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『『千紫万紅 ― キスツスの花の物語 ―』 』
風間・月奈5158)&風間・悠姫(3243)&風間・総一郎(4838)&スノードロップ(NPC1535)


 彼女は自分の身体が火照っていくのを感じた。
 スカートを捲し上げられ、太ももを卑猥に指でなぞられる。そしてそのなぞった指がそのまま彼女の茂みの奥へと伸ばされるのを彼女は気配で感じた。
 身体を思わず大きく反らせるほど背筋を駆け走ったのは自分の身体に異物が入ってきたそのおぞましさと、そしてそのおぞましさの分だけの熱い快楽だった。声が、迸り出る。
 しかし彼女はその瞬間に、自分の腹がひどく冷えていく事に気づいた。とても熱い何かがかかったと想った瞬間、それは本当にすぐに冷えて、そして自分の身体を凍えさせる。
 感じすぎる身体に感じていた熱が急激に引いていくのを感じて、彼女は醒めてしまい、そして目を広げた。
 まず最初に気付いたのは、自分の下腹に生えたナイフの柄だった。
 ―――つまりそれは、自分の腹に深々とそのナイフが刺さっている事を意味している。
 そしてそれに気付いた瞬間に彼女は下腹を濡らす何かに手を当てて、そのねちょりと粘性を持っているものが自分のドロドロの血液だったという事に遅まきながら気づいた。
「…………」
 彼女が最後に見たのはとても冷たい、本当にこれまで見た事の無いような冷笑を浮かべる犯人の顔と、そしてキスツスの花だった。
 キスツス、それは死をイメージさせる花。



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 act:T・?T
「主はその広い御心において必ずや貴女の告白した罪をお許しになられるでしょう。主の愛は全ての人に公平であり、そしてまた主はその広き愛に見返りをお求めにはなられません。ですからどうぞ、あなたのその尊い心を苦しめる罪を神に懺悔し、その後に私と共にどうすればよいのかを考えましょう」
 教会の礼拝堂の片隅にある懺悔室。
 そこで彼女、風間月奈は教会の司祭の代わりにシスター見習いの身ながら迷える子羊の懺悔を聞いていた。
「あの、でしね。我慢できなかったんでし。だから、お客さん用に買ってあったケーキ屋さんのシュークリームのクリームを入れるためにあった穴にストローを刺して、ちゅうちゅうとクリームを吸ったんでし。ごめんなさいでし。そして、そして、クリームだけを食べたのバレちゃって、でも怒られるのが怖くって嘘ついちゃったんでしぃ」
「なるほど。それはいけない行為ですね。あなたは人に黙って人の物を食べ、尚且つそれについてまた嘘をついてしまった。わかりますか? 一つの神の教えに背いた行動がまた次の神の教えに背いた行動をあなたにさせたのです」
「はいでし」
「よろしい。ならばその二つの罪を正しに行きましょう。神はそれをお望みです。ここに来る勇気を、神に懺悔する勇気を振り絞ったあなたがもう一握りの謝る勇気を持つ事を。もしもあなたがそれを持てた時、必ずや神のお慈悲はあなたに味方するでしょう」
「は、は…ぃ………やっぱり、怖いでしぃ〜」
 懺悔室を仕切る壁にはしかし扉がついている。
 シスター・月奈はその泣いている声にふむと頷いた。神に仕え、神を敬愛し、そして神の教えと愛を広める聖職者として自分はこの懺悔している相手を助けねばならぬ、とその心に想ったのだ。
 だからその扉を開くのには躊躇わなかった。
 突如開いた扉にどんぐり眼が瞬きをして、そして、その涙が浮かんだ眼にシスター・月奈はにこりと微笑んだ。
「大丈夫。ボクがキミについていってあげますよ」
 シスター・月奈のチャーミングなウインクにそこに居た妖精は胸の前で両手を組んでぼろぼろと涙を流し、
 そのあまりものな反応に月奈はくすり、と少女らしく笑う。
 かわいいと想ったのだ。
 そしてシスター・月奈はその妖精に、
「ボクは風間月奈。よろしくね」
「わたしはスノードロップの花の妖精のスノードロップでし」
「ん」
 こくり、と頷き、そして妖精を左肩に座らせて月奈は出かけていた司祭と入れ替わりで教会を出た。
 夏ももう終わり、季節は秋へと移り変わっている。
 教会の直ぐ目の前にある公園の樹木は錦織を広げたようなとても美しい紅葉に彩られていて、しずしずと降るように舞い落ちる紅を月奈はとても美しいと想った。
 ひとりでなら間違いなく寄り道をしていくのだが………
「ねえ、スノーちゃん。主もきっとお許しくださると想うからだから寄り道、していきませんか?」
「寄り道、でしか?」
「うん。紅葉」
「はいでし♪ 謝りに行くのが遅くなるなら大万歳の大歓迎でし♪」
 ――――えと……………
 思わずシスター・風間月奈は苦笑を浮かべる。軽く眉間に刻んだ皺が彼女の苦悩を表現していた。
 ああ、主よ。これは試練ですか?
 豊かな胸の膨らみを隠すためかゆったりとしたサイズの大きい修道服を着ながらもしかしそれでもわかってしまう彼女の深い母性愛の象徴のような豊かで形の良い胸の前で両手を組み、月奈は秋空を振り仰いだ。
 これはなかなかに難問だ。
 綺麗な紅葉を見たいという自身の願望を優先すべきか、それともこのとんでもない事を口走った妖精に見習いとは言え神に仕える聖職者たるシスターとしての説教をすべきか。
 ああ………どうしよう?
 だけどその葛藤の結論は思わぬ形で神から与えられた。
「風間さん?」
 という声が前から聞えたのだ。
 大気に乗って広がったその花々や紅葉がうっとりと吐息を吐きそうなソプラノには耳に覚えがあった。
 月奈はだからそちらへと視線を向ける。そこに居たのは案の定クラスメイトであった。
 月奈は頭巾から覗く銀糸のようなさらさらな前髪を揺らして小首を傾げた。
「なんで? 確か、キミの家は駅で3つ隣の街じゃなかった?」
「え? あ、ああ。その、大変な事が起こって…家にも地元の街にも居られなくって」
「大変な事?」
 と言いつつも月奈にはこのクラスメイトが何かきな臭い事に巻き込まれているであろう事には見当がついていた。
 何故ならこの鼓膜が揺さぶられるようなきぃーんという金属を打ち鳴らしたような耳鳴りと共に感じる喉の渇きは、
 ………普通の渇きではないのだから。
 それは吸血鬼特有の喉の渇きであった。
 喉の奥がざらつくようなその渇きは普通の人間が感じるものとは違う。
 時には血液中のヘモクロビンなどの成分が欠乏するために死滅する細胞の苦しみから解放されるべく他者の血液を強奪するとされる吸血鬼が自身の欠けた血液の成分を他者からの補給によってまかなうための目安とする吸血衝動の現れである。
 血の匂い、人間が食欲を料理の香りでそそられるのとそれは同じなのだ。
 軽い眩暈、または心地良い微熱に浮かされるように彼女は自身に吸血衝動が女が自分の下の男の耳元に甘やかな声で愛を囁きさらなるシンクロした腰の運動を誘うようにそのクラスメイトの頚動脈に舌を沿わせ、その後に透明のリップが塗られた唇を彼女の柔肌にあて、あとは犬歯というには鋭すぎる八重歯で弾力を楽しみながら…………
 しかし月奈はその吸血鬼ならば自然の衝動を押さえ込んだ。
 そして薄っすらと首筋に浮かんでいる彼女の細い血管から彼女の顔に視線を向ける。
 決して生理の匂いではない血の香りを身体に染み込ませた彼女の顔を。
「わかった。その、じゃあ、もしもよかったら教会に。こうして出会えたのも神のお導き。相談には乗れると想うから。ね?」
「ああ、うん。ありがとう」
 疲れたような顔でそれでも搾り出すようにありがとう、そう言った彼女に月奈はこくりと頷いた。
 ゆっくりと見る事のできなかった公園の紅葉にはだけどもう未練は無かった。



