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『秋の褥 』
空狐・焔樹3484)&露樹・故(0604)&(登場しない)

 山々をも見渡す天界に居たとして、夏の去った秋の色合いともなると空模様は様々な変化を見せてくれる。
 曇ったかと思えば抜けてしまいそうな晴天、次の日には大雨。神だの仏だのの世界にそんな些細な、当たり前の事はまるで無い事であるかのようにして日々は、年月は過ぎていくが。
「何を言うか、寒い物は寒い。 疲れたものは疲れたのだ、そろそろ私を自由にしてくれぬか」
 金銀と豪奢に飾っているかと思えば質素な建築物もある。まるでこの秋の空のようなその場所から、音も無く飛び去った羽衣にも似た青銀は空狐・焔樹(くうこ・えんじゅ)。
 休みの無い職に飽きたも疲れたも無かったが、やらない事には進まない。珍しく一通り仕事を終わらせたのを見計らってか、まだまだとばかりに何かしらを持って来る、付き人達の悲鳴にも似た声を背中に背負い、人のように後ろめたいのか、抜け出した事が誇らしいのか口元を緩め天界から遠く、なるべくならば己が楽しいと思える場所へと豪遊に出て行くのだ。

「神とて疲れるというのだ。 あやつらはそれをわかっておらん」
 実際疲れのような倦怠感を感じる事はある。あるが、神である焔樹は人の、付き人達の何倍もの神通力があるのだ。元々が人間世界の仕事、という概念とは違うゆえに彼女の言う言葉自体は、今現在仕事を一通りこなしたという事実さえ無ければサボる口実にしかなってはいない。
 柔らかく、地域によっては強く吹き荒ぶ風に身を任せ、時に身に纏った黒色の羽衣を靡かせて、焔樹は天界の香りが届かぬ場所へと飛び去ってゆく、ただあの大きな機関とも言える場所が彼女の居場所を特定するのにさほど時間はかからぬだろうが、だとしても休みたいのだ。
(ふん、欲求に従って何が悪い。 神とて意思ある存在よ)
 行かないで下さい、そう何人もの付き人が涙する姿を思い浮かべては鼻を鳴らして怒りを吐き出す。欲に従うという行動そのものを押さえつけられるような、あの場所が時に窮屈になってしまう事もある。
 ただ、だからと言って居なくなるには矢張り焔樹自身の何かがそうはさせない、やるべき事があると自らが悟っているからなのだろう。

 幾つも山を越えて、町並みの光を遠目で眺め、日本上空。飛行機でも鉄の塊でもない焔樹は神という名の名前でその姿を一般の目から隠し通し、移動の全てを行う事が出来る。
「なかなか良き所もないな」
 羽衣を着た天女も今は青銀の狐。空狐だ。天界から離れ、一気に人の居る場所へと降りてくるには多少なりとも素早さが欲しくなる。天界の、あの鋭い迷子探知機にはなるべく捕まりたくないのが焔樹の本音だ。
(良いではないか、ほんの…一時くらいは…)
 良くはありませぬ、焔樹様。そんな声が何処からか聞こえた気がして、狐の体格よりもまだ大きく尻尾の多い空狐は猟師に撃たれてしまったかのようにして地上の、ある一点を目指し急降下をし始める。
「小言にはつきおうてられん、られんというに!」
 悪夢に魘される様にして焔樹は山の木々を移り渡り、東京のビルの最上階すら飛び越えてとある山の一つ、既に紅葉の紅葉がちらほらと見え始めたその一角に廃虚としてか金持ちの道楽か、何が原因で生まれた場所かを問われるような古風な装いの場へと足を下ろした。
「うむ、まぁここで良しとしてやろうか」
 決して華美ではない、柱と天井がありそして時代遅れな椅子が置いてあるだけの殺風景な場所。けれど山を見渡しながら、とりあえずは溜めに溜めた仕事をようやく終わらせたという気分には十分浸ることが出来るであろう。
(あやつらが居ては次に何と終わった気がせん)
 青銀の大狐は椅子にぐったりともたれかかると、その柔らかい毛並みから黒い衣服――羽衣に包まれた女性の焔樹が現れる。胸に刺繍された朱色の紅葉が、彼女の疲れを物語るようにしてしぼんでいる。

