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『彼女たちの事情 』
阿佐人・悠輔5973)&葛織・紅華(NPC3098)

 葛織紅華がどんな娘かと聞かれたら――
 それはもう、「面倒くさい娘」の一言につきる、と阿佐人悠輔は思う。
 その「面倒くさい娘」を目の前にして、悠輔は大きくため息をついた。――どうしてこう、じゃじゃ馬なんだ。
「勉強なんか、したくありませんわ〜〜〜〜〜!!!」
 甲高い声が部屋に響き渡って、悠輔は耳をふさいだ。
 俺だってあんたの家庭教師なんかしたくないと内心思いつつも――

 ことの始まりは、やはり葛織家が発端だ。

 退魔の名門葛織家でのあるいざこざに巻き込まれた際、その終了記念を祝って悠輔はケーキを用意した。特別にあつらえたデコレーションケーキだ。
 高かった。それはもう、普通の高校生にはまともに払える額ではなかった。
 それのためにお小遣いを惜しみなく使ってしまった悠輔は――
 小遣い稼ぎのために仕方なく、アルバイトをすることにした。

 叔父の代わりに、ある少女の家庭教師をすること。

 その少女の名は葛織紅華。皮肉にも葛織家に連なる娘だ。
 何だかなあと思いながらも悠輔が勉強部屋へ入ろうとしたとき――
「きゃっ!」
 内開きに開くドアを慌てて避けた少女の声と遭遇した。
「………」
 悠輔はじーっと、冷や汗を流している目の前の少女を見る。
 豪奢な巻き毛の銀髪。緑の瞳。放っておけば間違いなく美少女と呼んでいい十代半ばほどの娘。
 少女は――そろーっと、悠輔の横を通り過ぎようとした。
 その腕をがっしと容赦なくつかんで。
「どこへ行くつもりだ? 紅華さん?」
「おほほ、ちょ、ちょっと化粧室に」
「………。トイレの時間は一時間後だ」
「まあ! 乙女の前で失礼でしてよ!」
「あんたが普通の乙女ならな」
 ぐいぐい腕を引っ張って椅子まで連れて行く。紅華は全力で嫌がった。だが力なら悠輔のほうが強い。
「はい座る!」
 強引に座らせると、紅華はここでも嫌がった。
「………」
 悠輔は無言で、紅華の服の端を持った。
 ずん
 と、音が聞こえたような気がした。
 どすんと紅華の腰が椅子に落ちる。
 悠輔の特殊能力は触れている布ならすべてを好きなように操れるということだ。例えば今のように、紅華の服を鉛のごとく重くしてみたり。
「ひ……卑怯でしてよ、かよわい女の子に!」
 紅華は目に涙までためて訴えてきた。
「卑怯なことをされたくなかったら、おとなしく勉強の時間は勉強してろ」
「べっ勉強なんか……っ」
 ぷいとそっぽを向く紅華。
 悠輔はため息をついて、叔父から聞かされていたことを思い返していた。

 ――紅華は勉強ができないから、それを思い知ることが嫌で逃げ出すんだ。

「分からないなら勉強すればいい」
 悠輔は言った。
「勉強っていうのはそのためにするんだ」
「最初からしなければいいんですわ!」
「――勇気を持てよ」
 悠輔の口から静かに落ちた言葉に。
 紅華が虚をつかれたような顔をする。
「万が一、俺でも分からなければ、一緒に分かるまでつき合ってやる。心配するな」
 言って、悠輔は紅華の服の裾を放す。
 紅華は――立ち上がらなかった。
「嫌ですわ……」
 小さく縮こまって、悠輔が机に並べていく教科書とノートを見つめている。
「さ、やるぞ」
 遠慮容赦なく、悠輔は紅華の手にペンを握らせた。

