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『時過ぎゆかば後恋ひむかも 』
ジェームズ・ブラックマン5128)&ナイトホーク(NPC3829)

 秋萩の下葉のもみち花に継ぎ時過ぎゆかば後恋ひむかも 詠み人知らず

「あー、紅葉狩り行きてぇ」
 ナイトホークが溜息混じりにそう呟いたのは、客もほとんど引けた閉店前の蒼月亭でのことだった。日に日に風は涼しくなっており、街にも秋の気配が漂っている。
 カウンター奥の席でいつものように『ブラックルシアン』を飲んでいた、ジェームズ・ブラックマンはふっと笑いながらグラスを傾け、肘をつきながら真顔でこんな事を言う。
「返り討ちに遭わないようにな」
「どうやって…つか、そういう狩りじゃなくて」
 今日は木曜日。ナイトホークが何を言わんとしているのか、長い付き合いであるジェームズには想像が付くが、生憎それをわざわざ言うほど優しくも出来ていない。素っ気なくグラスを置き、ナイトホークの方をじっと見る。
「…クロ、何その目」
 その態度が気に入らないのか、ナイトホークはベストのポケットからシガレットケースを出した。残り少ない煙草を一本出すのを見て、ジェームズも胸ポケットからライターを出す。
「クロは最近どうなのよ。忙しいの?」
「そうだな…少し忙しかったか」
 最近は色々と自分の元に舞い込んでくる事件などで、ゆっくりとこうやってここに来て話す暇もなかったような気がする。するとナイトホークは煙草を吸いながらこんな事を言った。
「じゃあ、紅葉見ながら露天風呂とかいいよな」
 行きたいなら行きたいとはっきり言えばいいのに、どうしてこう人の出方を見ようとするのか。それが可笑しいので、ジェームズは思わずクスクスと笑った。
「確かにいいかも知れないな…で、行きたいんですか?」
「はい。行きたいから連れてってください」
 諭すように丁寧言葉になったジェームズに、ナイトホークもつられて丁寧になる。
 前々から温泉に行きたいと思っていたのは確かだが、一人で行っても虚しいし、どうせなら親しい人間と一緒に行きたい。そう思っての言葉だったのだが、ジェームズにはすっかり気付かれていたらしい。
 それをごまかすように、ナイトホークはそっぽを向きながら煙草を吸う。予想は付いていたのだが、やはりどうしてもこの手の駆け引きはジェームズに敵う気がしない。
「いや、クロが忙しいんならいいけど。言ってみただけだから」
 するとジェームズは軽く溜息をつきながら、飲み終わったグラスをナイトホークに差し出した。
「次の日曜日でいいか?だったら予約しておくが」
 そう言った途端にナイトホークの表情が明るくなる。何というか本当に分かりやすい。
「えっ、マジ?」
「夜鷹が忙しいなら私一人で行くが。丁度羽も伸ばしたかったところだ」
「謹んで行かせていただきます」
 たまにはこういうのもいいだろう。ナイトホークは夏の間もずっと店にいて、ほとんど出かけていなかったし、少し遠出するのはいい気分転換になる。
 さて、どこに連れて行こうか…『ブラックルシアン』を作っているナイトホークを見て、ジェームズはそんな事を考えていた。

「うわー、絶景!」
 紅葉のシーズンにはまだ一足早く山が少し色づき始めたぐらいだが、ススキやリンドウなどが秋の情景を醸し出している。
「まだ紅葉には一足早かったか?」
 自動車のハンドルを握りながらジェームズがそう言うと、ナイトホークは助手席でふっと笑う。
「いや、充分秋って感じがする。それに、紅葉と温泉どっちかって言われると温泉楽しみだし」
東京から一時間半ほど走り、ジェームズが車を止めたのは箱根にある温泉宿だった。その木造四層建ての佇まいを見て、車から降りたナイトホークが思わず怯む。
「クロたん、何かすげぇ高そうな宿なんですが」
「『たん』付けはやめろ。私が出してやるから、金の心配をするな」
「いや、流石にそれは…」
 そんな事を言っているナイトホークを尻目に、ジェームズは宿の中へと慣れた足取りで入っていった。最初に宿を選んだ時点で自分が払う気でいたのだが、どうも変なところでナイトホークは貧乏くさい気がする。
 …多分本人は遠慮しているつもりなのだろうが。
「ようこそいらっしゃいませ」
「予約していたジェームズ・ブラックマンです」
 宿帳を書く為にフロントに行くと、ナイトホークがそれを後ろから覗き込む。住所と電話番号を書く欄を見て、ジェームズは一度ペンを止めた。
「住所と電話番号は夜鷹の所でいいか?」
「そうして。クロ住所不定だし」
「人聞きの悪いことを言うな」
 その後案内された部屋は、露天風呂つきの特別室だった。部屋に入ると仲居がお茶を用意し、大浴場などの説明をし始める。
「お食事はいつになさいますか?」
「そうですね…一時間半ぐらい後にしてください。よろしくお願いします」
 心付けを渡す手つきもスムーズなジェームズに、ナイトホークはお茶を飲みながら借りてきた猫のように大人しい。やっと二人になったところでようやく足を崩し、天を仰いで溜息をつく。
「クロ、何かすごいな…」
「何が?」
「チップの渡し方とか、露天風呂つきの部屋とか。もしかして、この部屋って俺に気使った?」
 そう言いながらナイトホークは自分の背中を指さした。あまり知っている者はいないが、ナイトホークの背には背骨に沿って真っ直ぐメスを入れたような痕がある。多分本人はあまり気にしていないと思うのだが、奇異の目にさらされるのはジェームズとしては本意ではない。
「嫌だったか?」
 煙草をくわえるナイトホークに、ジェームズは慣れた手つきで火を付ける。
「そんな事ないよ。すっげぇ嬉しい」
 そう言った表情が本当に嬉しそうだったので、ジェームズはホッとした。ナイトホークは悪戯っぽく煙草を吸い、何かに気付いたように顔を上げる。
「あ、でも部屋の露天風呂に洗い場ないから、どっかで体洗わないとダメか?」
 それもしっかりと前もって考えてある。ジェームズは館内案内をめくり、あるページで指を止めた。
「貸し切りの家族風呂が使えるから、最初はそこに入ればいい。まあ内湯になるが」
 大正時代に大理石を輸入して作ったという貸し切り用の内湯があることを、前もってちゃんと調べてきていた。そもそもナイトホークのこともあったが、外人である自分が大浴場にいると色々話しかけられるのが結構面倒なので、ゆっくりと羽を伸ばせるようにこの宿を選んだのだ。
「流石クロ。んじゃ、煙草なんか吸ってないで行きますか…おっ、浴衣も長身用だーこれなら足とか手とか短くない」

