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『夏の終わりの…… 』
鈴森・鎮2320)&(登場しない)


 お盆も過ぎて、空も太陽の光もどこか色を淡くし、入道雲も心なしか覇気がない。季節の移ろいを微かに感じる、そんな季節がやって来た。
 朝夕の風は涼やかになりつつあったが、午後ニ時……一日の内、最も気温の上がる頃ともなると、やはり、暑い。
 クーラーを利かせて室内で遊ぶには勿体無い晴天、しかし元気に走り回るにはまだまだ酷な日差し。
 そんな午後、子供の遊びの定番といえば、水遊びであろう。
「ふぃー。気持ちいいー!」
 鈴森(すずもり)家の末弟、鎮(しず)は冷たい水に浮かんでご満悦だった。
 自宅の小さな庭に鎮が自分で設置した、これまた小さなビニールプールは、小さいなりに極楽リゾート。
 生垣の影は風通しが良く、快適。軒下で鳴る風鈴の音色が涼感を誘う。
 じわじわ、と蝉の声が遠くから聞こえてくるのも、花壇に植えた向日葵に見下ろされるのも、いかにも夏の風情だというのに、我が身はこんなに涼しい、というのが堪らない。
 しかも、鎌鼬である彼は、人間の小学生男子の姿の他に、もう一つ、イタチの姿をもっている。
 そのイタチの姿であれば、ビニールプールでだって立派に泳げるのだ。ちょっとした巨大プール気分が味わえるという、この贅沢さ。
「よいしょ、と」
 茶色い毛並みの獣の手で、鎮は隣に浮かんでいた魚のオモチャを引き寄せた。プラスチック製のそれは、尾びれが動いて泳ぐ仕掛けの付いた代物だ。
 鎮がいっぱいにネジを巻いて手を離すと、かたかたかた、と魚は泳ぎ出す。
「よーし、競争だ!」
 イタチクロールで、魚を追って泳ぎ出した鎮の隣に、ちたぱたと水を散らす小さな影が近付いてきた。  
「うきゅ!」
 甲高い鳴き声と共に、イタチ姿の鎮と並んだのは、これまた小さな獣。鎮の体長よりも大分小さい、掌サイズの霊獣、イヅナのくーちゃんである。
 泳ぎが少し苦手なくーちゃんは、ドーナツほどの大きさの浮き輪に前足でつかまってバタ足で進んでいる(ゲームセンターの景品のラッコのぬいぐるみについていた浮き輪を、鎮が兄にねだってくーちゃん用に貰った)。
「おっ!? じゃあ、くーちゃんも一緒に競争だァ!」
「キュウ!」
 オモチャの魚と二匹のどうぶつたちは、丸いプールの中を一周した。もちろんというか当然というか、コースを外れた上に途中でネジが切れた魚が最下位であった……。
「いい勝負だったなあ」
「キュ〜ウ」
 一勝負終え、二匹まったりと水面に浮かんでいた時だった。
 車のエンジン音が、家の前で止まった。
「んん?」
 鎮が鼻先を向けてみると、生垣の葉っぱ越しに、運送屋のトラックが停車しているのが見える。
 横腹に書かれているロゴは、マイナー運送社「カモシカ便」のもの。
 ややあって、トラックから降りてきたお兄ちゃんの手によって、玄関のベルが鳴らされた。
「鈴森さーん、お届け物でーす」
 なんとなあーく、デジャヴを感じる。
 そんなことを思いつつ、鎮はパっと人間の姿になってプールから上がると、庭から玄関先へと回った。海パンに裸足、足元に水を垂らしながら、といういでたちだが、何しろお子様である。許されるであろう。
「はいはいっ。受け取りまっす」
「あ。どうも、お楽しみのところをお邪魔したようで。……サインお願いします」
 運送のお兄ちゃんは律儀に鎮に頭を下げ、伝票と一緒にボールペンを差し出してきた。
 受け取りながらチラリと見ると、伝票の差出人欄は、丸ごと空欄。
(……嫌な予感)
 伝票を濡らしてしまわないように苦心しつつサインした伝票と引き換えに、鎮はずっしりと重い封筒を受け取った。
 メール便である。見た目は、何のことはない、マチのついた事務用の茶封筒。無愛想な無地。
 貼り付けられた伝票に書かれた宛名は「鈴森家ご一同様」。
「うわあ、なんか、身に覚えあるぅ……」
 差出人なしで、その上兄弟たちのうち誰を指名するわけでもなく、ご一同様、で何かを送りつけてくるような相手には、心当たりが一つだけあった。あれは、今年の春のこと。
 封筒の中には、みっちりと四角い紙の束が詰まっている感触がする。丁度、500枚詰めで売っているコピー用紙の束が入っているような風に。しかし、けして真っ白い紙が詰まっているわけではないだろう。
 鎮には経験から、なんとなぁーく、中身はの予測はついていた。
 それは、けして受け取って嬉しいものではない。
「あ……後にしーようっと」
 走り去るカモシカ便のトラックを見送った後、鎮は封筒を玄関に放り込むと、再びイタチに姿を変えて水遊びへと戻った。


