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『花言葉は『固い約束』 』
藤井・蘭2163)&藍原・和馬(1533)&水鏡・雪彼(6151)&(登場しない)



「ちくしょおぉぉッ、タダ働きばんざーい!」
「ばんざーいなの!」
「ばんざーいっ!」
 妙齢の男の雄叫びに、幼くほほえましい歓声がつづく。
「……ついでに、子守ばんざーい、と……」
 きゃっきゃと笑い声を上げるふたりの子供の声に隠れて、彼はこっそりそう付け加えた。彼のその呟きには半ば啓かれた悟りのようなものが見え隠れしている。彼が半日面倒を見るべき子供は、ふたりもいた。ふたりとも素直で賢く、典型的な「よいこ」だが、子供がふたりも集まって何も起きないはずがない。ましてここは、骨董品屋だ。子供にとっては、珍しいものがいっぱい詰まったおもちゃ箱に等しい場所だろう。
 これから起きるかもしれない非常事態を山ほど想定し、藍原和馬は早くも涙ぐんだ。こういうときに「とほほ」と言わずしていつ言うのだろう。
 和馬が半日預かることになったのは、藤井蘭と水鏡雪彼。もともと彼の家か、蘭の居候先で過ごす予定だったのだが、和馬が断れない相手から仕事を言い渡されてしまった。骨董品屋『神影』の店番――やっぱり今回も断れなかったので、蘭と雪彼は和馬に連れられ、古めかしい骨董品屋で半日を過ごすことになった。
 エアコンも、扇風機さえもない店内だが、蘭と雪彼は暑さをものともしなかった。ふたりはたちまち、『神影』の売り物を見て回ることに夢中になったからだ。
「ガラクタにしか見えねエけど、一応全部売りモンでなー。壊すと大変なことになっちまうから、いじるんじゃねエぞう」
「はーい!」
「はーい、なの!」
 ふたりは素直だ。そして、道路に飛び出すような真似をしない「よいこ」だ。和馬は一度忠告をしただけでカウンターに入り、スーツのジャケットを脱ぎ、暑い暑いと呻き始めた。カウンターに置かれていたうちわ(街角で配られていた広告うちわだ)で、ぬるい風を顔を送る。
 元気なふたりの子供は、熱心に『神影』の売り物を見ていた。
 いじらず騒がず、仲良く見ていた。


 子供の興味を引くものは、いくらでもあった。
 しかしとりわけ蘭の気を引いたのは、カウンターの近くの棚に置かれた『木の箱』だった。ダイヤルがついたスピーカーのような箱である。蘭にはそれが、何であるのかわからなかった。
「これ、なんだろうなの? へんなハコなの」
「あっ、雪彼、これ知ってるよ。むかしのラジオ!」
「ラジオ、なの? すんごくおおきいなの」
「真空管ラジオだ。この店にあるモンにしちゃまともだな」
 目をすがめ、カウンターの和馬が呑気な声を上げる。蘭はラジオに釘付けだった。ただ単に、初めて見るものだったから、気になっているわけではない。何かがある。蘭には不思議と、それがわかるのだった。
 ちいさなちいさな、息遣いが聞こえる気がする。
 蘭は初めて、店のものに手を触れた。雪彼も、それをとがめず、黙って見守っている。彼女にも、伝わる何かがあったのだ。蘭はラジオの裏を見た。
「かずまおにーさん、このラジオのなかみ、みてみたいなの」
「んん? ……まあ、いいか。埃たまってたらついでに掃除できるしな……」
 真空管ラジオは、裏蓋が簡単に外れるようにできている。和馬は慣れた手つきで、古い木製の裏蓋を外した。中には、奇妙な楕円計の電球に似た真空管が入っていて――
「「「あ!?」」」
 3人の驚きの声はきれいに揃った。ラジオの中に入っていたのは、真空管と、一冊の古い手帳だった。


