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『竜眼迷路 』
尾神・七重2557)&都築・秋成(3228)&草間・武彦(NPCA001)

ACT.1■草間興信所調査依頼「竜の眼を取り戻せ」

 色白というにもほどがある、うっすらと青味を帯びた肌のいろの、女だった。
 人間なのかそうでないのか、それすらも判らない。
 草間興信所の、糸目が破れかけたソファに腰掛けた女は、妖しい虹色の光彩を持つ双眸を武彦に向けた。
「取り戻してほしい」
 いきなりそれだけを言い、口をつぐむ。
「何を?」
「眼」
「何の?」
「竜」
 女から得られた言葉は、それだけだった。そして、依頼内容も、これが全てだったのである。
「頼む」
 そういうなり、女はその場からかき消えてしまったからだ。女の座っていたソファには、青く輝く鱗が数枚、きらきらと光っている。
「……おいおい」
 奇妙な依頼人には慣れっこになっているはずの草間興信所所長は、天井を見上げて嘆息した。
「俺は、人外御用達探偵じゃないってのに」
 武彦がそんなことを言っても、同意してくれる者など皆無であろう。事件が探偵を呼ぶのではなく、探偵が事件を引き寄せるのだとは、よくいわれることだ。まさしくこの興信所には、東京中の怪奇事件が群れをなして集まってくるのだから。
「仕方ないな。誰か、こういうのが得意そうなやつに頼むか」
 使い込んだファイルに手を伸ばし、ぱらぱらとめくる。武彦の手は、端正な顔立ちが目を惹く銀髪の少年の写真で止まった。強い力を秘めた暗く紅い瞳が、ひとの心を射抜くように見据えてくる。
「尾神七重。中学生か。若すぎる気もするが――わけのわからないものを探すには向いていそうだ」
 本人が聞いたら、どう反応していいのか戸惑うであろう評価を下し、付箋をつける(経費節減のため、付箋は使い回しである)。
 さらに武彦は、もうひとり、調査員として白羽の矢を立てた。
 開かれたページには、穏やかな雰囲気の青年が写っている。静謐なまなざしは、連綿と続く古い血を感じさせた。
「そうそう、都築秋成。こんなときには何といっても拝み屋だな。万一荒事になったとしても、魔物退治は家業のようだし」
 こちらにも、喜んでいいのかどうか微妙なチョイス理由とともに、付箋が貼られた。

 そして、尾神七重と都築秋成は、自らのあずかり知らぬところで、真っ向からこの依頼に関わることになったのである。

ACT.2■宝玉の罠

「探しものは、『竜の眼』ですか」
「引き受けてくれるか? くれるな? じゃ、そういうことで!」
 いきなり電話を掛けてきたかと思うと、七重にそう伝えるなり、草間武彦はあっさり通話を切った。
 どういう趣旨の依頼なのか、依頼人は誰なのか、そもそも「竜の眼」とは、一体何のことなのか、どこをどう探せばいいのか、それすらも判然としない。七重以外に調査員がいるのかどうかさえ、武彦は言わなかった。
 幸い、今日は体調も良く、1日の授業を終えて帰宅したのはつい先ほどのことだ。事実上、この古く広い家で暮らしているのは七重ひとりであるから、調査依頼への参加を止めだてする者がいるわけでもない。そこらへんの事情を知ってか知らずか、武彦からの連絡は、タイミングだけは良かったと言える。
「せっかちですね……」
 七重はそう呟いた。それが彼なりの了承であり、調査開始の合図でもあった。
(竜の、眼)
 椅子に身を沈め、目を、閉じる。
 脳裏に浮かび上がるのは、会ったこともない、青白い顔の女。
 人外を思わせる、妖しい光彩の瞳。
 女は、ゆっくりと片手を上げ、宙を指し示す。情景はゆらりと歪んで反転し、女の指先に、ひとつの建物を映し出す。
 それは、見覚えのある――客を選び、見えぬ糸でたぐり寄せる、あの店。
 曰く付きの商品のみを扱う、アンティークショップ・レン。
 次の瞬間、七重はそっと立ち上がった。
 身支度もそこそこに、家を後にする。七重の足でも、少し歩くだけであの店に辿り着けるだろう。あれもまた、人外の息吹に満ちた場所だから。
 そして彼を待っていたかのように、店主は言うに違いない。紫煙を揺らめかせながら。
 ――よく来たね。これを、探していたんだろう――と。
「竜の眼」とは、おそらくは宝玉のこと。
 人ならざる女の瞳をえぐり出したような光彩を持つ、不可思議な虹色の――