 act:S・?T
 大いに不満だった。
 何が不満かって可愛い年頃の妹が男と口を利いているのが面白くない。
 妹に近づくな! と言ってやりたい。
 妹の月奈は兄から見てもそれはとても可愛い。
 肉親の贔屓目を差し引いても妹は充分に可愛いのだ。
 そん所そこらのアイドルなんかよりも断然可愛い。
 しかもあれだ、胸がその、………大きい。
 だから心配だった。妹は高3で、女子高でもいや、女子高だからこそその年頃のヤる事しか頭にない盛りのついた猿のような同じ年代の男どもに目を付けられているんじゃないかと心配だった。そいつらが夜に妹を妄想で使っているかと想うとそいつら全員を殺してやりたくなる。
 妹の月奈には兄としていつまでもコウノトリが赤ん坊を連れてくるのだ、という事を信じていてもらいたいのだ。男と女の秘め事とかそういうのはいつまでも知らないでいてもらいたい。
 ああ、っていうか、そんな本当に服を見透かして胸を見ようとしているようなそんなやらしい眼で家の月奈を見るな!
 電柱の陰から一切の気配を隠して月奈を見守る兄、風間総一郎。
 今現在の彼は風間夕姫であるが。風間夕姫。それは女性化能力を持つ総一郎が女性化している時に名乗る名前だ。
「大丈夫でしか?」
「あ? ああ、OK。OKだ。クールだよ、俺は。うん」
 ちっともクールには見えない引き攣った顔をしている夕姫にスノードロップも深刻そうな顔をしてナンパをされている月奈を見る。
「コスプレ物のビデオやお店ではシスター物ってやっぱり大人気なんでしかね?」
 言ってそろーりと夕姫の顔を見ると引き攣っていた顔が更に引き攣っていた。どんぐり眼を大きく瞬かせてスノードロップはくすりと笑う。
「やっぱしランチに行かない? ってナンパした女の子を次にカラオケに行かない? と誘うのは普通のカラオケじゃなくってカラオケもベッドもあるお部屋に連れて行く気で満々で、もしくは綺麗な星空や夜景をドライブがてら見に行こうと言うのは綺麗な夜景や星空にほわーんとなってるところに優しくちゅぅして、ロマンチックに服を脱がせて、なんて当然の事ながら考えているんでしかね?」
 言ってる途中で夕姫の顔が本当に心配になるぐらいに真っ青になった。
 すごく面白い。
「殺そう。あいつらを」
 次の獲物を狙っている連続殺人鬼そっくりのとても良い笑顔を浮かべてそう言った夕姫が電信柱の陰から一歩踏み出そうとしたところで、
「あ、待つでし」
 とスノードロップが止める。
 狼に無理やりベッドか車の座席シートに押し倒されて修道服を剥ぎ取られている月奈が泣きながら自分の名前を呼んで助けを求めている姿という妄想に頭が真っ白になっていた夕姫は足を止めた。
 月奈は厳かな神殿の空気のようにとても荘厳で神秘的めいた真摯な表情を浮かべて、チャラチャラとした格好をしている今風の大学生であるナンパ男に対して正面きって神の教えの下に説教を始めたのだ。
 それは延々と続けられて、そして月奈の同行者が彼女の制服の袖を遠慮がちに引っ張った事でやっと終了された。
 しかしどうにも月奈の横顔から察するにまだ説教し足りない、という感じのようだ。
 夕姫もナンパ男のその真っ白になっている姿を見てもまだ納得できないようでいた。もっとしてやるといい。月奈の修道服の下の華奢な割には豊かな胸や、折れそうなぐらいに細い腰、優雅な曲線を描く尻、薄い腹、その身体を服の上から視姦して、いかがわしい妄想をしていたその男の罪は万死に値するのだから。
「ったく、悠姫もなー」
 夕姫はここに居ない悠姫を思い浮かべてひとりごちた。
 この役割を決めたのは夕姫の双子の姉であった。
 あの女郎は総一郎がシスコン気味だから、だから今回思う存分月奈の日常を見せて、妹がどれだけ信頼するに足るかを思い知らせようとしている節があるのだ。
 それは確かに月奈が信頼するに足るちゃんとした妹である事は認める。だが時としてどれだけちゃんとしていて用心深くても何かの犯罪の被害者になってしまう事はあるのだ。特に月奈はめちゃくちゃ可愛い。
「はぁー。心配し過ぎている、っていうのもわかるんだけどね」
 夕姫は電信柱にもたれてため息を吐いた。
 だから実は今回の件についてもクラスメイトを助けたいという月奈の優しさには大いに共感するが、しかし同時に人死にが出ているこの件に月奈が関わるのは至極反対だった。たとえそれが過保護だと言われようが。
 と、真っ白になっているナンパ男を捨て置いて月奈たちが移動を再開した。そしてそのほんの一瞬、月奈が夕姫を見た。
 同じ銀糸のようなさらさらの前髪の下にある互いの瞳が見詰め合う。アイコンタクト。それだけで充分だった。
「月奈も気付いていたか」
 夕姫は肩を竦め、それから月奈たちをストーキングしている男数人を見据え、携帯電話のカメラでその男たちを撮り、それを悠姫にメールで送った。