 表紙はおろか、ページというページがすっかり変色してしまった手帳。どうやら雪彼や蘭と似た年頃の子供が、日記帳として使っていたらしい。子供の字は、罫線を無視した大きさで、遠い昔の日々を語っていた。ひらがなではなく、カタカナでしたためられている。
 ラジオはその子供のものだったようだ。日記の文面からも、彼の家が裕福であったことがうかがえる。そして彼が、何らかの病を患っていたことも、明らかだった。
 病院。
 薬。
 外の世界への憧れ。
 彼はこの真空管ラジオを聞きながら、窓辺のベッドで横になっていた――。
 他人の日記を読むのは多少後ろめたかったが、知らない時代に触れられるという魅力に負けて、蘭と雪彼は鉛筆でつづられた日記を読み進めていった。和馬も黙って、ふたりの後ろから小さな日記帳のページを覗きこんでいる。
「……これ、どのくらいむかしの日記なのかなあ?」
「戦争のことがひとつも出てきてないからなア、昭和の初めくらいか」
「あ」
 ページをめくった蘭が声を上げる。
 何かが、ページの間からこぼれ落ちた。
「なんだろ。すべすべしたかみのふくろだよ」
「油紙だな。なんか入ってるか?」
 雪彼は拾い上げた小さな袋を、光にかざした。中にはどうやら、植物の種が入っているらしい。


 六月一日
 家ニイラシタ先生カラアサガホノタネヲモラヒマシタ。
 今日学校デハ、ミナ、アサガホノタネマキヲシタラシヒデス。
 ネツガサガツタラ、ニハニ、タネヲマキマス。
 ハヤクマキタヒ。ゼツタヒニマキマス。
 ボクモカンサツ日記ヲツケタヒデス。

 六月五日
 マダアサガホノタネヲマヒテイナヒノデ、カナシヒデス。
 学校ノミナノアサガホハ、モウメガデタノカナ。
 ツカレタノデ、キヤウハ、ハヤクネマス。


「あさがほ?」
「昔は『お』を『ほ』って書いたのさ」
「うん……あさがおさんのタネなの」
 蘭の表情が曇った。なぜなら、日記が6月5日で終わっていたからだ。朝顔の種は油紙の袋に入れられたまま、この日記帳の、6月5日が記されたページに挟まっていた。
 ラジオと日記の持ち主は、結局熱が下がらなかったのだろうか。朝顔の種を庭に埋めることはなかった。もしかしたら、忘れてしまっただけなのかもしれない。そう思いたいが、それは考えにくい。彼は朝顔の種まきを日記に書くほど楽しみにしていたではないか。芽吹きを待ち望んでいたではないか。彼は、蒔けなかったのだ。
 蘭は振り返る。雪彼と和馬も、どこか沈んだ、神妙な面持ちだ。雪彼は種が入った袋を、強く握りしめていた。

 種を蒔こう、

 誰が最初にそう言い出したかはわからない。その案に異議を唱えた者はなかった。和馬は店の入口に『準備中』の札を下げ、蘭と雪彼は日記帳と種を手に、店の裏手の庭に向かった。
 庭はあまり手入れがされておらず、庭というよりも空き地と言ったほうがよかった。手入れが必要な花や木は枯れていて、雑草や、生命力の強いコスモスが幅を利かせている。それでも、朝顔の種を蒔くくらいの余裕はあった。
「蘭ちゃん、あさがおちゃんにおねがいして、すぐお花さかせてもらうことってできる?」
「できるけど、あさがおさんにむりさせちゃうことになるなの」
「そっか。……じゃ、ふつうにめが出るの、まったほうがいいね」
「かんさつにっきつけるなの!」
「――そうだね、日記の子のかわりに!」
 ふたりの子供は朝顔の種を土に埋め、和馬が古いじょうろ(売り物かもしれない)で水をやった。今日も夏にふさわしい強い陽射しに恵まれた日だ。水を吸ったはずの土はたちまち乾いた。
「かずまおにーさん、ぼく、これからまいにちここにくるなの」
「おウ、店の持ち主さんにも言っとくわ」
 蘭と雪彼は、少し笑って顔を見合わせ、裏口から店内に戻っていく。和馬はじょうろを片づけながら、朝顔の種が埋まっている土を見た。
「……100年近く前の種だ……ちゃんと、芽ェ出るかねえ……」
 しかし、数千年前のハスの種が芽吹き、花まで咲かせたという話も聞く。和馬はあまり期待をしなかったが、ふたりの子供たちの希望を否定することはなかった。そうして彼も店に入り、入口の札を『営業中』に戻す――。

