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『ザッハトルテ攻防記 』
セレスティ・カーニンガム1883)&モーリス・ラジアル(2318)&(登場しない)

 全世界、全異世界に散らばる、セレスティ・カーニンガム様ファンの皆さま、こんにちは。
 わたくし、都内某所、某お屋敷にお勤めさせていただいております、無名のメイドAでございます。
 某お屋敷と言ってみたところでバレバレですが、しがないメイドの独り言と思し召し、どうぞソースについては追求なさらぬようお願い申し上げます。
 ……ほんと、セレスティ様にもモーリス様にも内緒でお願いしますよ。どうしてもって仰るから、こうやってアトラス編集部の記者さんにお話してますけど、あの、これ、録音してます? あとで記事になっちゃうんですよね?
 いったいどんな特集……え? 【メイドは見た!! あの総帥と庭師の意外な対立! 和やかなお茶会の裏に秘められた陰謀とは!?】……ですか? 女性週刊誌みたいな見出しですね。
 ああ、いえ、間違ってはいないですけど……。
 モーリス様が、甘いものが苦手でいらっしゃるのはご存じですか?
 反対にセレスティ様のほうは、それはそれは甘いお菓子がお好きで、お茶の時間には、料理長が腕によりを掛けたスイーツがずらりとテーブルに並ぶのも?
 そしてモーリス様は、日々、お茶のお誘いから逃げ回っていらして、ご一緒にスイーツを堪能したいセレスティ様はといえば、何とかして拘束してご相伴させるべく、あの手この手を繰り出して――ええ、何もそこまでしなくても……と、お屋敷勤め一同は思っているのですが。

 〜**〜**〜

 このお屋敷の庭園における豊かな植物相と造型の妙は、広さと手入れの良さを含めましても、やんごとない方々がお住まいになっているお庭にさえ匹敵いたしますでしょう。それは、朝晩の冷え込みが急に増し、庭園を取り囲むイロハモミジの大木が、その葉を鮮やかな朱色に染めようとし始めたころのことでした。
 秋風が爽やかな昼下がりの中庭で、お気に入りの白い大理石のテーブルを前に、ひとり座っていらしたセレスティ様は――
 あら記者さん、どうかなさいましたか? え? 手元の資料によれはお屋敷の庭には、石楠花がずらりと植わっていたはず、ですって?
 いつの資料ですかそれ。庭園の管理者をどなただと思っているのです。モーリス様ですよ? 常人レベルの常識では計り知れない存在ですよ? 下手な突っ込みは闇から闇に葬られます。お心置きくださいまし……って、何のお話でしたっけ? 
 そうそうイロハモミジ、じゃなくてセレスティ様は、ともかくモーリス様をお呼びになり、こう仰いました。
「秋ですね」
 モーリス様が屋敷内にいらしたのは、まだお昼過ぎの時間帯だったからです。3時のお茶の時間はうまくやり過ごせるよう、その日もいつものように、草間興信所へお出かけになるご予定でした。
「秋ですが何か?」
 モーリス様は最初から逃げ腰でいらっしゃいました。セレスティ様が何かお含みのご様子なのは、手に取るようにわかるのです。
「秋は、いろんなものが美味しいですね」
「……そうですね」
「特に、スイーツとか」
「そうかも知れませんが何か?」
「スイーツの中でも、チョコレートを使ったものが多くなる季節ですねぇ」
 セレスティ様はゆっくりと優雅に網を張り、徐々に獲物を追いつめていきます。いつものお得意のパターンです。
「私ごときにはよくわからない世界ですが、それが何か?」
 モーリス様の額に汗が浮かびます。じりじりと後ずさりながら、退路を探してらっしゃいます。ですが結局は蛇に睨まれた蛙、マングースに取り押さえられたハブ。あるじ様のほうが、一枚も二枚もうわてです。とろけるような笑みで金縛りにし、一気に標的を捉えるのです。
「今日のお茶の時間には、ザッハトルテをいただこうと思うのです。もちろん、同席してくださいますね?」
 哀れ、モーリス様は硬直してしまいました。いきなり正攻法でこられるとは想定外だったのでしょう。
「ザッハトルテ……というと、あの、甘い……」
「そうですね、本場のザッハトルテは、大変に甘いです。日本で作られるケーキはむしろ甘さ控えめが主流ですから、それに慣れている人ですと、甘くてとても食べられない、と仰る場合もあるようです。スイーツがお好きな方でも」
「……そんなに……」
 甘味好きの人間でさえ敬遠するほどの、甘いケーキ。
 それが、今日のお茶会の主役。
 額の汗がすうと引いたかと思うと、今度はモーリス様は真っ青になられました。
 セレスティ様は、にっこりと微笑んで、小首を傾げます。
「……おや? モーリス、どうかしましたか? 顔色が悪いですよ?」
「ちょっと体調がすぐれませんで……」
「季節の変わり目ですからね。実を言うと、私も今日はあまり具合が良くないのです」
「……! じゃあ、安静にしてらっしゃいませんと。中庭にいたりしてはお身体に障ります」
 モーリス様は一転して、セレスティ様の御身を案じられました。お部屋へ引き上げさせるべく、あるじ様に肩を貸そうとなさいます。
 ですがそれもまた、セレスティ様の作戦なのでした。
「大丈夫ですよ。しばらく横になっていれば、お茶の時間までには快方に向かうでしょう。モーリスこそ、体調不良なのでしたら、出歩いたりしてはいけませんよ。調査依頼などは他の方におまかせして、私のそばにいてくださいね?」

