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『  御茶ノ水 』
宇奈月・慎一郎2322)&碧摩・蓮(NPCA009)


 夕刻。きれいな夕焼けの彼方に日が落ちた。暗く静かな空気が東京の空に溶け込んで、僕は出かけることにした。退屈な平日の夕暮れどき。僕は決まって古書店めぐりをすることにしている。今日も例外ではなかった。愛機バイオUをバッグにつめて、コートを羽織り、自宅を後にした。
 神保町の書店街は、これぐらいの時間から活気づく。一日の仕事を終えた社会人や学生、そのどちらでもない人々。さまざまな人間が行き交う。それらの人々の多くが、この街に書籍を求めてやってくる。古書だけを目的にしている人も少なくない。僕もそのうちの一人だ。
 行きつけの古書店を冷やかしたり、顔見知りの連中とくだらない話をしたり、この街では退屈することがない。この街のことなら、たいてい知っている。僕の庭のようなものだ。けれど、たまに僕の知らない店が開いていたりすることもある。
 古書店の並ぶ裏通り。見慣れた風景の片隅に、見たことのない店が建っていた。新しく開店した店かと思ったが、よく見ると古い店舗が改装したものらしい。何か、新しい品が入っているかもしれない。ちょっとした期待がふくらんだ。たとえば、そう。あの捜し求めてやまない禁忌の書──。

「おや、宇奈月。こんな所で何をしてるんだい?」
 ふいに声をかけられて、振り返った。
 真っ赤な髪の女性が、そこに立っていた。アンティークショップ・レンの店主だ。
「あ、こんばんは。今日は『根暗な未婚を』……」
「ああ?」
 端正な顔に、怒りの表情が浮かんだ。しまった。あの禁忌の書を口にすることは、自らの死を招く行為だった。
「いえ、ですから。あの」
「もういちど言ってみな」
「ええと、根暗なみ」
 言い終えるより先に、ハイヒールの踵が飛んできた。その、カミソリのような切れ味と、みごとな脚線美──。

 気がつくと、アスファルトの上に寝ていた。
 身体を起こし、腕時計を見た。意識を失っていたのは数分ほどだろうか。通りかかる人々が、哀れむような、あるいは気色悪いものを見るような目を向けていた。僕をKOした彼女の姿は、どこにもなかった。
 頭をさすると、脳天にコブができていた。どうやら、踵落としを浴びせられたらしい。禁忌の書を口にしてしまった報いだろうか。いずれにせよ、厄日には違いない。足元に転がったバイオUが無事だったのが救いだ。
 こんな日は厄落としをするに限る。いわゆる厄落としにはさまざまな方法があるが、僕の中で厄落としといえば一つだけだ。おでんを食べること。それだけで、すべての不幸は霧のように消えうせる。
 書店街を後にして、僕は御茶ノ水へと足を向けた。靖国通りを横切って、湯島聖堂へ続く長い坂を、まっすぐのぼってゆく。いつも歩く道。そうして、いつものおでん屋に入る。
 のれんをくぐった瞬間、胸にしみるようなダシ汁の香りが広がった。この店のダシ汁は門外不出の秘伝だそうで、どんな力をもってしてもその味の秘密を盗むことはできないという。名実ともに、東京でも指折りの店だ。平日の夕刻をすぎると、店は客でいっぱいになる。それでもたいてい席の一つか二つはあいていて、僕は幸せなひとときを送ることができる。
 まず、大根から入る。おでんの基本。次に、はんぺん。ちくわ。つみれ──。どれもこれも珠玉の一品だ。おでんとだったら結婚してもいい。そう思う。
 そのとき、ふと隣の席の男に目を奪われた。おでんに夢中で気付かなかったが、すこし変わった男だ。まず、白衣というのが珍しい。医者か学者だろうか。頭はきれいに禿げ上がり、側頭部から後頭部にかけてパーマのかかった白髪が盛り上がっている。なにより目を引くのが、やけに大きい鼻だ。奇形の一種ではないかと思うほど巨大なその鼻は、彼がおでんを口に運ぶたびにひくひくと動いて、いやおうにも周囲の目を集めている。
 ここの地名と同じ名前を持つ博士を思い出した。あの、偉大な発明者であり科学者である博士──。