 悠輔の声を聞く紅華の様子は、さながら枯れた花のようだった。
 ほどなくして――
 コンコンと紅華の部屋がノックされ、紅華は嬉しそうに顔をあげた。
「入りなさい!」
 勉強が中断することがよほど嬉しいのだろう。悠輔は呆れてその変わりようを見る。
 失礼いたします、と礼儀正しく入ってきたのは、メイドだった。手にティーポットとティーカップを持っている。
「阿佐人様から頂いた紅茶です」
 メイドはそう言った。「ああ。ありがとう」と悠輔は礼を返した。
 不審そうに紅華は悠輔を見る。
「紅茶を持ってきた? なぜですの」
「最近お茶会で触れることが多くて俺も紅茶に興味が出てきてね。この紅茶もしづ――」
「あの子の名は出さないで!」
 察したらしい、紅華は威嚇する犬のような形相になった。
「あの子の名前を一回でも口にしたら、わたくし即刻お父様に言って家庭教師をクビにさせますわ!」
「………」
 家庭教師をクビにする、ということは、悠輔の叔父がクビになるということだ。仕方なく悠輔は口をつぐむ。
 紅華はメイドに言いつける。
「あの子の家からの紅茶ですって? あなた、即刻持ち帰りなさい。違う茶葉を使うのよ」
「買ってきたのは俺だ。誰かさんの家のお茶会で飲んだときにうまいと思ったから」
「それだけでも、許せませんわ」
「紅茶に罪はない。いい加減にしろ」
 紅華がう〜と犬のようにうなる。
 メイドがどうしたものかとおろおろしている。
「その紅茶を淹れていってくれ」
 悠輔はメイドに言った。
 メイドはどこかほっとしたようにうなずき、机にふたつのティーカップを置き、ティーポットから紅茶を淹れた。
 ふんわりと、甘酸っぱい香りが広がる。
「わたくし、飲みませんわよ」
 紅華はかたくなに飲むのを拒否する。
 メイドが去った後、悠輔は紅茶を一口飲んだ。
「こんなにうまいのに、もったいない」
「あの子の家のお茶会に出たですって? 汚らわしい」
 紅華は吐き捨てるように言う。
 ことりとティーカップを机に置き、
「なあ――」
 と悠輔は口を開いた。
「何で彼女とそんなにいがみあうようになったんだ?」
 彼女、とは――紅華の言うところの『あの子』、紅華の従妹である。
 紅華は一瞬その緑の瞳を横にそらして――それから前を見た。
「あの子とは、うまが合いませんのよ」
「そうか? あんたが歩み寄れば友達にもなれると思うんだがな」
「友達!」
 紅華は鳥肌でも立ったかのように身を震わせた。「とんでもない!」
「だから、どうして」
「うまが合いませんのよ!」
 紅華はその一点ばりである。
 ふう、とため息をついて、悠輔は紅華を見つめた。
「……もったいないぞ」
「何がですの」
「作れるはずの人とのつながり……自ら断ち切るのはもったいない」
「あの子との縁なんかなければよかった!」
 紅華はわめいた。悠輔は眉間にしわを寄せた。
「人の縁を無駄にするな」
 ぐっとトーンを落として話した言葉に、紅華がびくりと震える。
「俺は……人の縁で救われた。それ以来、人との縁を大切にしようと思っている。もちろんあんたとの縁もだ、紅華さん」
 教えてくれ――と悠輔は穏やかに言った。
「最初に、何があったんだ?」
「………」
 紅華は視線を下に向けてさまよわせた。
 やがて、ぽつりと。
「……わたくしは当主候補からもれた、それだけですわ」
「葛織家の?」
「他にどこがありますの」
 なげやりに紅華は答えてくる。
 たしかに――葛織家の次期当主は紅華の従妹のほうだ。その従妹はと言えば、結界に覆われた別荘地で外の世界を知らずに育てられている。あまりいい環境ではない。
 羨ましがられるものではないと思うのだが――
「あんたに、彼女と同じ環境ですごせるとは思えないがな。別荘地に閉じ込められて数人のメイドしか傍にいなくて――」
「うるさいですわ! あれが別荘に閉じ込められているのは当然の処置! 自業自得でしてよ!」
「……生まれ持った体質のせいなんだ。そこまで言うことはないだろう」
「あれには井戸の中の蛙が似合いですわ」
 ぷいと紅華はそっぽを向く。
 悠輔が呆れてその横顔を見ていると。
「剣舞を――」
 紅華はつぶやいた。
「剣舞を、わたくしは舞えなかった」
