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『テーラーの妖精、現る 』
露樹・八重1009)&糸永・大騎(NPC4235)



 秋の夕闇は沈み入るのが存外に速い。夕方の六時ともなれば、景色は早々と夜の色を強めてしまうのだ。

 テーラークロコスは、東京の街中の、比較的閑静な場所に軒を構えている。
 派手な看板を立てるでもなく、大々的な宣伝をするでもなく。故に、店はまさに知る人ぞ知る場所であるのだ。
 ちかちかと街灯が点滅を始める、その下で。ズル、ズルリ
 何者かがなにか重たげなものを引きずるような低い音が響く。しかし、そこには何者の姿もなく、あるのはただ安穏と広がる夜の闇ばかり。
 ――否。
 気付く者が在れば、その闇の中に、確かに人の姿があるのを見てとれただろう。
 そう。
 そこには体長十センチ程の小人――もとい、露樹八重の姿があったのだ。
 八重が引きずっているのは(八重にとっては)身丈程もある大きな巾着袋で、中にはなにやらごつごつとしたものが収まっているようだ。その重量たるや――おそらくは大変なものとなっているのだろう。それを引きずる八重の表情たるや、こちらもまた大変な事になっていた。
 ズルズルという音は、やがてテーラークロコスの前でぴたりと止んだ。代わりに、今度はゼイゼイと荒い息が聞こえ出した。
「ぃ、や、やっと着いたのでぇすよ」
 荒い呼吸を整える傍らで、八重はニカリと満面の笑みを光らせる。
 大きく振り上げた片手には、何に対するものなのかはさておき、勝利を示すピースサインが作られていた。

 同じ頃。
 テーラーの主である糸永大騎は、ふと横目に振れた外界の景色に、作業を進めていた手をしばし止めて顔を上げた。
 急ぎの発注があったのはつい今朝方の事だった。
 服の仕立てはむろんの事、発注客の選別にまでこだわる”うるさ型”である大騎も、しかし、その急ぎの注文は比較的快く受け付けた。 
 過去に数度ほど注文を受けた事のある、とある老女からだった。
 初孫が、学校で学芸会をするのだという。それにあわせ、合唱用のワンピースを仕立ててほしいのだという内容だった。
 ベロア生地の、決して派手ではないデザインで。
 生地の裁断も終え、今は仮縫いの段階にまで及んでいた。
 が、どうにも作業に没頭しすぎていたらしい。
 気付けば外界はすっかりと暗くなり、当然の事ながら、工房の中もひっそりとした闇で覆われていた。
 大騎は大きな息をひとつ吐き、それからコーヒーを淹れるために席を立った。
「……もう店も閉めるか」
 サイフォンを仕掛けた後に踵を返し、店の外へと足を向ける。
 ドアノブにかけてある『Open』の文字を『Close』へと変え、ついでにと数歩ばかりを踏み出してみる。
 夜の、冷えた空気が心地良い。
「さてと。休んだらまた続けるかな」
 独りごちながら首を鳴らし、つと振り向いて歩みを進めようとした、その時。

 ぐに「ぐえ」
 
 足元に、何か奇妙な違和感を覚えた大騎は、しばしの思案の後にゆっくりと足元を確かめた。
 果たして、そこには大騎の靴底に踏まれ、つぶれている八重の姿があった。
「……おまえか」
 小さな息を吐き出して身を屈め、うつぶせにつぶれている八重の身体をつまみあげる。
「どうしたんだ、こんな時間に」
 目の前まで持ち上げた八重に視線を向けて訊ねかける大騎に、八重は身をよじらせて怒声をあげた。
「ぜんぽうかくにん! あしもとかくにんは基本中の基本なのでぇすよ! 踏んづけるとはなにごとでぇすか!」
「いや、さすがに、足元に何かが落ちてるとは思わないだろう」
「お、お、落ちてるってなんでぇすかあ! あたしは物じゃないんでぇすよ!」
「や、それは分かってるんだけどな。いやしかし」
「あたしなんか、踏んづけられて、潰れそうになったんでぇすよ!? それはつまり世界遺産がひとつ失くなるようなものなのでぇすよ!」
「……なんだそれ」
 きいきいと怒号をあげ続けている八重に、大騎は大仰なため息を落とす。
「……まあ、詫び代わりにコーヒーでも飲んでいくか。今淹れてるところなんだ。……おまえはカフェオレの方がいいのか?」
「むう……あたしは大人のレディでぇすよ」
「そうか。じゃあ砂糖もミルクもなしで」
「ココアにしてくださいなのでぇす」

