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『おや、夜が終わらない 』
ジェームズ・ブラックマン5128)&(登場しない)



 ぐわらりと回る意識と世界、
 それとは逆の方向にぐらりと頭を回しながら、ジェームズ・ブラックマンは目を覚ます。

 辺りは漆黒だった。彼は椅子に座っている。椅子の座り心地はよく、油断するとまた眠ってしまいそうだ。ただ、革張りのその椅子からは、奇妙な匂いがした。ジェームズはその匂いに懐かしさのようなものを覚えた。
 円卓、赤い円卓。円卓は漆黒の中にどんよりと浮かび上がっている。灯の類はどこにも見出せないが、ジェームズには見えた。赤い円卓、革の椅子、そして円卓をぐるりと囲む黒服の男たちが。
 まるで陰気な葬儀屋の会議だ。男たちは揃いのような漆黒のスーツで身を包み、タイも一切の柄がない黒だった。彼らは一様に肌が蒼白く、陰湿な雰囲気をまとい、探るような視線をめぐらせている。
 ジェームズは、彼らとは赤の他人ということにしておきたかった。現実には、そうもいかないことはわかっている。円卓を囲む男たちの中には、彼が知っている者もいた。ほとんど言葉を交わしたこともない、ただ、顔を知っているという程度の知人だが。

『己がここに集められた理由は? ――我には聞くな。答えはうぬらの胸のうちに在る』

 殷々たる声が、漆黒の中に響き渡る。黒服の男たちは口を結び、闇をぎろぎろと睨みつけた。

『今宵こそ、永遠の夜の争いを決するのだ。闇の者どもよ……我が闇の、者どもよ……』

 声は余韻を引きずりながら消えていく。
 ジェームズはぐらぐらと揺れる意識の中で、何とか状況を把握しようとした。
 確か自分は、自宅にいた。そこから記憶を辿ってみよう……。

 初めに、闇があった。
 ジェームズはその日、一切外出せず、自宅で時間を浪費していた。彼は退屈を嫌うが、たまには仕事も趣味も何もかもが億劫になる日もある。そんな日は無理に行動を起こしても、結果がぱっとしないものだ。
 彼はそう言ったわけで、ぼんやりと十数時間を過ごした。朝が終わり、昼も終わり、夜になった頃、ジェームズのもとに奇妙な依頼人がやって来たのである。
 男は黒い箱を持っていた。そして、依頼の内容は、その箱を開けることだと言った。
 ジェームズはまず、箱は爆弾ではないかと疑ったが、依頼人は玄関から動かず、蒼白い顔で佇んでいた。箱を開けなければ帰らないつもりのようだった。
 ジェームズは溜息をつき、箱を開けた――。


 それから意識は遠のいた。
 今は、よく知らない男たちとともに円卓を囲んでいる。なぜ自分がここにいるのか、胸に手を当てて考えてみろと言われても――心当たりが見つからない。そういうことにしておきたい。
「今夜決めろと言うことか」
 不意に、ジェームズの隣の席に座る男が呟いた。円卓の間に、形容しがたい緊張感が走る。
「常闇の後継者を」
 彼はそう言葉を続け、それを聞いたジェームズは、この場から一刻も早く逃げ出す方向で決意を固めた。
 多くの椅子が倒れ、ほぼ全員の黒衣の男たちが立ち上がった。赤い円卓は揺れた。ジェームズは真っ先に円卓に背を向けた。視界を、銀や白の物騒な輝きが横切る。

