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『秋の日のトリプル 』
日向・久那斗4929)&釼持・薔(2024)&クルツ・ヴェアヴォルフ(4131)&(登場しない)


 子供などという存在は、自分には縁遠いものだと思っていた。
 クルツ・ヴェアヴォルフは不精に伸びた黒髪をぼさぼさと掻きまぜながら、眼前を行く子供――日向久那斗の背を見据えてため息を吐く。
 久那斗はクルツのため息などお構いなしといった風で――あるいは、そんなものにはまるで気付いてもいないのかもしれない――、青い傘をさしてふらふらと歩み進んでいくばかり。
 
 夏のある日、久那斗は公園の中でひらひらと舞う蝶の後を追いかけて歩いていた。そしてそのままふらふらと車道へと飛び出し、危ういところを、クルツによって助けられたのだった。
 ああ、そういえば、あの時も久那斗はあの傘をさしていた。
 クルツは大仰なため息を再び吐き出して、夏の日と何ら変わらぬ足取りでふらふらと歩き進んで行く久那斗の後を追いかける。
 夏を過ぎ、街に溢れる秋の色は日に日に色濃いものと変わっていく。が、移りゆく季節とは裏腹に、クルツも久那斗も何ら変わりばえのない風貌で、出会った公園の中を通り過ぎていくのだ。
 変わったのは、眼前を行く久那斗が追い回しているものが、蝶から木の葉へと移ったぐらいの事だろうか。
 時折、傘がくるくるりと廻る。それを知ると、クルツははたりと歩みを止める。その次の時には、久那斗がくるりと振り向いてクルツの姿を確かめて、微笑むでもなく、ただ一言だけを告げるのだ。
「おとーさん」
 久那斗の声がクルツを呼ぶ。
 クルツはぐったりと肩を落としてかぶりを振り、ぼさぼさと黒髪を掻きまぜる。
「……またアイスか?」
 問いかけ、久那斗の先にあるアイスクリームを売っている屋台に視線を投げた。
 久那斗はクルツの問いかけには応える事もなく、再びくるりと振り向いて、とてとてとてとアイスクリーム屋へ寄っていく。
 感情の一片すらをも浮べる事をしない久那斗ではあるが、しかし、アイスクリームを前にすると、初めて感情らしいものを覗かせるのだ。
 しかし、それにしても。
「……三つ目だぞ」
 公園の中を、目的もなくただふらふらと周遊し続けて、もうかれこれ数時間ほどが経っている。久那斗は、周遊するたびに目にするアイスクリーム屋で、毎回同じように足を止めるのだ。
 うんざりとした面持ちで久那斗を見つめ、クルツはもう一度大きく肩を上下させた。

 そもそも、久那斗は、見目こそ子供のそれを呈してはいるものの、元来自身ですらも記憶できていないほどの永い時を過ごしてきている存在だ。
 おそらくは、クルツが面倒を見てやる必要もないはずなのだ。
 が、今や久那斗はクルツを「おとーさん」と呼んで親しみ(親しんでいるわりには、特に親しげな態度を見せるといったわけでもないのだが)、こうして連れ立ってうろうろと街中をうろつき歩くような仲となっているのだ。
 季節の流れや天気の良悪に関わらず、いつでも青い傘をさして歩く少年と。
 天気の流れや天気の良悪に関わらず、いつでも黒いコートを羽織り――あるいは抱え持ち――、当て所もなく歩き続けているだけの男と。
 二人が人目を寄せてしまうのは、至極当然といったところであるのかもしれない。
 ぼうやりとした面持ちで木の葉の舞うのを追い回している久那斗と、それを追い回しながらハラハラと歩き続けるクルツは、今日も今日とて公園で遊ぶ親子連れの注目を浴びるのだった。

