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『■□■□■ GOGO ☆ あ、ミーゴ! 〜ココナッツクラッシュ変〜 ■□■□■ 』
宇奈月・慎一郎2322)&碇・麗香(仕事)(NPCA005)


 会話の途中で話が噛み合わない状態になる、いわゆる『聞き間違い』から発展する勘違いなんてものは、生温く可愛らしいものなのです。問題は、問答無用の実力行使を含む勘違い。会話が噛み合わないなんて些細な結果をもたらすだけなのだとしたら、どんなにか良いでしょう。

 宇奈月慎一郎は、割れた眼鏡の奥から見詰める真っ赤な世界にうふうふと声を漏らす。勿論それは意思の伴ったものではなく、外的なショックから反射神経の辺りが混乱し、ここは一つ笑うしかないという状況に陥っているだけである。赤い視界の中で景色は激しく通り過ぎ、もしかしたら今の自分はドーピングしたオリンピック選手並みの速度で走っているのかも知れないと少しだけ思ったり。
 そんな事をしている間にも、背後から響く罵声は止まらない。カッカッと鋭い音を立てるハイヒール。あんな底面積が少ないものでバランスを崩さず、速度を上げながら走れるとはどういうことだろう? 完全に一般人、東京を包む怪異の現象にはもっぱら下僕を差し向ける、デスクワーク型の彼女。三十路が近い所為か行かず後家を大分気にしているらしい彼女の罵声が、びしびしと背中に刺さる。痛い。

「う、うふふふふふふふふふ」
「何を笑ってるのよッこらぁああぁああ!!」
「なんで聞こえてるんですかぁああ!?」
「この私、碇麗香をただの鉄腕編集長と思うわないことね! 受けた仕打ちの落とし前はきっちりつけさせてもらうのが信条ッ!」
「だから誤解ッなんですっていや本当に!!」
「やかましい!!」

 話聞いて、お願いしますから本当に。

「人をッ根暗の未婚扱いしてぇぇぇえぇえぇえ!!!」



 時間を十分ほど巻き戻して。

 都内は神田の古書店街、宇奈月慎一郎はいつものようにのんびりと路地の散策をしながら、あちらこちらと視線を動かしていた。またごみごみした様相の濃く残っている場所では、掘り出し物を無造作に扱っている古書店も多い。足繁く通う店はいつもいくつもはキープしておきたい、探し物がある時は、特に。
 既にいっぱいになってしまってる紙袋を両手に持って、ふうっと彼は大きく息を吐いた。空を見上げると夕刻近く、もう四半日は歩き尽くめだったらしいと気付く。収穫がなかったわけではないから徒労感はそれほどではないながらも、本命は、今日も見つけられずじまいらしい。すっかり凝り固まった肩をぐりぐりとまわして、汗で滑る眼鏡を拭く。
 人通りの疎らな寂れた路地、壁際にちょこんっと細長い身体をしゃがませて。

「結局今日もダメでしたねぇ……もう東京以外に行って見るしかないものでしょうか。どこかに本の聖地みたいなところがあれば、凄い勢いで飛んで行きたいものだと言うのに」

 傍目には独り言を重ねているようだが、彼の手は懐に当てられている。常時携帯しているモバイル、そのナカの魔法陣、そこから繋がる異界に存在するモノ達に――どうやら言葉を零しているようだ。古書店巡りのお供となっているビニール加工された紙袋の持ち手からは、毛むくじゃらで茶色く、トナカイのような赤い鼻の人形が揺れている。それを見詰めながら、慎一郎は言葉を重ねる。

「レアと言えば最強にレアですけど、こんなに見付からないなんておかしいものですよ、ねぇ。殆ど毎日探してるとゲシュタルト崩壊起こして余計見付けられなくなりそうだー……根暗な未婚、根暗な未婚、根暗な未婚」

 ぶつぶつと呟き始めるそれは、本の名前。
 アラビアの魔術師某が著したそれは、魔導書だった。魔術の体系としては一般的な知名度も高いほうではあるが、それも表のこと、裏側に潜む怪異を導く書物のことはそれほど知れ渡っていない。複雑多岐、様々な魔導の奥義が記されたそれは、あまりの情報量に文字達そのものが魔法陣となって、本そのものに生命すら宿っているといわれている。
 写本の存在は何度か目にしたこともあるが、やはり原本の所有が望ましい。大量に記された魔術、考えるだけでうっとりとしてしまう――思考の世界に没頭した彼には、自分が呟き続ける言葉など聞こえていない。まさにゲシュタルト崩壊のもと、ぶつぶつと本の名前を呟き続ける。
 根暗な未婚。
 根暗な未婚。
 根暗な、