 見上げる空は秋の透き通った空色。そこに天井の古く腐った木が邪魔をして風情、人間にしてみれば気味が悪いの一言だろうが焔樹にとって廃れ、そして命の芽生える場所こそ身を任せられるべき所とも言えた。
「少々肌寒いか?」
 人の姿になってはみたが、服というものは難儀なもので寒い、と感じない時もあればふとした事でやけに温度が気になったりもする。
 何度か肌寒さに身をすくめ、もう一度本来の姿、青銀の毛並みを晒せば、柔らかく撫でられる銀の一本が秋風に漂い、消えた。どうしてだろうか。長く、その階級に相応しいと揺れる尻尾すら少し重いと感じてしまう程、その風に乗って何処かへと運ばれてしまいそうだ。
(それが天界ならば笑い話にもならんか…)
 毒づいて、けれど焔樹は微笑む。小さく息をついて、瞳を閉じて。
 静かに誘う眠りという名の闇に引きずり込まれ、一時の休息を夢に見る。

「ああ、今日はとても気持ちが良さそうですね」

 一瞬だった。暗い、けれど安息の闇へと導かれる筈の意識が急に雲を払う風のように、天から差す光のように綺麗さっぱりと焔樹の眠気を何処かへ追いやってしまったのは。
「お主か…」
 癖毛、でも無いだろう。上手い所に曲がりくねった柔らかそうな頭髪とそれに見え隠れする翡翠よりも透き通った緑の瞳を持つ青年――露樹・故(つゆき・ゆえ)は、焔樹の居る椅子をまるで天界を見上げる人間のようにしながら笑顔を振りまいてそこに居た。
「何をしているのだ、こんな所で」
「散歩です」
 真っ直ぐに焔樹へと歩みを進める故の服装は、今しがた手品でもしてきたかと問うてやりたいタキシード姿に暖かそうなロングコート。この男も矢張り寒さを感じるのかと、失礼千万な考えをおこしている内にすぐそこまで、目と鼻の先まで男の整った鼻が近づけられ身を翻す。
「…! 何をしておるのだ! こんな所で!」
 己の身は空狐、大狐のままだというのに毛を逆立てながら威嚇してしまう、そんな距離。
「ええ、だから散歩ですよ。 散歩。 美しい人を近くで眺める…言うなれば芸術の秋…でしょうか?」
「私の今の姿を見て言うておるのか?」
 大狐。その五本ある尻尾を立てた姿は随分と勇ましい。
「可愛らしい子を眺めるのも芸術の秋とは言いませんか? とはいえ、その勇ましさも今しがたまでは睡魔に襲われているご様子でしたが」
 む。と眉間に皺が寄るのがわかる。だからと言って人となっていない身ではその表情は故に伝わる事は無いだろうが。
「ついでです。 俺も一緒に昼寝のお供をさせて下さいませんでしょうか?」
「…? …なに?」
 今度は焔樹の耳がくるりと一回転し元々大きな瞳が一層大きく見開かれた。
(珍しい…この男が自ら行動を起すとは…)
 いつも行動を起すのは焔樹から、ほぼ強引にという事が多いせいか昼寝の一言ですら五本の尻尾がふわふわと嬉しげに、安心したかのように下がるのがわかる。

