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『廃墟奇譚 6 』
ジェームズ・ブラックマン5128)&ナイトホーク(NPC3829)

「銃剣が欲しい」
 夜鷹が突然そんな事を言い出したのは、テーラーがここにやってきて夜鷹の服の寸法を測っていった日の夜だった。
「いつものことながら、お前の要望は唐突だな」
 ジェームズは夜鷹が入れたコーヒーを飲みながら、その話を聞いている。
 欲しい物があれば言えとはいっているので、時々文芸雑誌や小説、煙草などを買いには出ているのだが、まさかそんなものが欲しいと言われるとは思っていなかったのだ。
 今日は風が強いのか、雨音はいつもより強くガラス窓を叩いている。
「銃剣が駄目なら、銃剣道用の竹刀でもいいんだけど…」
「どういう風の吹き回しだ?その理由によっては手に入れないでもないが」
 そう言いながらジェームズが夜鷹の顔を見ると、夜鷹は何だか自分でも困ったような表情をしていた。もしかしたら色々と忘れていた記憶が、少しずつ外に出ているのかも知れない…そういうときの夜鷹は、いつも自分に戸惑うような顔をしてみせる。
「そろそろ本格的に体動かしたいと思ったんだけど、そしたら銃剣が頭に浮かんだから。壁に掛かってるサーベルとかも振り回してみたんだけど、なんか頼りないというかしっくり来ないというか…」
「………」
 その話を聞きながら、ジェームズは考えていた。
 今まで夜鷹は生まれたときからずっと研究所にいたと思っていたが、もしかしたらその前に軍などにいたことがあるのかも知れない。そうじゃなければ普通「銃剣」という言葉は出てこないはずだ。
「銃剣を扱ったことは?」
「よく覚えてないけど、手に持ったら何か思い出しそうな気がする」
 ジェームズは懐に入れている短銃を出した。それを夜鷹の方に差し出すと、夜鷹はジェームズに向けないようにそれを構えてみせる。
「これでは駄目か?」
「……軽すぎる。撃つのが目的じゃないし」
 ゴトッと重い音を立て、夜鷹はテーブルの上に銃を置き首を横に振った。その様子を見てジェームズも溜息をつく。
「一つ聞く。銃剣を持って何をするつもりだ?」
「別にあんたを殺そうとか、自殺しようとかそういう訳じゃなくて…この前から何か思い出しそうでもやもやしてるから、それを持ったら理由が分かるような気がしたんだ。駄目だったら別にいい」
 思い出すことは果たしていいことなのか、悪いことなのか。
 それが絶望しないような記憶であるかどうかを判断する術は全くない。ただでさえ夜鷹の精神は時々不安定で、大きなショックなどを受けると自傷に走る癖がある。
 だがそれを試してみるのもいいかも知れない。ジェームズはコーヒーを飲み干し、夜鷹の方を見た。
「条件がある。それが聞けるなら何とかして手に入れてやろう。銃剣を持って、何かを思い出したら、それを私に教えろ。どんな小さな記憶でも私に話せ…それができるか?」
 雨が強くガラス窓を叩く。
 すきま風が入っているのか、ドアがガタガタと音を立てる。
 夜鷹は煙草に火を付け、大きく煙を吐き出した後でジェームズの顔を真っ直ぐ見た。
「ここに来たばっかだったら多分話せなかったと思うけど、多分今なら話せる。それがどんな記憶であっても」

「………」
 ジェームズと別れ、自分の部屋に戻った夜鷹は灯りも付けずにベッドに倒れ込んだ。
 あの日、ジェームズの隣で「取りあえずはお互いがここにいることを享受しよう」とは思ったが、それでも夜鷹には漠然とした恐怖感があった。
 『心を許した相手に置いて逝かれるのが怖い』
 何故そんな事を思うのかが分からない。何か置いて逝かれた記憶があったりするわけでもないのに、心の奥底にそれが沈み込んで剥がれない。
 そしてそれを考えるたびに、何故か銃剣が頭に浮かぶのだ。
「手に入れさえすれば、何か思い出せるかも知れない…」
 そうしたら、漠然とした恐怖感はなくなるのだろうか。
 それとも、ますます恐怖感が強くなっていくだけなのだろうか…。