 〜**〜**〜

 ご自分で墓穴を掘ってしまったモーリス様は意気消沈なさって、中庭から引き上げていかれました。
 セレスティ様は執事Aに支えられて、いったん寝室へ戻ろうとなさいましたが、何かを思いつかれたようで、そっと私を手招きし、耳打ちをなさいました。
「モーリスを見張っていてくれますか? もし、お茶の時間に外出するそぶりを見せたら、至急、私に知らせてください」
「かしこまりました」
 私は従順にお辞儀をしました。モーリス様にはお気の毒ですが、私はセレスティ様に忠実なメイドです。
 そおっとモーリス様のお部屋近くまで行き、気配を殺して廊下の曲がり角に待機いたしました。余談でございますが、ここのお屋敷に勤める者たちは、執事たちもメイドたちも全て、選りすぐりの手練れ揃いです。リンスター財閥総帥にお仕えするのにふさわしい人材を、あらゆる世界から招集しているのですから。
 1時間が過ぎ、2時間が経過し――ですがモーリス様は、ずっと室内に籠もったままでした。
(今日は観念なさって、ご相伴なさるおつもりかしら?)
 そう思った途端――
 ドアが開きました。
 モーリス様が忍び足で出ていらっしゃいます。
 左右の廊下の様子を伺うやいなや、素早く身を伏せた私には気づかずに、通り過ぎられました。
 モーリス様は正面玄関に向かって歩いていかれます。悩んだ挙げ句、やはりザッハトルテから逃げるため、外出してしまう決心をなさったようです。
 立ち止まって振り返り、セレスティ様のお部屋の方向を気になさっているのは、後ろめたいのと、具合がお悪いと仰っていたのがご心配なのでしょう。
 その逡巡の間に、私はエプロンから、標準装備の小型通信機を取り出しました。
 ――セレスティ様。聞こえますか? メイドAです。モーリス様は外出なさる模様です。
 ――わかりました。ご苦労様。では至急、執事A、B、C、DとメイドE、F、G、Hに連絡を取ってください。今から指示を伝えます。内容は……。
 
 セレスティ様のお言葉に従って、私は執事たちに指令を伝達しました。
 執事Aにより、モーリス様が足止めされたのは、もちろんいうまでもありません。
 いいえ、決して力ずくの拘束ではないですよ? セレスティ様が、そんな無粋なことをなさるわけないじゃありませんか。

 ――お出かけになるのですか、モーリス様? ご体調は宜しいので?
 ――え、ええ。だいぶ良くなりました。セレスティ様のことは心配ですが、草間興信所が抱えている調査依頼のこともそれはもう気になって気になって。早く行かないと。
 ――「初期型霊鬼兵・零の超絶大暴走」事件のことでしたら、執事BとメイドEが参加し、無事解決を見ました。ご安心を。
 ――何だって? そんな馬鹿な……あ、アンティークショップ・レンの依頼も気がかりなんだった、そっちへ行……。
 ――「マリーアントワネットの首飾り(偽)」事件は、執事CとメイドFが頑張りまして、こちらも解決しております。
 ――じゃあ、神聖都学園、そうそう神聖都学園で不思議なことが立て続けに起こったらしくて。急がないと生徒たちの身に危険が。
 ――「血塗られた七不思議 〜13階段の悲劇〜」事件のことでございますね。こちらへは執事DとメイドGとメイドHが向かいまして、たった今、大団円を迎えた模様です」

