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『新しく来たバイトの子。 』
近江・蓮歌1713)&藍原・和馬(1533)&(登場しない)

 元気な挨拶の声が飛ぶ。
 注文を取る可愛らしい声。但し、よくよく聞いていると何だかトチっていたりもする。自覚するなり笑って誤魔化したり一生懸命謝ったりと様々対処。それで何とか持ち堪えている感じ。
 あ、また間違えた。
 …それでも頑張ってスマイル0円(ここは某ファーストフード店では無くピザ屋だが)。慌て混じりになりながらもにこやかに対処。それだけでも結構何とかなるもんだ。何事にも真剣に取り組んでいるのは見ていてわかる。そうなると結構失敗しても許される。努力は認めてみたいもの。えーと確か彼女の名札には、『近江』ってあったっけ。で、下の名前は…蓮歌だったっけ。近江蓮歌。
「いい子だなァ…」
 と、レジに居る蓮歌を見つつ思わず呟いた途端に、コラとすかさず声が飛んできた。すぐ隣に立って付け合わせのコーンサラダとドリンクを袋に詰めていた従業員の声。
「…手ぇ出すなよちくるぞ」
「…な、何言ってんすか。じゃなくて誰にちくるって言うんですかっ」
「…言っていいのか?」
 誰にかを?
「…言わないで下さい」
 速攻、撃沈。
 て言うか別にそういうつもりな訳では無いのだが、変に誤解されると物凄く困る。
 うん。
 思い、重々しく頷きながらも手際良くこんがり焼きあがったばかりのピザを箱に詰めていく藍原和馬九百二十歳。…いや外見に合わせて公称三十前後で止めている。履歴書ではいつも適当。それで別に誰から文句も出た事はない。先が少し尖った耳も世間様では個性の範疇で充分通る。
 いや自分の事はどうでもいいのだが。

 …まぁそんなこんなで、バイトのローテーションが終わる頃。
 蓮歌と和馬は偶然ながら同じ時間に上がりだったらしく、店の裏の方でまたばったり。蓮歌から和馬に、藍原さんでしたよね、と恐る恐る声が掛けられる。和馬、名前を覚えられていた事にちょっと感動。蓮歌ちゃんだったよねとにこやかに返している。
 と。
「は、はい。私は近江蓮歌と申します、不束者ですがどうぞ御指導御鞭撻の程宜しくお願いします!」
 いきなり、ぺこり。
「…」
 びっくり。
 思わず目を瞬かせ、和馬は蓮歌をじーっと見つめてしまう。
 その反応に蓮歌、はっとする。
「…あっ…えとあの、藍原さんピザ屋さんでのお仕事長いみたいなので…あのっ」
「いや…わざわざ御丁寧な挨拶どーも。ま、そんな肩肘張らないでやろーよ。力入り過ぎて失敗する事だってあるし。ね?」
 こちらこそ宜しくね。蓮歌ちゃん。…和馬がそう声を掛けると、蓮歌は、はい、と元気に確りいい返事。

 …やっぱりいい子だなア。
 そう思う。



 それから、数日後の話。
 今日は蓮歌ちゃん居なかったなーと何となく思いつつ、和馬はピザ屋のバイトからのんびり帰路に着いている。
 その、帰る途中の道で。
 ――常ならぬ激しい物音が耳に届いた。
 何事か。殆ど本能的に反応してしまい、和馬はそちらに足を向け行ってみる。
 と。
 何だかバイト先で見覚えがあるような、三つ編みおさげにスタイルのいい女の子が。
 居た。

 そこまではまだいい。
 が。
 彼女は。
 何故か抜き身の日本刀らしきものを握って、異形のモノと対峙中。
 和馬が来たその時、ちょうど体勢が崩れ、刀――どうも何らかの霊的能力がある霊刀らしい――をわたわたと慣れない手付きで構え直していたところだった。
 対峙と言うか、どうやらはっきり戦闘中。
 異形のモノは明確な敵意――殺意を蓮歌に向けている。

 …。

 それを見た和馬、一時停止。
 …いやあまりに意外な光景だったもので。
 思っているところで、そこに来ている和馬の存在に気付いたか――はっと蓮歌が振り返る。

「…あっ、藍原さん!?」
「…やっぱり蓮歌ちゃん、だよね」
「はい。そうです…って、あの、危険ですから逃げて下さ…――!」

 と。

 蓮歌が和馬に警告し終えるかどうか、と言うところで。
 …蓮歌が対峙していた異形のモノがあっさりと吹っ飛ばされていた。状況をよくよく見れば和馬が素手でその異形を殴り飛ばして――殴り飛ばせていた模様。和馬はそれからその倒れた異形に近付いていく。蓮歌から見えるのは和馬の背中のみ。やがて和馬の声でちらりと真言らしい呪文?が聞こえたかと思うと、吹っ飛ばされ倒れていたその異形の姿はあっさり消滅していた。
 蓮歌、唖然。
 そこまで始末を付けると、くるりと振り返った和馬は、ふぅ、と一息。それから物問いたげに蓮歌を見る。蓮歌の方も蓮歌の方でまさかバイト先の先輩がこんな力を持っていたとは思いもよらない。それも自分なんかより余程、手慣れている。

 どうしてこんな事を。
 一段落したところで和馬は蓮歌にそう事情を訊く――訊こうとする。
 が。
 ちょうどその時。
 思いもよらない『虫』が鳴いた。

 くぅ。

「…」
「…」

 間。
 …『虫』さんの鳴いた場所はと言うと蓮歌のお腹。

「…お腹が空きました…」
「!」



 それで。
 気が付けば蓮歌は何処からとも無くちゃき、と大きなメロンパンを取り出していた。ぱっと見、たった今鞘に納められ刀袋に入れられた霊刀以外は蓮歌は手ぶら、服装から考えても――到底彼女の身にそんなモノが仕舞っておける余裕があるようには見えなかったのだが…いったい何処から。和馬は俄かに疑問に思うがそんな事を思っている間にも蓮歌はメロンパンの袋を開け、幸せそうに齧り付いている。
 藍原さんも食べますか。齧り付くより前、蓮歌は一応和馬にそう勧めている。持っているメロンパンを半分に割りかけたそこで和馬はいや気ィ遣わなくていいよと慌てて制止。…自分は腹が鳴る程腹が減っている訳でもない。そもそもお腹の空いた女の子の大切なお食事を少しでも取る気など更々無い訳で。
 和馬が断ると、微かにだが嬉しそうな顔になる蓮歌。やっぱり全部食べたいのだろう…と言うか、こんな場面でそれが持参され確保してある事実と、食べているその姿を見ている限り、どうもこれ――メロンパンは彼女の好物なのではと思えて来た。
 実際に食べっぷりも元気である。
 いい顔をしている。

 …。

 自分を見る和馬に対し、私の顔に何か付いてますかと小首を傾げる蓮歌。
 いや美味しそうに食べてるなとそれだけの事で。きょとんと真っ直ぐ見つめて来る疑いの無い目もまぁ。
 やっぱりいい子だなぁ、と和馬は思う。
 蓮歌はメロンパンを食べながら、和馬はその幸せそうな食べっぷりを感心しつつのほほん見ながら。…ふたりは連れ立って夜道を歩いている。気が付けば蓮歌が自分の行きたい方向に普通に歩いている。自覚しているのかいないのか和馬もそれに逆らう事も分かれる事も無く、ただ何となく付いて行く形。

 殆ど全て、済し崩し。
 結局、訊く筈だった事も忘れ、和馬は蓮歌をアパートまで送っていく事になる…。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月03日

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