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『月に叢雲 花に風 《後篇》 』
菊坂・静5566)&一ノ瀬・奈々子(NPC2601)



 欠月が入院している病院は総合病院ではあるが、病院そのものに遠逆家が関与しているわけではない。
 病院関係者の誰かが、遠逆家と繋がっているのだろう。
 街中に建っているため、周囲はわりと賑やかであった。人が多い外に出るのが面倒な欠月は、風呂と食事以外は病室でほとんど過ごす。外で突然倒れた時のことを考えてのことだ。
 なるべく信号のある道を使わないのもそのためだ。渡っている最中に倒れてみろ。下手をしたら車に轢かれてしまう。
 近所にある銭湯で遅めの入浴を終えて、欠月は病院に戻って来た。とりあえず許可はあるので、面会時間が終わっても中には入れるが……。
(参ったな。朝ご飯のパンまで買っていたら遅くなってしまった……)
 早足で病院まで戻って来た欠月は、夜間用出入口へ回った。
(まあ……窓は閉めてこなかったから、どうとでもなるが)
 いざとなれば自分の部屋まで跳躍して、窓から入ればいい。
 そんなことを考えていた欠月は、夜間用出入口のドアの前でうろうろいている静を見て、なんだか奇妙な喜びに震えた。
 一日に二回も会えたということに対する喜びと、目的が自分であろうことの喜び。
 静が自分しか見えていないことに対する――激しい歓喜。
(……よくよく、酷い男だな、ボクは)
 人間としては最低な部類ではなかろうか。嫌われたくないのでそういうことは口にも態度にも出さないことにしている。
「静君」
 背後から声をかけると、静がビクッと大仰に反応してすぐに振り向いた。彼の顔がパッと輝くが、すぐに曇る。
(む。なんだ今の。嫌なことでもあったのか?)
 静は欠月に駆け寄る。
「こんな夜に、コンビニですか?」
「そ。朝食を買ってきた」
 静はへぇ、と呟いてから、手に持っていた紙袋をおずおずと差し出した。
 欠月は紙袋を不思議そうに見た。なんだろう。またおはぎかな。でも数時間前にもらったばかりだけど。
「お、お誕生日、おめでとうございます……。どうしても、今日中に渡したくて……」
 夜だというのに静の真っ赤な顔は、はっきりとわかった。
 欠月は心底驚いた。
「そのためにわざわざ戻って来たの!? 今度でいいのに」
「だ、だって今日が、欠月さんの誕生日ですから……」
 誕生日がそんなに大事なことなのか!? 仰天する欠月は複雑な心境だった。
(……そこまで想われるほどのヤツじゃないぞ、ボクは)
 否定的な気分になるが、同時にひどく嬉しい。こんなに想ってくれているなんて。
 欠月は紙袋を受け取る。受け取ったのを見て、静がうかがってきた。
「欠月さんは……」
 その言葉の後は続かなかった。静は俯いてしまう。また何か悩んでいるようだ。
 はっきり訊いたほうがいいだろうと欠月は尋ねる。本当に言いたくないことなら、途中まで喋りはしない。
「欠月さんは、ナニ? 続きは?」
「え……いえ、なんでも……」
「気になるから喋りなさい。ほら」
 ほらほら、と言うと、ちらちらとこちらを見てくる静は、小さな声で囁いた。
「……欠月さんは、死んだりしない……ですよね」
「……それ、どういう意味で言ってんの? どんな生き物だって、絶対死ぬよ?」
 怪訝そうにする欠月の言葉に、静は泣きそうな表情をする。この答え方はハズレだったようだ。
(……推測するには静君の言葉が足りない。だが嘘を言うと嫌がりそうだ)
 ならば方法は一つ。
「どうしてそんなこと訊くの? 原因とか、理由は?」
「ぼ、僕……僕が関わると、死んじゃう人が多い……ので……」
「…………」
 トラウマになっている静の内面の問題らしい。
「じゃ、酔っ払いの大型車にボクが轢かれたり、階段で滑って落ちて頭打って死んでも……静君のせいになるわけ?」
「直接的に僕と関わりがなくても……そういう運命を僕が運んでしまうんです……」
「アホらし。そんなの勘違いだよ」
「違いますよ!」
 大声で言う静は涙目で言う。
「そうなんです……僕が、僕が……っ」
「……じゃあさ、キミはボクが『死なないで』って言ったら、死なないの?」
「そ、れは……」
 突然の事故だってあるだろう。ふとしたことで、死んでしまうことだってある。病気になってしまうことだって……!