 同刻。
 釼持薔は持て余した退屈をどうにかして埋めるべく、ひとり、街中へと足を寄せていた。
 今ではもう夏服など見る影もない。
 新作のコートをまとったマネキンが美しく並べられているウィンドウを横目に見やりながら、薔は愉悦に目を細ませる。
 退屈は、あまり好ましいものではない。が、毛嫌いするようなものでもない。
 季節の変わり目に街中へ繰り出せば、その季節折々のファッションを目にする事も出来る。その時折々のデザインを見るのは好ましい。美しいものを目にするのは、薔にとっても好ましい事であるのだ。
 もっとも、街中に繰り出せば、その都度うっとうしい事に遭ったりもする。
 透き通るような青白い肌を光沢のある黒いコートで包み、艶然とした笑みを浮かべた妖艶たる女。大抵の男ならば、その美しさに怖気づいて声をかけるのすらためらってしまうのだろうが、中には勇気のある者もいる。
 雑踏の中、恐れをなす事もなく声をかけてくる男たちを、しかし、薔は艶然たる笑みをもって一蹴する。
 鮮血を思わせる視線を受けて、その唇がぬめりと開くのを見れば、男たちはことごとくに砕けていくのだ。
 
 東京の、喧騒たる街を過ぎ、少しばかり奥まった場所に広がっている公園の横に差し掛かった時、薔はふと歩みを止めて顔を向けた。
 公園の入り口に、アイスクリームの屋台がある。
 その屋台に並び、今まさにアイスクリームを購入している、見た事もない少年と――
「……あら」
 独りごち、頬を緩めた。
 青い傘をさした少年と共にあるのは、むっつりとした面持ちで立っている黒づくめの男。
 薔の目に、ゆらりと愉悦が浮かぶ。
 退屈はあまり好ましいものではない。が、毛嫌いするようなものでもない。
 街中を行けば、こうして面白い”おもちゃ”と出会う事もある。
 口元に細い指を押し当てて、薔は道路を横断した。
 目指すはクルツ・ヴェアヴォルフ。
 平穏を好む、寡黙な狼男だ。

