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『月夜の散歩 』
風祭・真1891)&破魔(NPC3849)



「あら、今日は満月ですのね」
 見上げた空に青く輝く真円の月を見つけて、風祭真(かざまつり・まこと)は、小さく吐息を零しながら、ほんのりと笑顔を浮かべた。
 下界を見下ろす月はどこまでも穏やかで、その柔らかい光に包まれていると、静謐な世界にずっとたゆたって居たいような心持ちになる。
 キッチンの出窓を開けば、夏も終わりに近づいているからだろう。窓辺からは日中の暑さとは異なる清涼な風が入り込んで、真の長い漆黒の髪を揺らした。

 真は、暫くの間出窓に頬づえをつきながら、のんびりと己の視界に映る光景を眺めていたのだが。ふと何かを思い立つと、くるりとキッチンの方へ向き直った。
「折角こんなに気持ちの良い夜なのですもの。お散歩をするのも楽しいかもしれませんわね♪」
 ニッコリと微笑むと、真は先ほどまで作っていたデザートを手に持って、キッチン裏の扉から庭先へ出る。そうしてふわりと己の身を宙に浮かせ、月夜の散歩へと出かけたのだった。


*


 目的を定めた散歩も達成感があって楽しいけれど、何となく思い立って出かける散歩も、色々なものに出会える新鮮さがあって良い。
 どんなに高く飛んでも、先ほどまで見上げていた月との距離は縮まらない。
 けれど、月と同じ気持ちになって遥か下方を眺めれば、夜のネオンが星のように煌いているのが真の視界に入った。
「ふふ、綺麗ですわね」
 空を見上げれば数多の天然の星。下界を見下ろせば色鮮やかな人工の星。
 その星々に包まれながら、真がのんびりと空を飛んでいた時だった。

 不意にどこからか、水の跳ねる音が真の耳に届いた。
 それは街の喧騒の中であれば、すぐにかき消されてしまいそうなほどの、小さな音。
 どこから聞こえてくるのだろう? と真が首を傾げて周囲を見渡すと、ネオンの街よりもずっと向こうに、人工ではない輝きを放つ何かが見えた。
「お星様ではないですし……何かしらね、気になりますわ」
 一旦その場に留まって、小首をかしげながら人差し指を軽く口に当てて考え込む。
 耳を澄ませば、風が連れて来る数多の音に紛れて、やはり水の音が聞こえてくるような気がした。
 真は束の間考えると、ふふと楽しげに微笑む。
「気になる時は、行って見るのが一番ですわね♪」
 少しばかりの興味を抱いて、真は自らを取り巻く風にふわりと身を躍らせると、遠くに見える森の中の一角へと舞い降りた。



 その森の奥深くには、外界から隔離されたようにひっそりと建てられている神社が在った。
 二本の巨大な杉の樹を越え、真っ直ぐに参道を進むと、朱の色さえとうに褪せた一の鳥居がある。それを潜り抜け、本殿よりもさらに奥深い場所に存在する二の鳥居を越えると、やがて真の目の前に大きな池が姿を現した。

 池から上がってくる、ひんやりとした心地の良い風が真の頬を掠める。
 と、真の耳に水の弾ける音が聞こえてそちらを見遣れば、池の中央に、月光に照らされて佇む一人の少年の姿があった。
 澄んだ緑青色の水が満ちている大きな池。
 柔らかい月の光を反射して煌々と輝く水面の上を、少年は沈むことなく自在に歩き渡っている。少年が歩く度、水面には幾重にも波紋が広がって、真の瞳に幻想的な光景を映し出した。
 少年の周囲を、意志を持ったように水の粒子が飛び交うさまは、まるで少年が池の水と遊んでいるような錯覚を見せる。
 真は、思いがけず美しい光景に出会えた事に嬉しさを隠しきれず、頬を高潮させながら、ゆっくりとその少年のいる場所へ飛んで行く。

「こんばんは♪ 何をなさっているんですの?」
 のほほんとした声で、真が池に浮かぶ少年へ声をかけると、少年は驚いたように振り返る。暗がりに光る少年の金色の瞳が、真っ直ぐに真を捉えた。
「まぁ、綺麗な瞳ですのね。お月様と同じ色ですわ」
 思わず呟いた真の言葉は、その少年に届いたのだろうか。
 少年は、真が己に近づいてくるのを確認すると、ぎょっとしたような表情で叫んだ。

「ストーーーーップ!!!」

「あら?」
 いきなりストップと言われ、真は何事かしらと首を傾げながら降下するのを一旦留める。
 すると少年は慌てたように己の手を池の水に浸した。
 少年が手を浸した部分から、突如として水が揺らめき出す。
 やがて水が大きな渦を巻き始めると、その渦に向かって少年は二言三言何かを呟いた。

 束の間の後、少年が池に置いた手を離すと、荒立っていた池の中央から波紋が大きく広がり、波紋にのまれた荒波が、少年に従うように次第に静寂を取り戻して行った。
 真は、その様子を面白そうに見つめていた。
「素敵。マジックみたいですわね♪」

