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『『水の咲く花』 』
火宮・翔子3974)&(登場しない)


 あっという間でした。
 それしか覚えていません。
 …………。



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「当たり前だよ、そんなのは」
 彼は疲れたように頭を振った。
 私はそんな彼をじっと見ている。
 事の発端は、やはり依頼だった。
 その依頼を持ち込んできたのは**県***市の商店街。
 しかし、裏で調べた結果、その依頼をしてきたのは商店街の人間であって、商店街の人間ではなかった。
 彼らは操られていたのだ。
 怪異に?
 まさか。
 私の商売柄、そのような連想を働かせてしまう事もまあ、納得できる。
 私に、または私たちに恨みを抱く怪異が、その復讐で、排除を目的に人間を操り、私に依頼してくる………アニメや漫画、ティーンズが読むライトノベルなどではよくありそうな展開。
 しかしこれは現実であった。
 そしてはっきりと述べておこう。
 現実、
 リアル、
 世界、
 社会、
 学校、
 地域、
 友人関係、
 家族、
 環境、
 そういう枠組みの中では多くの危険があるが、その危険に遭う負の可能性のパーセンテージよりも、あなたの隣に居る人物に恨まれている可能性のパーセンテージの方が明らかに高い。
 それは怪異現象に遭うのと一緒だ。
 因果応報、という言葉をご存知だろうか?
 自分がした事は必ず自分に返ってくる。
 怪異現象に遭遇するにしてもそれは当てはまる。
 要するにあなたの理性、倫理観、そういうモノがやってはいけない、と訴える事をやらずにおけば、大抵のトラブルは避ける事が出来ると言う事だ。
 怪異現象はよっぽどの性質の悪い地縛霊、追憶霊などに遭遇しない限りは、心配する必要は無いし、私の経験上から言わせてもらえば、そんな事は滅多には無い。
 ここで話を先に述べた事と繋げよう。
 つまりだ、言ってしまえば危険に遭う負の可能性のパーセンテージよりも隣人に恨まれる可能性のパーセンテージの方が高いのだ。
 故にこの世で一番危惧すべき事は、隣人。
 唾棄すべきは怪異ではなく、人間の嫉妬。
 ご存知だろうか? 怪異となるのは、過去に生きていた、人間、であるという事を。
 要するにそういう事だ。
 この依頼をしてきたのは人間で、そしてそれは嫉妬の結晶だったと言う、ただそれだけの事。話。
 つくづく思う。
 本当にこの世界から排除されて然るべきなのは、人間、なのではないのかと。


 私がこの海に来たのは、現内閣総理大臣の期限終了に伴い次期内閣総理大臣として呼び声高いとある政治家の地元選挙区である海岸であった。
 この海岸は夏には観光客が多く集まり、ここでの収益がこの市の財政を半分以上潤わせていると言っても過言ではない。
 つまり、ここはこの市の生命線であり、
 そしてこの海で、怪異は現れるのだ。
 では、私はあなたに問題を出そう。
 私の説明から今、あなたはどのような推理をしているだろうか?
 考えて欲しい。
 思考は、何時いかなる時でも止めてはダメだ。
 さて、答えを述べてもいいだろうか?
 私は私に依頼を出したのはこの市の商店街だと言った。そしてそれは何者かの裏工作である事も。
 そしてこの海のある市がどのようなポジションにあるのかも説明したね?
 その推理を補強してあげるために私はあれほどに人間がいかに唾棄すべき醜い存在であるかも説明してあげたのだけど…………
 そう、そうだよ。
 その政治家のライバルの政治家だ。
 本当に人間は唾棄すべき醜い存在であると思う。
 そして私は心底怒っていた。


 私はこの市に来た。
 怪異が出る事は明らかだった。
 この海からは確かに仄暗く、冷酷にして、深い、憎悪を感じた。
 それは怪異の気配で、
 その気配の香りは、涙の匂いに包まれていた。
 肌が粟立つ。
 私の肌は粟立ち、うなじの産毛は総毛立っていた。
 それは私のハンターとしての本能と経験に裏打ちされた感が、この怪異はやばい、と告げていたのだ。
 一刻も早く、この怪異を排除しなければならない、そう思った。
 どれほどにこの事の裏に腹黒いたぬきどもが化かしあいをしていると言ってもだ。
 この国にはもはや政治家は居ない。
 居るのは政治を職業とし、私腹を肥やす薄汚くも無能な政治屋ばかりというのはもはやわかりきったことであり、
 それをそうさせて、
 尚且つそれに政治をさせてしまっているのは、
 この国の国民性の低脳さ、という事も明らかなことであり、結局は自業自得で話題となっている映画とは別の意味で日本という国は沈没するのであろうが、
 しかし、だからといって私はこの目の前の災厄を見過ごすわけにはいかなかった。


