『小春と蓮也の発掘レポート〜洞窟遺跡の鉄鏡 』

藤河・小春（1691）＆御影・蓮也（2276）＆（登場しない）

「――というわけで、しばらくテント生活になるので――」
　そこそこに広い講堂の壇上で、注意点を長々と話している部長の姿を視界に留めて、小春はひたすらにあくびを噛み殺していた。
　その隣には、友人である御影蓮也。彼は小春とは逆に、なかなか真面目に部長の話を聞いているようだ。
　蓮也は今年大学に入ったばかりの１年生。他大学との共同発掘なんてそうそうあるものではないし、そもそもおそらく、発掘自体そんなに経験が多いわけではないだろうし。
　しかし小春にとっては部長の注意事項はすでに耳タコの内容なのだ。発掘に行く際の注意点なんてどこに行くにしてもそう変わるものではない。海外の遺跡の場合はまあ、海外旅行の心得のような注意点もプラスされるが、今回は国内の遺跡だ。
「まさか、蓮也君がいるとは思わなかったなあ」
「……人数合わせで頼まれたんです」
　蓮也の答えは、少々間を置いてから返って来た。
　神聖都学園は大きな学校ではあるが、どんなマンモス校だって、人手の足りない部というのは存在する。
　とはいえ蓮也だってまったく興味がなければ断っただろう。
「楽しみだよね」
　にこりと笑んだ小春に、やはり答えは少しの間をおいてから返ってきた。
「……俺、今、部長の話聞いてるんだけど……」
「だって何度も聞いた内容なんだもの」
　と、ちょうどその時。
「だっ！？」
　スカッコーン、蓮也の頭に勢いよく、消しゴムがひとつ飛んできた。
　見事な腕前を披露したのは部長である。……いつのまにか、部長の話は終わっていた。
「注意点を話してるんだから、ちゃんと聞いてください」
　睨みつけるような部長の視線に、蓮也はぺこりと頭を下げた。


　――そんなふうにして、この発掘は始まった。


◆

　今回の目的地は、最近とある山奥で見つかった地下遺跡だ。自然洞窟と思われていたのが、探検してみたらその奥に遺跡があったのだと言う。
　からりと晴れた気持ちいい空の下で、蓮也は柄に犬の足跡が描かれたファンシーな青い傘を片手に持ち、背中に二人分のリュックを背負っていた。
「なあ……何で俺、小春さんの荷物まで持ってるんだ……？」
「私もちょっと気になってたんだけど……。蓮也君、どうして普通の傘なの？」
　山に持ってくる装備に雨合羽と折り畳み傘は必須であるが、蓮也が持っているのは６２ｃｍサイズの普通の傘だ。邪魔にならないんだろうかと疑問に思う。
「えーと、まあ、それはいろいろ……便利だし」
「……私は知ってるからいいんだけどね」
　小春はおっとりと告げて、それから少しだけ、周りの方へと意識を向けた。
　１８歳の年頃の男が、晴天の日に、ファンシーな傘を持って山登り。……相当、目立っている。しかも悪目立ち。
　誰も質問してこないのは、小春がそんな蓮也を平然と受け入れているからだろう。
「それぞれ班毎に割り振りの場所に行ってくださいー。手分けをする時も、必ず２，３人で一緒に動いてください」
　そんな声が聞こえてすぐのち、発掘メンバーたちが動き出す。小春と蓮也も、同じ班の人たちと一緒に洞窟の遺跡へと入っていった。