 act:Y・?T
 シスターをしている妹の月奈が連れてきた娘の匂いを嗅ぎ取った時、なるほど確かにやばい事に巻き込まれているのだろうな、と彼女は想った。
 双子の弟の総一郎もだからこそ月奈が危険な香りを身体に染みつけている彼女と関わりにあいなるのを避けたがっていたがしかし彼のそれは過保護というものだと悠姫は切って捨てた。
 そんな自分の事を総一郎はクールすぎると言ったが、だがこれは月奈のクラスメイトの問題であり、そしてそれについては一番最初に関わったのは月奈である。たとえそれ以前に自分たち姉兄が彼女らをとりまく事件に先に関わっていたからこその展開なのだろうとしてもだ。
 だからきっとここで月奈をこの件から降ろしたとしても、月奈はその後ずっと心に今回の件を重荷として抱える続けていく事になるだろうし、そしてそれは月奈自身がどれだけ回避しようとしても必ずや月奈は今回の件から自分を降ろした姉と兄の事を恨む事になる。どうして自分を降ろしたのか? もしも共に戦わせてくれていたらボクはクラスメイトを救えていたかもしれないのに、と。
 それではあまりにも月奈が惨すぎると思った。
 そしてその場合では絶対に自分たち姉と兄は守るためであったとは言え妹の敵にしかなれない。
 だから、今回の件で悠姫は月奈に彼女の隣に居るという危険な役割を与えた。どれだけ無慈悲な事実を知っても月奈ならば必ずやこの試練、乗り越えられると、妹を信じて。
 箱庭に入れて、綺麗なものばかりを見せて、守る事だけが愛情ではない。時にはひどく辛い事にも触れさせなければならない。その上で妹の隣に自分たち姉と兄は居続けるのだと。
 それが悠姫の見守る愛であると彼女は誇りを持って言える。
「大事な妹がかわいくない訳ないじゃない。ねえ」
 悠姫は写真の中の姉兄妹三人で写る自分たちに微笑みかけた。
 コーヒーメーカーから香るコーヒーの芳しい香りが満ちた室内の空気を揺らした音があった。パソコンのスピーカーから発せられたその音はメールの着信音だった。
 悠姫はパソコンのメールボックスを開いて、総一郎から送られてきたメールに添付されていた写真を見た。
 そしてその男たちが腕や足、額に巻いているバンダナの色を見て彼女は鼻を鳴らした。
「夜叉か」
 夜叉、それは新宿を拠点とするカラーギャングである。その上には大層性質の悪い暴力団までいると言う。そう。それこそが悠姫が追っていた件であった。
 そして、だから………
「やはり、か」
 憂鬱げに悠姫は軽く天上を振り仰ぎ、椅子を軋ませて背もたれに身を預けた。