 ジェームズが夜鷹に頼まれていた煙草や本と一緒に銃剣を持ってきたのは、それから三日ほど後のことだった。だがジェームズはそれをすぐ夜鷹に渡そうとはせず、それを持って地下へと夜鷹を誘う。
「ここで渡して、いろいろ壊されても困るからな」
 雨は少し止んできたのか、今日はさほど雨音は激しくない。灯りを付けると地下室の石造りの床が赤黒く染みになっているのが分かる。
「信用ないんだな、俺」
「自分がやったことを考えてから言ってもらおうか」
 ジェームズが苦笑しながらそう言った。確かに夜鷹はここに来てから自殺の真似事だけでなく、ジェームズの寝首を掻こうしたり、自傷してみたりと、お世辞にも大人しくしているとは言い難い。思い出すとあまりの情緒不安定さに、自分でも恥ずかしくなるぐらいだ。
「俺があんたなら信用しないね、確かに」
「分かればいい。銃剣を使うのは私が許可したときだけでいいな」
 夜鷹はそれに素直に頷く。
 ジェームズは肩にかけていた銃剣付きの小銃をそっと夜鷹に渡す。それを受け取った瞬間、夜鷹の目つきが変わった。
「………!」
 それは今までジェームズが見たことのない夜鷹の姿だった。
 獲物を狙うように銃を構え、引き金に手をかける。それを両手に持ち、低い姿勢で遠くの敵に突撃するように足を進める…初めて銃剣を手にした者の動きではない。訓練を受けた歴戦の兵士の動きだ。
「夜鷹!」
 地下室の中にジェームズの声が響き渡った。夜鷹は銃剣を肩に提げ、そのままジェームズの方に振り返る。
「思い出した…俺、これで人を殺したことがある…」
 泣き笑いのような微妙な表情をしながら、夜鷹は何とか笑おうとしている。だが、ジェームズの顔を見ると、夜鷹は銃剣を床に落とし涙を流した。
「ごめん…ちゃんと話…す…」
「今はいい。泣きたいほど苦しいことを思い出したのだろう」
 ジェームズは黙って夜鷹に肩を貸した。そこにすがりつくように、夜鷹は声を殺して泣いている。
「俺は、馬鹿だ…」
 止まらない涙と共に、何度も何度も夜鷹は同じ言葉を繰り返していた。

 『心を許した相手に置いて逝かれるのが怖い』
 そう思っていたのは、心を許した相手を自分が殺したからだ。
 『どちらかが死にそうになったら、お互いの手で楽にしよう。足手まといになるぐらいならな…約束だ』
 それがその相手との約束だった。
 名前は思い出せない。ただ、自分がその相手に心を許していたことしか思い出せない…。