　洞窟の中は当然暗い。けれど手分け――という名目で二人で行動している小春と蓮也の視界は明るかった。
　懐中電灯ではなく、傘の功績である。
「本当、便利だよねー」
「で、どこから調査するですか？」
　ほえほえと笑う小春の隣で、蓮也はため息混じりにそう尋ねた。
　なにせ荷物は全部蓮也持ち。明かりも蓮也が持っていて――傘に『電灯』と書いたメモを貼り付けているのだ。
「このもうちょっと先にね、祭壇みたいなのがあるんだって」
　洞窟の中には複数の部屋があって、そのうちのひとつが、小春と蓮也の調査担当である。
　といっても、今日のところは調査というより下見。ざっと部屋の様子を確認したら、一度戻って合流する予定になっていた。
　入り口から班のメンバーと一緒に歩くこと１時間ほど。手分けということで別行動になってから１０分ほどで、目的の祭壇（仮）へと到着した。
　ざっと見た感じでは壁や足元は人の手が入っている雰囲気はなく、岩肌そのまま。しかし部屋の奥にはぽつん、と大きな岩が置かれている。
「なんのための部屋なんだろうね……」
　もちろん、それを調べるために来ているわけだが。小春は一度そう呟いてから、棺の方へと歩き出した。小春の半歩後ろから、荷物を背負った蓮也も追いかけてくる。
　近づいてみれば、遠目には岩としか見えなかったそれが、実は箱であったことに気がついた。よく見なければわからないほど自然の岩と似せてあるが、近づいてみればそれが加工されているものであることが知れる。
　上部の岩は、蓋であり、外すことができるのだ。
「開けてみようか」
「……そういうのって、慎重に調査してからやるんじゃあ……」
　蓮也の突っ込みもなんのその。
「触って壊れるような類のものじゃないし、有毒ガスとかあっても、効かないから大丈夫よ」
「小春さんは大丈夫でも、俺は大丈夫じゃないから！！」
「ほへ？　ガスマスクとか、作れるよね」
　確かに。登山装備の一環として、荷物の中に薬箱が入っている――その中にはマスクもある。つまり、そこに『ガスマスク』と書けば、ガスマスクの完成だ。
「…………はい」
　あまりにあっさり断言されると言い返す気力もなくなる。ごそごそと念のための毒対策をして、蓮也は石の蓋へと手をかけた。
　石の蓋はかなりの重量があったが、そこはまた傘の活躍。実は蓮也の持っている傘はただの傘ではなく、そう簡単には壊れない。なので、石の重量は気にせず、傘を使ってテコの要領で石の蓋をずらす。
　箱の中身が見えた瞬間。
「うわあぁ」
　小春がきらきらと瞳を輝かせた。
　中に、灯りを反射して光るなにかがあったのだ。
「わっわっ、小春さんストップ！！」
　蓮也は慌てて止めようとしたが、しかし……一歩、遅かった。
「宝石じゃない……」
　じっと箱の中を覗き込んだ小春が見つけたのは、宝石ではなく鏡だった。妙なことに、鉄で作られているらしいのにまったくと言っていいほど錆びていない。
「開いた〜！」
　と、箱の中から声が響いた。
「え……」
　鉄の鏡は小人へと姿を変えて、石の蓋に飛び乗りニヤリと笑う。
「もしかして、封印されてたのかな……？」
　小春の疑問に、小人は胸を張って偉そうに頷いた。
「その通り！　出してくれて感謝する。……まずは――」
　言うが早いか、小人は小春に向けて突進してくる。
「どういうつもりですか」
　しかし小春はいともあっさりと小人の突進を避けて、荷物に括りつけていた銀龍刀をすばやく手に取る。
　蓮也もこのときにはもう、傘に『よく斬れる剣』と書いて武器としていた。
「ちぃっと、お礼でもしてやろうかと思ってんのよ」
　口端を片方だけ上げてニヤニヤと笑う小人は、とてもとても、言葉通りのことをする様子には見えない。お礼はお礼でも、お礼参りといった方がいいんじゃなかろうか。
「小春さんっ！」
　小人が手を差し出すと、そこから強い風が吹く。突風に吹かれた小石が、小春目掛けて飛んでいく。蓮也は咄嗟に傘を開き、剣とは別に用意していた『鉄壁』のメモを貼り付けた。
　小石は、傘と蓮也に阻まれて小春の元へは届かなかった。
「おっ！？」
　まさか傘で防がれるとは思わなかったのだろう。驚いて動きを止めた小人の隙を、小春は見逃さなかった。すぐさま傘の影から飛び出して、小人の方へと切りつける。
　パリィン――と、澄んだ音がして。そこには真っ二つに割れた鉄の鏡が残された。
「他の人たちは大丈夫かな……」
　傘を閉じて蓮也が呟く。小春たちだったからよかったようなものの、他の人だったら……。
　まあ、他の人だったらこんなふうに石蓋を開けなかっただとう、という説もあるが。
「とりあえず、戻ろう」
　蓮也の意見に小春も頷き、二人はすぐに他のメンバーのもとへと合流した。

◆

　――後日、他の部屋には文字が書かれた石碑が確認された。
　書かれている文字は解読できていないけれど、おおまかなところは予想がつく。
　端的に言ってしまえば、蓮也たちが貧乏くじを引いたということだ。
　他の部屋に先に行っていれば……他の人ならば石蓋をすぐに開けようなんて考えなかっただろうし、石碑に気づけば、小春ももうちょっと慎重になっただろう。
　解読こそされていないものの、石碑には呪らしき言葉も書かれていて……つまり、箱に何か封印されているだろうこともすぐに予想がついただろうというわけだ。

PCシチュエーションノベル（ツイン）

日向葵

東京怪談

2006年10月19日