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『『 恋 』 』
シグルマ0812)&(登場しない)


「ちっ。こんな暑い時期に結婚式とはよ〜」
 チャペルの硬い椅子に乱暴に座ったその男は、片手に握ったハンカチで頬の汗をぬぐい、反対の手では扇子を広げて顔をあおいだ。そして、『もう一組の』右手で蝶タイを少し緩め、左手で頭を掻いた。
 男の名はシグルマ。4本の腕を持つ戦士。今日は、呑み友達の結婚式だった。普段は豪快でバンカラな大酒飲みも、教会の長椅子では黒いスーツに身を包んでかしこまっている。
「お、似合うじゃないか」「あら、シグルマ、素敵よ」
 呑み屋の常連達もスーツ姿のシグルマを見て、親しみを込めてからかっていく。
 普段はいつでも白虎の鎧を着用し、筋肉質の四本の腕を剥き出しにしていた。こんな格好は窮屈で、しかも照れくさい。
「結婚式なんて、でーきれーだっ」

 そう、結婚式なんて、大嫌いだ。高い天井、靴音の響く床、色が氾濫するステンドグラス。西陽が必要以上に赤いガラスを赤く染める。シグルマは、眩しさに目を細める。懐かしく、そして痛い思い出がよぎる。

 あれは・・・もう20年も前。シグルマが15の夏の終わりだった。

* * *

 この地で生を全うしようともがくものは、己と異形なるものを警戒し忌み嫌う。襲われる危険を防ぐ為に。それは、頭では制御できない、血のなせる技かもしれない。
 シグルマが生まれ育った多腕族の村の人間は、肩のところから左右2本ずつの腕が伸びている。だが、同じ多腕族と呼ばれる種族でも、背に翼のように腕が生える人間達もいれば、頭から細い腕が六本も生えている人間もいた。
 翼の腕の人間を、シグルマの村の者達は「トリ野郎」などと侮蔑の言葉で呼んで差別した。森を一つ越えた近い土地に住み、対抗意識も強かったのだろう。向こうも、シグルマ達を蔑称で呼んでいたに違いない。二つの種族には、いざこざが絶えなかった。
 やがて、森が枯れて行き、シグルマの村も、「トリ野郎」達の村も、砂漠化が進んだ。作物は不作になり、動物も激減し狩りも酷しい有り様だった。少ない食料を廻り、二つの村は血を見る対立を繰り返すようになった。何度も小競り合いが起こり、村の若者が何人も大怪我を負い、その傷が元で亡くなる者も出た。若者達はいきり立ち、武器を握りしめたが・・・お互いの村の長は、戦いを好まなかった。このまま二つの村が戦争を始めたら、共倒れになる。争わずに協力するべきだと、年長者達は考えた。
 向こうの村長の息子と、こちらの村長の孫娘との婚姻。それが識者達の結論だった。

 孫娘は、シグルマより2歳年上の幼馴染みで、子供の頃は喧嘩で彼女に勝てる者はいないくらいのオテンバだった。今も粗野で愛想も無い。容姿にも構わず、バサバサの荒れた髪を無造作に後ろで縛り、紅も差さず、男達に混じって狩りへと出かけるような娘だ。
「政略結婚のおかげで、ヨメに行けそうじゃねーか。よかったよな〜」
 シグルマが村長宅の厨房を覗くと、幼馴染みは井戸から運んだ水を桶に分けているところだった。4本の腕を使っててきぱきと作業を進める。去年に比べて二の腕がすらりと細くなっていることに気付き、シグルマははっと息を飲む。
 シグルマにもう身長を抜かれてしまった孫娘は、じろりと上目使いで少年を睨んだ。
「そこに居ると料理の邪魔だよ。どいとくれ」
「村長さまも、平和の為っつーより、単におまえを押しつけたかっただけ・・・」
「黙れ!」
 杓からシグルマの顔に水が飛んだ。
「ガキには関係ないことだよ」
「ガキだとーーっ!」
 ムキになるシグルマの反応を鼻で笑い、孫娘は、質素なドレスの背中を向けた。相手は三番目の息子で30歳だそうだ。17の娘が嫁ぐには、少し歳を取りすぎているとシグルマは思った。だが、シグルマの村にも噂が届くような美男で、楽器が得意な穏やかな男だという。娘の背をじっと見つめても、彼女の心はわからない。喜んでいるのか、厭でたまらないのか、諦めて落ち着いた気持ちでいるのか。薄い木綿のワンピースに縦に走る背骨の線を、シグルマは無言で見つめた。
 こんな荒くれオンナが嫁に行くことになるとは、考えてもみなかった。ずっとこの村に居て、ずっとシグルマ達と一緒に獲物を追って森を走り続けるのだと思っていた。

