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『闇に戯れる 』
ジェームズ・ブラックマン5128)&田辺聖人(NPC2374)



 東京という街から夏が姿を消し始めてから、まるでそれに示し合わせたかのように、多くの子供たちまでもが姿を消した。
 姿をくらました子供たち、その半数以上が、十代の、ようやく半ばにさしかかろうかといった年頃の少女だった。
 そうして、それに合わせたように、街には奇怪な集団にまつわる噂話が広がり出していた。

 月のない夜には決して外を覗いてはいけないよ。出歩くなんてもってのほかだ。もしもうっかり運悪く「あいつら」に見つかりでもしてごらん。たちまち引きずり込まれてかみくだかれて飲み込まれてしまうからね。

「黒い一団ですか」
 コーヒー豆の挽かれる香りが満ちて広がる喫茶店の、一番角にあたるテーブルに腰掛けて、ジェームズ・ブラックマンはカップを口許へと運びあげた。
 向き合い座っているのは、ジェームズにとり知己となった田辺聖人。ふたりは互いに示し合わせたかのような漆黒色のスーツを身につけていた。
 小さな間接照明ばかりがぼうやりとした明かりを落とす、ひっそりとした影に包まれている店の中で、黒衣に包まれたふたりの姿は、あたかもうごめく陰といった風体だ。
「近頃の噂−都市伝説のようなものだと思うが、――夕べ見たんだ。あれは確かに影が群れを成して歩く一団だった」
「ほう、なるほど。噂が形を得ましたかねえ?」
 田辺が告げた言葉に頬を緩めつつ、ジェームズは静かに脚を組み換える。
「それで? まさか生ける都市伝説の目撃談を聴かせるためだけに私を呼んだわけではないでしょう?」
 先の言葉を促すように微笑むジェームズに、田辺は小さなため息をひとつ吐いてから、再び口を開いた。
「子供たちは影の中で――夢の中で延々と遊んでいるだけなのさ、ジェームズ。おそらくは発端になった奴がいるんだろうが、それが連綿と仲間を引き入れている状態なんだろうな」
「遊び相手を引き入れ続けているのだと?」
「そういう事だ」
 ジェームズは田辺の視線を自分の視線とを重ね合わせ、闇の中に照る月光の如く、銀色の双眸を光らせる。そこには確かに愉悦が色を滲ませており、それはつまり、ジェームズがこの案件に関心を寄せた事を示していた。
 田辺は言葉なくそれを見やっていたが、やがてゆっくりと目を細め、窺うようにジェームズに問い掛ける。
「交渉はおまえのおはこだったな、ジェームズ」
 声が、ひっそりと影に沈む。
 ジェームズは肩を竦めながら、カップの中に残るブルーマウンテンを一息に干した。
「それは依頼ととってよろしいのですか?」
「俺が言おうとしている内容が分かるのか」
「”黒い一団に誘い込まれて姿を消している子供たち””それは放っておけば延々と際限なく続いていく可能性が強い”。そうして、聖人、あなたは”交渉人”としての私を望んでいる。――つまり、その一団の大元に掛け合い、連綿と続く因果を断ち切ってこい、という事でしょう?」
 カップを受け皿に戻す。小さな音が影の中に沈み、次いでジェームズの喉が鳴らす低い笑みが空気を震わせた。
「――囚われている子供たちの解放が先だ」
 ジェームズの顔を見据え、田辺がひっそりと声を告げる。
 ジェームズはかたりと椅子を鳴らして席を立ち、自分の顔を仰ぎ見ている田辺の顔を真っ直ぐにとらえて首をかしげた。
「もちろんですよ。まあ、聖人はのんびりとコーヒーでも楽しんでいてください。ここのコーヒーは格別に旨い」
「……大丈夫なのか」
「ああ、やがて深夜帯ですね。早く終わらせて部屋に戻らないと。録画はしてあるのですが、……この時間にやっているドラマも案外と面白いものなのですよ」
 くつりと低い笑みを残し、ジェームズは仄暗い店を後にした。

 外界は、月も無い、闇ばかりが広がっている暗黒で包まれていた。
 点滅を繰り返す街灯が、暗黒の中を歩く影の姿を照らし出す。
 影は嗤っていた。
 黒衣を身につけた影は、街を往く影の一行を思い、ただ静かに闇を揺るがしていた。