 夕刻。
 たっぷり堪能したプールを片付けて家の中に入り、体を乾かして服を着た鎮は、玄関に放りっぱなしにしておいた分厚い封筒という現実と直面することになる。
「開けるしかないよなあ」
 リビングでハサミを片手に、鎮はエイっとばかりに気合を入れる。
「キュ!」
 そんな鎮の肩の上で、くーちゃんも何故だか気合を入れている。
「よし、開けるぞ!」
 言葉は勇ましく、しかし手つきはそーっと。鎮は封筒にハサミを入れた。
 口を開け、逆さにした封筒から、がっさりと出てきたのは――チラシの束。
「やっぱりなぁああ!」
 鎮は頭を抱えた。
 鈴森家一同の出身地である、イタチ谷村の村役場。そこからの届け物であった。
 春には「りめんばー妖怪きゃんぺーん」とやらの一環として、名産の膏薬のサンプルと村のよさをアピールするチラシが大量に送りつけられ、配れと指示された。
 鎮たち三兄弟は協力しあってどうにか配りきったが、ものすごく疲れた、ということが記憶に鮮明である。都会には人が多いからと、村役場の職員たちは気軽に送りつけてきたのだろうが、とんでもない話だった。せかせかと道行きを急ぐ都会人たちに、何か物を配るというのは案外と難しいものなのだ。
 今回は何なのか。
 うんざりしてきた鎮は、とりあえず喉の渇きを癒すことを先にしようと思い立ち、キッチンへと向かった。
 冷蔵庫には切ったスイカが入っている。おやつに、と兄が用意してくれたものだ。
「やっぱ、夏はスイカだよなー」
 気分を浮上させつつ、足取りも軽くリビングに戻る。
 スイカを一口かじり、その甘さに眼を細めてやっとのこと、チラシに目を通す気力が沸いてきた。
 一枚引っ張り出すと、鎮はスイカをかじりながら読み始めた。
「ほほーう、秋祭り?」
 チラシには、月とススキのイラストを背景に、毛筆で「イタチ谷村秋祭り」と書かれている。先ほどまでプールを楽しんでいた身としては気が早く思えたが、宣伝するなら今からでも早すぎはしないのかもしれない。
 何しろイタチ谷村自体がマイナーな土地なのだから。
「そういえば、そろそろ、夏の味覚も終わりだもんなあ」
 しみじみと呟いて、鎮はスイカにかじりついた。しゃく、と瑞々しい歯ごたえ。
 そろそろスイカも旬の終わりで、値段が上がってきた、と、この間兄が言っていたような気がする。もしかして、これがこの夏最後のスイカかもしれない。
「キュキュ?」
 スプーンに掬ってもらったスイカの果肉を食べていたくーちゃんが、鎮の異変に鼻先を上げる。
「味わって食べような、くーちゃん」
 昨今、冬でもハウス栽培のスイカが出回るような時代であるが、やはり旬の露地ものの味には敵わない、と鎮は思う。
 スイカの種をお皿の上に吐きながら、一抹の寂しさを感じる鎮であった。
「しっかし、祭りったって、人呼べるのかな」
 イタチ谷村の秋祭りといえば、鎮の記憶だとせいぜいお神輿の練り歩きと神社でお神楽があったくらいだ。紅葉した山と、金色に染まった田んぼを背景に神輿が担がれて行くのは、鎮の好きな光景の一つだったが――出身者の贔屓目を抜きに、遠くからの人出を望めるかどうか考えてみると。
「どーだろうなー、イマイチ地味だよなー」
 秋祭りの文字から視線を下げて行くと、イタチ谷村へのアクセス方法と簡単な地図の他、祭りの詳細などが書かれてある。
 どうやら、村への来訪者たちと共に一つのイベントとして秋祭りを盛り上げよう、というのが今年からのスタンスらしい。
「何々……『秋の風が心地よい季節、都会の喧騒を離れ、里山に囲まれたイタチ谷村で郷愁溢れる穏やかな一日を味わってみませんか? 昔懐かしい祭り囃子と縁日の他、イベントを多数ご用意してお待ちしております』……ふーん。赤とんぼ取りに、秋の草花を使ったおもちゃ作り教室……へーえ」
 地味ではあるが、都会の親がいかにも子供にやらせてやりたくなるようなイベントである。
 村役場もけっこう考えてんだなあ、とか思いながら更に読み進み。
「!!」
 鎮の顔色が変わった。
 格安芋煮会。焼き芋大食い競争。
 なんとも魅力的な文句が、チラシの上には踊っていた。
「大食い競争の優勝者には新米10キロ進呈!? 他にも……新米オニギリ試食会、里山栗拾いハイキング……」
 これでもか、これでもかこれでもか!と、これぞ食欲の秋といわんばかりのイベントがてんこもり。
 チラシの文面はそう言っていた。
「秋かあー……」
 ほっくり煮上がった里芋を、味噌味で仕上げて。あつあつの焼き芋には、塩なんかちょっとつけて。
 気が付けばお行儀悪く口が半開きになっていて、慌てて鎮はヨダレを拭った。
「そうだよな。夏が終れば秋が来るんだよな!」
 夏の味覚の次は、秋の味覚!
 兄たちが帰ってきたら、季節外れの帰省を提案してみよう。
 うきうきとした足取りで、鎮は食べ終わったスイカのお皿を持ってキッチンへと向かった。
「キュウ?」
 リビングのテーブルの上には、スイカの汁で汚れた口元の毛を拭い、身づくろいを終えたくーちゃんが残される。
 その円らな目が見詰めているのは、封筒から飛び出たチラシの束――その一番下に覗いている、他のチラシとは明らかに色の違う紙、一枚。
「……キュ?」
 一枚だけ違うというのに気を引かれたのだろう、くーちゃんは器用にその紙を両手で挟み、引っ張り出す。
 村役場からのお願い、という文字が、紙面には見えた。


