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『教育とはいかなるものか 』
天波・慎霰1928)&和田・京太郎(1837)&(登場しない)

 天波慎霰は天狗である。
 ただし、生まれついての天狗ではない。本来人間だったところをさらわれて、天狗にされてしまう――俗に言う『天狗攫い』で天狗になった。
 現在、慎霰は天狗の隠れ里に住んでいる。
 隠れ里では色々なルールがある。たとえば天狗の『成長の遅さ』により、外見年齢が慎霰と同じくらいだったとしても、実際には先輩の天狗もいる。この先輩たちの命令には――絶対服従。
 そんなわけで。
 先輩天狗に仕事を言い渡されて、慎霰は面倒くさそうだった。
「ガキどもの引率ねえ……はあ……」
 慎霰の目の前には、何人もの小学生ほどの、翼を背に持った天狗見習いがいる。
「ひとりでやんのもおっくうだなあ……」
 つぶやいた慎霰は、ぴんと閃いた。
「そーか、ひとりでやんなきゃいいんだな」

 というわけで――

「それでなンで俺が引っ張り出されるのかが分からねぇ……」
 和田京太郎は片手で顔を覆って、深くため息をついた。
 慎霰はにししと笑い、京太郎の肩に手をかけ、
「俺ら親友じゃん!」
 びしっ! と親指を立てる。
「お前と親友になるくらいならひとりでアリの巣ほじってるほうがましだ……」
「またまた、照れちゃって」
「照れてねえ!」
 怒鳴った京太郎は、服のすそをぴんと引っ張られて危うく倒れるところだった。
 あんだ? と振り向くと、そこには小さな天狗見習いたちがいて、にっこにっこと京太郎を見つめていた。
「おお。京太郎、気に入られたな」
 さすがだ、と慎霰は手を叩く。
 京太郎は難しい顔で子供たちを見た。
「おい。結局引率ってのは何をすんだよ」
「社会見学」
「社会見学……?」
 意味が分からず慎霰を見ると、慎霰は軽い口調で言ってきた。
「俺たちはさ、俺も含めてって意味だけど――子供の人間のときにさらわれて天狗にされるんだ。隠れ里で育つんだけどよ、人間界で仕事することも多くなってきてよ――人間界の一般常識を植えつけておくってわけ」
「……お前もその社会見学をやったってのか?」
「おー。やったやった」
「お前その社会見学、足りなかったんじゃねぇのか」
 京太郎が思い切り皮肉ってやると、慎霰は胸を張って、
「俺は人間界の常識はパーペキだぜ!」
「……その『パーペキ』って言葉がすでに死語だってんだ」
 慎霰はそんなことは気にしていなかった。
「さっ、手伝ってくれるよな?」
 京太郎はさからうことができなかった。さからおうとしても、どうせ慎霰お得意の念力で自分が遊ばれてしまうだけだ。
 大きくため息ひとつ。そして、
「まずどこへ連れていくんだよ」
 と京太郎は言った。