 † †

「ははぁ。竜の眼を探してくださいと、その女性は言ったのですね。詳細は不明なまま」
 マナーモードにしていても、携帯の震える音というのは大きく響くものだ。だから、秋成はすぐに電話に出た。
「そうだ。頼んだぞ。じゃあ、よろしくな。俺はこれでも忙しいんでね!」
 言いたいことだけを言って、武彦の声はふっつり切れる。返事をする間も与えてくれない。
「……こちらが忙しくないとでも思っているんでしょうか、草間興信所の所長は」
 ――思ってるんでしょうねぇ。
 つー、つー、と、空しい音を響かせる携帯を、黒装束に身を包んだ秋成は見つめる。
 彼は今、奥多摩の、とある鍾乳洞の近くにいた。すぐそばには、龍神を祀る祠がある。祠と鍾乳洞が一体化して信仰対象となっている、特異な地であった。
「俺、ちょうど、拝み屋の仕事の真っ最中だったんですけどね……。ま、終わりましたけど」
(お願いします。龍神様のご様子がここしばらく、とても辛そうなんです。助けてください)
 祠を管理している一族の娘から依頼が来たのは、昨日のことである。鍾乳洞内の水琴窟の音が、龍神が苦しんで咆哮しているかのように聞こえるそうなのだ。
 ひと目で、秋成には原因がわかった。水琴窟の中に「異物」が発生していたのだ。龍神は、突然現れた異形の力に、拒否反応を起こしていたようだった。
 それは、虹色の光彩を放つ、宝玉のように見えた。秋成が手を差し伸べると、まるで意思のある生き物のように、ころころと転がってくる。
 拾い上げてしげしげと検分すれば、幻想の動物の、眼のようでもある。
「もしかしたら、これが『竜の眼』でしょうか。――まさかねぇ」

 その、まさかだった。
 一応、草間興信所に届けてみようと拾い上げた途端――
 ゆるりと、世界が揺らいだのである。
 目をしばたたかせた、その一瞬後に、秋成は異界にいた。
「悪徳のラビリンス」と言われた高層スラム、今は取り壊されて存在しない街、かの九龍城砦(ガウロンセンチャイ)に、よく似た異界に。

 七重もまた、同様だった。
 アンティークショップ・レンに何処からともなく持ち込まれたという虹色の宝玉を、手に取るやいなや。
 店内の構成が、一変したのだ。
 七重が立っていたのは、極彩色の悪夢から生まれたような、歪んだ魔窟が無節操に並ぶ、巨大な迷路だったのである。

ACT.3■異界迷路・九龍城砦幻想

 不気味な異臭を放つ分かれ道が、あちらこちらに、ぽっかりと口を開いている。
 陽の光は一切射し込まず、涼しい秋風も通り抜けず、季節感はおろか、今が昼なのか夜なのかさえわからなくなる。薄暗い通路を手探りで進めば進むほどに方向感覚も麻痺してくる。
 頭上を見ても、傾いた建物の間からは、青空の切れ端さえ見いだせない。まるで密林に棲まう禍々しい蛇の大群のように、どす黒い何かが垂れ下がっているだけだ。それは出鱈目な増築を重ね、高層となった建物からはみ出した、水道管や下水管や電線や電話線のなれの果てだった。
 下水管はその形を保っていられるのが不思議なほどにひび割れていて、汚れた水がぽたりぽたりと、小雨のように落ちてくる。
 ときおり道を塞いでいる大きな筒は、よく見ればうち捨てられた大砲だった。いつの時代のものか判らないが、城塞として機能していた頃があったとしたら、その名残なのだろう。
 無法地帯。あらゆる犯罪の巣窟。一度迷い込んだら、二度とは出られない場所。
 かつて香港に実在した九龍城砦が、そう呼ばれた地域であったことを、知識としてだけ七重は知っていた。
(だけど、ここは)
 九龍城砦とは、似て非なる場所のようだ。
 確かに、猥雑で妖しげで、お世辞にも美しいところではないけれど、どこか、郷愁さえ感じるのは何故だろう。
(……あれ?)
 泥で粘り着く足もとに、きらりと光るものを見つけ、七重は片手を伸ばす。
 拾い上げたそれは、青く輝く、鱗のように見えた。
(…………!)
 突然、手にしたままの宝玉が、光を放った。呼応するように青い鱗も、ぼうと輝きはじめる。
 宝玉の光はまっすぐに、分かれ道のひとつを示していた。