 彼と出会ったのは、ちょうど、そんな事を考えている時だった。
「かーのじょ。ナンパ待ち?」
 海水浴客を装うために赤のビキニの水着を着用して、暑い砂浜を素足で歩いていたところ、5人の今風の大学生たちに声をかけられた。
 下卑た笑みはお世辞にも整っているとは言い難く、最低なのは全員の目が私の胸から始まって、顔、再度胸、腹部、腰、太ももと移りまた、結局は胸で終わる事だろうか。
 怪異を相手にした時にでさえも感じられない怖気を感じたのは果たして彼らが私を視姦しただけに留まらずに脳内ではさらにいかがわしい想像をしてくれていたからだろうか?
 なら、
「そのお礼はきっちりとしないとね」
 御代は、あなたたちの反省の顔と言葉でいいかしらね?
 くすりと笑い、近場の更衣室の裏にでも彼らを呼び寄せようかと思ったが、しかしそこでスケッチブックを持った青年が声をかけてきた。
「ごめん。迷子になっていた」
 彼はそう言い私の手首を握ると、そのまま人込みの方へと歩いていった。
 その彼の手はわずかばかりに震えていて、
 そして私は彼のその紳士的な勇気に目を細め、くすりと笑ったものだ。



「ありがとう」
 私がそう言うと彼は笑みを浮かべて、その顔を左右に振った。
「絵、描いているのかしら?」
「え? ええ」
 彼は嬉しそうに微笑んだ。
 それから海を見つめた彼の横顔はしかし………
「ねえ、お礼をさせてくれないかしら? 性質の悪い馬鹿男たちから助けてくれたお礼」
「あ、いえ、そんな。別にそんなつもりじゃなかったし、俺」
「あら? こういう時は素直にお礼を受け取っておくべきだわ。女に恥をかかせるつもり? なんなら、ヌードデッサンのモデルになってあげてもいい。これでも、身体には自信はあるつもり」
 などと言いながら少し前かがみになって胸の谷間を強調するポーズをとりながら水着の肩ヒモに手をかける。
 途端、真っ赤になる彼の顔。
 耳まで真っ赤になっている彼のその反応は今時の青年にしてはひどく純粋で貴重だと思った。
「歳はいくつ?」
「1、 16」
「残念。私には青田刈りの趣味は無いから」
 おどけたように肩を竦める。
 彼の顔がその時に残念そうに歪んだかどうかは、彼の名誉の為にあなたには黙っておこう。
「というのは冗談で、あそこの海の家でお昼ご飯を奢る。その代わりにね、悪いけどいくつか質問に答えてもらえるかしら?」
 彼の持つスケッチブックは古く、そしてsinceの後に続く年号は、この海で水難事故が起きるようになった年と重なっていた。


 時刻は夜。
 結局、彼とのお昼ご飯は海の家で食べる焼きそばには石が入っていて、ラーメンは伸びきっていて、カキ氷は水っぽく水道水の味がする、という世間一般の評価を再確認するだけのものとなった。
 つまり収穫0。
 それでも彼と次の日にも会う約束をしたのは、本当のところ私には青田刈りの趣味がある、と言うわけではなく、
 収穫が0だった事が収穫だった、つまり彼が知ってて知らんふりをした可能性を考慮しての事だった。
 はっきりと言おう。
 私はこの海に居る怪異への対応をどうするべきかまだ迷っている。
 これが政治屋同士の醜い足の引っ張り合いだという事は明らかだ。
 しかしそうなると、
「なら、私にどうして依頼が来た?」 
 という事になるのだ。
 そう、どうして?
 夜の海は静かだった。
 静かな波の音色が大気に乗って夜に満ちている。
 潮の香りは心地良く、それがまた心を落ち着かせた。
 この地球上の生物は全て海から発生したものであり、よって地球上の生物は海を母の子宮として愛し、海には生命を癒す力があるという言葉を今なら私は信じられる気がした。
 が、その静かさが静寂を通り越して沈黙へと変わった時、私の肌が粟立った。
 海の波の音色すらも消えた。
 サイレント現象。怪異出現時に見られる無音の世界の名だ。
 夜の気配はざわつき、ぎこちなくなり、余所余所しくなって、そうして息を押し殺す形となった。
 聴こえるのは私の呼吸音ばかり………
 否、少女のくすくすと笑う声。
 美しい少女たちが、昼間の馬鹿そうなナンパ大学生を海へと引きずり込もうとしていた。
「迷ってる暇は無い、か」
 私は気を練り炎を作り出し、それを少女たちの一人に向かって投げつけた。
 が、それは海から発射された水珠によってかき消される。水は火を打ち消す。常識だ。
「しかし火は水を蒸発させる。それも世の理よ」
 私は火を放った。
 身体を捻り様。
 そしてそれを繰り出してから見て、驚いた。
 だって、何故なら、それを繰り出したのはまだ幼い男の子どもだったのだから。
 いや、彼だけでは無い。そこには何人もの子どもたちが居た。
 そしてその子達はとても恨めしそうな、悲しげな顔でこちらを見ていた。


