 顔貌や身体つきには殆ど差がないはずなのに、性格は名前のようにまるで違った。それでも兄は頼りがいがあり、好ましいと思う。合う話題はそれほど無くても一緒にいるのは安心出来て、だから、仕事も平気だった。二人だったらとりあえず、恐怖について深く考えることはない。
 今夜も一つ仕事が入っているが、やはり同じだ。安穏とした心だから、符を書く手もスムーズに動く。足りなくなった墨を擦って、弧呂丸は小さく息を吐いた。

「早く準備、終わらせてしまわなきゃなぁ……全然手伝ってくれないんだから……」

 準備はいつも弧呂丸が任されていた。兄によって。手伝う気がないのは良いが、その間に一人で遊びに行っているのは正直どうかと思う。一人で離れにいるのはあまり好きじゃないのに、さっきだってさっさと行ってしまって。小さく肩を竦めると、同じ姿勢だった所為で固まっていた身体が軽く痛む。
 脚を伸ばしてごろりと畳の上で横になると、髪がはらはらと散らばった。軽く摘むと、それはさらさらした柔らかい手触りを伝えてくる。ぺんぺん、自分の頭を自分で叩いてみた。違う、と思う。同じ大きさの掌なのに、兄にされている時とは、全然。

 すっくと立ち上がって縁側に向かう障子を開ければ、座布団を持参して日向ぼっこついでに昼寝をしている燎の姿があった。
 何気なく開けてみただけだっただけに、一瞬思考が止まる。
 そっと母屋の方に気を向けると、何やら騒がしい様子だった。また何かを壊して、ほとぼりが冷めるまでここにいるつもりなのだろう。ふぅっと息を吐きながら笑って、弧呂丸も部屋から座布団を持って来る。
 背中をぺったりとくっ付けて横たわると、丁度影が掛かる。強すぎない日差しは心地が良い。寝息が重なっていくのに安心すると、心地よい眠気がふんわりと身体を包んでいった。

■□■□■

 ゲームのようだと言えばそれはあまりにも不謹慎だが、感覚としてはそれに近いものだ。式服の袖が風を含んで広がる。タンッと足を踏み鳴らして跳躍すれば、それまで立っていた地面にはドスリと重い音で巨大な腕が突き立てられた。後ろにはぴったりと弧呂丸を隠す。燎は小さく口笛を吹いて、軽く口唇を噛む。

 蔵にいれっぱなしだった壷が呪遺物だったらしく、掃除でたまたま開けてみたら暴れだした――依頼人だった神主は、そんなことを言っていた。引き摺りだしたそれに原型の面影はまったくない。闇に浮かんでいるのは、同じ一点から生えた巨大な四本の腕だ。土から練り上げられた時に得た人間の情報だったのだろう、いびつではあるが、たくましいそれは職人的だ。
 幸い場所は片田舎、山中の神社でひと気はない。いくらか寂れてはいるものの、鳥居の注連縄は結界として十分に働いているから、取り逃がすこともないだろう。比較的、仕事としては簡単だ。が。

「ッ、コロ!」

 名前を合図に跳躍する、先ほどのように。突き立てられるのは腕、べこりと凹んだのは地面だった。石畳のある境内まで行けば、それすらも打ち砕いてしまいそうだと思う。散った土に片目だけを閉じた。二つあるなら、犠牲にするのは片方で良い。いつでも。
 相手は力も強く、俊敏性が高い。自分なら平気だが、弧呂丸には少し荷が克つだろう。二人いると認識はさせた、弧呂丸を隠せば、探させることで集中力を分散させることは出来る。燎は弧呂丸へと振り向いた。続けての回避動作に、少し息が上がってしまっている。

「コロ、お前はどっかに隠れてろ。俺が引き付けとくから、どっかで札を投げる隙を伺え」
「でもこんなに大きいんじゃ、手持ちの札で邪気を吸い切れるか――」
「紙ならまだしも木札なら行けるだろ、五行の基本だ。木剋土、壷ってのは焼き物で、元は土だから土性。貼れば勝手に吸い取る。ッとぉ!!」

 降って来た腕に懐から出した懐剣を投げつけるが、刺さったそれは盛り上がった肉に押し出されて土に落ちる。弧呂丸を庇うように背を向けながら、燎は少し声を荒げた。

「とにかく今は逃げてろ! お前じゃ危ねぇッてんだよ!」
「は、はいッ」

 たしっと駆け出す音を察してから、燎は自分に物の怪を引き付けるように向かっていく。根元が同じだからこそ、近寄るほどに攻撃の融通は利かなくなるだろう。袖から出した苦無を指に挟み、腕で勢いを付けながら投げ放つ。小柄な身体では大物の武器を扱えないが、数での勝負は出来た。いつものように弱らせるのは、自分の役目。燎は素早く回り込みながら、同じようにいくつも苦無を叩き込んでいく。