「すみません。ちょっとお話をしてもいいでしょうか」
 知らず知らず、僕は話しかけていた。
 彼は大きな鼻を斜めにつきたてて振り向いた。
「なんだね?」
「もしかして、あなたは学者さんではありませんか?」
「おお。よくわかったね。いかにも、私は科学者だ」
 彼は得意そうに鼻を持ち上げた。
「そして、もしかするとあなたはロボットを研究しているのではありませんか?」
「よく知っているな。キミは超能力者かね」
「いえ、ただちょっと」
 漫画が好きなだけです、と言いかけて口をつぐんだ。
「ちょっと? 何だね?」
「ちょっとカンがいいだけです」
 うまくごまかした。
 おでんを肴に酒を飲みながら、彼はロボットについて語りだした。おもしろい話だったが、さすがに専門的な部分に話が及ぶと理解しにくかった。パソコンにさえそれほど詳しくない僕が、最先端のロボット技術などわかるはずもない。しかし、いま作っているというロボットの話にはかなりの興味を引かれた。それは十万馬力のパワーを持ちながら、限りなく人間に近い性質を備えているのだとかなんとか。
「ラボまで来たら見せてあげてもいいよ」
 そう言って、博士は玉子を口に入れた。
 僕がことわる理由はなかった。

 ラボは明治大学の隣だった。あるいは大学の敷地内なのかもしれないが、それはどうでもいいことだった。僕はロボットに興味があるだけだ。
「いやー、キミのようにロボットに興味があるという若者はうれしいよ。だいたい、昨今の東京の若者たちは何だね。幽霊だの妖怪だの、くだらないことばかり話しとる。科学を馬鹿にしとるよ。そう思わんかね、キミ」
 鼻を真っ赤にさせて、博士は延々とそういう話をつづけていた。かなりできあがっている。ときどき、ろれつがまわっていない。そういう僕もすこし酔っている。おでん屋で、かなりの酒を飲んでしまった。私の酒が飲めないのかと言われては仕方ない。無理につきあううちに、深夜になってしまった。
 ラボは真っ暗だった。空気も冷えきっている。博士が照明と空調の電源を入れると、静かに空気が動きだした。どこかから、金属をこすりあわせるような音が聞こえた。
 すっかり酔っ払いと化した博士をおだてたりなだめたりしながら、ラボの奥へ進んでいった。リノリウム張りの薄暗い廊下には、何に使うのか見当もつかない機械が乱雑に並べられている。僕がそれらの機械に目をやると、博士はいちいち得意そうに説明した。
「あれ、博士。こんな時間にどうしたんです?」
 廊下の先に、男が立っていた。白髪まじりの中年男だ。メガネをかけている。
「おお。この青年がロボットを見たいというんでね。つれてきたというわけだ」
「そうですか」
 男は、どことなく気の毒そうな目で僕を見た。
 博士は大袈裟な動きで白衣を翻して彼を指差し、そして高らかにこう告げた。
「彼こそが私の作り上げた最新鋭のロボットだ!」
「……は?」
 思わず、そう言ってしまった。これがロボット? いや、どう見ても人間だろう。
「驚くのも無理はない。彼はどこから見ても人間に見えるが、じつはロボットなのだ!」
「え、えーと」
 どういう反応をすればいいものだろうか。いや、それとも本当にロボットなのだろうか。白髪のまじった中年ロボットなんて、夢がなさすぎる。
 すると、彼が一歩前に出て口を開いた。
「あー。悪いことをしたね、キミ。この博士は、酔っ払うとウソをつくクセがあってねぇ」
「ということは……」
「もちろん私は人間だよ。見ればわかると思うけれど」
「ですよねえ」
 思わず溜め息をついた。
「そういうわけだから、悪いけれどお引き取り願えるかな」
 そう言われて、僕はラボを出た。
 人間そっくりのロボットなんて、いるはずもなかった。博士の名前と外見にのせられて、ひっかけられたのだ。ただひとつ気になるのは、あの男のヒジやヒザから金属のこすれるような音が聞こえたことだったけれど。




*ライターより
 やや硬い文章になってしまいました。
 ご依頼内容に沿っていれば良いのですが。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
牛男爵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月06日

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