 鈴の音が街を流れ、眠りについていた草木をざわりと低く歌わせる。
 歌っているのは闇の中をうねり廻る黒い蛇のような見目をもっているものだった。
 それは時に両翼を広げる大鴉のような形となり、あるいは人形のような輪郭をもったものとなった。
 見る者が見れば、それが全て子供たちの顔で造られているというのが知れただろう。
 黒い影は、黒と白だけで塗りこめられた、子供たちの魂が集い形作った、闇を進むものだった。
 それが、鈴に似た音色を鳴らしながら、ひっそりと、影から影へと巡り歩いているのだ。

 が、その進行は、行く手を遮った黒衣の男――ジェームズによって阻まれ、蟲のごとき動きでひたりと止まる。
 ジェームズを前にした影の塊を構築していた全ての顔が、一斉にジェームズを見た。どれもが朗々とした表情を浮かべていて、どれにも、憂いや惑いといった感情は微塵も浮かんでいなかった。
 鈴の音は、ギチギチと歪む音へと変わった。
 ジェームズは僅かな間を言葉なく無数の顔と向き合っていたが、やがてぬらりと片腕を持ち上げながら微笑み、告げた。
「どなたがリーダーでしょう?」
 応えるように、全ての顔が口を開けて、一句違わぬ声を発した。
『わたしが』
 応え、悪戯めいてキャラキャラと笑う。それはまるで新任の教師をからかう生徒たちが見せる、ささやかな戯れだった。
 ジェームズは、しかし、余裕めいた笑みを浮かべ、持ち上げていた手をゆっくりと開く。
「まあ、誰であっても、どうでもいいのですがね」
 嗤いながら指を鳴らす。
 一度目。
 ぱちりと闇を震わせる。半分の子供たちの顔から笑みが失せた。
 さわさわと流れる夜風のように、子供たちがさわさわと囁きを交わし合う。
「手荒な事はしませんよ? でも、こんな時間になっても外遊びをしている子たちは、大人がびしりと叱り飛ばしてやらないとね」
 ぱちり。二度目の合図が闇を揺らす。
 残りの子供たちからも笑みが失せた。
 ジェームズは、塊の中の、ただ一カ所だけを真っ直ぐに見据える。未だ笑みを浮かべたままでいる顔を。
「なるほど、あなたが大元ですね」
 告げ、三度目の合図を下す。同時、影の塊が、文字通りに霧散して、闇のそこかしこ目掛けて飛び散った。
 風が、影が、あるいは子供たちによるものか。
 耳をつんざくような、無数の悲鳴が空気を震わせた。
 残されたのは、ジェームズと、十代半ばといった見目をした少女――正しくは少女の見目をもった黒い塊――のふたりのみ。
 ジェームズの喉がくつりと歪んだ声を発した。
「さてと。――では、あなたもお家へお帰りなさい。見たところ、……事故かなにかですか? あるいは自分で飛びましたか? ……まあ、どちらでもいいのですが。親御さんも心配しておいででしょう」
 闇の中に浮かぶ三日月を呈していたジェームズの銀色の双眸が、ついと真紅へと色を変えた。
 持ち上げられていたままの片腕が、最後にもう一度合図を送る。
 現れたのは闇よりもなお暗い色をもった黒蝶の群。
 蝶の群が少女を囲い、ジェームズはようやく腕をゆるりと下げた。
「友達が欲しいのなら、目覚めた後に捜せばいい」


 田辺が待っているはずの喫茶店のドアを開ける。そこにはやはりひっそりとした仄暗い空間ばかりが広がっていて、静かに響くクラシックと、ゆらゆらと揺れるいくつかの影だけがあった。
「おや、聖人。ブルーマウンテンを試してみたんですか」
 先ほどと同じ席に腰を落とし、田辺の前にあるカップへと視線を向ける。
「確かに旨い」
「でしょう?」
 目を細ませた田辺にうなずきを返し、ジェームズはゆったりと脚を組んだ。
「終わったのか」
「むろん」
 次いで問いてきた田辺に満面の笑みを返し、ジェームズは楽しげに言葉を継げる。
「それはそうと、聖人。今回の依頼料ですが、どうでしょう、この店のコーヒーに合った菓子を数種。新作で作ってくれませんか」
「……新作でか」
「ええ。課題は――そうですね」
 言いつつ、ジェームズは小さく手をあげて店の主にオーダーをかけた。
「マスター、ロブスタを」  



 ―― 了 ――




Thank you for an order.
Moreover, I am waiting for the day which can meet.

2006 October 4
MR
PCシチュエーションノベル(シングル) -
エム・リー クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月05日

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