 誰もいなくなった裏庭の土の中で、ちいさなちいさな音がした。
 音はやまず、大きくなっていく。
 緑の音だった。それは、土を破り、太陽の顔色をうかがった。
 ほんの数分で芽吹いた朝顔たちのつると茎は、音を立てて伸びていった――。



「おにーちゃん、かずまおにーちゃん……ねえ、おにーちゃんってば……」
 心頭滅却すればすれば火もまた涼し、というわけではないだろうが、この暑さの中で和馬は寝てしまっていた。ここには店番と子守のためにいるのだが、昼寝してしまうとは本末転倒だ。雪彼の声で、慌てて和馬は飛び起きた。
 和馬の目の中に、不安そうな雪彼の顔がアップで入りこむ。
「お、おおウ、寝ちったィ……お客サンでも来たかァ?」
「ちがうの。さっきね、蘭ちゃんと、外に出たら……」
 和馬は雪彼の話を聞きながら、目をこすり、店内を見回した。
 ずいぶんと暗い。日が沈むまで眠ってしまったのかと、和馬は一瞬どきりとした。蘭が入口のドアを開けて、呆然と立っている。
 和馬は腕時計を見た。まだ午後3時だ。ふたりの子供を預かり、店番についてから、まだ4時間も経っていない。
 しかし、ドアや窓の向こうから漏れてくる光が、あまりにも弱いのだ。まるで窓という窓に覆いをかぶせられたかのよう――
「? ……??? ……!?!!」
 開け放たれたドアを見た和馬は、何度も目をこすった。
 ドアの向こうに、緑が見える。
「かずまおにーさあん……」
 ドア口に立つ蘭が、困り果てた顔で和馬を見た。
 骨董品屋は、びっしりと繁茂した朝顔の蔓と葉に、すっかり抱きかかえられてしまっていた。
「なッ……なんだアあぁ!? なァにが起きたー!?」
 ざわ、さわ、ぞぞぞぞぞ。和馬が驚愕の絶叫を上げている間も、朝顔は蔓を伸ばし、壁を這い、葉を増やしつづけていた。


(約束だ)
(約束をした)
(約束)


 耳を澄まさずとも、蘭には聞こえる。いくつもの種から芽吹いた、古い朝顔たちの声だ。植物はいつの時代も、すべての生命に優しい。蘭は言う、「そういうきまりになっている」と。植物という植物は、地球上の生物を生かすという沈黙の掟を守りつづけている。
 朝顔たちも例に漏れなかった。かれらは、日記を残した子供との約束を果たそうとしている。種を蒔いて、観察日記をつけたい。病弱な子供がそれを願ったから、朝顔はその望を叶えようというのだ。
「なんで? なんできゅうに、こんなにのびたの?」
「にっきのもちぬしさん……、かんさつにっき、つけたいってかいてたなの」
「うん」
「がっこうのみんなより、たねまくのがおくれたなの。だから、かんさつにっきも、おくれちゃうなの」
「……そっか。あさがおちゃん、日記の子のおくれをとりもどしてあげようって、思ったのね?」
「ああアー、ヤバいぜこれァ! 店の持ち主さんにシバかれる! ドツかれる! どうしよう、どうしようなのッ!」
 ふたりの子供の後ろで軽い錯乱状態に陥る和馬を、朝顔は見ただろうか。すでに入口も窓も、朝顔の緑に覆われている。渦を巻く蔓は店内にも入りこんできていた。窓は押され、みしみしと音を立てている。
「うらにわにいこうなの! あさがおさんとおはなしするなの!」
「だいじょうぶかなあ……お話、つうじそう?」
「らんぼうなおはなは、いないなの」
 蘭は先頭を切って走り出す。蔓と葉とは、『神影』の中にいる3人に対して、危害を加えるつもりもないようだ。ただ、かれらは必死だった。
 雪彼はラジオの中に入っていた日記帳を抱いて、蘭を追う。和馬は雪彼のそばにいた。雪彼が蔓に足をとられないよう、朝顔の緑をかき分ける。茎も蔓も何もかも、引きちぎってしまえば楽に進めるが、蘭はそんな乱暴を悲しむだろう。ずんずんと先に進む蘭に、和馬と雪彼は苦心しながらついていった。


