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『想思華 』
空狐・焔樹3484)&露樹・故(0604)&(登場しない)

 裾野に降った雨はいつ止んだのか。宵闇の布が空から下がり月という名の淡い灯火が天に彩りを添えている。
 雫として落ちた水滴の一つ一つは、光り輝く朱色に光が散ってそしてまた消えていく、現実に存在するとは想像にすらしない場所で。
 儚いと言ってしまえばただそれだけの、けれど炎を思わせる彼岸花の咲き乱れるこの場所に舞い降りた天女の如く刺繍すらない黒服の、羽衣を風に遊ばせている青い狐――空狐・焔樹(くうこ・えんじゅ)は花達の咲き乱れる野の中をただただ進み、その一本の炎を見つめながら立ち止まった。
「私は思い焦がれているというのかの…?」
 誰にとも無くそう口にする。

 曼珠沙華、梵語で赤い花を意味するその名前を様々な国の思想によっては想思華と言う。
 葉は花を想い、まだ咲かぬ内にその身に受けた天の恵みをただ一つ、花を咲かせる事のみを思い生き、花は葉の恩恵によって美しく咲き乱れ生き物達を癒す。
 けれど花は決して生を分け与えてくれた葉を望む事も出来ぬ場所、ただひたすらに僅かな距離というものの為に葉と花の距離によって永遠に出会う事は出来ない。

「互いを想うておっても…会う事は出来ぬのか…」
 一生、いや生を受けてその命が尽きるまでずっと、花と葉の想いは届く事無く距離だけがその存在を別ち続ける。思い続ける花、想思華。
 手を添えて香りを嗜めば柔らかく甘い、まるで花が葉へと募らせた想いが伝わってくるような気がし、焔樹はその花を払うようにして顔を背ける。
「ふん。 ――くだらんな、私が感傷に浸るなどとは」
 季節はゆっくりと移り変わっていく。それは毎年、何百年として焔樹にとって変わらない、変わる筈の無い物。だというのに、今一吹き、裾野をなびかせるようにして去っていった風は彼女の心にさえも小波を立てるようにして夏を連れ去り、秋を運ぶ。
(彼岸花、幽霊花、地獄花――、縁起悪い名ばかりがついておるのにな)
 揺れ動く赤き花を見つめて思う、この野に立つ焔樹はさながら炎に包まれた天女であろう。
「まるで人の命のように儚い灯火のような花だというに」
 もう一度、払った筈の花に手を沿え、焔樹は笑みとも悲しみともつかぬ、眉を顰めたままの微笑みでその花を眺める。美しい命の炎、いつかは消える筈の命を想う葉と、出会う事すら叶わずに消えていく、それが花の運命。
「本当に…儚いものだな」
 思い焦がれているのは花か葉か、或いは今こうして佇む焔樹自身か。
 ただ淡く香る赤い色だけが自分の心の炎のように思えて、その一本を手折るともう一度顔へ近づけた。

「おや、花を手折るとは無粋というもの。 貴女はそれをよくわかっている筈だというのに、まるで年頃の少女のような事をされる」

 男のけれど優しい、柔らかい声に香る色。だが焔樹の手はまるでその花に興味を失ってしまったかのようにして、指先一つ動かす事無く手折った一輪は力を失い重力によって元の茎へと帰っていく。
「無礼者、私がそのような小娘だとでも言うのか? 貴様は」
 背は向けたまま、互いの声を、そして相手はきっと焔樹の香りを風下で、微笑みながら楽しんでいるに違いない。
 新緑かはたまた戻れぬ沼のような暗い緑を宿した瞳はきっと自分を見ている。いや、もしかしたらただ焔樹自身がそう願っているだけなのかもしれない。自分だけを、見て欲しいと。
「いえ、そんな事は。 ただ美しい人が美しい花を手折る姿は廃退の美を思わせましてね」
「ふん。 戯言を…」
 この裾野に居るという事はまだ焔樹に近しい者しか知らない筈だ。だというのにこの男――露樹・故(つゆき・ゆえ)はいつの間にか闇色の髪のように静かに姿を消しては、また焔樹の居る場所に現れる。
 夢か現か。今ここに居る故は本当に故であって触れてしまえば水に写った月のように消えてしまうのではないか、不安が胸に過ぎる。そして、これが焦がれるという事なのかと思えば焔樹の心に更に小波が立つ。
「お側に行っても? 美しい人」
「心にも無い事を…」
 故は、彼はいつもそう微笑みながら焔樹の今までに体験した事の無い何かを運んでくる。静かな足音が儚い炎の中を通り抜け、ゆっくりと近づいてくるその気配に逃げる事が出来ない。
「俺は心にも無い事を言う主義ではありませんよ、ほうら、この花も折角貴女に手折られたのだから貴女を飾る炎になりたいと願っている」
 焔樹の前に現れた故はずっと、ただずっと同じ笑みを向けて彼女の前に立つと手折られ、そして落とされた一輪の花をすくい、髪飾りのようにさしてはまた微笑んだ。変わらぬ西洋服の白と黒い色が赤を持つ姿もまた、美しい。
 邪気を感じない、けれど良心すらをも感じない瞳に焼き付いた故の笑みは、月の輪郭のように柔らかい唇に彩られている。
「小娘のように扱うな。 思うてもいない事を…」
 もしも、故が本当に焔樹に花が似合うと言ったならば。今の言葉が本当であるのなら、自分はどうなってしまうのだろう。千年を超える年月と空狐の位という名の地位を得た者が心を揺らす事があって良いのか。
「儚き灯火は美しい人にはぴったりだ…青銀に光る水面に浮かぶ炎は決してただ手折られただけの存在では無い筈ですよ」
 満足げに故は言う。髪飾りとなった花を一撫でし、そのままゆっくりと頭の輪郭へ、顎の輪郭へと焔樹の心もその視線も、指というただ一つの温もりで遊ばせる彼は今の自分にとって酷く残酷な存在だと意識が警告の鐘を鳴らす。
「ふん、もう良いわ。 そのように私が美しいと言うのならば少しばかり遊びにも付きおうてくれるのだろうな?」
 同時に、このままで居たい。離れたくはない。まるで本当に年頃の娘のように焔樹は故に微笑みかける。
 心に鳴る警告に従って故は退散するのだろうか、それとも今焔樹が思うように離れずに側に居てくれるのだろうか、手は伸ばさずに直立したまま挑発的な笑みを浮かべると少しばかり零れた感情が口元を歪ませた。
「なんて顔をしているのですか、貴女は…」
 ため息をついた故が焔樹の腕に触れる。人外ゆえに肌蹴た肩に直接触れる故の手は手袋を嵌めていても暖かく、冷たい。
「…――焔樹さん」
 名の一つを呼ばれて腕ごと引き寄せられればそのまま故の胸の中に雪崩れ込んでしまう。女々しすぎる、けれどこの距離を埋めてしまいたい、そう思わせる一瞬。唇でも奪ってしまえばその隙間は埋まるのか、けれどその一歩すら踏み込めないこの距離はまるで思想華のように焔樹の心を惑わせる。

