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『這い寄る『コントン』?! 』
宇奈月・慎一郎2322)&碧摩・蓮(NPCA009)

 天気は晴れ、風の心地よい午後である。
 黒い長髪、黒い瞳、丸渕眼鏡…宇奈月・慎一郎は、神保町を一人のんびりと歩いていた。
「いやあ、こんな日はゆっくりと古書店巡りをするに限りますねえ」
 少し埃っぽい店内に積まれるそれらは、興味の無い者が見れば只の古臭い書籍でも、マニア達から見れば喉から手が出るほど欲しい品々だ。
 宇奈月にとっても、それらはもちろん宝の山だった。
 お気に入りの店を何軒かまわって、気になる本を数冊手にいれると宇奈月は一息ついた。
「さて、次は何処へ行きましょう。いつものお店でおでんでも…あ、その前に」
 あそこへ寄っていきましょう、宇奈月は一人つぶやいて進行方向を変える。向かう先はアンティークショップ・レンだ。
 変わった女主人が一人で営んでいる怪しげな店だが、そこへは特別な人間しか辿り着けないという。
 宇奈月はその店に辿り着ける『特別な人間』の1人だった。

 扉を開けば、アンティークショップに相応しい、不思議な音色を響かせてドアベルが鳴る。
「おや、あんたかい。また本をいろいろとかかえて…物好きだねえ」
 いつも通りカウンターに座っていた店主、碧摩・蓮は宇奈月の来訪に顔をあげた。
「ははは、蓮さんほどではありませんよ。古書店巡りをしているところでしてね」
「へえ…面白そうな本はあったかい?」
 蓮は煙管から細い煙を燻らせながら訊ねる。
 半分趣味でアンティークショップを経営しているような蓮も、そういった品物には目がないのだった。
「ええ、収穫はまあまあです。あ、そうそうそういえば、いつか何処かの書籍で見かけた本があるんですけれど。僕はその本にすごく興味があるんですよ〜。なんていうタイトルだったかなあ…えーと確か…えー…と、そう!!」
 手をポンと打って、宇奈月がそのタイトルを口にしたのと同時。
 蓮の鋭く、硬い踵落としが雷のように宇奈月の脳天を直撃した。
「ぎゃっふん!!!」
 あまりにも唐突な衝撃に、宇奈月はなす術もなく床に崩れる。
「い、痛い〜! いきなり何をなさるんですか〜」
 涙目で蓮を見上げる宇奈月に対し、蓮は引きつった顔でビシッとその顔を指差した。
「いきなり何を、じゃないよ! あんた、今自分が何を口走ったのかわかっているのかい?!」
「へ? 何って、本のタイトルを…」
 宇奈月はきょとんとする。何もわかっていない様子の宇奈月に、蓮は首を振った。
「あんた、それでも召喚師なのかい?! その本は題名を口にする事さえ憚られている禁忌の書だよ!!」
「ええっ?!」
 禁忌の書? 確かにそういうものが存在していることは知っていたが、まさかその本がそうだったなんて。
「で、でもいくらなんでも…口にしただけで何か起こるなんてことは…」
「いや、あんたは曲りなりにも召喚師だろう? 召喚師が禁忌の言葉を口にしたことで何かが起きたとしても、おかしくはないとあたしは思うね」
「そ、そんなぁ。脅さないで下さいよ…」
 思いのほか真顔で言う蓮に、宇奈月はようやく立ち上がりびくびくと後ずさる。
「ううう…」
 穏やかな散歩日和が、一転不安な午後に変わってしまった。
 とは言っても自業自得、ここは大人しく部屋にでも籠っていた方が無難かもしれない。
 宇奈月は古書店巡りを中断し、大好きなおでんも食べずにしぶしぶ自宅へと帰る羽目になったのだった。