「だれが根暗な未婚かぁぁあああ!!」
「へぶらしゅッ!?」

 突然何者かの腕を首に引っ掛けられ、さらに側頭部に激しい衝撃。
 刹那の後に相手の全体重が首に掛けられ、頭蓋骨の中でも比較的柔らかいこめかみの辺りを膝を叩き付けられる。
 いわゆるココナッツクラッシュ。
 しかもランニング。

「誰が、誰が三十路近くもなって仕事の鬼で負け犬確定路線ですって!? 根暗で未婚で部下いびりに精を出すしかないですって!?」
「だ、誰もそんなこと、げぶッ!?」
「その口かぁあ、そんな口は引き裂いてあげましょうかぁぁあッ!?」
「あぎぎぎぎゃぁああぁあぁぁあ!!」

 目を回しているところで容赦なく口裂きの刑に処され、ずれた眼鏡の中の視界が合わない。じたばたと馬乗りにされた身体を揺らして眼鏡を直せば、目の前に入るのは碇麗香だった。何度か同じような目に合っているだけに、相手がわかれば理由も十分――十分に、弁解の許されない勘違いだとわかる。

「あぎ、ぎあ、あぐー!!」

 口が割かれたら困る、魔術には詠唱というジャンルもあるのだから。じたばたと暴れる彼は、精一杯の力で碇の眼鏡を跳ね飛ばした。眼鏡っ子属性仲間として、こうすれば怯むだろうことはわかっている。案の定一瞬眼鏡を追って浮いた身体を押し退け、彼は猛ダッシュで駆け出した。脳震盪でくらくらする所為かまっすぐには走れず、うっかり電柱に正面衝突をする。割れた額から大量に流血するが、返って目が醒め、そこから――



 そこから十分、眼鏡を拾って素早く追いかけてきた麗香と、いまだこうして走り続けている。
 が、流石に体力に限界が来ていた。ただでさえ古書店巡りで疲れた脚、インドア基本で元々少なめの体力。こうして速度を保ちながら走れているだけでも、十分に驚愕出来ることだった。召喚で切り抜ける手もあるが、速度を落とせばたちまちにランニング付きの技を掛けられる。何か、何か。
 ふっと視界の中に鳥居の影がうつり、彼はぱぁっと顔を綻ばせる。
 召喚が出来ないのならばフィールドに頼ったものに頼れば良い、神聖な場所があればそれはたやすい。少々門外漢の感はあるが、神社に逃げ込めば多少の勝機はあるだろう。路地裏にたたずむ苔むした印象のそこは、まさにうってつけに見えた。

「失礼しまぁすぅううう!!」

 猛ダッシュで鳥居を潜り、慎一郎は境内近くに見える巫女らしい紅白の袴の影に助けを――――


 くるりん。
 がきょーん。
 かしょーん、かしょーん、かしょーん。


「…………」

 思わず止まってみる。
 普通巫女さんには、大量の翼膜とか生えてない。
 普通巫女さんには、かしょんかしょんするアゴとかない。
 普通巫女さんには、ピンクの外骨格はない――。

 くるりと後ろを向くと、碇の気配はなかった。と言うか、辺り一面にごく一般的な人間の気配がなかった。いくら複雑な路地の裏とは言え東京のこと、広げた感覚にまるで気配が引っ掛からないということはない。理論上は。
 ならばここは東京であって東京ではない。
 だってなんか、よく見たら空とかちょっと緑色っぽいし。
 異界。
 でも、なんで異界で巫女な外骨格の甲虫類?