 関節や筋など、人体としての急所まで吸収しているわけではないらしい。化けそこないであることが、逆に面倒だった。どこを刺しても平然としている。知識として知っているだけだが、ゾンビやゴーレムとはこういった類のものなのだろう。口唇を噛む。痛みが冷静さを促す。
 辺りの林のどこかから、弧呂丸が札を投げるタイミングを伺っているはずだ。どうにか隙を作って怯ませなければ次の行動には移れない。袖を探れば苦無はもう尽きていた――懐に手を突っ込むと、触れるのは木の感触。懐剣は最初に放ってしまったから、残っているのは白木の鞘だけだ。使えないことはないかと、握り締める。

 腕が振り上げられると同時に懐に飛び込み、鞘を突き立てた。神木から削りだしたものなので吸精の力はあるが、札ほどの力は無い。一時的に動きが停止する、と同時に、四肢ならぬ四本の腕がビクリと痙攣した。林を伺えば式服の弧呂丸の姿が見える。タイミングは完璧だ、鞘を引き抜いて、燎は化け物の下から退く。
 貼り付いた木札が根を張って動かない様子の腕は、二本だった。残りの二本にも同じ戦法で行けるかと、燎は暴れる腕に向かう。が。
 残された二本の腕はぐいっと土に向かい、跳躍をした。

「ッ、コロ!!」

 それは弧呂丸のいる林の方向。
 ぶちんっと口唇を噛み切って、燎は駆け出す。

■□■□■

「ッあ」

 目の前から物の怪が失せたことに、弧呂丸は一瞬虚を突かれる。兄の呼ぶ声と視線に上を見れば、巨大な腕の化け物が降って来るのが判った。札を取ろうとする瞬間、燎に抱き付かれてそのまま転げる。ぎゅぅっと腕に頭を守られてハッとすれば、ぱしんッと軽く叩かれた。

「バカ、避けるのが先だろ! 札投げても落ちて来んのは変わんねぇよ!」
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくて良い、とにかくお前はもっかい逃げ――ッく!!」
「燎ッ!?」

 ドンッと言う嫌な音が響いたのは、燎の背中からだった。見れば太い腕が晒されていた小さな背に打ち込まれている。下から抜け出して身体を支えようとすれば、乱暴に振り払われた。声の出ない顔が木々を視線で示す――早く行け。
 こくんっと飲んだ唾液の固さに喉を詰まらせながらも駆け出せば、当然腕は弧呂丸を追って来る。こちらに来れば良い。二本の腕が封じられた状態ならば、障害物の多い林の中だし、小回りが効くこちらに利があるはずだ。とにかく兄から、引き離さなければ。懐から木札を取り出して構える、振り向いて投げ付けようと。
 しかしそこに物の怪の姿は無い。上を見上げても、ただ木々が見えるだけだ。どこに。突かれる虚は、先ほどと同じに。

「ッ、コロ!!」

 苦しい息で兄に呼ばれ、反射的に脚が動く。
 背後でドスンッと地面を殴る音がした。

 見れば腕は器用に木に掴まっている。木を利用して跳躍し、回り込まれていたのだ。
 追撃を交わすものの、最初ほどの距離が稼げない。これでは直ぐに捕らえられるのが関の山だ。脚がもつれて身体が傾ぐ、その隙を狙うように拳が降って来る。思わず目を閉じる、が――衝撃は無かった。
 薄く開けた目の前には、兄に持たせていた札が盾の結界を張っている。
 そして腕は、無防備な兄に向かって。

「にぃさ、」
「狙えコロ!!」

■□■□■

 打たれた背中は強烈に痛むが、それだけだった。場所が良かったと言える。まだ筋肉の薄い腹だったら内臓へのダメージも大きかったかもしれないが、幸い痛めたのは呼吸器ぐらいだった。咳き込む口元を乱暴に閉じて、息を詰める。邪魔ならば閉じてしまう方が後腐れなくて良い。
 弧呂丸を庇った際に鞘は落としてしまったし、渡されていた札も今ので使い切ってしまっていた。逃げるにはまだ身体が苦しい。が、絶体絶命と言うわけでもない。燎は袖の中に手を突っ込む。昼間に弧呂丸の部屋から拝借した、一枚の木札を取って。

 のっぺりとしていたはずの表面には、いささか乱暴な文字が走っていた。昼寝から覚めて、弧呂丸が起きないうちに墨を滑らせておいたもの。地面に座り込み、間合いが詰まるのを待つ。降って来た拳に、それを投げ付ける。

 一気に根を吐き出した札は、二本の腕を瞬時に絡め取った。
 駄目押しに弧呂丸が投げた札で、筋肉がどんどんと萎んでいく。
 やがて残ったのは、植物の根で雁字搦めにされた、本体の壷だけだった。

「にぃ、さんッ!」
「にーって呼ぶな」

 犬か迷子の様相で駆け寄ってくる弟に苦笑を向けて、燎は軽く身体を起こす。痛みはまだ抜けず、弧呂丸を庇った際に強かに地面に擦った腕は痛みを訴えていたが、それは袖で隠した。傷を見ようとする弧呂丸の頭をぺしぺしと軽く叩き、零れた咳を誤魔化す。