 月奈が彼女を連れてきたのは昨日の事だった。
 教会で彼女の話を聞いて、そして自分だけでは手に余ると協力を求めてこの自分が運営する風間探偵事務所にやって来たのだ。
 依頼料はさて、どうしようか? イロハでも良いかな? と思っているところへ彼女自身が正式に悠姫に依頼をしてきたので、彼女は正式な仕事としてオファーされる事になったのだ。
 クライアントとなった彼女の話はこうだった。
 一年前に双子の妹が殺された。そしてつい最近彼女自身も何者かに狙われ出した。最初は気のせいだろうと想ったそうだ。しかしそれは気のせいではなく最初は事故に見せかけた方法で命を狙われ、次に実力行使に犯人は出てきた。月奈に会う前にも彼女は実際に襲われていて、命からがらに逃げ出してきたそうなのだ。
 そしてその犯人は胸にキスツスの花を飾っていた。妹の殺された場所にもキスツスの花があったそうなのだ。
 連続殺人を狙う何者かの犯行なのだ。
 そして悠姫は月奈に直接のクライアントのボディーガードを命じ、
 月奈たちのボディーガードとして総一郎を配置した。犯人が何人居るのかはわからないが、わかっている分では男が一人居るという事だから総一郎には敵の油断を誘うために女性化―夕姫として事に当たるようにも命じて。
 その裏で悠姫は過去のクライアントの妹の事件を調べる事にしたのだ。
 に、しても月奈が通う学校のパソコンに侵入したり、他にもクライアントたちが関わる場所の情報体にハッキングしてもクライアントたちには何の問題も無いように見えた。いや、確かに無い。
 悠姫はやれやれと苦笑いを浮かべた。
 銀色の髪を掻き、椅子から立ち上がる。
「まあ、デスクワークは性に合わないしね」
 プリントアウトした写真に写る男たちの顔を指で弾いて悠姫は街に出た。



 act:T・?U
 彼は殺されていた。
 我が校の現国語教師。
 国語の教師らしく人格者で、とても優しい彼は皆から好かれていた。
 しかし今の彼は赤い血の水溜りの中でずくずくに濡れて転がっているのだ。
 頚動脈を何か鋭い物で切られて死んでいた。
「わ、私じゃない。私じゃないわよ」
 彼女は顔を両手で覆って泣きじゃくった。
「知ってる。ボクが知ってるよ。キミが犯人じゃないという事は。だってキミはずっとボクの隣に居たじゃない」
「う、うん。そうだよね。そうだよね」
 殺されていた教師の死体を前にした彼女の狼狽振りは酷かった。
 だけどそれはしょうがないと想う。
 彼女は今日、10月9日、休日であったにも拘らずにこの教師に呼び出された。
 呼び出された理由は妹の事で話がある、と。
 そして月奈は彼女と一緒に図書室の隣にある司書室で彼の死体を見つけた。
 もちろん、月奈は彼女と朝からずっと一緒に居たのだから彼女が犯人では無いという事は月奈が証人となれる。
「それにしても、キスツス、か」
 月奈は血の水溜りの中に沈むキスツスを見、静かに考え込んだ。
 スノードロップの妖精によれば彼女の後ろには鎖でがんじがらめにされたキスツスの妖精がいて、そしてその妖精が悲しげな顔で彼女を見ているそうなのだ。
 また、キスツス、なのだ。
「キスツス。花言葉は私は明日、死ぬだろう。死をイメージさせる花か」
 と呟き、
 月奈は彼女を見る。
「ボクのせいだ。ボクが甘かったのかもしれない」
「風間さん………。犯人。犯人はきっとここ、ここの傍に居るはずよね?」
「うん、居るよ」
 そう月奈は言う―――
 ――――彼女が言うであろう事を予想しながら。
「なら、犯人、捕まえたい。私の妹を殺して、そして私を狙う犯人を」
 姉や兄たちは怒るだろうけど、
 自分をこの件に絡ませて、だけど絶対的には安全な場所に置いておいてくれているんだけど、でも―――