「………」
 剣舞。それは魔寄せの儀式。
 葛織の者は誰かが剣舞を舞い、寄ってきた魔を待機していた退魔師たちが処分するという、一風変わった退魔方式を行っている。
「剣舞の美しさをあなたは知っていらして? あの魔さえも魅了する美しさを――」
「……見たことはある」
 紅華の従妹の舞。
 従妹、その人物自身の美しさもあいまって最高の美しさをかもしだしていた。
「わたくしには舞えなかった。わたくしが舞っても、魔は寄ってこなかった」
 出来損ないと呼ばれたわ、と紅華は言った。
「葛織の直系でありながら、剣舞の能力がない。それがどれほど悔しいことか分かりまして?」
「紅華さん……」
「何も分からないでしょう。ええ、分かるはずがないわ、わたくしがどれほどあの子に嫉妬しているかなんて!」
「―――」
「あの子なんか――」
 あの子なんか。
 いなければよかった。
 不運にも歳近で、比べられることが多かった。
 あんな子なんて、いなければよかった。
「わたくしは大嫌いでしてよ――!」
「……紅華さん」
 目に涙をためた紅華に、悠輔は小さく囁きかける。
「俺は、あんたのことも嫌いじゃない」
「なっ――」
「剣舞が舞えるかどうかなんて関係ないさ――俺たち葛織家の関係者じゃない者にとっては」
 だから――
「もったいないと思う。あんたは笑えばかわいいのに、彼女の前じゃいつも険悪な顔をしている」
 紅華は真っ赤になった。
「あ、あなたの前で笑った覚えなんてありませんわ」
「俺も見た覚えはないな」
 あっさりとそう応え、「――でも、想像はつく」
「………」
「人は笑顔になるとどれほど美しくなるか――俺は知ってる」
 悠輔は妹の顔を思い出しながらそう言った。
 いつも笑顔でいる妹の顔を――
 その悠輔を、頬を真っ赤にしたまま紅華は見上げる。
 悠輔は軽く笑いかけた。
「紅茶、冷めるぞ」
「さ、冷めたって飲みませんわ」
「冷めてもうまいヤツ持ってきたけどな。いいから飲め」
「………」
「……強情だな」
 仕方ない、と悠輔は苦笑した。
「さ、勉強の再開だ。言うことを聞かなかった分ビシバシ行くぞ」
「か、関係ないじゃないですの!」
「何でもいい。あんたがやる気さえ出してくれれば」
「脅されたらますますやる気なくしますわっ!」
 そりゃそうだ、と悠輔は笑った。
 紅華がペンを持ち、ぐりぐりとノートの端に意味不明な円をいくつも書く。
「ノートがもったいない。丁寧に扱え」
「勉強の続きはなんですの!」
 やけくそになったように紅華は言った。
 悠輔はもう一度ティーカップを手に取り、一口飲んだ。
「よし、じゃ教科書五十二ページを開いて……」
 言いながらティーカップを置く悠輔の姿を、紅華はにらむように見つめていた。

 勉強はあまりはかどらなかった。
 けれど、有意義な時間だったと悠輔は思う。
「それじゃ、今日はこのあたりで」
 言うと、紅華はその名の通り頬も赤く顔に華を咲かせた。
「紅茶、冷めたな」
 とっくに空になっている自分のティーカップと、紅華の一口分も減っていないティーカップの中身とを見比べて、悠輔は苦笑する。
「さて、俺のアルバイトは今日だけだが――」
 ちらりと紅華を見やり、
「叔父さんから逃げたら、また捕まえて徹底的にしごいてやるからな。覚悟しとけよ」
「ううう〜〜〜」
 紅華はうなる。
 悠輔はひそかに思った。――この娘はふくれっ面のほうがかわいいかもしれない。
(なんてな)
 ドアノブを回そうとして――
 ふと気配を感じ、振り返る。
 紅華がティーカップを両手に持って、悠輔をにらんだ。
「まずいですわ! もっとマシな茶葉を持ってきなさい!」
「―――」
 悠輔は笑った。心の底から笑った。
 ティーカップの中身を一気飲みして、頬を上気させこちらをにらんだ紅華の顔が――
 何ともかわいくて、仕方なかった。


 ―Fin―
PCシチュエーションノベル(シングル) -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年08月07日

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