「……チョコチップバナナ……マロン……キャラメル……」
「またトリプルか……」
 アイスクリームのフレーバーを選択している久那斗の傍らで、クルツはげんなりとした面持ちでかぶりを振った。
 多分、久那斗は、この屋台のアイスクリームを全種制覇するつもりなのだ。……そうに違いないと思いつつ、クルツは、ふと視線を背中の方へと向ける。
「……!」
 クルツが無言で驚愕しているのに気付き、久那斗もまたくるりと後ろを振り向いた。
 手にしているコーンの上には、チョコチップバナナとマロンとキャラメルのトリプルアイスが乗っている。
 振り向いた久那斗が目にしたのは、まず、表情にこそ出してはいないものの、おそらくは滅多にないほどに驚愕しているクルツ。そしてそのクルツを真っ直ぐに見据え、艶然と笑う、赤く黒い女の姿だった。
「久し振りね」
 クルツがまとうそれとは異なる種の黒いコートをまとっている女が、腕組みをしつつ、赤い双眸をゆるりと細める。
 対するクルツは、どこかよそよそしい態度で、かすかに目をしばたかせた。
「……そうだな」
 返しつつ、後ろ手に久那斗をかばうような動きを見せる。
 久那斗は、しかし、我関せずで、トリプルアイスの一番上にあるキャラメルアイスを頬張った。
「本当に久し振り。ふふ。知らなかったわ、あなたが子供を作ってたなんて。いつ作ったの?」
 ゆらりと頬を緩めつつ、薔はクルツの目を真っ直ぐに見据え、それからちらりと久那斗の方を一瞥した。
 クルツは腹の底で大仰な息を吐いてから、
「……俺の子供じゃねぇよ」
 ぼそりと吐き出すようにそう告げた。
 しかし、その直後、今度は久那斗が口を開ける。
「おとーさん……誰……」
 クルツのコートの袖を引きながら、久那斗はかくりと首をかしげた。
「おとーさん? お父さん? ……ふふ、可愛い子ね。ぼうや、お名前は?」
 久那斗の視線に合わせて膝を屈め、その顔を覗きこみながら、薔は唇の両端を吊り上げる。
「……からうのはやめろ。……解るんだろ? そいつは、」
 薔の腕を掴んで久那斗から引き離すと、クルツは、小さく、しかし深々とした息を落とした。
 久那斗は永い時を生きてきた天津神に含まれる存在なのだ。神気こそ抑えてはいるものの、ヒトに属さない者にとっては、それは明瞭たるものとして知れるところでもある。
 薔はクルツの言葉の意味を解しながら、艶然とした笑みを満面にたたえ、視線をゆったりと細めて小さくうなずいた。
「……おとーさん」
 空気をまるで読まないまま、久那斗が再びクルツを呼ぶ。
 しばしの沈黙が流れ、その後、薔がかすかに吹き出した。
「仲いいのね、妬けちゃうわ。――ああ、ねえ、早く食べないと溶けちゃうわよ」
「……あ」
 薔の言葉を受けて、久那斗は再びアイスを口にし始める。キャラメルはもうすでに食べ終えていた。マロンアイスが少しばかり溶けかけている。
「私は薔。よろしくね、ぼうや」
 にこりと微笑みながら名乗りをあげる。
「こいつは」
 口を挟みかけたクルツを横目に制し、薔は、言葉をなす事なく、久那斗に名乗りを促した。
「……久那斗」
 マロンアイスを半分ほど食べたところで、ようやく久那斗が口を開く。
 薔は満足げに微笑んで
「久那斗」
 反復し、屈めていた体勢をゆっくりと持ち上げた。
「久那斗クンっていうのね。ふふ、素直でかわいい子だわ」
「……解ってるとは思うが、……久那斗にはちょっかいを出すなよ」
 薔の笑みを横から眺めつつ、クルツがゆるりと眉をしかめる。
「あら、物騒なコトを言うのね。怖いわ」
 しかし、クルツの言葉を受ける薔の方は、その言葉の意味を解しつつも受け止めようとはしない。
 ふたりの間に、静かな火花にも似た緊迫が訪れる。
 それを見上げていた久那斗は、チョコチップバナナを口に運びつつ、ゆっくりと目をしばたかせて首をかしげた。
「……おかーさん」
 そう告げて、今度は薔の袖を引っ張った。
 クルツと薔を包み込んでいた空気が、途端にぱちんと小さく弾ける。
「「おかーさん?」」
 次の瞬間には、クルツと薔ふたりの声が同時に同じ言葉を述べていた。
「……いや、ちょ、それは」
 クルツが、日頃は見せないような焦りをかすかに滲ませる。
「……おとーさん、仲いい……仲いい、おかーさん」
 次いで告げた久那斗に、クルツは唖然とした面持ちで、口をぽかんと開けている。
「ええと、そうね、久那斗クン。おかーさんじゃなくておねーさんでしょう?」
 にこりと微笑み、頬に片手を添える。
 久那斗は、しばしの間思案して、それからクルツの顔を仰ぎ見た。
 クルツは、まだ呆然とした面持ちで固まったままでいる。
 クルツとは話が出来そうにないと踏んだのか、久那斗は視線を薔へと移した。
 薔はにこりと微笑んだまま、しかし何かを言いたげな表情で、久那斗の顔を見下ろしている。
「……おかーさん」
 ふるりと首をかしげ、久那斗は再びそう告げた。
「おかーさんじゃなくて、おねーさん」
 間髪をおかずに応えた薔のこめかみに、びしりと何かが走ったのを、クルツは確かに聞きとめた。
 しかし久那斗は怖気づくでもなく、真っ直ぐに薔を仰ぎ眺めている。
 しばしの沈黙。
「……わかった」
 かくりとうなずいたのは久那斗だった。
 薔が浮かべる笑みが、再び艶然たるものへと変わる。
 クルツが、ようやく小さな息を吐き出した。
 久那斗はチョコチップバナナのアイスを食べ終えて、残ったコーンをぱりぱりとかじっている。
「おねーさんだけどおかーさん」
 コーンをかじりながら薔を見上げ、久那斗はぱちりと瞬きした。
 薔のこめかみに、びしりと何かが走る。
 クルツの表情が再びびしりと強張った。
「あのね、そうじゃなくて、」
 再び凍りついたクルツに代わり、薔ばかりが懸命に言葉を探る。その表情には変わらず笑みが滲んでいるものの、艶然としたものではなく、どこか引きつったような苦笑いといった色を濃いものとしていた。
 久那斗が目をしばたかせている。
 と、ゆっくりときびすを返し、先ほど世話になったばかりの屋台に足を寄せた。
「……バニラ……チョコミント……クッキー」
「またトリプルかよ」
 ぐったりと肩を落としたクルツには見向きもせずに、久那斗はまるで呪文のようにそう続けながら、ふらふらと歩き去っていくのだった。



 
 ―― 了 ――


Thank you for an order.
Moreover, I am waiting for the day which can meet.

2006 September 29
MR
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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2006年10月02日

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