 とりあえず、いきなり大量に人がいるところは避けようということで、彼らは農村にやってきた。
 日本にもこんなにのどかな場所があるんだ、と心があたたまるような田んぼの続く道。
 だというのに――
「のわあっ!?」
 ずるっべしゃっざばんっ
 何もないところで転んで転んでまた転んで田んぼにつっこむ。京太郎はあっという間に泥だらけになった。
「てめえ、慎霰!」
「俺じゃないって」
「嘘つくんじゃねえ! てめえ以外に誰が――」
 何とか田んぼから起き上がった京太郎は、はっと視線を慎霰から慎霰の後ろに隠れようとしているちび天狗たちに移した。
「まさか――お前らか!?」
 田んぼからあがろうとすると、再び背中から引っ張られるような感じに襲われ、京太郎は田んぼに落ちた。
「こーら。お前ら」
 慎霰は後輩天狗たちをたしなめた。
「この田んぼっていうところはな、大切な大切な場所なんだ。ああやって人を落としたら田んぼが傷んじまうだろ? やめろ」
「俺の心配はねえのかーーー!」
 田んぼに浸かったまま、京太郎は大声をあげた。
「だってね、だってね」
 ちび天狗のひとりが京太郎を指差し、
「あの人、人間じゃない気配がする」
「俺は人間だっ!!!」
 起き上がる気力がまだ戻らず、田んぼに浸かったまま京太郎は怒鳴る。
 慎霰はちび天狗の頭をなでて、
「よく分かったなあ。お前将来いい天狗になるぞ」
「ふざけんな、俺は人間だ!!!」
 ――本人はあくまでも否定するが、実際京太郎は鬼の子である。人間ではない。本人がどうしても認めたくないだけだ。
 なんにしてもそんなことは、慎霰も子供たちも聞いちゃいなかった。
 慎霰が指をパチンと鳴らす。京太郎の体が浮く。京太郎は無意味にくるくる空中で回されながらあぜ道まで来ると、再び慎霰の指パチンで地面に落っこちた。
「あいてっ! 慎霰〜〜〜〜」
 尻を痛打して燃える炎の目で慎霰を見る京太郎をよそに、慎霰は後輩天狗たちにのたまった。
「いいかー。人間相手に念力は使っちゃだめだぞ、色々とめんどくさいことになるからなー」
「はーい」
 後輩天狗たちが元気に返事をする。
 京太郎は泥だらけのまま、両手の指をわらわらとうごめかした。
「じゃ、次行くか」
「待てこら、慎霰〜〜〜〜!」
「んあ? どーかした? 京太郎」
 気の抜けた返事をされて、京太郎の気も抜けた。
「頼むから、頼むから……っ」
 怒りを鎮めた代わりに懇願するように力んで、
「この泥だらけをどうにかしてくれーーーー!」
 ――慎霰は、ぽんと京太郎の肩に手をおいた。
 京太郎は真剣に慎霰の顔を見る。慎霰も真剣な顔で、口を開く――
「あのな。たった今、人間相手に念力を使っちゃだめだとガキどもに教えちまったんだ」
「しんざーーーーーーーん!!!!」
 ――結局、「人間相手じゃない、服だ!」というわけの分からない理屈で慎霰は念力によって泥を落としてやることにした。
 ただし――慎霰ではなく、子供たちの手によって……
 念力があまりうまくない子供たちは、間違えて――もしくはわざと――京太郎に悪さをした。
 まずまっさきに、京太郎の服を脱がした。そして服を、また田んぼに落っことした。
 京太郎が大声をあげる。慎霰が「こらー!」とそれをやらかしたちび天狗を相手に、
「田んぼは大切なところだから、遊ぶなっつったろーがー!」
「怒るところはそこか慎霰ーーー!」
 ちび天狗たちにやらせるとらちがあかない。最終的には仕方なく慎霰が、京太郎の泥に染まった服を乾かして、乾いた泥を念力で落とした。

 さて。
 農村で、人間界への一歩を終わらせたちび天狗たち。
 とうとう都会への進出を決めた。
「いいかーお前たち。あそこに信号ってのがあるだろ」
 ちび天狗たちに、慎霰は歩行者用の信号を示す。
「あれが青になったら、この白い線の入ったところを通ってもいいんだぞー」
 ためしに、青になったらちゃんと自分で動き出すかどうか、慎霰と京太郎は後ろで見ていることにした。
 信号が青になる。
 ――子供たちは動かなかった。
「おい、青になったら行けっつったろうが」
 京太郎が眉をひそめて子供たちを軽く叱る。
 子供たちはぷうと頬を膨らませ、口をとがらせて、
「だって、青になってないもん」
 ――慎霰と京太郎は顔を見合わせた。
 青……信号機の青……
「――あ! 緑か!」
 慎霰がぽんと手を打った。
 その通り。信号機で言う青とは、緑のことである。
 京太郎はため息をついて、
「あのな、信号機では緑のことを青っていうんだよ」
「なんで?」
「なんでもなにも、そうなんだから仕方ねえだろ」
「なんで?」
「………」
「ねえ、なんでー?」
 しつこく訊いてくるちび天狗に、京太郎はキレた。
「俺が知るかーーーーー!!」
 これ以上ない、心からの訴えだった。

