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『銀の花は夜開く 』
山本建一0929)&クローネ・アージェント(NPC0530)

 山本健一(やまもと・けんいち)は、水竜の琴レンディオンをつま弾く指を止める。最後の音を生み出し震える弦は、共鳴板によって長く音を響かせる。
 指先から生まれる繊細な調べと麗しい歌声に心を奪われていた聴衆たちは、その余韻が消えぬうちに盛大な拍手を送る。
 琴を抱えたまま健一は立ち上がり、拍手に応え、彼らに深く礼をした。
 酒と煙草、様々な料理の匂いに満ちた酒場。以前、そこの主人に請われるままに曲を奏でてから、この町の、この酒場を訪れるたびに演奏するのが、健一の日課になっている。
 黒森に囲まれた都、ニグレード。
 その町に所用があり、健一はすでに数日を過ごしている。気のいい親父と冒険者たちが集う酒場は、酒よりも料理の味に定評があり、ニグレードを訪れるたびに健一は、酒場の近くに宿を取っては食事にきているのだった。
「いやあ、いつ聴いてもいい唄だねぇ」
 親父は太い腕で、健一の背を叩く。
 竪琴を荷物にしまっていた健一は、その勢いに思わずむせかける。
「いえ。気に入って下さって、私も嬉しいです……」
 一曲演奏すると、一食分がただになる。かわした覚えもないのだが、親父との間でそういう約束がかわされたということになっているため、今日の夕食代もこれでういたことになる。
 まあ、かわした覚えはなくとも、この宿自慢の内臓のワイン煮込みは素晴らしく美味なので、役得とはいえるのだが。
 そんな感慨にふける健一の視界の隅を、一筋の銀が流れるのを見た。
 夜の町中であまりにも鮮やかな色に、はっと視線を向ける。
 昼とは違い、夜のニグレードの大通りは、荒くれどもがひしめき合っている。こちらで酔いに任せ唄をがなる者たちがいれば、あちらでは酒に呑まれて諍いを起こす。そんな男たちの間をすり抜けて歩く、小柄な影。
 あれは──。
「すみません。ちょっと、用事が出来ましたので……」
「お、おお。また、来てくれよな」
「はい」
 返事とともに、外に小走りに駆け出す。見間違いでなければ、あの人影は良く知っている者に違いない。健一は足早に、その姿を追った。


 あまり時をおかず、その人影に追いつくことが出来た。だがそこで、重大な間違いを犯したことに気づいた。
 頭頂で結ばれ、緩く波打ち、背に流れ落ちる銀の髪。飾り気のない簡素な服装。それらは、健一が良く知る人物の特徴と一致している。だが、
「よう、姉ちゃん。かわいいねぇ」
「酌でもしていけよ」
などという、こんな所でお決まりの台詞で絡まれているのは、どこからどう見ても可憐な乙女だった。
 腕をつかまれた少女は、困って左右を見回している。救いを求めてさまようその目と健一の目が合う。
 長い睫毛に縁取られた、潤んだ銀の瞳。そんな目で見つめられ、助けないのは男ではないだろう。
「すみません。ちょっといいでしょうか?」
 健一はにこやかに微笑みながら、彼らの間に割って入る。普通なら、そのような男たちにそのように声をかければ、一悶着がおこると相場が決まっている。だが、歌うときと同じ柔らかな声音は、彼らの毒気を抜くのに十分だった。しかも、彼らに語りかける言葉は、彼が填める腕輪の力によって増幅されている。
「その子と、待ち合わせをしていたのです。見つからなくて探していたのですが……、いろいろとご迷惑をかけたようで、申し訳ありませんでした」
 健一はその言葉とともに、彼らに深く頭を下げる。それで彼らは、完全に健一の術中に陥る。今度は気をつけろよ、1人で歩かせるんじゃねぇぞなどといいながら、その場から一人二人と歩み去る。
「け……、あ……、ありがとう。助けてくれたんだよね?」
 鈴を振るような声が、淡い紅色のつややかな唇から零れる。耳に心地よい澄んだ声は、やはり少女のものでしかない。
 健一が思い違いをした人物は、10代半ばとしては未発達な体つきだが、きちんと変声期を迎えた少年の声をしている。それは目の前の少女のものとは、ほど遠い声だ。
 しかし、なんと美しい少女なのだろう。
 緩く波打つ髪は、町の灯りを受けて輝く。髪と同じ銀の長い睫毛は、色を同じくする銀の瞳に濃く影を落とす。ふっくらした唇は淡い紅を含み、練り絹のような肌は内から光を発するようだ。それらの美を併せ持つほっそりした体は、女性らしい膨らみに欠けているわけでもなく、絶妙なバランスを保っている。
 まるで、銀と月光をもって、神自らが作りあげたような姿に、彼は言葉を失くす。
 吟遊詩人である彼が、彼女の美を讃える言葉の一つも思い浮かばない。圧倒的な美には、それだけの力があるのだということを、健一は初めて知る。
「ほんとにありがとう。ボク、用事があっていかなきゃならないんだ。助けてもらったお礼も出来ないけど、ごめんね」
「あの、なんと言う名前なんですか?」
 礼をいいながら背を向けた少女にそう問いかけてしまい、思わず耳が熱くなる。
 これではまるで、彼女を口説いているようではないか……。
 恥ずかしくなっていると、期待していなかった少女の答えが返ってくる。
「ボク? ボクはね、クローネって言うんだ」
 クローネ。その名前に聞き覚えがある。健一が、少女と間違えた人物の名も、確かそうではなかっだろうか。しかも少女の雰囲気は、性別がまったく違うとわかっているのに、あまりにも彼を彷彿とさせる。
 吟遊詩人という職業につくものは、対象物を見抜くことにたける。そうでなくては、物事の真実を歌い継ぐことなどかなわない。その磨き抜かれた眼差しと直感が、健一に囁きかける。
「あの、アージェントという人を知っていますか?」
 彼の脳裏で少女と二重写しになる存在の名前が、唇から零れる。
「え……、あ、うん。ボクの、兄さんだけど……」
 困ったように口ごもりながら応える少女の様子に、健一ははっとする。先ほどまで男たちに絡まれていた少女が、初対面の男にこんな立ち入ったことを聴かれるのは、不安なだけだろう。
 現に少女は、落ち着かなげに瞳をさまよわせている。
「私はお兄さんと、知り合いなのです。お引き止めしてしまって、いろいろとすみませんでした」
「ううん、そういうことだったら、いいんだ。本当に、ありがとうね」
 そう言うと、少女は軽やかに駆けていく。健一は、人並みに消えていく華奢な姿を、ただ見送ることしか出来なかった。