 テーラーの中へと招かれた(つままれたままだったが)八重は、工房の中の光景を目にして、興味深げに目をしばたかせた。
「なにを作っているのでぇすか」
「ん? ああ、それは、子供用のワンピースだ。孫の初舞台なんだとさ」
 きちんと練り上げて作ったココアをエスプレッソ用のカップに注ぎ淹れ、八重の前へと置く。
 八重はそのカップの取っ手部分によじ登り、スプーンを器用に使いながらココアを口に運んだ。
「気持ちの良さそうな生地なのでぇすね」
「ベロアな。あれは肌触りがいい」
 うなずきつつコーヒーを口にする大騎を見上げ、八重はしばしの間「むう」と小さな唸り声をあげる。
「やっぱり高級なものなんでぇすか?」
「そうでもないな。まあ、ピンキリだろうが」
「ここに注文した服は、どのぐらいのおねだんがつくのでぇすか」
「ものによるな」
 コーヒーを干し、からになったカップをテーブルに置くと、大騎は再び工房の中へと入っていった。
 八重がいる場所からは、工房の中がよく見える。
 八重はココアを飲みながら、大騎の作業に目を向けた。
 裁断された布地。使い古された感の漂うミシン。作業台として使っているらしい机の上にはボビンや仮縫い糸、小さなコサージュなどが並べ置かれてある。

 残りのココアを一気に飲み干すと、八重は大騎の後を追いかけて工房の中へと踏み入った。
 清潔に片付いた空間の中に、コーヒーの香りが漂っている。
 椅子に腰掛けて作業を続けている大騎の脚を見上げ、八重はふと首をかしげた。
「今日は、このまえ作ってもらった浴衣の代金をはらいにきたのでぇす」
「は?」
「あの袋」
 八重が指差した場所は、先ほどまでココアを飲んでいたテーブルの上。そこには大騎が運びいれた巾着袋が置かれてあった。
「ごひゃくえんだまちょきんなのでぇす」
「五百円玉貯金?」
「そう」
 得意げにうなずいた八重は、もののついでと言わんばかりに、大騎の脚をよじ登り始める。
「さんかげつもためてきたのでぇすよ。根気がひつようなのでぇす」
 登り終えた脚から作業台の上へと飛び乗ると、八重は胸を張ってふんぞり返った。
「さ、その中から要りような分もっていくといいのでぇす。えんりょはいらないのでぇすよ」
「要りようなだけって……」
 巾着袋の中を覗きこみながら、大騎はそっと肩をすくめる。
「……七枚入ってるが」
「そうなのでぇす! びっくりしたのでぇすか!? 大金なのでぇす!」
「……」
 あまりにも得意げに胸を張る八重を見て、大騎は困ったように笑い、巾着の中に指を入れた。
「……じゃあ、三枚もらっておく」
「さんまい! さんまいもでぇすか! あ、いや、さんまいでいいのでぇすか!? もっと持っていってもいいんでぇすよ!?」
「いや、これで充分だ」
 大騎はそう言いながら、それをポケットの中へとしまいこむ。
「そうなのでぇすか? じゃあ、これで浴衣の代金はおしまいなのでぇす」
 八重は満足そうにうなずいて、傍らにあったボビンを拾い上げた。
「じゃあ、あとはお手伝いなのでぇす」
「手伝い?」
「世の中には靴屋のてつだいをする、感心な妖精もいるのでぇす」
「……ああ、なんかそういう童話があったような気もするが」
「あたしも、よそから感心されるような妖精になるのでぇす」
「……そうか」
 ため息がてらに呟く大騎を、しかし、八重はさほど気にかけるでもなしに眺め、笑う。
「だいじょうぶなのでぇす。あたくしにまかせておけば、ワンピースのひとつやふたつ、あさめしまえなのでぇすよ!」
「……そうか。ところで、」
「なんでぇすか?」
「ちょっとその場を離れてくれないか。……布を広げたいんだが」

 八重の『手伝い』は大騎の絶賛を浴びるところとなった。
 ある時は簾頭にぶら下がり、ある時はボビンをものの見事に転がして遊び(しかも、まさに今から使うはずのものだった)、またある時には糸くずを払い落とすためにはたいた布と共に床の上へと転げだされたりもした。
 そのおかげもあってか(?)、大騎の作業は比較的つつがなく終わり――結果的に、八重は得意満面に大騎を見上げるのだった。
「あたしのおかげでぇすね」
 しかし、大騎はぐったりとした面持ちで、言葉を返す事も出来ずにいた。
 本来であればもっと短時間の内に仕上げるはずの段取りだったのだ。それが、自称・テーラーの妖精(どうやらたった今ほど、自分で自分に付した別称らしい)の”おかげ”で、随分と苦難してしまった。
「……そうだな」
 数十秒の後、大騎は疲弊しきった声で一言だけを告げた。
 
 夜はもうとっぷりと更けている。さすがに、今から八重をひとりで帰すわけにもいかないだろう。
「……今日はここで休んでいけよ」
「まぁ!」
 何気なく述べた言葉だったが、八重の過度な反応を耳にして、大騎ははたりと思考を止めた。
「たいきもおとこだったんでぇすね! でもまだだめなのでぇす、ものごとには段階というものがひつような」
 騒ぎ立て始めた八重の言葉が次第に遠のいていくのを感じながら、大騎はぱたりとソファの上に沈んでいったのだった。


 ―― 了 ――


Thank you for an order.
Moreover, I am waiting for the day which can meet.

2006 October 17
MR
PCシチュエーションノベル(シングル) -
エム・リー クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月17日

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