 ボクだって馬鹿じゃない………。


 彼女の身体から香る匂いの意味するところはわかっていた。
 だから――――



 act:Y・?U
「あ、何だ姉ちゃん?」
「俺たちと良い事しに来たのかなー」
「エッチぃ身体、もてあましてか。けははははははは」
 下品な顔に相応しい頭の悪そうな下卑た言葉を吐く彼らを平等に一瞥してやってから悠姫は鼻を鳴らした。
「あなたたちにE666を売りさばいている売人たちに会いたいんだけど、どこに行けば会える? それと」
 クライアントの名前を告げて、そのクライアントをストーキングしている理由を彼女は訊ねた。
 しかしその彼女の美貌に浮かんでいる顔が言っていた。こいつらが素直にそれに答える事を期待なんかしていないと。
 そしてそれはそのとおりだった。
 彼らはバタフライナイフを手に悠姫に襲い掛かってきたのだ。
 それを彼女は全て紙一重でかわす。小さく鼻を鳴らして。
 そしてその悠姫に後ろからスタンガンを押し付ける男。彼の下卑た顔はその電流で気を失った後の悠姫をどう辱めてやろうか、などと妄想しているであろう事をありありと感じさせた。
 が、その顔が歪む。
「そんな機械で私の身体に電流を流したって、私は感じない。私を感じさせたいのならテクニックを磨くのね、坊や」
 くすりと笑った悠姫の足は後ろ蹴りで男の股間を蹴り上げていた。
 股間を押さえて泡を吐きながら倒れた男の仲間たちは絶句していた。そのスタンガンが冗談抜きで洒落にならないぐらいの電流を流すように改造されていた事は彼ら全員が知っているのだ。
 しかし悠姫はそれを受けて平然としている。
「ば、化け物だ」
 誰かが恐怖一色の声で言った。
「へ。ただの不かん症女だろう」
 強がって男は金属バットを悠姫の頭部へと殴りつけるが、しかしそれを悠姫は楽々と左腕で受けた。
 逆に金属バットの方が曲がっている。
 くすり、と悠姫は蟲惑的に笑い、
 そして艶やかな流し目で男を見て、犬歯と呼ぶには鋭すぎる八重歯を見せた。
「不かん症、とは失礼ね。粗末な上に下手くそじゃ、感じるものも感じないわよ。それって女のせい? もっともそんな汚い顔じゃ、それだけで萎えちゃってどんなに上手く肌を愛撫されようが指裁き、腰の動きを見せられようが感じないけどね」
 とん、と倉庫の床を蹴り、悠姫は軽やかな足取りでステップを踏み、男たちの前を舞った。
 そして悠姫のふわりと広がった銀糸のような髪が再び彼女の顔を縁取った時にはひとりの男を残して他は全員気絶していた。
 それはもちろん悠姫を不かん症呼ばわりした男だった。
「さてと、それじゃあ、気絶するよりもいっそ死んでしまいたいと望むような快楽の果ての絶望の悲劇という生き地獄をあなたに存分に味あわせてあげるわ」