「こんにちは」
「いらっしゃい。ああ、健一……、久しぶり。あれ……もしかして、妹を助けてくれたのって、キミなのかな?」
「あ、はい。聞いているんですね」
「うん。兄さんの知り合いの、短い黒髪で、優しそうな、背の高い人、って言う条件に合う人は、あんまりいないから。そうかなって」
 アージェントは明るく笑う。
 こうして昨日の少女に会った後、改めてアージェントに会うと、あの抜きんでた美の要素はないながらも、似通った所があるのに気づかされる。
「それで、今日は?」
「昨日、あの後ちゃんと帰れたのか、気になって……」
「大丈夫。帰ってきたよ」
「そうですか……」
 アージェントの言葉に安心するが、あんな危ない所を1人で歩いていたことが気になる。あんなに美しい少女では、また昨日のようなことに会わないとも限らない。
「妹さんは、いつも夜に出歩いているのでしょうか?」
「うん。危ないんとは思うけど、太陽の光を浴びられない体なんだ。だから、ねえ……」
 遊びにいくなって、言えないし……。
 ため息をつきながらそんなふうに言われては、健一は何も言えなくなってしまう。
 あの抜けるような肌も、月の化身のような姿も、全ては夜にしか生きられないためだったのだろうか。
 深いため息が、唇から漏れる。視線を感じてそちらを見ると、きょとんとした顔で健一を見上げるアージェントの銀の瞳とあう。
「昨日、妹が町でお菓子を買ってきてたんだ。中庭で、お茶にしない? どうかな?」
 にっこりと、陽気な笑みを浮かべ、アージェントは身を乗り出し、健一を誘う。
「そうですね。実は、私もお土産を用意してあるんですよ」
「わぁ……今日は、豪華なお茶になるね」
 楽しそうにアージェントは、いつものようにお茶の用意をしに、奥に消える。流れる銀の髪を目で追っていた健一は、ふと、あの時に抱いた疑問を聞いてみようと思い立つ。
「そう言えば、妹さんとアージェントは、同じ名前なのですか?」
 そう聴いたとたん、がたんと言う大きな音とアージェントの叫び声が聞こえる。
「ど……どうしたのですか?」
 勢い良く次の間を覗くと、戸棚の前でアージェントがおでこを押さえていた。
「大丈夫。ちょっとおでこを打っただけだから。名前はね、ええ、と、……妹とボクは双子で、ボクの生まれた所では双子はおんなじ名前を付けるんだ」
 だから一緒の名前なんだよ。
 そう健一に説明する言葉は棒読みで、いつもなら感じられるアージェントの豊かな感情が感じられない。
 何か、隠しているんでしょうか……。
 感情をそぎ落とした平坦な言葉は、何かを隠そうとする者に特有のものだ。
 よっぽど言えないこと以外だったら、そのうち言ってくれるかもしれませんし……。
 それ以上の追求をあきらめ、健一はにっこり微笑む。
「そうなんですか。いろいろと変わった風習があるんですね、ここは」
「ボクの生まれた所だけだろうけど、ね」
 アージェントは言葉を紡ぎながら、健一の様子を伺うようにしている。
「では、お茶にしましょうか。私も運ぶのを手伝いますよ。たくさんあって、大変そうですし……。そういえば、新しく歌を作ったので、ぜひ聴いて欲しいのですが……」
「新しい歌? いいよ、楽しみだな。どんな歌なの?」
「白き月に照らされ、銀の花は夜開く……、そういう出だしで始まる歌でして。昨日、妹さんにお会いした後、思いついたのです……」
 そんなふうに茶器を運びながら説明していると、傍らのアージェントの落ち着きがないのに気づく。小柄な姿を見下ろすと、やけに耳が赤い。
「どうしましたか?」
「ん? ううん、なんでもないよ。楽しみだな。健一の歌は奇麗だから……」
 中庭のテーブルにパウンドケーキやタルトケーキを並べ終え、アージェントははにかんだように微笑む。その姿に、昨日のクローネの姿が二重写しになり、健一は目をしばたたかせる。
 柔らかな風。運ばれる甘い花と菓子の匂い。鮮やかに辺りを照らす日の光。
 それらの中で健一は、色とりどりの菓子が並べられたテーブルに、茶器をセッティングしていく。
 クローネとは、健一の知る世界の言葉で、花冠を意味する。眩しい日の光を受け、光の花で出来た王冠を戴いたように煌めく銀の髪。それを目にし、健一は我知らず笑みを深くした。

 ─Fin─

◆ライター通信◆
四度目のご依頼ありがとうございます。ライターの縞させらです。
アージェントの夜の姿と昼間のお茶会ということで、私も楽しんで書かせていただきました。健一様にもお気に召していただけましたら、幸いです。
またの機会がありましたら、宜しくお願い致します。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
縞させら クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年09月05日

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