 思案に嵌り込んでいると、いつの間にかわらわらと沸いてきた外骨格な巫女達が彼を取り囲んでいる。ぬらぬらと菌糸のようなものを纏っている甲殻類な姿と大量の翼膜が、かすかに震えながら威嚇でもするように音を鳴らしている。しかし彼はそんなことを気にせず、何故巫女なのか、何故に神社なのかを考え込んでいた。
 だが、彼は気付く。
 神社。巫女さん。そしてこの形状は、写本の『根暗な未婚』で描写されていたとある菌類の一群によく似ている。ならば、これは――

「みッ……ミーゴさん、ですか……」

 ちょーっと惜しい。
 判って貰えたのが嬉しいのか、ぶるっと一瞬震えた彼らは和気藹々の様子で、共鳴するように仲間達と異星の言葉を交わす。いや、だがここはそんなほほえましい状況ではない。彼らに関する知識を漁れば漁るほど、今更ながらに状況が不味いことに気付かされる。
 彼らはこんなナリながら適応能力がよく、ヒマラヤでは雪男のような形状になってしまえるほどだ。この巫女姿も適応の一種なのだろう。それ以外にもう一つの特徴として、異常に発達した外科技術と言うものがある。一説では、某作家の脳をしゅっぽーんッと摘出して、円筒形の容器に突っ込んでニヤニヤ観賞と言う放置かつ羞恥プレイをしたとも――

 こ、このままでは髄膜まで見られる!!
 そんな、恥ずかしいッ!

「ふ、ふふ、神社神道に関しては多少の知識不足に心配がありますが、あなたたちならむしろ得意分野と言うものですよ!」

 ふんむ! ッと精一杯な虚勢を見破られないように、彼は胸を張った。
 懐にはいつも携帯しているモバイルがある。問題は、この囲まれた孤独と圧倒的不利の中で、魔法陣を呼びだし召喚までこぎつけることだ。知能レベルも高度な相手だから、多少のハッタリは効くだろう。彼らのこと、きっと地球上のあらゆる言語はマスターしている。こちらに何も言ってこないのは、交渉するつもりが無いだけだ。相手には無くてもこっちにはある。じりじりと円陣を詰めてくるミーゴ達を警戒しつつ、彼はポケットに手を伸ばした。
 よいしょ。

「こんなこともあろうかと――」
「…………」
「おでーん缶ー!!」

 スラックスから出て来たのは、
 電気街名物おでん缶。
 ミーゴ達の動きが一瞬、止まる。

「とーう!!」

 カプセル怪獣よろしく彼がそれを境内に向かって投げると、釣られたのかミーゴ達の視線もそちらに注がれる。要領は、碇に乗りかかられた時と同じだった。ようは反射神経の応用――その一瞬の隙を突いて逃げたのが十分前のこと。円陣で囲まれている、そして容赦の必要がない相手ならば、今回の選択は逃亡ではない。
 素早く懐から取り出したモバイル、慣れた魔法陣の呼び出し。ミーゴ達の意識が向けられる寸前に、L.A.N。
 勝った、確信と共に彼は笑う。そして腕を高々と掲げ、その名を呼んだ。

「出でよ、夜のゴーン……」



 ばちこーん。



 平手打ちと言えば聞こえは良いが、その茶色くもふもふして黄色い帽子を被った赤い鼻のラブリーなダーリンには、鋭い鉤爪が生えていた。
 自分の身長の倍ほどもあるそれに跳ね飛ばされ、彼は自分を取り囲んでいたミーゴ達の頭上を飛び越えて鳥居まで吹っ飛ばされる。
 ああ、僕に逃げろと言ってるんだね。
 君のその熱い愛情表現を、僕はけっして忘れない。

「ふごふごごごふごーんんん!!(食い物を粗末にするんじゃねぇえー!!)」

 君の言葉をまだあまり理解できないけれど、その愛の叫びはわかるのさ!!
 涙と共に異界を飛び出した彼は、彼は――



「ふぐすッ!!」

 異界の門、鳥居の前で足踏みしていた碇に、豪快にぶつかった。
 頭と頭で。
 これは痛い。
 双方、これは痛い。

「ふ、うふふふふふふふふふふ」

 次に笑い出したのは――碇だった。

「……えっと、あの、出来ればネゴシエートの希望を」
「却下ぁぁああ!!」
「ひぃいいいいいい!!」

 追いかけっこ再び。
 当方満身創痍。
 これは――死んだかもしれない。


「ゴンタかむばーっく!!」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
哉色戯琴 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年09月22日

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