 気を取り直して、もう一度信号機挑戦。
 青になった。子供たちは一斉に走り出した。
「こら待て! 走るな歩け!」
 ここは時差式の交差点ではない。曲がろうとした車がちび天狗にぶつかりそうになった。
 慎霰が指をパチンと鳴らす。
 車が急停車する。
 京太郎は思わず取り出しかけた拳銃を慌てて引っ込めた。
 その一台が急停車したことで、交差点が混乱した。仕方なく慎霰がすべての自動車を綺麗に整列させる。
 ――全員が渡り、慎霰と京太郎も渡り終わってから、ようやくスムーズに交差点が作動し始めた。
「まったく……走るんじゃねえよ」
 京太郎が原因のちび天狗をにらみつける。
「走るな、なんて言われなかったもん!」
 ちび天狗は負けじと京太郎をにらみ返してくる。
「危険を自ら感じ取れなかった。それは危ないことだぞ」
 慎霰が珍しく真顔でちび天狗をいさめた。
 京太郎は驚いた。慎霰でも真剣に後輩を導くことがあるのか――
「いいか、危険がないところじゃないと悪戯ができねぇからな」
 ずるっ
「ん? おーい京太郎。何もないところで転ぶようになったら歳だぞ」
「ほっとけ……」
 ひくひくと頬を引きつらせながら、京太郎は起き上がった。

 次は電車の乗り方に挑戦――
「切符はなくすなよー。人の財布を面白がってすったりするなよー」
「お前そんなことしてんのかよ、慎霰……」
 ため息をついた京太郎は、ふと気がついた。
「おい慎霰……ガキどもの」
「よーっし、電車来るぞー。楽しみに待ってろー」
「ガキどもの数が」
「来た来た来た来たー!」
「聞けよアホ!」
 京太郎は慎霰の頭をどついた。「ガキの数がひとりたんねーよ!」
「なにっ!?」
 慎霰は頭をおさえながら慌てて引率していた少年少女たちの数をたしかめる。
「おわ! いねえ!」
 どこいった! と騒ぎ出す慎霰の服を、ひとりのちび天狗が引っ張った。
「あのね、ここから落っこちて下にもぐりこんじゃった」
 指差すのはホームの下――
「ひいいいいいいい!」
 電車は目の前、もしも出てきてしまったら――
「で、出てくんなよ出てくんなよ! そのまま下にもぐってろよ!」
「お前の念力でどうにかなんねーのかよ!」
「あ、ああそうだった」
 慎霰でも慌てることはあるらしい。彼は指をパチンと鳴らして、下にもぐっているちび天狗を動けなくした。これで電車が来ても危険はない。
 電車が駅で停まる。
 騒いだせいで、駅員がやってきた。
 ホームから落ちたとお聞きしましたが、と慌てた顔の駅員に、慎霰は今までとはうってかわって落ち着いた笑顔を見せた。
「なんでもない、ちょっと子供が悪戯ではしゃいじまってよー」
「……まあ、なんでもない」
 やや不機嫌そうな表情の京太郎の言葉のほうが、信憑性があったらしい。駅員はほっとした顔で、
「あまり騒がないでくださいよ」
 と注意をし、それから電車の扉を開けた。
 本当はこの電車に乗るつもりだったのだが、ひとり足りないのでは乗れない。慎霰たちはその電車を見送った。
 パチン。慎霰が指を鳴らす。
 ホーム下から、落っこちた少年が元気よく出てきた。
「下ね、面白かったよ!」
「………」
 京太郎は無言で――
 その少年の頭を殴りつけた。