 死にません、と言い切れないことに静は気づいたようだ。
「言っておくけど、ボクが死んでもキミのせいじゃない。キミがそれを自分のせいにしてたら、怒るよボクは」
 欠月の言葉に静がひどく傷ついたような目をした。
「酔っ払いに轢かれたら、それは酔っ払いのせいだし。階段から落ちたら、ボクの落ち度だし。
 キミのせいだなんて、誰が言ったの? 自分のせいでもないのに、そういうこと言わないように」
 真剣に怒って言う欠月は、静の頭を撫でた。細い黒髪だ。
 安心させる言葉は簡単。「大丈夫。死なないって約束する」だ。だがこれは嘘になる。
 安心よりも、欠月は誠実であることを選んだ。
「どうしようもない時の、避けられない死はしょうがないことだよ。
 でもまあ、普段から気をつけてるから安心してよ。ボクだっておいそれと死にたくはないからね」
 にっこりと微笑むと、静は安心したように微笑んだ。
 欠月とて死にたくはないのだ。生きたいという欲望が強いのだから、いくらなんでも殺されたくない。それは静の想像の中でも。
「もー、いきなりなに言うのかと思ったじゃん。もしかしていっつもボクが死なないかどうか心配してたの?」
「う……は、はい」
「やめてよ。そんなこと思ってたら本当に死んじゃうよ」
 半眼で言う欠月の言葉に静はおろおろする。欠月は人差し指を立てた。
「何度も何度も思ったり、強く信じていたりするとそういう運命を引き寄せるって聞いたことあるよ」
「ええっ!? そうなんですか?」
「そうです。だから想像でもボクが死ぬとか、死ぬかもとか、思わないでよね。わかった?」
「わかりました!」
 慌てて何度も首を縦に振る静を見て、欠月は「よろしい」と胸を張る。
「あ、そうそう。なにくれたの?」
「開けてみてもいいですよ」
 恥ずかしそうに言う静の前で、欠月は紙袋を開けた。中からキーホルダーが出てくる。
(あ、これ)
 雑誌で見たことがある。普通は恋人にあげるもの、と書かれていたはずだが……。
 紙袋の中にメッセージカードもあるのに気づき、それも取り出して読んだ。
(…………これは、どういう意味なんだろう)
 じーっと静を見ていると、彼は異変に気づいて「どうしました?」と訊いてきた。
「嬉しいんだ、けど……。これ」
 カードを渡すと、静はそれを眺めてみるみる真っ赤になっていく。耳まで赤い。
(おぉ……すごい。リンゴだ)
 そんなことを欠月が思っているとは知らずに、静は慌てて口を開いた。
「ち、ちっ違うんです! そ、そういうことではなく、あれ、あの」
「……うん」
「いやだから! ほ、本当に違うんですっ! 心身を整える石って……! だ、こんなの入れてくれなんて、頼んでません! 本当ですよ!」
 必死になって言う静の様子に、欠月はとうとう吹き出してしまう。
(お腹痛い! そんなに必死に言わなくてもいいのに!)
「ははははっ! わかってるってば。も〜、かわいいんだから」
「っ、わかってないですよ、欠月さんは!」
 泣きそうな目で言う静は赤い顔で喚く。
(まずいな……。もっとつついてイジメたくなる……)
 だがこれ以上すると泣いてしまいそうなので、やめておこう。
 恋人にあてた愛を囁くメッセージカード。欠月は止まらない笑いを抑え込みながら、からかうネタができたと内心ほくそ笑む。
「なんなら泊まってく? 愛を交わそうか?」
「ばっ! 欠月さんっ!!」
「冗談だよ〜。家族以外の泊り込みは基本的に禁止だからね、ここ」
 大声で怒鳴った静の前で、欠月はケラケラと笑う。
(独り占めしたいって言ったらどういう顔するんだろうな)
 ああほんと、楽しい。本当に――幸せだ。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年09月26日

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