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『そして伝説へ…… 』
宇奈月・慎一郎2322)&三下・忠雄(NPCA006)

「起きなさい。起きなさい、私の可愛い慎一郎や……」
 優しげな声。そして揺すられる身体。
 どうやら慎一郎は揺り起こされているらしい。
 まだ眠いのだが、その覚醒を願う声も安眠を阻害する振動も止まる気配が無いので、慎一郎はムクリと起き上がった。
「はいはい、起きましたよ」
「おはよう、慎一郎」
 慎一郎はぼやける視界を矯正するために、傍らの棚に置いてあった眼鏡をかける。
 そして改めて周りを見て、首をかしげた。
「……あれ? ここは?」
 その部屋はどう見ても慎一郎の寝室ではなかった。
 ベッド一つ、タンスが一つ、窓一つ、ドア一つと言うとても簡素な部屋だった。
 床は板張りで絨毯は無し。窓の外に背の高いビルは見えない。
「どうしたんですか? まだ寝ぼけているんですか?」
 周りの状況に多少混乱している慎一郎に追い討ちをかけるのがこの男だ。
 どうやら慎一郎を起こしていたのはこの男らしい。
「な、なんで三下クンが僕を起こしてるんですか?」
「何を言ってるんですか。私は貴方の母親ですよ」
「もしそれが本当なら一種、悪夢ですね」
 何とか冷静な切り返しは出来るが、だからと言ってこの状況の打破にはつながらない。
「どうして……一体何が起こってこんな事に?」
 何一つわからない。何故自分がこんな所に居るのか。何故三下にモーニングコールされねばならないのか。
「とりあえず、三下クン。どういうことか、説明してもらえませんか?」
 唯一情報が聞けそうな人間、傍に居る三下に状況説明を頼もうと思ったが、三下は薄笑いを浮かべてたたずむのみ。
「あの……三下さん?」
「……慎一郎ももう二十六歳になるのね。母さん嬉しいわ」
「どうしてもそのキャラを貫き通すつもりですか。っていうか君が確か二十三歳でしたよね? それって母親と言う設定としてどうなんでしょうね?」
「今日は貴方が旅に出る許しを王様に貰いに良く大切な日ですねー」
 どうやら質問に答えてはくれないらしい。なにやら意味のわからない事を延々と喋り続けている。
 慎一郎はため息をついて、とりあえずこの部屋の外に出ようとベッドから這い出した。
 その瞬間、自分の姿に驚愕する。
「こ、これは! 黄色い全身タイツの上に青い『たびびとのふく』! そして背中に鞘を背負い、その鞘に収まるのは『どうのつるぎ』! そして額には宝玉の付いた額当て! この姿は……まさか!?」
 見覚えがある、この自分の恰好には見覚えが!
「もしやこの恰好……。僕はこれから魔王を倒しに行く羽目になるのでは……?」
 慎一郎の独り言を聞いて三下が微笑む。
「父さんの遺志を継いで魔王バフモスを倒しに行くなんて、本当は母さん、止めたいんだけどね」
「ば、バフモス!?」
 フの上に棒が一本足りない気がするが、とりあえず魔王であるらしい。
「でも母さん、もう止めないわ。慎一郎、頑張ってきなさい」
「いやいや、魔王討伐するつもりはサラサラ無いんですが」
 自分の恰好を見て勇者役であることを把握した慎一郎。だがその役を全うするつもりは本当に皆無だ。
 何故こんなわけもわからない展開で命がけの旅に出なければならないのか、甚だ謎だ。
「とにかく、元の世界に戻る術を探さなくては……。バシルーラとかニフラムでどうにかなりませんかね……」
「そういえば、この世界のどこかにあると言われる大穴の奥にはトウキョウという世界があるそうよ」
「大穴って前半最後のイベントじゃないですか! っていうか母親役の三下クンがどうして知ってるんですか!?」
「……今日は貴方が王様に旅の許しを貰いに行く日だからねー」
 どうやら都合の悪いことは教えてくれないらしい。実にゲームらしい。
「……わかりましたよ。僕がそのバフモスを倒して大穴を通れば元の世界に戻れるんですね?」
「そうです。さあ、王様に謁見しに行きましょう」
 そんなわけで勇者慎一郎の旅が始まろうとしていた。