「手当ての前に仕上げしとけ、俺はもう札の手持ちねぇし」
「あ、はい……でもにぃ、燎の、怪我の手当ても大事ですッ。動いちゃ駄目ですよ、絶対駄目ですよ!」

 涙目の弧呂丸が封印を行うのを眺め、ふぅっと燎は長い息を吐く。
 切れた口唇は腫れていた。昼間に切った箇所も開いて、口の中は血の味がする。指で軽く押すと痛むが、まあ大したことはないだろう。背中も強打されただけ、大きさが大きさだったから表面積で圧力も分散されていたし、それほど大きな怪我はない。擦り剥いたぐらいならいつも、――いつものことだ。
 頭をがしがし掻いて自己診断を終わり、弧呂丸の様子を伺う。着物が汚れているぐらいで、目立った外傷はないらしい。攻撃も、受けさせなかったし。

 ぺたりと地面に胡坐を掻くと、浄化もそこそこで弧呂丸が駆け寄ってくる。燎は苦く笑って、その頭を叩いてやった。

■□■□■

「はい、終わり」

 くるくると燎の胴体に包帯を巻き終え、弧呂丸は小さく呟いた。青痣が出来た所為で益々痛々しい身体からは、湿布のニオイが漂う。流石に腰を軽く痛めていたようで、三日は安静にと、医者にも念を押されてしまった。
 と言うのに、この兄はまるでそれを守る気配が無い。今も屋敷の塀を越えようとして見付かり、逃げている最中に包帯がずれたからと、直させに来たのだ。こちらは床の間に姿が無くて狼狽したと言うのに、まったく、この兄は。

「ん、やっぱお前の方が巻くの上手いな。なんかただ窮屈でさ、あの医者の巻き方嫌いなんだよ」
「にぃ、……燎。安静にしてないと駄目、です。動き回ったら長引いたり、後に残ったりするってお医者さん言ってたし――心配、です」
「あん? どの口が俺の心配だって、えー? コロは黙って俺のこと匿ってれば良いんだよ、つっても一人で壁越えんのもちょっと面倒なんだよなー。お前も手伝え」
「え? っあ、燎ッ!」

 ぐいっと腕を取られて縁側に引きずり出されると、燎は懐に用意していたらしい草鞋を弧呂丸に渡す。流されるままに履くと、身体を支えられて木登りをさせられた。よじよじと枝に登ると、丁度塀と同じ高さぐらいなのに気付く。するりと一人で登ってきた燎はそのまま塀に飛び乗り、ほら、と弧呂丸に手を差し伸べた。
 どこに手伝いなど必要なのか。弧呂丸は手を伸ばしかけて、止める。
 この兄は、いつもそうだ。

「どした、コロ?」

 きょとりと首を傾げた燎に、弧呂丸は問い掛けた。

「燎、……あの時最後に使った木札、どこから出したんですか?」
「え」

 詰まった言葉に、確信する。
 やっぱり。
 いつもの、ように。

「木札を書いた後、一枚足りないのには、気付いてました。あの時入って来たのは燎だけだから、多分持って行っちゃったんだろうって。作ったんですね。威力、一枚だけ違いました」
「――別に、」
「腕一本が限度だったのに、燎のは二本抑え込んでた。どうしてですか?」
「コロ」
「燎はいつもそうです、譲ってばっかり……今回も、怪我をしたのは燎だけ。どうして、」

 不意に腕を引っ張られて木から落ち掛けると、自分と違わないはずの細い腕が引き寄せてくれる。腕に弧呂丸を抱えたまま、燎は塀の向こうに飛び降りた。着地の衝撃に小さく顔を顰めてから、腕を引いて走り出す。近くの広場には子供達が集まるから、そこに向かっているのだろう。

「燎ッ、答えて」
「あ、燎やっと来たー!! 今日は弧呂丸も一緒?」

 子供の声で反射的に、弧呂丸は燎の後ろに隠れる。
 だがしかし、燎はそんな弟を蹴り飛ばすように子供の輪に突っ込んだ。
 ひゃぁッと声を上げて、彼はぺしゃんっと転ぶ。

「お前はもっと外の世界に揉まれてから、俺の心配をしろッ! と言うわけで今日は相撲レスリングやろうぜ、総当り戦で」
「あ、今日学校休みだから、そこの体育館借りようぜ」
「えー、弧呂丸すぐ泣くじゃんー。しかも燎わりとマジギレするし」
「今日は無礼講だ! いじめ倒せ!」
「え、ええ!? にぃ、燎、酷いですッ!」

 にぃやり笑って、燎は弧呂丸の頭をぱしんっと叩く。
 その仕種にはいつも、沢山の意味があった。単純に叩きやすい相手だからとか、考えが足りなかい時だとか、意地悪だとか、親愛の形だとか。今はどんな意味で叩いたんだろう、弧呂丸は上目に燎を見る。

「にーって言うな?」
「う」
「お前はほんと、もーちょっと鍛えられろ」
「……そしたら燎、守られてくれるんですか?」
「冗談」

 肩を竦めた燎に腕を引かれる。ぴったりと後ろに続いて、弧呂丸は小さく微笑んだ。
 同じはずの背中がこんなに大きいなら、自分だって、きっと。
 いつものことを――いつかのことに、出来るだろう。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
哉色戯琴 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月23日

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