 焔樹が花、ともすれば故は葉か。けれど葉は花の為にその身を天に向けなければいけない。心を全て花に預けなければならない。
(馬鹿馬鹿しい…)
 何度自分を馬鹿だと叱咤しただろう。心を焦がす程の者が居る筈がない、全ては身体に流れる血のせいであり人の精気を吸い取る為、享楽の為と思ってきた自分は何処へ行ってしまったのだろう。取り戻せると言うのなら取り戻したい自分。
 けれど矢張り気になるのだ、もしも自分が花だとすれば故は葉となってくれるのだろうか。

「なんという面もしておらぬよ。 お前がただ何かと見間違えただけだ」
 恋をする空狐と見間違えただけなのだ。焔樹の心はそう呟く。
 男とは、こうして抱かれてみると酷く大きく、そして広く見える胸に西洋服の飾りが見え、あまりこの裾野には似合わぬ風景だとまるで子供のように口だけが笑った。
「そうでしょうか?」
「そうだ」
 間髪いれずにそう呟いて、焔樹は自分よりも少しばかり高い故の方へと視線を向ける。笑っている、相変わらずに彼は笑うだけで自分の全てを奪ってしまい、残された後はまるで想い人に置いていかれて泣く女のようで嫌なのだ。
「…そんなに何かと見間違えたと言うのなら…少しばかり思い出でも作ってゆこうか?」
 初めて、自分の妖艶な言葉に悪い癖を感じてしまう。
「心を隠そうとしてしまう…。 矢張り貴方は少女のようです」
 そして、だからこそ焔樹には儚く霞んだ存在に見えて美しいと故は言う。手はただずっと彼女を抱きしめたまま、それ以上動かさないのは確信犯なのだろうか。腕を首に絡めるのも、その視線を合わせるのも焔樹から。
「小娘はこんな事などせぬだろう?」
 力任せに押さなくとも絡めた腕をそのまま後ろに倒してやれば彼岸花の炎が人型に沈む。
「さぁ? 俺にはわかりかねますが…」
 炎の海に沈む故の存在は強い。まるで溶ける事の無い氷のように、彼の存在だけが赤の中に沈んでいて。
「最早口上などどうでも良いさ。 ならばお前の言う小娘とやらの一時の思い出に付き合ってやろうという情けすらないのか?」
 耳元で囁く色。故の動きは酷く緩やかに焔樹の顔を眺め、そして底なしの沼と視線が合う。
「お付き合い致しますよ、お望みならばどこまでも」
「ふん」
 互いの息が重なり合う、そこだけが静かに溶け合っていく二人。望むのが永遠ならばそこまで面倒を見てくれるというのだろうか。
 花と葉に距離があるように魂の距離に身体は酷く邪魔だとすら思ってしまう。

 焔樹は。長く生き長らえてきた空狐という神は。今、月に恋焦がれてしまったのだ。
 彼女自身がもしかすれば花ではなく葉なのかもしれない、故の側にと願う葉であるならばこの距離を縮めんと天に手を伸ばすのだろうか。
 宵闇の月は故と共に焔樹の視界を独占し、故の視界には命の炎を模したかのような花とそこに湖の如く横たわる焔樹の青銀が広がっている。

 どちらが天とも地ともつかぬ空間、時間の合間に一時心だけが取り残されている。それが故という男を欲していると言えばきっとそうなのであろう。
(私はこの男を欲している?)
 単なる享楽でも血の欲求でもなく、故という個人の心を焔樹はひたすらに追っているのかもしれない。例えそれが己の口から出ずとも。

 故に伝わる事が無くとも。

 己は葉で構わない、花が空高く天を見るのならば、天すらも地に落としたとして貴方が欲しい。
 けれど、そんな事は――口が裂けても言の葉になる事はないのだ。



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東京怪談
2006年10月16日

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