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●アリアハソ

 王様のありがたい言葉を聞き流し、一応旅の許しを貰った慎一郎。
 城を出て橋まで戻り、三下と再開する。
「王様の許しはもらえたみたいですね」
「ええ、まぁ」
「じゃあ早速バフモスを倒すための旅に出ましょう!」
 三下が右手を上げて『オー』と気合いを入れている。
「三下クンは母親役でしょう? なんで君がそんなに気合いを入れてるんですか?」
「僕はもう転職しまして、今は『あそびにん』です。ちなみに『あそびにん』と書いて『ひらしゃいん』と読むらしいです」
「何時の間にダーマ神殿に行ってきたんですか……。いや、深く言及はしませんが」
 なんだかとっても、何でもアリな世界に思えてきた。
 いちいち突っかかっていては身が持たない。
「とりあえず、酒場でメンバーを集めましょうか。ノレイーダの酒場は向こうですよ!」
 張り切っている三下が慎一郎の袖をぐいぐい引っ張るが、慎一郎は首を横に振った。
「別に仲間は必要ありませんよ。僕一人でも何とかできるでしょう。これでも一応、魔術の嗜みはありますし」
「え、で、でもノレイーダの店でのキャラメイクは序盤の醍醐味じゃないですか!」
「また別の機会にしましょう。今はこの世界から脱出するのが先です」
「そんなぁ……」
 と言うわけで勇者一行はアリアハソを出発し、魔王討伐の旅に出るのだった。

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●中略

 アリアハソを出発した勇者一行。
 ストーリーを遵守するのであればこれからアリアハソの西にある孤島の塔に登り、色々と役立つアイテムを貰うはずなのだが、
「いや、要りません。力技で何とかします」
 と言う勇者の言葉にあそびにんが蹴散らされ、そのままアリアハソのある大陸の北東にある洞窟にたどり着く。
 本来ならば道中の村にいる爺さんに貰う爆弾を用いて行く手を塞ぐ壁を破壊するはずなのだが、その役を買ったのは『でっきるっかな』と言って慎一郎が携帯電話から召喚した着ぐるみ。中に人(?)も入っているらしい。
 茶色いプリンのような頭をしたその着ぐるみは一度唸り、次の瞬間にはその豪腕で壁を粉砕。
 難なく道を開いて見せたのだった。
『ストーリーがぁぁぁ』と涙を見せる三下を引きずり、慎一郎はその洞窟を踏破する。
 洞窟を抜けた先の城を無視し、そのまま北を目指し、関所を強行突破し、ポノレトガという城に到着する。
 そこで船を調達しようとしたのだが、どうやら『くろこしょう』というキーアイテムが必要らしい。
 そしてそのくろこしょうは東の山を越えた先にある町の特産品で、そこにしかないというのだ。
 慎一郎の術で何か船に変わるモノを召喚、若しくは錬成できれば良かったのだが、ゴーンタと呼ばれる着ぐるみ以外はまともに召喚できず、錬成にいたってはほとんど成功しない。
 船で目的地である大穴に向かうにはこの王に頼るしかないのだ。
 仕方なく慎一郎は山を越えてくろこしょうのあるという町へ向かい、そこに居た盗賊をぶちのめし、くろこしょうを手に入れ、ポノレトガに帰り、やっとの思いで船を手に入れた。

 それからの旅はなかなかにテンポの良いものだった。
 船を手に入れてすぐ、海峡を越えた先の大陸を南下し、バフモスに滅ぼされてしまったらしい村で緑色の宝玉を入手。
 近くに浮く大陸にある『地球のヘソ』と呼ばれる場所で青の宝玉を入手。
 すぐに北東へ旅立ち、島国に居た八つの頭をもった竜を倒して紫色の宝玉を入手。
 大洋を渡り、新大陸にあった海賊の家に押し入って赤い宝玉を入手。
 どこぞにあった商人の町で黄色い宝玉を入手。
 そして最後の宝玉である銀色の宝玉も、ワラシベ長者よろしくの物々交換により手に入れたガイアの剣を火山を噴火させた後、とある洞窟を通り抜けた先の祠で発見する。
 六つの宝玉が揃い、やっとこ伝説の鳥を黄泉帰す段階までこぎつけたのだ。