(さあ、出てきて)
(記すがいい)
(我々のはじまりと)
(終わりを、だ)


 蘭たちが裏庭に着く頃には、朝顔は『神影』を完全に支柱代わりにしてしまっていた。枝葉を間引かなかったために、無数のつぼみが葉の下からあらわれている。
 咲くのは、時間の問題だ。
「まって! まってなの、あさがおさん!」
 蘭と雪彼が種を蒔いたところに、朝顔は根を下ろしている。蒔いたすべての種が芽吹き、何本もの茎は絡まって、一本の木になっていた。
「いま、おひるなの。あさがおさんは、あさにさかなくちゃ!」
(いいや、待ってはいられない)
(あの子の記録が、遅れるばかりだ)
(あの子は書いているか)
「……」
「あ……」
 雪彼が朝顔の『木』を見上げて、口を開けた。目も、いっぱいに開いた。和馬もその後ろで、あんぐりと口を開けている。
 今は、午後3時半。朝に咲くはずの花は、ゆっくり、開き始めた。色という色があった。いくつもの種がひとつになった朝顔の木には、赤や、青や、白があって――
「あさがおさん……、にっきのもちぬしさんは……、」
 もう、いないなの。
 蘭は、ちいさく呟いた。
 どんなにちいさな呟きでも、かれらには伝わる。かれらには、生き物の心さえ読む力がある。ざわり、と朝顔は揺れたが――

(そうか)
 さささささ、とかれらは悲しげに笑った。
(薄々、気づいていた)
(なぜなら、これほど探しても……)
(いくら呼びかけても)
(かれは、あらわれなかったからだ)

 しかしそれも、仕方のないこと。すべては死ぬものだ。あの子は、その掟に従っただけ。
 朝顔はささやき、こうべを垂れた。
 かれらの成長の早さは常識を外れていたが、それは寿命も常識よりはるかに短いことを示していた。3人が見つめるうちに、朝顔の花はしおれて、茎と蔓はかさかさに乾き、葉は落ちて、土になっていく。
 そしてかれらは、『自分たち』を残していった。花の数よりもさらに多くの種が、土の上に落ちていたのだ。
「かんさつ日記……」
 地面を見つめるばかりの蘭に、雪彼がおずおずと近づく。
「この日記ちょう、まだたくさんページあまってるよ。蘭ちゃん、あさがおちゃんのかんさつ日記つけようよ。また、たねまこう? ね?」
「……うん」
 蘭は振り返らず、ごしごしと目をこすった。
 和馬はその後ろで、何も言わず、朝顔の種を拾い集めている。種拾いは、何日もかかりそうだ。子供たちがまたこの種を蒔くことにはまったく反対するつもりはないが、ひとつの鉢にひとつだけ蒔くべきだと、忠告するつもりだった。
 ――あ、待てよ。
 ひとつの鉢に、ひとつずつ。
 だとしたら、いったい何千鉢の朝顔を育てることになるのだろうか。


 雪彼と蘭は、小さな日記帳に記された6月5日のつづきを書き始めた。かわるがわる、クレヨンで朝顔の種を蒔いた鉢を描いていく。
 雪彼が最後に、鉛筆で日記をつけた。


●8月18日
 きょう、たねを、まきました。


 今は、それだけ。


 和馬は真空管ラジオを磨いて、陽の当たる場所に移した。隣には、朝顔の鉢がある。




〈了〉

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2006年08月18日

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