 act:S・?U
 月奈とクライアントは学校へと入っていき、
 そして彼女たちをストーキングしていた男たちも女子高へと入っていった。
「にゃろう、男の癖に女子高に入るとは不届きな」
「総一郎さんも男でし」
「………俺は今は夕姫だよ」
「そうでしか」
「そうでしよ」
 夕姫は肩を竦め、それから、あの男たちの尾行を続けた。
 悠姫からの指示である。
 あの男たちから目をそらすな。そうすればこいつらで間違いなく釣れる。と。
 なら月奈は? そう心配したがしかし、悠姫の返答は、「もっと自分の妹を信頼しなさい」、だった。
 ………。
 小さくため息を吐いて、そしてスノードロップに髪を引っ張られた。
「どうした?」
「月奈さんがいないでし」
「あっ? あ!」
 いつの間にか月奈だけがいなくなっていた。
 クライアントとその彼女をつける男たちは健在だ。しかし月奈だけが………。
「どうするんでしか?」
「どうすると言われても………」
 当然兄とすれば妹を救いに行きたい。
 しかしここでこいつらから離れれば決定的な瞬間を逃す。
 ――――『もっと自分の妹を信頼しなさい』
「んな事は言われるまでも無くわかってるんだがね………」
 頭を掻きながら総一郎は苦笑を浮かべた。
 そうとわかっていてもかわいい妹はやはりいつまでもかわいい妹で庇護すべき存在なのだ。
「ったく、弟で兄は辛いね」
 彼女たちは校舎の屋上へと移動した。
 明るい日差しの中、影などはここには無いというのに、しかしその光景を見る総一郎にはそこが闇の世界で繰り広げられている光景のように思えた。
 それはそうだろう。
 そこに居るものたちは赤い錠剤を飲み、転瞬、人の領域から外れたのだから。
 男たちの身体は筋肉が隆起…いや、膨張した。RPGなどでよく出てくる食人鬼のようなあんな感じだ。
 そしてクライアントは一糸纏わぬ姿となっていた。雪の様に白い肌、豊かな胸、その先端の淡い薄桃、美しいラインを描いた身体を。
 ただしそれは決して彼女の真の肉体とは言えない。
 いや、言えるのか?
 それは彼女の魂が取った姿であったのだ。
 彼女は幽体離脱していた。
 そしてその癖物理攻撃が可能。
 筋肉が膨張し、凄まじい脚力、腕力を誇る男たちをしかし、あっさりと殺した。
 さしもの総一郎でもその彼女の小動物と戯れているかのような笑みの前に動けなかった。そう、彼女はまるで生まれたばかりの仔猫を見つけて、それを持ち上げ、そしてかわいいかわいいと言いながら仔猫の頭に手を置き、それをいとも簡単に何の躊躇いも無く、猫可愛がりの頭を撫でるように首を引きちぎって、そうして変わらぬ笑みを浮かべているのだから。
 総一郎は顔を左右に振った。
 一番夜を共にしたくないタイプの女だ。その精緻な彫刻のように美しい顔に、桜の花びらのような淡く薄い桃色、手の平では覆えないような豊かな形の良い胸に、蜂の様な腰のくびれ、優雅な曲線を描く尻、月奈と同じ18歳でありながらもはや完璧に女の体となっている彼女の肢体はしかし、一夜の快楽を代償とした命の対価だ。ならば総一郎は本当にそんな物は遠慮したかった。
「出てきなさいよ。風間総一郎さん。居るんでしょう? それとも風間悠姫さんの方かしら?」
 幽霊が笑う。
 大気を振動させて伝わる声では無い。
 脳裡に直接響くような声。
 総一郎は出て行く。
「こんにちは。はじめまして」
 はじめまして、そう口にした事で彼女は自分がクライアントでは無いと自白していた。つまり、彼女はクライアントの妹。
「なるほど。検死などは簡単に騙せるか」
「そうね。心配はどうやって火葬から抜け出すか、それぐらいだったわ」
「で、どううして月奈に近づいた?」
 声などは一切低くしなかった。平静の声だ。それがこういう場合は力を持つという事を総一郎は知っている。
 しかし彼女はそれにすら結局怯えた素振りも見せなかった。
「風間探偵事務所が【E666】を調べている、って知ったから。だから、ね」
 邪魔者は消そうと想った訳、彼女はそう爽やかに言った。
 そして、蟲惑的な手つきで自分の胸を、茂みの奥を総一郎に見せ付けるように触りながら彼女は更に言う。
「最近どれも下手糞で欲求不満なんだよね。だけどお兄さん、イケメンだから女経験も豊富なんでしょう? だから、抱いてみる? 私を。死ぬ前に」
「冗談。妹と同じ年齢の女の子なんか抱けるかよ」
「シスコン。せっかく好みだから仏心を起こして良い想いをさせてあげてから殺してあげようと思ったのに。じゃあ、死ねよ、シスコン」
 彼女は総一郎に向かってくる。
 彼女の両の爪は幽体であるにも関わらずに硬質化していた。強い怨念に囚われた悪霊などが時折用いる高等テクニックだ。
「殺す。殺してあげるわ。なます切りよ。優しく唇と舌であなたの肌を愛撫するようにそっと爪でなぞって殺してあげる」
「嫌な愛情だ」
 どうにも精神状態がイッている。E666の影響か。
 横殴りに繰り出された彼女の一撃を総一郎は紙一重で避けて、そして避け様のカウンターを繰り出す。
 が、彼女は幽体だ。それは効果的な一撃とはなり得なかった。
 拳がどれだけ実体を持っていたのなら効果的な一撃となっていた物を放っていたとはしても結果的にはその拳は彼女の幽体をすり抜けているのだ。それでは意味が無い。
 前につんのめった総一郎の背中がしかし彼女の一撃によって切り裂かれる。
「あはははははは。良い喘ぎ声。どうせなら私の中か、口の中で熱いの出した瞬間に言ってもらいたかったけどね。でも、いいわ。あなたの下であなたの腰運動に合わせてあんあん言う代わりにあなたをなます切りにする度にあたしの快感の声を聞かせてあ・げ・る」
「生憎だけど、喘ぎ声を聞きたいのはひとりなんでな」
 にやり、と総一郎はクールな笑みを浮かべた。
 彼女は鼻を鳴らす。
「それはセクハラか自慢かどっちよ?」
「両方」
「訴えるわよ?」
「そのまえにおまえが警察送りだよ」
「どうやってよ?」
 と言った彼女の顔が引き攣った。
 変化していく総一郎に。
 そう、彼の姿が変化していく。雰囲気ですらも。魔人化。それはそう呼ばれる彼の能力。
 そしてその総一郎が持つルドラとアグニならばやれる。
 総一郎が前に飛んだ。
 彼女は怖気のままに後ろに下がる。
 そして!!!
 総一郎のルドラがむちゃくちゃに振り回されていた彼女の両腕を斬り、アグニが彼女の薄い腹に叩き込まれた。
 総一郎のアグニを装着した拳を叩き込まれた彼女の体が宙に浮いたまま折れた。
 が、彼女は再生している両手を総一郎の顔にあてて、淫らにベッドの上で女が下から自分を激しく突き上げる男の上に崩れながらも甘く艶やかな言葉を囁くように、
 どろりと心に絡みつくような粘性の響きを持つ声で言った。
「すごい、一撃。今のが本当にあたるぐらい奥まで貫き通すような堅くって熱いのの一押しだったらもう完全に私、イッてたわ。でも女ってイッてもそれがずっと持続するけど、男ってイッちゃったら醒めるんでしょう? 余韻に浸る間も無く。かわいそうに。だからあなたもほら、夢から醒めた」
 言われた瞬間、総一郎は空中に居た。
 先ほどの一撃は屋上のフェンスを突き破った一撃だった。
「総一郎さん。さっきからひとりで何をやっているんでしか?」
 屋上に残されたスノードロップが呆然とした声で、だけど何かが起こっている事を知っている危機感と緊張に満ちた声で言った。
 落ちていく自分の首に腕を回しながらくすりと笑う彼女に、しかし落ちながら総一郎は言った。
 にやり、と決定的なカードを相手に見せるように。
「やれやれだな。だから俺たちは最初から言ってたはずだぜ? 姉さんから聞いていないか? 俺は、犯人を釣り上げるための餌だって」
 最後に見た夢の一欠けらが覚醒した意識で見た朝日の中に溶けて消えていくように消えていく彼女が、驚きの表情を浮かべた。