 結婚が決まってから、娘には相手から毎日のように贈り物が届いた。赤や金の糸を複雑に織り上げた美しいドレスや、珍しい石を磨いて作った首飾り。香る葉を梳いて作った紙に、恋の歌が書いてあったこともある。
 井戸へと水汲みに来た娘は、貰い物のドレスを身にまとっていた。華やかな色はその赤ばかりが目立ち、娘の小振りの目鼻をさらに地味な印象にした。娘もそれに気づいているのか、自信なさげに背を曲げている。
「その服、お前に似合わないぞ」
 シグルマは娘の心へ石つぶてを投げる。井戸からくみ上げた桶の水が波打つ。娘は目尻を上げてシグルマを睨み付けた。
「そんなの、わかっている。許嫁からの贈り物だ、身につけねば申し訳ない」
 シグルマの耳は、『許嫁』という言葉を聞いて、稲妻を受けたような痛みを感じた。許嫁。娘が結婚する相手。シグルマの倍の年齢の男。もうすぐ、娘を腕に抱く男。
 大人のそいつは、熟練した指で娘のドレスを剥がすのだろうか。幼馴染みは、そいつの寝床で、その荒れた髪をほどくのだろうか。
「やめろ!やめちまえ、そんな結婚!」
 シグルマは、強い力で娘の肩を掴んだ。
「何言ってるのさ。馬鹿な・・・」
 また鼻で笑おうとした娘は、それ以上の言葉は発せず、がくりと頭を垂れた。シグルマが腹に軽い当て身を食らわせたのだ。崩れる娘の体を、シグルマが抱きとめた。娘の肢体に触れたのは、6年前に取っ組み合いの喧嘩をして以来だった。心臓に全身の血液が一気に流れ込んだような気がした。膝が小刻みに動いているが、自分は震えているのか?
 桶が地面に落ちて、水が短い草の上をゆっくりと流れ、やがて黒い土に吸い込まれて行った。

『俺は何をしちまったんだ?』
 盗んだ馬車を、森とは反対の方向へ走らせた。娘は幌の中でまだ気を失っている。
 馬を操りながら、考える。どこへ逃げよう。追手の届かない村へ。いや、どこか無人の豊かな森が有ればいい。二人で狩りをしながら暮らせばいい。
 思い切った行動を起こしてしまったという焦りで、手綱が汗で滑る。だが、どこか甘やかな胸踊る心持ちでもあった。
『俺だって、もう15だ。一人前の男と同じように働けるさ』
「馬を停めな」
 頬にひやりとした刃の感触が有った。闇が落ちて来た暗さの中で、きらりと鋼の閃光が目の端を走った。
「・・・。」
「停めないと本当に斬るよ」
「わかった」と声を落とし、シグルマは馬車を停止させた。草木もない土色の山が両側に切り立ち、夕暮れの中で闇よりさらに黒く暗く覆いかぶさっていた。
 幼馴染みはとっくに目を覚まし、シグルマにナイフを突きつける機会を窺っていたらしい。
「あんたは、政略結婚からあたしを救った英雄のつもりかもしれない。でも、あたしに同情しようなんて、百年早いよ」
「・・・。」
「あたしを嘗めるな。運命ぐらい、受け入れている。
 だいたい、あんたは二つの村がこのまま戦争になって、共倒れすればいいとでも思っているのか?」
「いや、俺はただ・・・」
 ただ、何なのだろう?
 こいつの幸福を祈ったか?愛の無い結婚を否定しようとしたのか?それとも、トリ野郎への嫌悪感か?
 言葉は出て来なかった。何故こんなことをしたのか自分でも答えが出せず、シグルマは血が滲むほど唇を噛んだ。
「馬車を降りろ。あたしはこれを戴いて、村へ戻るから」
 シグルマは素直に従った。乾いた地面は堅くひび割れていた。
「村へ帰ったら、あんたのしたことを告げるよ。あんたが歩いて帰ったら一番にすることは、村のみんな全員にひれ伏して謝ることだね」
 それだけ言い捨てると、娘は馬車を来た方向へと戻し、振り返りもせずに馬を出した。

 手も足も血が凍ってしまったように冷たくなっていた。自分の体が泥人形のように崩れ落ちそうだった。歯を食いしばり仁王立ちになり、馬車が見えなくなるまで見送った。
 大きく息を吐く。肩が動くと、膝も地に張り付いた。声にならない声が、喉の奥で暴れていた。竜が空へ挙がるように、悲鳴に似た嗚咽が声帯を震わせた。四つの拳をきつく握り、シグルマは獣のように慟哭した。
 もう、帰れるはずがない。俺は、何をしたのだ。

 その場で仰向けになって何時間も叫んだ。
 荒野を闇が包み、星が動いた。喉が焼けて痛み、声が出なくなっても、シグルマはずっと空を仰いでいた。やがて東の空が赤くなっていく。太陽が高くなって身を焼き尽くしても、シグルマは大の字のままだった。
 
* * *
 チャペルでの式も無事に終わり、「あ〜、肩が凝ったぜ」と、シグルマは全部の腕を景気よくぐるぐると回した。飲兵衛の二人が真面目くさって愛を誓う茶番に、シグルマは笑いをこらえるのに疲れてしまった感じだ。
 あのあと自分は、何日ああして空を仰いでいたのだっけ。どうやって起き上がったのだろう。なにせもう20年も前のことだ、すっかり忘れてしまった。
 荒野を彷徨って、サソリと戦ったり鷹から逃げたりしたのは、あの時だったろうか。
「この後、白山羊亭でパーティーだよな。さーあー、飲むぞーー!」
 つらい思い出には二種類ある。時が柔らかく変えてくれるものと、一生背負って行かねばならない重いもの。これが後者で無くなったのは、娘があそこでシグルマを振り切って戻ってくれたおかげだった。
「エルザード中の酒を飲み干しそうだな」
 参列者に軽口を叩かれ、シグルマはおおらかな笑い声を立てた。
 今夜もいい酒が飲めそうだ。


< END >
PCシチュエーションノベル(シングル) -
福娘紅子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年08月28日

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