 〜**〜**〜

 そして、とうとう、お茶会の時間がやってまいりました。
 完全に退路を断たれてしまったモーリス様は、まるで最後の晩餐にでも加わっているかのような神妙な面持ちです。反対にセレスティ様の表情はとても明るく、それは上機嫌でいらっしゃいます。
 私がサーブする今日の紅茶は、カルチェラタンのストレート。ほのかなラベンダーの香りが漂う中、執事Aが、ヘレンドのプレートに乗せたザッハトルテを、静かにテーブルに置きました。
 つややかなチョコレートでコーティングされたケーキは、見るからに甘そうです。モーリス様の顔が蒼白になったのを見て、セレスティ様は口元に手を当てられました。どうやら、こみ上げてくる笑いを噛み殺しているご様子です。
「ザッハトルテにまつわるエピソードをお話しましょうか。それは19世紀初頭に、ウィーン会議が催されたときのこと」
「……はあ」
 ご機嫌なセレスティ様に話しかけられ、モーリス様は気の乗らぬ調子で生返事をなさいました。甘いお菓子についての逸話など、あまりお知りになりたくはないのでしょう。
 かまわず、セレスティ様はお続けになられます。
「時のオーストリア宰相、メッテルニヒ公は、料理人のフランツ・ザッハにこう仰ったそうですよ。『かつて誰も食したことがないようなデザートを作りなさい』と」
「…………はあ」
「そしてザッハがつくり上げたデザートが『ザッハトルテ』です。このケーキは、ウィーン会議に参加していた各国の代表たちに大好評で、やがてヨーロッパ中の宮廷に広がりました」
「はあ」
「その後、ザッハは、ウィーンのオペラ座の前で『ホテル・ザッハ』を開業しました。ザッハトルテのレシピはずっと門外不出の極秘事項だったのですが、ザッハの息子さんと、ウイーン王室御用達のケーキ店『デメル』のお嬢さんが結婚したさい、レシピがデメル側に流出したのです」
「ははぁ」
「そんなわけで、デメルでもザッハトルテが売り出され、商標権を争って裁判沙汰になりました。これを人々は『甘い7年戦争』と呼んだそうですが……」
「どうなったのですか?」
「最終的に、訴えは却下されたようです。どちらが勝ったとしてもザッハトルテを滅びさせてはいけない、ということになったのですね。今でもホテル・ザッハとデメルの双方で、ザッハトルテは販売されていますよ」
 そして、私たちの前にあるこれは、フランツ・ザッハに勝るとも劣らない、ここの料理長渾身の作品です、と、セレスティ様はプレートにお顔を向けられます。
「ですから、とても、美味しいですよ?」
 柔らかな、でも有無を言わさぬ口調で、セレスティ様は仰います。お話を聞きながら、何となく覚悟を決めつつあったらしいモーリス様は、お手元の銀のフォークを手になさいました。
「……いただきます」
 ほんの少し、端をすくって、ひとくち。

「――?」

 モーリス様は、怪訝な顔をなさいました。
 それもそのはず、料理長特製のザッハトルテは――
「甘くない……のですが?」
「そうでしょうね」
 当然のことのように、セレスティ様は微笑みます。
「そのザッハトルテは、カカオ99%で作られていますから。……私は、料理長にこう言いました。『甘いものが苦手なモーリスのために、甘くないザッハトルテを作って下さい』と」

 ――もともと、セレスティ様は、モーリス様に甘いザッハトルテを食べさせるおつもりなどなかったのでした。
 それならそうと、最初から言えばいいようなものですが、そこを隠して、黙って、騙して、追い込んで、捕まえて、無理に食べていただくのが、趣旨というか醍醐味というか、錯綜したコミュニケーションと申しましょうか。

「気に入っていただけましたか?」
 にっこりするセレスティ様に、モーリス様は、困惑の色を隠さないまま、呟きます。
「ここまで甘くないザッハトルテというのも、何というか、物足りない気が。何も99%にしなくても……」
「程よい甘さに調整するとしますと、76%くらいがベストかも知れませんね」
 セレスティ様はさらっとそう仰って、ご自分のケーキをお召し上がりになりました。
 ちなみに、セレスティ様用のザッハトルテは、極上カカオ76%で作られていたことは言うまでもありません。

 これが、私が密かに「ザッハトルテ攻防記」と名付けた主従のエピソードの顛末ですが――
 ところであの、記事になさるときは、本当に匿名でお願いしますね?


 ――Fin.
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年09月25日

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