 事を成し終えたのか。真の声を聞きつけた少年が、今まで池に向けていた視線を、キッと真の方へ移して呼びかける。
「あんた、急に出没しないでくれるかな! びっくりするんだけど!」
 少年は、初めて会った者に対して少しも遠慮することなく、腕を組みながらそんな事を言ってくる。
 真は相手の口の悪さに驚くも、何だかその姿が可愛らしくて、表情を綻ばせた。
「ごめんなさい。あんまりに綺麗な光景だったものだから、思わず声をかけてしまったの」
 何をなさっていましたの? と、少年の元へ近づきながら問うと、少年は不機嫌そうな顔のまま、ふいっと視線を逸らした。
「別に、遊んでいただけ。フツーの人間が来たのかと思ったから、ちょっと慌てたけどさ」
「……普通の人が近づいてはいけない池ですの?」
 真が疑問を投げかければ、少年はそれに答える事はせず、一度まじまじと真を見つめて眉間に皺を寄せる。
「あんた誰?」
「あらあら、私ったら御挨拶もしませんで。初めまして、『今は』さなと申します。宜しくお願い致します♪」
 真は少年の隣に舞い降りると、一度笑顔を見せた後で深々とお辞儀をする。
「他にも『しん』と『まこと』がおりますけれど、今は熟睡中ですのでまた今度♪」
「ふーん、あっそぉ。じゃぁね」
 けれど、真の丁寧な挨拶を流し目でさらりとかわすと、少年は興味なさげに踵を返して陸へ向かって歩き出した。
 少年の素っ気無い態度に、真はきょとんとしながら瞳を瞬かせるのだけれど。何かを思い出したのか、ぽんと自分の両手を叩いて前を歩き行く少年に声をかける。
「あ! お菓子如何ですか? まことの手作りですの。お散歩のお供に持って参りましたけど、お嫌いでなかったら♪」

 その言葉に、少年の歩みがピタリと止まった。
 少しは興味を示してもらえたのかしら? と、真が瞳を輝かせながらふわりと宙を飛んで少年の傍らへと舞い降りる。
「桃のムースですけれど、冷風で包んで参りましたから冷えているはずですわ♪ 一人で食べるには大き過ぎるので、丁度何方か探そうと思ってましたの」
 真が告げた「桃のムース」という言葉に、少年が照れ隠しのような複雑な表情を向けて見上げると、一体どこから取り出したのだろうか。真の指し示すところには、二人で食べてもお釣りが来そうな程、巨大な容器に入った桃のムースが、どーんと宙に浮いていた。
「……でか!」
「お月見のお供にムースというのも、素敵だと思うんですの♪」
 呆気に取られている少年を見ながら、真は微笑みながらそんな言葉を呟いた。


*


 色気より食い気。
 食べ物に釣られた少年と真は、池の上にふわりと浮かびながら巨大桃ムースを食していた。
 食べきれないのでは? と思っていた真の心配をよそに、数十分の間で既に容器の底が見えている。
「ていうか、何だってこんな所に来たのさ。滅多に人なんて来ない場所なのに」
 ムースを食べながら、少年は不思議そうに真に問う。甘いもののお陰か、先ほどまで思い切り不機嫌そうにしていた少年の表情からは既に険が消え、今やすっかり真との会話を楽しんでいたりする。
「さぁ何故かしら。お散歩していたらこちらへ辿り着いてしまいましたの。不思議ですわ〜」
「……あんた天然?」
「『さな』です♪ 名前で呼んで下さると嬉しいですわ。あ、それと……」
「何?」
「まだ貴方のお名前を聞いていないのですけれど?」
 表層に『さな』の人格が現れている真が、柔らかく微笑んで少年に問う。
 少年は、己の名を告げるべきかどうか一度考え込んだ後で「ま、いっか」と呟くと
「破魔」
 と己の名を口にした。
「破魔さんと仰いますのね♪ また遊びに伺ってもよろしいかしら♪」
 相手が名前を教えてくれた事が嬉しかったのか、それとも自分の作った桃のムースを美味しそうに全部平らげてくれた事が嬉しかったのか。真は両手を組んで瞳を輝かせながらそんな事を破魔に告げた。
「ていうかまた来る気!?」
 真の言葉にぎょっとして破魔がそう零すと、
「あら、駄目ですの? 今度はかぼちゃのプリンを作って来ようと思いましたのに」
 かぼちゃのプリンという言葉に、再び破魔がピクリと反応する。
「…………好きにすれば」
 やっぱり素直でないのか。破魔はそっぽを向きながら、真にそんな言葉を返して来た。
「ふふ、楽しみにしていらしてね♪」

 この神社に住む少年は、どうやら食べる事が好きらしい。そんな事を思いながら、真はにっこりと微笑んだ。
 月夜のお茶会は、まだまだ続きそうである。



<了>

PCシチュエーションノベル(シングル) -
綾塚るい クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年09月08日

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