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『昼と夜の双子 〜幸せ茶柱 』
山本建一0929)&サック・ベリウム(NPC0613)



 コンコンと、山本健一はいつものように宿屋の一室の扉を叩いた。
 手にはいつも花だったり果物だったり――…
 時には手ぶらな事もあったが、そんな時は決まっていつもの部屋から歌が聞こえてくるのだった。
 そんな彼を見る人が見ればとても律儀な人だと見えるだろう。
 今日の健一の手には入荷されたばかりの今年の新茶。
 小さな銀の缶に入ったお茶は蓋を開ければ芳しい香りが健一の鼻をくすぐり、一瞬で気に入って購入したものだった。
「こんにちは」
 扉が開いたことに健一はにっこりと微笑んでそう口にする。
 すると、扉を開けた人物――マーニ・ムンディルファリは少し眉を寄せるようにして苦笑した。
「こんなに頻繁に来なくても、あたし達は居なくなったりしないのに」
「僕が来ることは迷惑ですか?」
「そうじゃないけれど」
 なんだか、何時か居なくなるのではないかと心配されているのではないかと思えて。
 けれどそんなマーニの気持ちは一度も口に出したことも態度に出したことも無い。
 いや、態度に出したとしても、あまり素直とは言えないマーニの裏腹の行動のように見えるだけかもしれないが。
 健一は素直に心配して訪れてくれているだけなのだけれど。
 少しだけ流れた沈黙を打ち破るように健一が銀の缶を目の前に持ち上げる。
「お茶にしましょう。いい茶葉が手に入りましたので」
 あまりにも屈託無く微笑む彼に、マーニはほだされた様にふっと笑って部屋の中へと招き入れた。




 ベッドが2つ、机が1つ。
 そして、花がいつも咲き誇る花瓶が1つ。
 花瓶の花は健一が活けているもの。
 そうしなければ、双子が住まうこの一室はなんとも簡素でそっけなく、人を歓迎しているようには見えなかったから。
 事実は、彼女は健一以外の人の出入りや干渉を避けている節があり、その理由はきっと自らの半身に関係しているのだろう。
 それでも前よりも他人との会話を努力しているようで、偶然宿のご主人に対してどぎまぎと会話している様を見てしまった時なんて、健一の姿に気が付くや何故か急いで部屋へと逃げてしまった。
 宿の主人と会話している光景など珍しくもなんとも無いのに、今まで自分から話しかけることなんて無かったため、誰かと会話している様を見られたことが恥ずかしかっただけだと知った。
「紅茶とは、違うのか?」
 陶器のポットで淹れた緑色の液体を見て、マーニの眉根がしばしよる。
「緑茶と言います。葉は紅茶と同じなのですが、作り方が違うんです」
「りょくちゃ……」
 やっぱり湯のみなどこの部屋には無いため、丸いティーカップに注いだ緑茶はまるで別の飲み物のように見えた。
「今年一番の新茶なんですよ」
 健一の説明をうんうんと聞きながら、マーニは緑茶を凝視する。
 もしかしたら、昔々日本に初めて来た外国人も、日本で出されたお茶に同じような反応をしていたかもしれない。
「分かった。記憶する」
 自分の分のお茶をカップに注ぎ、健一は一瞬驚きに瞳をお菊して、嬉しそうににっこりと笑う。
「緑茶には『茶柱が立つと幸せな事がある』という言い伝えがあるんですよ」
 どうしてそんな言い伝えが出来たのかは知らないけれど、それを見ただけでどこか少しでも心穏やかになれるなら、迷信でも構わない。
「立ってない……」
 マーニが残念そうにぼぞりと口にした言葉に、健一は思わず苦笑する。
「では僕のお茶と取り替えましょう」
 見れば確かに健一が手にしていたカップには、綺麗に茶柱が立っていた。
 健一はすっとマーニの前に置かれたカップと自分のカップを入れ替える。
 一瞬何が起こっているのか分からずにきょとんとしたマーニだったが、弾かれた様に目を瞬かせ、
「それじゃ、健一の幸せが…!」
 叫んだ時には健一はもうお茶に口をつけていた。
「マーニさんの幸せが見られれば、僕も幸せですから」
 何の疑問も無くそう口にされた言葉に、マーニは唖然としてその様を見た後、ぶっと吹き出すように笑顔を浮かべた。
「本当に健一って―――」




 夕方。
 宿屋の一室から綺麗な旋律が外へと漏れて流れる。
 最後はいつも同じ曲。
 祈りをこめて。
 願いをこめて。
 壊れてしまった心を癒すように。
 流れた涙をぬぐうために。
 健一の歌が奏でられる。




「嘘…みたいだ」
 すぅっと風になるように竪琴の音が静かに消えていく。
 マーニが見つめる先の窓には夜空に輝く月が見える。
「嘘じゃありませんよ」
 何度、この会話を交わしただろう。
 夜が来るたびに、まるで今が夢なのではないかと口にする彼女にそっと寄り添う。
「僕はここにいるでしょう?」
「そうだな」
 触れた手は暖かく、流れる吐息は生きている証。
 宿屋の入り口でマーニは自宅へと帰っていく健一に手を振る。
「また、明日」
 健一は、まるで誓いのように言葉を紡ぐ。
 マーニの顔が綻んだ。





Fin.
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年09月11日

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