 act:Y・?V
「そう。釣りだって言ってたわよね」
 隠れていた場所で彼女は目を覚まし、笑った。
 そして悠姫も肩を竦める。
「あなたが幽体離脱の能力を持っている事は知っていたわ。これまでE666絡みで起こった事件のデーターから推測してね。いえ、あなたとあなたの姉のどちらかが。でも片一方は家の月奈と一緒に居るんだから、幽体離脱の方が仕掛けてくる、というのは簡単に想像がついた。で、幽体離脱をしているのなら、その抜けた体は安全な場所に隠しておかなければならない。幽体は確かに普通の人間とかちょっとした人間崩れの前では有効だけど、でも、魂が抜けている身体を攻撃されたら、終わりだものねー。かわいい女の子なんか悪戯されちゃう可能性もあるし。遊びまくっているとはいえ、それでもあなたも女。自分の意識が無い時に知らない男に体に悪戯されてちゃ嫌でしょう?」
「はっ。そんなかまととぶるつもりもないけどね。でも、確かに魂の抜けた身体を攻撃されたらお終いだわねー。それに誰かに見られたらせっかく私を殺した意味も無くなるし」
「だからあなたは絶対に安全な場所で幽体離脱をすると想った。そしてこの学校でのこの時期絶対に誰も来ない場所といえば、この場所だった」
「なるほど。そこまで推理されているのならわかっちゃうわね。私がプールの更衣室に隠れているって」
「ええ。さあ、チェックメイトよ、お嬢さん」
「冗談。私たちはあなたを殺すためにこんな事をしたのよ? だったらあなたを殺さないわけがないでしょうが」
 そして彼女は薬を飲んだ。
 幽体離脱―――
 と、見せかけて隠し持っていた拳銃で悠姫を撃った。
 が、
「この化け物」
 彼女は皮肉る。口汚い呪詛を吐き出すように。
 悠姫の身体は霧となっていたのだ。
「化け物とはお姉さん傷ついちゃうじゃない」
「よく言うよ」
 そして悠姫は実態を取り戻し、彼女を取り押さえようとし、
 しかし彼女は今度こそE666を飲んだ。
 彼女の身体が痙攣して、魂が、
「させないわよ」
 魔眼メデューサ。
 真紅の瞳が金色に変わり、その金の瞳が彼女が幽体離脱する前に、彼女を魂ごと―――
「か、身体が石にぃぃぃぃ。こ、この化け物。はっ、でもいいわ。あなたは結局私たちには敵わない。あなたの大切な妹、月奈は――――」
 石化させた。
 悠姫は小さくため息を吐き、
 それから後ろを振り返る。
 顔を青くしている弟を見て、肩を竦めた。
「月奈は大丈夫よ。あの娘も気付いているんだから」