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     村役場からのお願い
                   イタチ谷村出身者様各位


 暑さ寒さも彼岸までとは言いますが、厳しい残暑の続く日々ですね。
 しかしながらイタチ谷村では、まだ赤くならない赤トンボの姿が見受けられるようになりました。稲が頭を垂れ始めるのももうじきでしょう。
 今年春に行いました、りめんばー妖怪きゃんぺーんは大変ご好評をいただきました。
 また、皆様には多大なるご協力を頂き、感謝いたします。
 さて、今回お届けさせていただきましたものは、イタチ谷村秋祭り2007のご案内チラシです。
 更なる村の発展を願い、今年から村の良さをアピールする事業の一環として、秋祭りもグレードアップすることとなりました。
 つきましては、イタチ谷村出身者さまにはチラシの配布とお客様の勧誘をお願いいたします。
 理想と致しましては、お一人様につき
 中年夫婦……2組
 若夫婦………3組
 大学生………5人
 小学生………5人
    ・
    ・
 (以下、膨大な勧誘ノルマが紙面の端まで続く) 

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 つまり、早めにチラシが届いたのは、村出身者に勧誘ノルマが課せられている故のことであった。
「………キュ????」
 文字の読めないくーちゃんには面白みがなかったのか、くーちゃんはまたもや器用に紙を両手で挟むと、ぐいぐい、とチラシの束の中に戻した。

 鎮がこの「村役場からのお願い」の存在に気付くのは、さんざん秋の味覚への夢想に浸りきった後のことである……。



                                                END






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 いつもお世話になっております、担当させていただきました階アトリです。
 お盆を過ぎると、朝夕は少しずつ涼しくなり、暑くなくなるのは嬉しいですが……もう夏休みのない大人なのに、夏の終わりを感じると毎年寂しくなります。
 ビニールプールと、秋祭りという組み合わせ、季節の移り変わりを感じるなーと思い、そのような雰囲気で書かせていただきました。
 楽しんでいただけましたら幸いです。
 しかし、芋煮と焼き芋はときめきますね……!

 今年も、とても残暑が厳しいですね。お体にはお気をつけて!

 では、またご縁がありましたらよろしくお願いします。ありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年08月24日

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