「何故こんなことに…今日は厄日です…。まあでも、まだ実害は出ていないわけですし」
 それだけでも良しとすべきだろうか。
 本の話題を口にしただけで大げさだと言われるかもしれないが、魔術書や呪文というのはたったの一言一句が、大いなる術を引き起こす。
 召喚師である宇奈月もそのことを重々承知していたので、今日はもうとこへ入ってしまうことにした。
「はあ…何だか頭がじんじんと痛むような…、あ、それは蓮さんに踵落としを食らったからでした」
 布団の中でぶつぶつとつぶやいている…と。
 カサリ、と部屋の隅で何かが動くような気配を感じて、宇奈月は目を開けた。
「…? なんでしょう?」
 気のせいかとも思ったが、違う、確かに何かが動く音がしている。しかも…一箇所ではない。
 宇奈月は体を起こし、用心深くあたりを見回した。
 一体何が…しかも音は少しずつ自分に近づいてくるような…
 そのとき、何かがふわりと手に触れて宇奈月は慌てて手を見やった。
「え? …これは…タオル?」
 それは何の変哲もない、普段から愛用している宇奈月のタオルだ。
 だがなぜこんなところに? さっき洗濯物は片付けたはず…
 そう思って宇奈月は顔をあげ、ぎょっとした。
「ええええええ?!?!」
 デニム、スカーフ、Tシャツ、トレーナー、挙句の果てには下着…それらが宇奈月めがけてずりずりと寄ってきている!
 さっきから蠢いているのはこれら?! しかし何故衣類やタオルが動いているのだ、それも宇奈月めざして。
「というか十中八九、原因はあの禁忌の書でしょうけれど…!」
 一体どんな現象が起こっているのだろう? 禁忌の書のことを、召喚師である宇奈月が口にしたことで何を呼び出したのか。
 衣類、タオル、Tシャツ…それらに共通するのは…綿、綿製品。
 自分はと言えば、最近錬金術師な召喚師で、クトゥルフ神話にはちょっと詳しくて…
「…はっ!!! もしやこれは…ナイアーラトテップ?!」
 思わず宇奈月は一人で声をあげた。ナイアーラトテップとは、クトゥルフ神話に登場する者だがいくつもの別名を持つ。
 その中に1つ、宇奈月には思い当たる名前があった。
「そう、それすなわち『這い寄る混沌』!! …ではなくてこれは…這い寄る…『コットン』…?!」
 そんなバカな冗談みたいな! と思いつつも、宇奈月は自分のおかれた状況のヤバさに気が付いた。
「お、重い…!!」
 部屋中の綿製品が自分に寄ってきているのだ。しかも磁石に吸い付いた砂鉄のように綿糸品達は離れない。
 その総重量は相当なものだった。
「こ、このままではつぶされてしまいます…! と、とにかく部屋を出て…」
 部屋を出たところで、宇奈月は唖然とした。
 なんと、部屋どころか自宅中の綿製品が自分めがけて駆け寄ってきているではないか…!!
「こ、この執念深さ…まるでティンダロスの猟犬! あああどうしましょう?!」
 ちなみにティンダロスとはクトゥルフ神話に登場する、獲物を捉えるまで永久に追い続ける生物と言われているが、今はそんなことはどうでも良い。
 とにかくこの状況を何とかしなくては!
「とは言ってもどうやって?! …あ!そう、そうです、蓮さん! あの方なら何か存じているかも…!!」
 禁忌の書の名前を知っていた蓮なら、もしや何か解決の鍵になるようなことを知っているかもしれない。
 宇奈月はあちこちから自分に向かってくる綿糸品から逃げ惑いつつ、アンティークショップへと駆け出した。

「誰だい? こんな夜更けに客だなんて一体なんの…」
 真夜中の来訪者にそこまで言って、流石の蓮もぎょっとして言葉を失った。
 そこにいるのは、あらゆる綿糸品の体に纏った怪物…それ以外の何にも見えない。
「な、な、な…!」
「蓮さ〜ん、た、助けて下さい〜! 僕です、宇奈月です〜!!」
「ええっ?!」
 もっさもさの綿製品の塊の奥の方から、聞き覚えのある声がする。蓮は慌てて駆け寄った。
「昼間のことが原因で、コットン達が、もう僕どうしたらいいか…! 重いし、苦しいし、も、もう…だめ…です〜…」
「ちょ、宇奈月?! しっかりするんだよ宇奈月! 宇奈月…!!!」


「…なずき…、宇奈月…、しっかりしな宇奈月」
「う〜ん、う〜ん…這い寄るコットンが…コットン… はっ?!」
 宇奈月が気が付いてばっと体を起こすと、そこはアンティークショップの店内だった。
「気が付いたかい。あんた、気を失っていたんだよ」
「え? え?! 気を失って…?」
 では今までのことは夢だったのか? 夢だったとしたら、いったい何処からが…しかし頭がズキズキと痛む。これは…蓮の踵落としの跡?
 踵落としで気を失ったのだろうか、でもそうなら禁忌の書のことは口にしたことになるし、それ以降なら…
「…れ、蓮さん?」
 蓮の方を振り返るが、蓮はしれっとした顔でいつも通りカウンターに座っている。
 自分は禁忌の書のことを口にして、踵落としを食らって、帰ったら這い寄るコットンが、ショップへ戻ってきたら気を失っていて…?
「う〜ん??」
 一体何がどうなっているのだろう。
 さっぱりわけがわからなくなって首を捻る宇奈月の横で…ごそり、とコットンのスカーフが動いた、ような気がした。

 fin?
PCシチュエーションノベル(シングル) -
あざな クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月10日

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