 act:T・?V
 だから――――
「キミたちにもうこれ以上罪は犯させない」
 月奈はそう言いきった。
 そして言われた彼女は訳が分からないという風の表情を浮かべる。
「な、何を言っているの?」
 しかし月奈は取り合わない。
「ボクは知っていたよ。キミの妹さんのお葬式に行った後から、キミと亡くなったはずのキミの妹さんが代わる代わる学校に来ていたの。そして、キミたち姉妹の身体から澱んだ夜の匂い…お酒と煙草の匂いがしていたのも。キミたちは妹さんを殺す事で、代わる代わる遊んでいたんだよね?」
 そうして彼女は笑った。
「やれやれね。精液の匂いも忘れないで頂戴。それと、あたしが妹なんだなー、これがさ。でもさ、推理小説界ではもう双子の入れ替わりトリックだなんて何の新鮮味も無くってネタにもならないけど、だけど現実でそれをやったら誰もわからないと想ったんだけどな。さすがは姉が探偵? それともあんたが凄いのかしら、ねえ、月奈」
 呼び捨てに変わったクラスメイトを月奈は悲しげな瞳で見た。
 そして月奈のその目を見て、彼女はさらに嫌そうに鼻を鳴らす。
「っとに、あんたのそういう聖職者めいた表情が本当にあたし、大嫌いなのよ。でもそういうかまととぶった女に限って裏では凄いのよね。あたしたちみたいにさ。あんただって部屋の中にはたくさんの玩具でも隠してあるんでしょう? それとも教会に懺悔に来た男どもをシスターらしく優しく慰めてあげているのかしらね? そのでかい乳で挟んであげたり、しゃぶったり、下であんあん言ったりしてさ。それとも股開いて、自分で弄ってるの見せてあげてるの? いやらしく裸の身体をくねらせて、喘ぎ声をあげてさ」
 きゃははははははと下品に笑う彼女に月奈は顔を歪めた。
「ほら、そうやってまた優等生ぶる。ったく。全てが終って、あんたの姉さんたちを殺したら、裏ビデオの撮影会であんたを数十人、いえ、数百人の男どもに壊れるまでいっせいに弄らせてその淫乱な本性を引きずり出してやろうとも想っていたけどいいわ。ここであたしが殺してあげる」
 そう吼えた彼女の名前を月奈は悲壮な声で呼んだが、しかし彼女は聞かなかった。
 顔を殴られて、月奈は「きゃぁ」、という悲鳴をあげる。
「何がきゃぁ、よ。本当にムカつく。死になさいよ、あんた」
 そして彼女は、彼女もE666を飲んだ。
 だが彼女の外見は変わらない。
 しかしその雰囲気は圧倒的に変わっている。
「E666」
「知ってるんだ? なるほど、罠だった訳ね。そう、E666。化け物の血を凝固させて作った薬らしいわ。この薬ね、ただのドラッグなんかよりもよっぽどイけるのよ? すごく気持ちよくってあそこなんか飲んだだけで濡れ濡れなんだから」くすり、と卑猥に舌なめずりしながら彼女はそう言って続ける。
「だけど問題もあった。化け物の血を飲む事で、人間から外れる者も出てきたの。そしてあたしもそうだった。あたしら姉妹はあの国語教師と援交したりして金を稼いだり、ああ、あいつを殺したのはあんたら姉兄妹を殺したらあたしらも姿を消すつもりだったから殺したの。あいつ、双子と3Pがしたかったんだってさ。ビデオの見すぎだっつーの。気持ち悪い。で、他には売人とセックスしたりして薬を得てね。それで、売人のあいつときたらあたしが発症してるとわかった途端に殺そうとしてさ。まあ、イッた瞬間に殺されるのも悪くは無い気分だったけど、でも、あたしは死なない身体になってたんだなー、これが」
 と言いながら彼女は自分の首をナイフで切ってみせる。
 頚動脈から赤い霧が噴き出すが、しかしすぐにそれも収まった。
「こういう事。だから、あたしは死なないからどのような攻撃もできて、故に、あんたを殺せる」
「もう言葉をどれだけ言っても届きませんか?」
 もはや彼女はそれに答えなかった。
 彼女は自分の血を滴らせるナイフを振り上げて月奈に肉薄してくる。
 月奈は薄い唇を噛み締めて、そして封印解除、ナイフ投擲。
 祈りによって洗礼されたナイフは彼女の四肢を貫いた。
「ぎゃぁーぉ」
 不死身とは言え痛覚はあるらしい。
 彼女は怒りと屈辱に耐えるように月奈を見た。
「ほんとあんたは最低よ。学校では卑猥な言葉ひとつで顔を赤らめながら、でも家に帰れば玩具で自分を慰めながらAVでも見てるようにそんな感じであたしを攻撃してくるんだものね。ほんととんだシスターさまよ」
「だってそうしないとキミはボクを見てくれないでしょう?」
 床に落ちた彼女が顔をあげてあのように叫んだのは月奈ならば自慰という言葉に耳まで真っ赤にして必ず何らかの隙を見せると想ったからだ。驚くべき事にまったく油断が彼女には無かったから。
 しかし………
「知ってた? キミたち絶対にボクの眼を見てくれなかった事に? ずっと前、入学した頃から………」
 そして悲しげに微笑んだ月奈は初めて視線を重ねた彼女に、夢を見せた。
 本当の彼女たちの本心という夢を………。
 魔眼エウリュアレ―――それが彼女の力。
「灰は灰に 罪は罪に されど我は主に願う 汝の罪が主の温情の前に許される事を。エイメン」



【ending】


「キスツスの妖精さんがお礼を言ってますでし。わたしもありがとうございますでし」
「いえいえ、どういたしまして」
 にこりと笑って月奈はスノードロップと別れ、
 そして何かを話している姉と兄と合流した。
 話をしていた姉の右腕に左腕を、
 話をしていた兄の左腕に右腕を、
 絡ませて、そうして二人に微笑みかける。
「今回は協力してくれてありがとう、お姉ちゃん、お兄ちゃん」
 お姉ちゃん、お兄ちゃん、月奈の幼い子ども時代を思わせるその呼び方に悠姫と総一郎は苦笑しあって、そして二人も絡まれた腕に自分たちの方からも力を込めて固く、固く絡める。
 そう、絶対に切れない姉兄妹の縁のように。
「さーてと、じゃあ、事件も片付いた事だし、どっかに遊びに行こうか、ね、月奈。総一郎の奢りで」
「うん、お姉ちゃん」
 何かを言いかけていた総一郎の口は月奈のその嬉しそうな言葉に閉じて、
 それを横目で見てふふんと笑う悠姫、
 ふふんと笑う視線と半目で睨む視線を重ねあわせあって笑い合う双子、
 月奈はそんな二人の間でにこにこと微笑んでいた。
 クールで常に自分を優しく温かに見守ってくれている姉と、
 優しくって心配性でいつも傍に居て守ってくれている兄と、
 二人の愛情という温もりを一身に一心に感じながら。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、大好きだよ」
「「当然」」
 そして月奈、悠姫、総一郎は仲良く街へと消えていった。


 →closed




PCシチュエーションノベル(グループ3) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月05日

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