 そして銃声、剣戟の音!
 黒衣の男たちは殺し合いを始めた。

「待て、逃げる気か!」
「勿論です! 私は誰の跡を継ぐ気もありませんのでね。今のところは」
 鋭く背中に浴びせかけられた言葉に、ジェームズは不敵な笑みで返す。赤い円卓には赤い血が飛び散り、早くも闇の中には生温かい傷の臭いがあふれ始めていた。
 ジェームズの肩口を銃弾がかすめた。ナイフが飛んでくる。ジェームズはそれを振り向きもせずに微動でかわし、円卓から離れた。できるだけ早く、できるだけ遠くに。飛んでくる刃物は、時おり走りながら受け止めて、袖の中に収めた。武器はあったほうがいいかもしれない。
 この殺し合いが持つ意味を、ジェームズは知っている。彼は長命で、博識だ。赤い円卓は蠱毒の壷のようなもの。囲む者たちは殺し合い、最後のひとりを決めるのだ。その大いなる生き残りは、闇を統べる王になる。父親になり、闇そのものになる。
 ジェームズはその地位に魅力を感じなかった。きっと退屈だろう、と思うのだ。絶対的な黒い力を得てしまえば、できないことはなくなってしまう。絶対的な存在が送る毎日とは、果たして充実しているだろうか。
 殺し合いの果てにあるものが少し恐ろしい。憎い。リタイアすることはできるだろうか。このまま殺されず、東京に戻ることができれば――。
 ばうっ、と漆黒の闇がひるがえった。冷たい霧がジェームズの頬を撫で、彼は足を止める。
「逃げたとしても、おまえの命は狙われ続けるぞ。これまでもそうだったが、これからは、よりいっそう――」
 くつくつくつ、とすばやく笑って、ジェームズの前に現れた黒服は、銀色の鎌を振りかぶった。
「それなら、今までの生活を続けることと、何の違いがあるでしょうね」
 くつくつ、とジェームズは笑い返した。ジェームズの手に、袖から滑り落ちた銀のナイフが収まる。
 ぱちっ、
 小回りの利く一閃は、大鎌を持った男の手首を深く切り裂いた。赤い血が噴き出し、男は重い得物を取り落とす。
「死はいつでも生命のそばにいるのですよ」
 鎌を持っていた男の首が、ジェームズの眼前で唐突に飛んだ。自分の皮肉は果たして通じていただろうかと、ジェームズは思った。通じていなかったのだとしたら残念だ、とても残念だ。
 別の黒服が、ジェームズの新たな障害だった。彼は血を吸った日本刀を振りかざしている。凄まじい微笑が男の顔の中にあった。目が少しも笑っていない。
 面白い顔だ、とジェームズは思った。
 常闇の力などという、退屈への切符を求めている男にしては、生き生きとしているようだったし――何よりこの殺し合いを楽しんでいるようだ。
 ジェームズはナイフを投擲する瞬間、笑みを消した。ナイフは日本刀の男の右目に吸いこまれた。甲高い悲鳴を上げる男の横を、ジェームズは走る。一発の銃弾が彼の右腕を撃ち抜いた。だが彼は、東京に向かって走った。光はどこにも見出せない。ただ、漆黒の回廊を走り続けるしかない。そのうち回廊は終わり、切り出し窓が彼の目の前に現れた。
 窓の向こうには、微動だにしない赤い月と、禍々しい星々があった。赤い月には見覚えがある。円卓だ、あの円卓を真上から見たら、あの動こうとしない怠惰な月に見えるだろう。それとも月が円卓なのか。ジェームス・ブラックマンにとっては、どちらでもいいことだ。あの赤い円から逃れなくてはならない。
「貴様、逃げるのだな! 貴様に誇りはないのか! 闇の矜持も持たぬ闇であるなら、その命を置いていけ! 生きるに値しないぞ!」
 黒服の男のひとりが、黒い剣を振り回しながら走ってきた。ジェームズは振り返り、返事もせずに笑ってみせた。彼の瞳は、ただの一瞬赤く輝いた。
 黒い剣はジェームズを袈裟懸けに切り裂いたが、血も悲鳴も現れなかった。ジェームズの身体が、無数の黒い蝶となって散らばったのだ。
 蝶はまるで意志を持つ霧のように群れながら、切り出し窓の外へと飛び去っていく。何人もの黒服の男の唸り声や、嘲りの言葉が蝶に追いすがった。
 黒い蝶の群れは、黒い空に溶けて、すぐに見えなくなった。
 漆黒の中では、また殺し合いが始まる。


「夜は今夜も終わらないようだ」
 ジェームズの前で、依頼人は箱の蓋を閉じた。憮然とした面持ちと言葉だった。
「彼らは夜のうちに決着をつけなければならない――だから、決着がつかない限りは夜のまま。しかし、そのほうがよいのでは? あの世界は闇の中にあるべきでしょう」
 銀の目で依頼人を見据え、ジェームズは喉の奥で短く笑った。
「夜を終わらせたければ、あなたは私に、はっきり依頼をするべきでしたね。『夜を終わらせてくれ』と」
 皮肉を受けて、依頼人は顔に暗い笑みを浮かべた。
「そう頼めば、はっきり断られると思ったのでね」
 彼は黒い箱を大事そうに抱えると、ジェームズの前から立ち去った。
 ひとり残されたジェームズは、小さな小さな、雫の呟きを聞く。視線を落とすと、彼の腕から流れ出した血が、次々と床めがけて身を投げていた。

 まだ、東京も夜の中だ。



〈了〉
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2006年10月04日

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