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●しイアムランドのほこら

 宝玉を一つずつ配置する台座、そしてそれに囲まれるようにして静かに鼓動する大きな卵。
「よくぞおいでくださいました、勇者様」
「よくぞおいでくださいました、勇者様」
 卵の前に佇む、二人の少女。
 その少女二人はやたらと背丈が低く、慎一郎の膝を多少追い越す程度の身長だった。
「私達は霊鳥を守る巫女。貴方が六つのオーブを集めて霊鳥を黄泉帰してくれるこの時を待っていました」
「私達は霊鳥を守る巫女。貴方が六つのオーブを集めて霊鳥を黄泉帰してくれるこの時を待っていました」
 二人は同じ言葉を、同時に話している。
 声の質に多少の違いはあるが、まったくずれることなく同時に聞こえてくるので、なんとも不思議な感覚に陥る。
「やっと前半も終盤のイベントに差し掛かってきましたね」
 慎一郎はため息をついて、二人の少女を見やった。
 思い起こせば、ここまで来るのに異常にイベントや何やらを無視し、順序も何もクソ喰らえと唾を吐く勢いでやってきてしまったものだ。
 その強引なプレイスタイルから、今や慎一郎が引きずらなければ動く事すらできない三下はかなり死に掛けている。
 慎一郎の方もかなりお疲れ気味なようで、マントはボロボロ、背負っている剣も刃こぼれが酷い。
 戦闘はほとんどゴーンタに任せたつもりだが、やむを得ず慎一郎自ら戦ったときに作ってしまった刃こぼれがいくつも重なり、今やどうのつるぎはただの薄っぺらい鉄の棒に成り代わっているのである。
「これでやっと東京に帰るのに実感がわきましたね。どこかでこの妙な夢が覚めてはくれまいかと祈って見たりもしましたが……」
 その祈りは全く無駄だったわけだ。
「勇者様、どうぞオーブを台座に納めてください」
「勇者様、どうぞオーブを台座に納めてください」
 少女二人に言われ、慎一郎は頷いてから台座に向かう。
 赤、青、黄、緑、紫、そして銀の宝玉を台座に乗せ、そして再び卵に向き合う。
「これで霊鳥が蘇り、後はバフモスを倒して大穴に向かうだけ……長かった、それゆえに感慨もひとしおですね」
 慎一郎は鼓動を早める卵を眺めながら涙すら零しそうな勢いだった。
 やっと、やっと東京に帰れる。
 こんな妙な世界からやっとオサラバできるのだ。
 そりゃあ感涙の一つも流しそうなものだ。
「さぁ、霊鳥が蘇ります!」
「さぁ、霊鳥が蘇ります!」
 少女二人の声のすぐ後、その卵は殻にひびを走らせ、そして殻の欠片がカランと音を立てて石畳に落ちる。
 その一つを皮切りに、次々と殻は零れ落ち、その中から美しい霊鳥の姿を……
「あれ?」
 慎一郎が声を漏らす。
 想像では、七色に輝く羽を持った、とても大きな鳥が姿を現すはずだったのだが、その卵の中から現れたのは下半身が蛇の美しい女性だった。
「あれ……あれ? 出てくるのは鳥じゃなかったんですか?」
「そのはずですが……」
「そのはずですが……」
 少女達も突然の展開に戸惑っているらしい。しどろもどろして落ち着きがない。
「あれぇ? 台本にもちゃんと鳥が出てくるって書いてあるのになぁ」
「あれぇ? 台本にもちゃんと鳥が出てくるって書いてあるのになぁ」
 終いにはどこからか本を取り出し、それを確認し始める始末。
 どうやら、慎一郎だけでなく、この世界の登場人物もこれは意外な展開らしい。
「ど、どうするんですか? これじゃあバフモスの城にたどり着けませんよね?」
 慎一郎が尋ねてみるが少女二人は首を捻るばかりだ。
 それからどうしようこうしよう、と話し合いをする間もなく、現れた半人半蛇の女性は静かに口笛を吹き始める。
 その口笛の美しい旋律に誘われ、慎一郎は三下を引きずりながら女性に近付いてしまった。
「あ、だめですよ! 勝手に動かないで下さい!」
「あ、だめですよ! 勝手に動かないで下さい!」
 少女二人の制止も聞かず、慎一郎は口笛に誘われて女性の足元までやってきた。
 どうやらその女性は喋る事ができないらしく、無言のまま慎一郎に擦り寄り、その腕に噛み付いた。
 その痛みで我を取り戻した慎一郎だが、それも束の間、慎一郎の体は噛み付かれた部分から石化を始めてしまった。
「っな!? なんですか、この妙な展開は! ラミアとゴルゴンを同一視してはいけないっ!」
「し、知らないですよ。私達はちゃんと止めましたよ!」
「し、知らないですよ。私達はちゃんと止めましたよ!」
 少女二人はその慎一郎の石化の様子に慄き、半蛇の女性から距離を取った物陰から反論した。
 そのまま慎一郎は左腕、左肩、胸、腹、首、頭、脚、そして右腕と石化をし、その右手がガッチリと掴んでいた三下も襟首から徐々に石化を始めてしまった。
「ああ、勇者様が完全に石になってしまった」
「ああ、勇者様が完全に石になってしまった」
 その様子を見た半蛇の女性は満足げに頷き、そのままほこらを出て行ってしまった。
「……どうしましょう」
「……どうしましょう」
 三下も完全に石化し、卵のあった場所の目の前に男性二人の石像が出来上がっていた。
 少女二人の力ではそれを動かす事もできず、このほこらから離れた事の無い二人には助けを呼ぶ術も思いつかない。
「こうなったら秘密兵器です」
「こうなったら秘密兵器です」
 言いながら二人は、またどこからか針を取り出す。
 金色に光るその針は、何と石化解除の効果を持っているという。
「えい!」
「えい!」
 二人は同時に慎一郎と三下の石像に針を刺し、その後『きゃー』と小さな悲鳴をあげて再び物陰に隠れた。
 次の瞬間、慎一郎と三下の石像は表面が剥がれ落ち、中から生身の二人が現れた。
「ぶはっ! 死ぬかと思いましたよ!!」
 慎一郎は右腕をさすりさすりしながら言った。
 傷はアリアリと今起こったことを真実として物語っている。
 血がチマチマと流れているが、放っておけばいつか塞がる程度の傷だ。気にすることも無いだろう。
「……まぁ、あのラミアは見なかったことにするとしても、これからどうしたら良いんですか。バフモスの城は湖の真ん中に建っていて、そこに船は進入できませんよ」
 最終手段として空を飛ぶ霊鳥を頼ってきたのだが、その卵から出てきたのはラミア。
 これでは大穴に到達する事も叶わない。
「仕方がありません。これはこちら側のミスですから、勇者様にはこれを」
「仕方がありません。これはこちら側のミスですから、勇者様にはこれを」
 そう言って二人が取り出したのは一つの太鼓。
 でんでん太鼓のようなその太鼓にも、何となく見覚えがある。
「これは……まさか、風の太鼓……?」
「それで空飛ぶ獣、フラ三ーが呼べるはずです」
「それで空飛ぶ獣、フラ三ーが呼べるはずです」
「……それは、使っても良いんでしょうかね?」
「会社も統合しましたし、構わないんじゃないでしょうか」
「会社も統合しましたし、構わないんじゃないでしょうか」
 なんともよくわからない理屈だが、慎一郎は妙に納得してしまい、その太鼓を受け取った。
「では勇者様。バフモスを倒し、どうかこの世に平和を取り戻してください」
「では勇者様。バフモスを倒し、どうかこの世に平和を取り戻してください」
 ペコリとお辞儀をした二人の少女は再び定位置であるらしい卵のあった場所の手前にたたずみ始めた。
「……まぁ、結果として帰れれば良いですけどね」
 何となく釈然としないながらも、慎一郎は三下を引きずってほこらを後にした。