「最近の温泉って何でも用意してあるんだな」
「夜鷹、お前は田舎者か」
 最近の温泉宿ではシャンプーからボディソープまで揃っているのは当たり前なのだが、遠出をしないナイトホークはそれが新鮮らしい。田舎者と言われたのが恥ずかしかったのか、ナイトホークはタオルに石けんをこすりつけながらふくれっ面をする。
「だって温泉とか来たの、かなーり久しぶりだし。あ、クロ。背中流そっか?」
 返事をするよりも早く、ナイトホークはジェームズの背中に回り背中を流し始める。
 実はナイトホークが妙にはしゃいでるのは半分以上照れ隠しだった。本当は色々と嬉しかったりするのだが、じっとしていると顔が笑ってしまうのでついつい落ち着きなく動き回ってしまう。
 そんなナイトホークにジェームズは笑いながら話しかける。
「そんなに嬉しいのか、夜鷹?」
「えっ…そんなに嬉しそうに見える?」
「他の客が見たら笑いそうなぐらい、今日のお前のはしゃぎっぷりはすごい」
 背中を流している手が止まり、ナイトホークが手で顔を半分隠し苦笑した。
「それは客には見せらんない。付き合い長いから、やっぱついはしゃいじゃうなぁ…」
「別に好きなだけはしゃげばいいだろう」
「じゃ、お言葉に甘えてはしゃぐ…クロ、俺の背中流して」
 そう言ってナイトホークが椅子に腰掛けた。ジェームズに背中を向けると、真っ直ぐと伸びた傷だけが元の肌の色を現しているかのように白く見える。
「傷はまだ痛むのか?」
 ジェームズが背中を流しながらそう言うと、ふっとナイトホークが振り返った。
「最近そんなに死んでないからな…この前の時は大丈夫だったけど」
 この前の時…と言うのはナイトホークが誘拐された時のことだ。その現場に行ってないし、ナイトホーク自身も語らないのでどんなことが起こっていたのかは分からないが、大丈夫だった…と言うからには、それなりの回数殺されたのも知れない。
「最近は危ない橋渡ってないし、何かあったらクロには連絡するよ…とっとと体洗って暖まらないと。折角温泉来たんだから、風呂入ろうぜ」
 これもナイトホーク特有の照れ隠しなのだろうか。多分、他の誰にも見せたことのないナイトホークの一面。
 そんな様子を見て、ジェームズはくすっと笑った。