「良いでしょう? ね? …尻尾も気持ち良さそうですし」
 悪魔の本音はそうであったか。
「私の尻尾を枕代わりにする気か貴様!」
 とはいえ、悪魔という表現は焔樹が『尻尾を枕にする故』に抱いたものであって、故は決して悪意は無い。柔らかく秋風に揺れる青銀の毛並みは何より極上の枕になっただろうし、誘惑されてもおかしくはないというもの。
「ならん、ならんぞ…」
 気持良く座っていた場所を後ずさり、また人の焔樹の姿をとる。今度は尻尾の一本も生えない人の女性の姿に。
「ああ、勿体無い…」
「何が勿体無いだ。 人の尻尾を勝手に使うでないわ!」
 途端に笑みから悲しげに目を伏せる故、けれど決してその悲しみが本当の悲しみであるかと言えば否。冗談の延長を抜けない、大袈裟な動きで焔樹の尻尾を狙っているのだ。
「私をからかうな」
 椅子に座りふんぞり返る姿は絶世の美女の身体、そんな容姿だとしても中身がゆえか、威圧的だ。そんじょそこらの男共ならたちどころに逃げ出してしまうだろう、焔樹の美貌に見惚れさえしなければ。
「からかってなどおりませんよ」
 お互いの瞳を見詰め合っても焔樹には故の気持ちが分からない。
 逆に故はきっと、焔樹の気持ちなどお見通しなのだろう、先程見せた悲しげな表情はどこへやら、いつも絶やさない笑顔を向けながら、ちゃっかりと隣に座り込んでいる。
「こうして美女を横目にお昼寝…というのもおつなものでしょうか、ねぇ?」
「ほざけ。 何が何を横目にだ。 だいたい昼寝とは…おい!」
 甘い言葉を囁かれればその辺の小娘ならばうっとりと心を蕩けさせるだろうが焔樹は違う、神であり空狐であり、なにより随分なはねっかえりなのだ。
 そんな怒声にも似た焔樹の言葉を半ば無視しながらちゃっかりと隣を陣取っている故は、有無を言わせずにゆっくりと隣の膝に頭を乗せようと転がってくる。
「お膝、貸して下さいね」
 いいだろう。そんな事一言も言ったことはない。
「待て、おい故! …おい」
 尻尾を枕にされるのとは別の温もりが膝に乗っかり、そしてだんだん気を許したようにその重みが伝わってくる感覚は焔樹にとっては珍しい。どちらかと言えば激情的な性格は膝枕をしてもらう方、といった所か。
 そうではなくても身分や経験の違いか、のどかに膝枕をしてやるという状況にどうしていいか分からず、何度か誰も見ている筈のない周辺をきょろきょろと見やり、観念したかのようにして故の頭に視線を落とす。
(尻尾が良いのではないのか?)
 故は静かだ。規則的に息をしていて一見眠ってしまったかのようにも見えたが、もしかするとこっそり起きているのかもしれない。瞳は閉じたまま、片眼鏡に太陽光が反射して焔樹の目を刺激する。
「どちらが良いのだ。 尻尾と、膝と…」
 ため息混じりにそう聞くが故は答えない。寝ていると判断するべきなのだろうか、膝枕は許してもいいのだろうか。
「問答無用か…仕方ない…」
 自分もこれから眠れるだろうか。天界の者が迎えにやってきて目覚めるなどとは決してしたくない。出来れば故と共に起きてみたい。また新緑の光を見てみたい。

「…待て。 そういえば」

 小娘と言われてしまいそうな事を考えながら口元を緩めかけた焔樹はすぐに顔を凍りつかせる。
 考えてみればこんな事が以前無かったわけでもない、故が来てなんだかんだと眠りについて、焔樹が起きる頃には故は。
「…いつ起きる気なのだ…こやつは…」
 眠っていたのだ。それも一日、少し寝坊したという問題ではない。二日、三日と経っても起きずに痺れを切らせそうになった事のある故の睡眠時間は、眠ろうと思えば何ヶ月単位で眠り続ける事も決して不可能ではないだろう。

 秋風に肌寒い中、故の温もりが少しだけ心強く、微笑ましい。こうしていればあながち人間の姿も悪くはないと思えてしまう自分がくすぐったい。
 けれど。
「また何日も寝るのではないだろうな…?」
 その通りです。聞こえてくるのは故の柔らかい寝息だけだというのに、焔樹の頭は何故かその言葉を聞いた気がして、ぐったりとうな垂れるのだった



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東京怪談
2006年10月23日

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