 京太郎が少年を殴りつけたことで、少年天狗は泣き出してしまった。
「参ったなあ……」
 とりあえず電車には乗ってみたものの、泣き出した天狗は泣き止まない。
 京太郎には謝るつもりがない。もちろん、なぜ殴ったのかは説明したのだが。
「外出たら、次はどこ行くか……」
 慎霰がむうと頭を悩ませる。
 電車が停まる。今度は慎重に人数をたしかめながら、全員並んでで改札口を通っていく。
「なあ慎霰……」
 後ろから注意深く子供たちを見ながら、京太郎は慎霰に声をかけた。
「やつら、本気で何も知らねえわけじゃねえんだな」
「ああ、記憶が少し残ってるんだろうな」
「記憶……?」
 いぶかしく思って眉根を寄せると、慎霰は軽く笑った。
「俺ら天狗は、元々人間だ。それをさらわれて天狗にされた。だから、さらわれる前の人間界の記憶は一応持ってんだ。……時が経つほど薄れていくから、こうして早めに外に出して、人間界の常識を思い出させる」
「………」
 京太郎は黙りこんだ。――慎霰の笑顔が、何だか悲しく思えて。
 と、
「あ!?」
 慎霰が声をあげた。「このやろ、次はどこへ行った!?」
「なっ?」
 京太郎が子供たちに意識を戻す。
 今度は数人の子供たち――特に年齢の高いほうの数人がいなくなっている。
「ちくしょう逃げるのはやたらうまいじゃねえかっ。おい、どこいったか心当たりは!?」
 京太郎がちび天狗たちに尋ねる。
 ちび天狗たちにとって、「恐怖の人」となった京太郎に怒鳴られるように訊かれて、ちび天狗たちはそれだけでもう泣きそうになった。
 慎霰が慌ててなだめて、
「泣くな泣くな。悪いことしなきゃ京太郎は怖くねえ。――どこ行ったか知らねえか?」
「げーせん行く、って言ってた……」
「あんだぁ!?」
 京太郎が大声をあげる。
「まあこんな感じで!」
 慎霰は笑った。
「記憶が残ってるやつも、いるんだよ!」

 時間的に遠くへいけるはずもない。近くのゲームセンターを訪ねると、しかしそこには天狗たちの姿はなかった。
「あ? おかしいな……」
 慎霰が店員をつかまえていなくなった天狗たちの背格好を教える。
 しかし店員たちは、知らないと首を振った。
「んー? この辺でゲーセンなんてここぐらいなもんなんだけどな……」
 京太郎の脳裏に嫌な予感が走る。
「おい、慎霰……」
「あんだ?」
「天狗の天敵、みてえなのは存在すんのか?」
「天敵っつーか――」
 言いかけて、慎霰の声が緊張した。
「――天狗さらい、ってのがいる」
 二人は顔を見合わせた。
「何か」
「嫌な予感がする……な」
 京太郎、と慎霰は呼んだ。
「なんだ」
「ちびども……少しの間頼んだ」
 そして慎霰は右腕にからみつかせている緑色の数珠を、ちゃら、と鳴らした。
「ちっとさがしてくるからよ」

 慎霰の数珠は怪異に対して反応する――
 ――数珠が発光するのに、そう時間はかからなかった。

「返してもらおうか」
 慎霰はその男と対峙する。
 異能者だ。天狗を何に使うか知らないが――
「そいつらは俺の大事な弟分だ……返してもらおうか」
 異能者がカマイタチを放ってくる。それを片手で握りつぶして。
「ばかが。カマイタチなんてえのは――」
 慎霰は念じる力を強くする――
「俺の領分だ!」
 大量のカマイタチが発生した。周囲すべてを囲まれ、異能者は逃げるすべを失った。
 ――ことが済み、慎霰は異能者につかまっていた三人の天狗を叱りつける。
「ばっかかお前ら。あんなもんに軽くつかまってんじゃねーよ。やりかえせ」
「アニキ……」
 ひとりが、ぽつりとつぶやいた。
「ん?」
 慎霰とそのひとりは兄弟ではない。聞き間違いかと「なんだ?」と促すと、
「弟分って言ってくれた。だから、アニキだ」
 瞳をきらきらさせて、三人の天狗は言った。
 ――京太郎と合流したとき、救い出されてきた三人の天狗が「アニキ、アニキ!」と嬉しそうに繰り返すのを見て、京太郎は「いつの間に弟を作ったんだ、お前」と慎霰を見た。
 慎霰はにいっと笑って、
「こいつらは俺のかっこよさに惚れたのさ」
 ごいん
 問答無用で、京太郎の拳が飛んだ。

 その後も後輩天狗たちは、何度も何度もトラブルに巻き込まれた。
 京太郎はへとへとに、慎霰は半ば楽しみながら、彼らを引率した。
 京太郎は思う。
 ――教育ってのは、こんなに疲れるもんなのか。
 世の教育者たちに深く脱帽しながら、彼は慎霰に呼ばれて、重い足を再び前に押し出した。


 ―Fin―
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年08月28日

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