 それは世界から切り離されたモノの表情だった、
 それは世界から捨てられたモノの表情だった、
 それは世界の対応を悲しむモノの表情だった、


 それは、泣いている人の、表情だった……………



 それは憐れむべきモノの表情だった……………



「だけどだからと言ったって」
 私は海に引きずりこまれた彼らを助けんと海に入るが、しかし、海の前では私は無力だった。
 何とか私は命からがら砂浜へと辿り着いた。
 海水に濡れて、
 いい加減体温が下がりきった身体で、
 私は、
「ちくしょぉぉぉぉぉぉ」
 砂浜を拳で叩きつけた。
「翔子さん」
 そう言って駆けつけてきたのはあの彼だった。
 私は、どうして? とは思わない。
 やはりそうだったのだ。
 がくがくの身体にしかし力を込めて私は立ち上がった。
 そして片手で彼の胸元を鷲掴んだ。
「どうして、どうしてあなたは知っている事全部言わなかったのですか?」
 それを八つ当たり、と言われても私は返す言葉を持たないだろうし、また言い訳をするつもりも無かった。
「当たり前だよ、そんなのは」
 彼はそう言った。
 そして次に泣き叫んだ。
「最初にあいつらを切り捨てたのはこの町の奴らなんだから!!!」
 何を今更………しかもこんな筋違いの方法で、
 彼はその場にそう苦しげにうめきながら崩折れた。
「それはどう言う事ですか?」
 そして彼は説明してくれた。
 この町が、
 ここを地元とする政治屋たちがとった、
 唾棄すべき人間と言うモノの醜さを。
 やはり怪異なんかよりも私は、
 生きている人間の方こそが醜く、生きる価値も無い、憐れむ価値すらも無い、どうしようも無いくだらないモノだと思った。


 怪異現象が発生する1年前、この海水浴場に遊びに来るはずの施設の子どもたち15人が乗ったバスが、
 酒酔い運転していた政治屋の息子の車のせいで事故り、
 ガードレールを破って、
 海へと堕ちた。
 そして政治屋は、
 自分の保身の為に、
 町は、
 海水浴客が落としていくお金が生命線であるから、
 その事を無かった事にした。
 犠牲者は身寄りの無い子どもばかりだったから。
 ……………本当に人間とは何ともくだらない生き物だろうか? 地球の害虫。滅びてしまえ、人間なんか!!!
 私は心底そう思った。



「それで毎年、供養のために来ているの?」
「はい。今日が、彼らの命日なんです」
 そして彼はごめんなさい、と言った。
 そして彼は海の中へと入っていこうとした。
 波打ち際で私はそれを止める。
「何をしようというの?」
「僕が死にます。それであの子達に赦してもらう。僕は、僕もその施設の子どもだったんです」
 その彼の心に惹かれるように先ほど見た子どもたちが現れて、笑いながら彼の腕を、足を触り、連れて行こうとしてきた。
 私は………
 私は…………………
「やめなさい。それでいいの? そんな事であなたたちはいいの? あなたは、あなたもそれでいいの? 絵描きとなって、世界中の恵まれない子どものために絵を描きたいと語ったあなたの夢は嘘だったの?」


 いいや違うそんな訳が無い彼は本気だった


「だったら生きなさい。あなたが生きる事で変わる事もある」
 私がそう言うと彼は悲鳴のような泣き声をあげ、
 そして子どもらの霊は消えた。



【ending】


 その次の日、海水浴場の砂浜には一台のバスが打ち上げられて、
 そしてそのバスからは行方不明となっていた施設の子どもたちと職員の遺体が発見され、しばらくの間はその事で少し騒がしかった。
 そう。私からの報告によって依頼主の政治屋がライバルを蹴落とすために全ての事を発表し、
 それによって次期総理と呼ばれていた男が警察の事情聴取を受ける事となり、近日中にも逮捕送検される事が明らかとなったからであったからだ。
 海水浴客たちの姿が見えなかったのはわすか数日ばかりで、
 そして今はまた海水浴場には多くの客の姿が見えた。
 所詮人間などはそんなものなのだ。
 本当にかの文豪ではないが、生きていてすみません、と言うのが合っている。
 それでもせめてもの救いは、それがたとえイメージ戦略による行為だとしても、海水浴場の一番目立つ場所に犠牲になった施設の子どもたちの慰霊碑が建てられる事になった事だろうか。
 私は数人の市の職員とその慰霊碑製作に携わる人間たちからどこまでも青い空へと視線を動かし、ため息を吐いた。



 →closed

PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年08月28日

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