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●エピローグ

 その後、風の太鼓を使ってフラ三ーを呼び出した慎一郎はその背に乗り、バフモス城を目指す。
 たどり着いた禍々しい城で、死闘(主にバフモスとゴーンタによる)を繰り広げた後、辛くも勝利を手にし、この世界に平和をもたらした。
 そしてアリアハソの王のありがたい言葉をまたも聞き流し、再びフラ三ーに跨ってバフモス城の東にある大穴にたどり着き、そこからトウキョウという世界に帰っていったという。

 慎一郎は自分の寝室で目を覚ます。
 明け方の淡い光がカーテン越しに入ってくる。
 覚醒した慎一郎はすぐに眼鏡をかけ、辺りの様子を確認する。
 周りが見覚えのある自分の寝室である事にとりあえず安堵する。その部屋には三下も居なかった。
「よかった……。ありがちな夢オチで本当に良かった……」
 実はあの後、大穴を通り抜けた先はトウキョウという名の別世界だったのだ。
 常夜と怪物が支配する魔の世界だったのだ。
 二度も世界を救うのは勘弁だった慎一郎はそのまま近くにあった町で不貞寝を決め込んでいたのだが、目が覚めた時には自分の寝室でした、というわけだ。
「もうあんな悪夢は見たくないですね……」
 呟きながら顔を洗いにベッドから這い出す。
 いつもの朝が、いつものようにやってきた。

 その左腕にかさぶたが出来ているのに気付かないまま。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ピコかめ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月06日

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