「私はお前を置いて逝ったりしない…」
 ジェームズは、これでようやく夜鷹が何を恐れているのかが分かった。
 夜鷹が自殺の真似事をしたりしていたのも、置いて逝かれるぐらいなら自分が先に逝こうと思っていたからだ。心を許した者を自分の手にかけたということを、忘れてしまった記憶の奥で悔やんでいたからだ。
 そしてその恐れは、そのままジェームズの恐れと同じだった。
 強がってはいるが、夜鷹はかなり脆い精神の持ち主なのかも知れない。そのギリギリの心を何とか保つために自傷に走り、その痛みで現実に立ち戻ろうとしている。
 その頭を撫でながら、ジェームズは何度も同じ事を呟く。
「私はお前を置いて逝ったりしない。だから安心しろ」
 本当ならここで自分の正体を明かしてしまえば…ジェームズが普通の人間ではいことを夜鷹に教えれば、全ては簡単にいくのだろう。だが、それでは何の解決にもならない。
 お互い分かっている。
 いつか一度は別れなければならない事を。
 同じ闇を飛んでいるとしても、依存しあうようになるわけにはいかない。信頼し合うのはいいが、お互いを縛り付けるわけにはいかない。
 それでも今の夜鷹には、何か支えが必要だ。ジェームズは子供に言い聞かせるように、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「私はお前を置いて逝ったりしない」
「信じない…信じて裏切られたときが怖い…」
「なら、ここで証明してもいいのだが」
 苦笑しながら言うジェームズの言葉に、夜鷹がしがみついたまま激しく首を横に振る。
「嫌だ…ここであんたまでいなくなったら、俺絶対気が狂う」
 本当に子供のようだ…ジェームズはそう思いながら夜鷹の髪を撫でる。信用はされているようだが、恐怖心の方が勝っているのだろう。夜鷹が手にかけた相手は、それほどまでに心を許していた相手なのだ。
「約束しよう。私はお前に『お前の手で楽にしろ』などとは絶対言わない。そんな辛い約束をお前にしたりしない」
「絶対言うな…心を許した相手を殺すなんてもう絶対嫌だ。どんな姿になっても、生きてて欲しかったんだ…」
 どんな姿になっても生きてて欲しかった。
 その言葉にジェームズの胸の奥が痛くなる。
 心を許した相手に「自分を殺して欲しい」と言われることほど辛いことがないのを、ジェームズはよく知っている。それが最後の望みだったとしても、そう言われたことでどれだけ心が渇くかもよく知っている。
 夜鷹を初めて見たときに強く惹かれたのは、自分と同じ悠久の時を生き延び、どこまでも続く闇夜を共に飛んでいけるからだけではなく、同じような思いをして、同じものを恐れている事を何処かで感じ取ったからなのかも知れない。
「あんたが何者とかどうでもいいんだ…ただ、もう少しだけ側にいさせて欲しいだけなんだ。ずっと鳥かごの中にいられないって分かってる。だから…」
「お前の悪い癖は、勝手にこっちの考えを予想することだ」
 もう少し長く生きればきっと夜鷹にも分かってくるのだろう。だが、まだ夜鷹には充分な時間が必要なようだ。
 雨は霧雨に変わってきたらしい。
 灯り取りから聞こえる雨音が、いつまでも細かく地下に響いていた。

「………」
 いつの間に朝になっていたのか、ジェームズが冷たい床の上で目を覚ましたとき、上には毛布が掛けられていて隣にいたはずの夜鷹の姿は見えなかった。
 雨はいつものように降り続いている。
 ジェームズは夜鷹がいないのに気づき、慌てて地下室の階段を駆け上がった。結界が張ってあるので外には出られないはずだが、あの様子では何をやらかすか分からない。
「夜鷹!」
 ジェームズがそう叫ぶと、夜鷹がひょっこりとキッチンから顔を出した。手にコーヒーミルを持っているところを見ると、どうやらコーヒーを飲もうとしていたらしい。
「はい?」
 多少目の端が赤いが、あまりにも普通に顔を出したその様子にジェームズは少し拍子抜けしながら夜鷹に近づく。
「おはよう。風邪ひいたら困ると思ったんだけど、あんた持って階段上れないから毛布持ってかけといた…って、うわ!」
「どこに行ったのかと思って心配した…」
 いきなりジェームズに抱きつかれ、夜鷹は困ったように苦笑する。
「どこに行ったって言われても、俺ここ以外に行くところないし、ここ出たって結局戻ってくるんだからどこも行けない…って、あんたがそうしてるのに、なんだその言い草は!つーか放せ!やかんのお湯が沸きすぎるとコーヒーが不味くなる」
 言葉を選んでいるうちに出て行けない理由を思い出したらしい。だが、ジェームズはそんな夜鷹に全く構っていない。
「お湯ならもう一度沸かせばいいだろう。昨日の今日だから本当に心配したんだ」
 多分ここに来た頃だったら、外に出たり自傷に走ったりしていたのだろう。そうやって心配させたのは普段の夜鷹の行いが悪いからなのだが、いつもポーカーフェイスのジェームズがこうやって慌てているのを見るのも悪くない。
「……それは喜んでもいいわけ?」
「好きにしろ」
 そう言ったジェームズの顔は夜鷹からは全く見えなかった。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
廃墟奇譚の6本目ですが、夜鷹が「銃剣」にこだわる理由と、それをきっかけにちょっと記憶を取り戻すという話にさせていただきました。相関などを見て思ったのですが、失ったものとかその経過とか、微妙に二人とも似ているのですね…その辺りが、一緒にいてお互いを邪魔しない理由なのかも知れません。
あまり長くならないようにそろそろ外に出る準備もさせなきゃと思ってますが、もう一回ぐらい大事件を作る予定です。あまり長くするのも申し訳なく…。
リテイク、ご意見はご遠慮なくお願いします。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年09月25日

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