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『 誤解の女 』
桜塚・詩文6625)&草間・武彦(NPCA001)

1.
「腹減ったな」

 街がうっすらと夕闇に包まれる頃、草間武彦はぽつりと呟いた。
 とある依頼の帰り道、草間はくるりと振り返って後ろを歩いていた桜塚詩文(さくらづかしふみ)に訊ねた。
「飯でも食ってくか?」
「光栄だわ〜♪ 草間さんに誘っていただけるなんて」
 詩文はにっこりと笑った。
 お店の下準備は終わっているし、少しくらいなら草間に付き合っても構わないだろう。
「…あんまり高いのは奢れないぞ?」
「あら、そんな女に見えるの? うふふ。草間さんの懐事情ぐらい理解しててよ?」
 詩文の言葉に、草間がバツの悪そうな顔をした。

 草間に案内されたのは、下町風情の小さな食堂だった。
「安くてボリュームがあって美味いんだ。詩文は何食うんだ?」
 そういって奥の席に向かい合わせに座った2人は壁にかけられたメニューを眺めた。
 メニューはどれもありきたりで、特別食べてみたいと思わせるメニューは見当たらない。
「あなたのお勧めメニューにするわ。私のためにとぉってもおいし〜の頼んでねん♪」
「あとで文句とか言うなよ?」
 屈託なく笑う詩文に草間が苦笑いして、店員を呼んだ。
「こっちは【おすすめ定食】で、俺は…たまにはカツ丼でも食うかな」
 その時、詩文に脳天を突き抜けるような衝撃が走っていた!

  カツ丼!?

 注文をメモに書き、厨房へと入っていく店員。
 しかし、詩文はそんなことを気にしている余裕などない。

  どうして!?
  どうしてこんなところで奇跡の食べ物・カツ丼を注文するの!?
  それに、カツ丼って…カツ丼って…Hする前に食べるものよね!?
  なに? 草間さんがカツ丼を食べるってことは、誰かとHするってことかしらん?
  …わ、私と!? 私としようというのかしら? 草間さん!

 軽いパニック状態に陥った詩文。
 そんな詩文と裏腹に、目の前に座る草間は天井近くに設置されたテレビの野球中継を眺めるともなしに眺めていた…。


2.
 そもそもどこでそのような誤解が生まれたかはわからないが、カツ丼はけして奇跡の食べ物でもなければエッチの前に食べるものではない。
 しかし、そこは外国からやってきた詩文であるから、日本の正しい文化を知らないのも無理はない。
 
 …とはいえ、その誤解は本人や周りの人間がが誤解だと知らない以上、解くことは不可能である。

「今の球、よくとったなぁ」
 テレビの中のファインプレイに感嘆の声を漏らす草間を目の前に、詩文の誤解はさらに激しさを増している。

  そんな、心の準備がまだ…。
  でも、殿方にそんな恥をかかせるなんていけないわ、詩文!
  そうよ。
  たとえ一夜限りの禁断の愛でも、私はあなたを愛してあげなきゃいけないわ。
  カツ丼を食べてまで、私と一つになりたいと遠まわしに言ってくる草間さんの愛に応えなくてはいけないのよ!

 そんな覚悟を決めた詩文。
 と、草間の前に熱々のカツ丼が運ばれてきた。
 ふんわりトロリとした卵が金色に光っているような輝きを放っている。
「これがな、美味いんだよ」
 そそくさと割り箸を一本とり、パチンと二つに割った草間はおもむろにそれを食べ始める。
 幸せそうな食べっぷりの草間に詩文は納得した。

  この幸せそうな顔…やっぱり何か奇跡が起きているのね!
  一体…一体どんな奇跡起きているっていうの?
  私が食べる時は全然わからないのに、草間さんはそれを感じられるっていうの?

 詩文は熱い視線で見つめた。
 だがどれだけ見つめても、その奇跡がどんなものかまるでわからない。
 と、ふと気がついた。

  ! そう。そうだったのね!
  カツ丼は見ている者をその気にさせるという奇跡を起こせるんだわ!
  だから草間さんは私の前でわざわざカツ丼を食べるのね!

 詩文の視線に気がつき、草間が「あ」と顔を上げた。
「…すまん。そんなにカツ丼が食いたかったのか。…一口くらいならやるぞ」
 その視線をこちらもどうやら誤解をしたようだった。


3.
 それからしばらくすると、店員がとことこと詩文たちの席へとやってきた。
 手には四角いトレイにのったドンブリと吸い物、小皿の上のおひたしとお新香というスタンダードな定食セットである。
 どうやらそれが詩文の分のようだ。
「ここのおすすめ定食は絶対美味いから、食べといて損はないぞ」
 詩文の前に置かれたそれらは、確かにとても美味しそうな匂いがしている。
 しかし、一つ気になるものがそのドンブリの蓋から覗いていた。

 海老の尻尾である。

「海老の…尻尾がどうしてん?」
 嫌な予感がした。
 詩文はそ〜っとドンブリの蓋を開けた。

 そこにあったのは、とても立派な海老とイカと海苔とサツマイモの天ぷらをのせた、紛れもなく豪華な天丼だった。

「………」
 声も出せずに、蒼くなった詩文。
「おぉ。今日は一段と豪華だな」
 草間が羨ましそうにそう言ったが、詩文には聞こえていなかった。
 先ほどとは一転、目の前が真っ暗になった。

  ど、どういうことなのぉ?
  こんな…こんなデビルフードが、私の目の前に…!
  悪魔の食べ物…草間さんが私のために頼んだものが、デビルフードだなんて!!
  殺したいほど愛しているってことなの!?

「どうした? 詩文。早く食べないと冷めるぞ?」
 草間が怪訝な顔をしてそう言った。
 しかし、詩文は箸に手をつけなかった。
「草間さん」
「なんだ?」
 半分以上食べられたカツ丼を食べる手を休め、草間が詩文を見た。

「私をそこまで愛してくれているのは、よぉくわかったの…。でも、私にはあなたの愛を受け入れることはできない…」
 白い頬を伝ってはらりと落ちた一滴の涙。
 悲しげな表情でそう切り出した詩文に、草間が首を傾げた。
「何言って…」

「それ以上言わないで! 私が…私がもっと寛容な女ならあなたの愛を受け止めてあげることができたのかもしれないけれど、私には…私には…!」

 最後まで言い切る前に、詩文は席を立った。
 受け入れられない愛がとても胸に痛かった。
「待てよ! こんな定食じゃ嫌だってことか!?」
 草間の最後の叫びすら、詩文には届かなかった。

 外はすっかり太陽が沈み、夜に包まれた街が華やかな雰囲気を醸し出している。
 スナック瑞穂へと走りこんだ詩文は、訪れた客に一つの恋を散らせてしまったことを話した。
 スナックの客たちは、詩文は悪くないと口々に慰めた。

「悪いのは、詩文を殺したいくらい愛してしまった草間だ!」 

 そして、その翌日から草間興信所には無数の無言電話があったという…。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年10月02日

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