 ゆっくりと風呂に入って部屋に戻ると、テーブルの上には既に食事の準備がしてあった。まだ火が入っていない釜を開け、ナイトホークが驚いたようにジェームズの顔を見る。
「松茸入ってるよ!」
 本当は「子供か」と突っ込みたいところなのだが、前菜と食前酒を運びに仲居が入っているので、ジェームズは黙って座椅子に座った。
「お飲み物はどうなさいますか?」
「ウーロン茶で。夜鷹はどうする?」
 その注文を聞き、ナイトホークはきょとんとした顔をする。
「何で呑まないの、クロ?」
「帰りは誰が運転するんだ」
「え、泊まりじゃないの?」
 今日は日曜日で蒼月亭は休みだが、次の日に営業があることをすっかり忘れていたらしい。開店は午前十一時からだが、その前に仕入れや開店準備があるとなると泊まりでは対応出来ない。その事を全く考えていなかったようだ。
「誰がそう言った。お前仕事あるだろう、明日の朝から」
 そう言われてやっと思い出したのか、ナイトホークはポンと手を叩く。
「あ、じゃあ俺もウーロン茶で」
 仲居が出て行った後、ジェームズは食前酒のグラスを持ちナイトホークの方を見た。
「呑まなくて良かったのか?」
「だって呑んだら帰りの車の中で寝ちゃうと思うし、よくよく考えたら部屋の露天風呂入ってないうちに酒飲んだら勿体ねぇ」
 それもそうかも知れない。まだ時間はあるし、先に貸し切りの湯を使ったのは体を洗うためで、本来の目的である『紅葉見ながら露天風呂』に入らずに帰ってしまったら本末転倒だ。
 ナイトホークは更に言葉を続ける。
「それに呑みたかったら俺の家で呑めばいいんだよな。そっちの方が酒いろいろあるし、落ち着くし…そんなわけで、東京帰ったら真っ直ぐ俺の家に帰ろうぜ」
 温泉の話をしたときは遠回しだったのに、自分の家に招くとなるとこうもはっきり言うものか。思わず黙り込んでいると、ナイトホークは不服そうに食前酒のグラスを持つ。
「ダメだったら一人でお家帰りますが」
「いや…そうだな、帰ったらお前の部屋で呑もうか」
 それが一番いいかも知れない。ジェームズが笑いながらそう言うと、ナイトホークは食前酒のグラスをスッと持ち上げた。
「じゃ、乾杯。あ、メニュー書いた紙あるよ…うわ!何かやたら松茸書いてあるんだけど。土瓶蒸しに茶碗蒸しに天ぷらって、すげぇ高そう!」
「金の心配をするなと言っただろう」
「貧乏性だから松茸って見ると怯むんだよ…でも嬉しい。いただきまーす」
 丁寧に両手を合わせ、嬉しそうに前菜に箸を運ぶナイトホークを見て、ジェームズも箸を動かした。
 外からは風が木々をざわめかせる音が聞こえる。窓から見える露天風呂が静かに水面を揺らめかせ、それが日に反射する。
 いつもと勝手は違うがそれがなんだかとても心地よい。
「美味いな、クロ」
「…そうだな」

 しっかりと食事を取り少し休憩した後で、二人は露天風呂に入り空を見上げていた。
「あー極楽極楽」
 そんな事を言いながらふぅと息を吐くナイトホークが、ふとこんな事を言った。
「『秋萩の下葉のもみち花に継ぎ時過ぎゆかば後恋ひむかも』っていう歌があるけど、恋しく思う前に来られて良かった」
 それはジェームズが聞いたことのない和歌だった。そもそも和歌などをたしなむという趣味があるとは思っていなかったので、肩まで湯に浸かりながらそれについて聞き返す。
「夜鷹にそんな趣味があるとは知らなかったが、どんな意味だ?」
 それを聞いたナイトホークが風呂の縁に両肘をついてジェームズに背中を向けた。
「『秋萩の下葉の紅葉が花に続いて色付いているけど、その時期も過ぎて行けば後になって恋しく思うだろう』って意味。万葉集に載ってるよ」
 その時期も過ぎて行けば、後になって恋しく思うだろう。
 そうだ。
 たとえ永遠に近い時を生きていけるとしても、お互いにやってくる季節はたった一度だ。去年の秋は今年の秋とは違うし、過ぎ去ってしまえばそれを取り戻すことは出来ない。
 万葉の頃からそれは変わっていない事実。そう思うと、この一瞬すらかけがえのないもののように思える。
「俺が万葉集なんて意外だった?」
「ああ。どこで覚えた?」
 するとナイトホークが風に目を細めながら遠くを見て笑う。
「クロと一緒にいたとき、廃墟で読んだ本の中に万葉集があったんだ。最近まで忘れてたんだけど、この前本屋で見つけたら懐かしくなってさ」
 その時のことをまだ覚えていて、それを懐かしく思っていたのか。
 過ぎ去っていった時だが、時々無性に懐かしくなる時。二度と戻っては来ないが、お互い確かに共有していた日々。
 思わず黙り込んでいると、その視線に気付いたようにナイトホークが振り返る。
「何か言えよ。黙ってるとすっげーガラじゃないことしたみたいで恥ずかしいんだけど」
「………」
 別にガラじゃないなどとは思っていないのだが、言葉が出ない。
「うわ、俺なんかヤバイ事言った?さっきのは湯あたりの戯言だと思って忘れて」
「いや、忘れない」
「忘れて」
 照れ隠しに口元まで湯に浸かるナイトホークの頭を、ジェームズはふっと笑いながらくしゃくしゃと撫でた。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
「紅葉狩り」ということで、東京方面では紅葉には少し早いのですが日帰りで温泉旅行…という話を書かせていただきました。宿にはモデルがありますが、少しアレンジしてあります。
風流な感じにしたかったので、万葉集に入っている和歌の一部からタイトルを取りましたが、きっとこれからも秋になるたびに、この日のことを懐かしく思うのかなという感じです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってくださいませ。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月12日

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