 † †

「七重くん? 七重くんじゃないですか」
 泣きたくなるような聞き覚えのある声が、迷路の奧から聞こえてくる。泥で滑らぬように、しかし精一杯の早足で、七重は声の方向に進む。
 急に視界が開けた。薄暗がりに慣れた目に、ざらついた壁に刻まれた幾何学模様を取り囲む、読み取れぬ文字が映る。
 魔窟の神殿にふさわしい空間だった。中央に、彫像のようなものが安置されている。
 その前に立っていたのはやはり、秋成であった。七重が持っているのと同様の宝玉は、彼の片手にもある。
 黒装束と相まって、その姿は、強大な魔を祓っている最中の拝み屋そのものに見えた。
「……都築さん……」
「どうしてきみがここに?」
「草間さんから、『竜の眼』を探せって……」
 ぽつりと言っただけだが、秋成はそれで全てを了解したらしい。
「きみも、俺と同じように調査依頼を受けたんですね。そして、俺たちは別々の場所で、それぞれひとつずつ『竜の眼』を見つけた」
「竜の眼は、ふたつあった?」
「そういうことのようですね。……ほら」
 秋成が持っている宝玉の光と、七重の宝玉の光が交差し、ある一点を照らし出す。
 スポットライトのように、彫像の全貌が浮かび上がった。
 それは大きな、竜の像だった。
 みっしりと青い鱗に覆われたその竜には、両目がなかった。
 ――まるで誰かに、えぐられでもしたように。

ACT.4■竜の眼が映すもの

(おお、それこそは、失ったわたしの眼。よくぞ探し当ててくれた。よくぞここまで運んでくれた。古き血を持つものたちよ)
 七重と秋成の心に、いんいんと声が伝わってくる。深い哀しみと絶望に満ちた、魔物の嘆きが。
「ここは、どこなのですか? あなたは、誰なのですか?」
 片手に宝玉を、片手に数珠を持ち、秋成は問う。
(名を伝え、この地での役割を伝えても、おまえたちにはわかるまい。わたしは、片割れに裏切られしもの。さきごろまでは、ふたつのからだ、ふたつのこころ、よっつの眼を持っていたものを)
「あの、女のひと……」
 虹色の光彩を持つ女の双眸を、七重は思い出す。あれは「竜の眼」と同じものだ。
(哀れなる半身よ。ひとの世界にこころ惹かれ、ひととまじわって暮らそうと、わたしから身を引きちぎり、地上に逃げた。手みやげに、わたしの眼をえぐり出して)
「そんな」
 顔を曇らせ、秋成は数珠を下ろす。宝玉はまだ、掲げたままだ。
(されど地上の世界は、半身が思っていたほどに、あたたかくやさしいところではなかったはずだ。わたしはずっと、奪われた眼を通して全てを見ていた。ひとの歓心を買うために差し出したひとつの眼は、奪われて売り飛ばされ、龍神を喜ばせるために捧げたもうひとつの眼は、かえって龍神を苦しませただけだった)
「だから彼女は後悔し、眼を取り戻そうとしたのですね」
(後悔という感情を持ったかどうかは、わたしは知らぬ。おそらく半身はもう、ここには戻らない)
「あなたの眼を、お返しします――そうするべきですよね?」
 七重は、竜の彫像に向かって一歩踏み出してから、秋成を振り返った。
「俺も、そうしようと思っていました」
 七重の隣に立ち、空洞になっている彫像の眼の部分に、宝玉を嵌めようとしたとき。
(待ちなさい)
 当の竜が、それを止めた。
(その眼は、おまえたちに持っていて欲しい。そして、ときおりでいいから、地上の風景を見せておくれ。この地を離れられないわたしの代わりに)
 思いがけぬ提案に、七重と秋成は顔を見合わせる。
「……どうしましょう?」
「俺は構いませんが……。でも、このままでは竜さんがお気の毒ですね」
(竜さん………?)
 さん付けで呼ばれた竜が、困惑を伝えてくる。
「……それでは、こういうのはどうでしょうか。僕たちは『竜の眼』をお預かりします。そして竜さんの半身を見つけたら、一緒にここに連れて来ます。眼は、改めてそのときにお返ししましょう」
「それはいい考えですね、七重くん」
 秋成が、ふっと口元を綻ばせる。
「異界調査依頼『竜の半身を取り戻せ』ということですね。依頼人は竜さんで」

 † †

 ――必ずここに、戻ってきますよ。
 銀髪の少年と、黒装束の男の声が、異界の迷路に沁みていく。
 空洞のはずの竜の双眸が、少し光ったように見えた。
  

 ――Fin.
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年09月27日

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