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『水泳学校本日開校 』
藤井・蘭2163)&藍原・和馬(1533)&(登場しない)


 藤井・蘭(ふじい らん)はテレビを見ていた。大きな目が飛び出るのではないかと心配になるくらい、目を大きく見開いたまま見ていた。
「すごいのー」
 感嘆を含んだ言葉は、無意識に出たものだ。すごい、という言葉を言おうとしたわけではなく、ただ出てしまった。そんな状態である。
 欠かさず見ているアニメを見ようとテレビをつけたところ、まだ時間が早かった為に違う番組をしていた。テレビ画面に映っているのは、イルカと泳ぐ一人の少年だった。小学生くらいだろうか。隣にイルカを携えて、実に優雅に泳いでいる。
 ばしゃ、ばしゃと水をかく姿は、イルカにも似ているようだ。
 蘭は辺りをきょろきょろと見回し、お気に入りのビーズクッションをぽむ、と自分の隣に置く。次に自分がその隣にごろんと寝転がり、ばたばたと手足を動かしてみた。
 ビーズクッションがイルカで、まるで泳いでいるかのように。
「何か違うのー」
 しばらくやってみてから、蘭はそう言って身体を起こした。無理も無い。ビーズクッションがイルカの代わりになるわけがないし、地上でばたばたと動かしても水の中でなければ上達も何もない。
「……あ、そうなの。教えてもらえばいいの!」
 蘭はそう言って立ち上がり、電話へと向かう。すると、テレビから三味線の音が響いてきた。大好きなアニメ、にゃんじろーが始まったのだ。
 蘭はくるりと踵を返し、テレビの前に戻ってきた。
「後で、電話するの」
 そう言って小さく笑う。泳ぎを教えてもらう電話も大事だが、今から始まるにゃんじろーを見るのも大事な事だ。
「第九十七話、泳ぎを教わりし思い出は」
 奇しくも、本日のにゃんじろーは水泳を題材にしたものであった。


 蘭の水泳指導者として白羽の矢が当たったのは、藍原・和馬(あいはら かずま)であった。にゃんじろーが終わった後、更なる水泳気分となった蘭は興奮気味に和馬に電話したのである。
 泳ぎを教えて欲しいの、と。
 それを二つ返事で了承した和馬は、蘭と近所にあるプールで泳ぎを教える事にしたのだが。
「……蘭、ちょっと聞いていいか?」
「はーい、なの」
「それは何だ?」
 怪訝そうな和馬に、蘭は「ほえ?」と尋ねる。和馬の視線をたどっていくと、蘭の水着に辿り着いた。
「緑の水着なの」
「ああ、いい色だな。蘭が選んだのか?」
「一緒に選んでもらったのー」
「そうかそうか……って、違うぞ!」
 びしっと和馬が突っ込む。ノリツッコミだ。なかなかの高等技術を要するノリツッコミだが、和馬はそれを難なくこなした。素晴らしい。
「それだよ、それ。その熊ちゃんだ」
 和馬に言われ、蘭は改めて腰を見る。そこにある、熊の絵が描かれた浮き輪を。
 蘭はにこーと笑い、和馬を見る。思わず和馬もにこーと笑う。
「熊さんなの」
「それは知ってるぞー。そうじゃなくてだな、蘭は今から泳ぐ練習をするんだよな?」
「そうなの」
「なら、浮き輪は邪魔だぞ!」
 がーん。
 そういう擬音が飛び出てきそうな雰囲気に包まれた。蘭は「え」と言って口をぽかんと開け、和馬は「うむうむ」と大きく頷いている。
「でも、和馬おにーさん。僕、浮き輪がないと」
「それはそうだろう。だが、しかーし!……あ、今日は俺の事を先生って呼んでね」
 違う言葉が入る。
「しかーし、なんなのー?和馬おにーさん」
「先生」
「……せんせー」
 蘭の言葉に、うむ、と和馬は頷いて言葉を続ける。
「その浮き輪なしで泳ぐ事になるのが、本日の課題なんだ!よって、浮き輪を今日は使わないのだ!」
 びしっ!
 力強く、和馬は蘭を指差す。蘭は「そうなのー」と言って小首を傾げる。あまり熱弁が届いていないようだ。
 間が開く。力強く説明した言葉をどう収集付けようかと悩む和馬と、そんなものなのかなぁとぼんやり考える蘭と。
「折角持ってきたのー」
 ぽつりと言う蘭の言葉に、和馬は「うっ」と言葉をつまらせる。ちょっとしょんぼりしているようだ。
「わ、分かった。じゃあ、それも使いつつ頑張るという事で」
 和馬の言葉に、蘭は顔をほころばせる。嬉しそうに「はい、なのー」と言い、和馬ににっこり笑いかけた。
「それじゃあ、準備体操をしてからプールに入るぞ」
「はーい、なの」
 プールサイドで準備体操をし、いよいよプールの中に入る。子ども用の、浅いプールだ。和馬が先に入ったが、腰くらいまでしか高さが無い。これならば、蘭でも足がつくだろう。
 蘭はプールサイドに浮き輪を置き、水に足をつける。ひやっとした水が、不思議な感覚だ。思わず笑ってしまう。
「ほら、蘭。来い来い」
 和馬に促され、蘭はプールの中に入る。勢い良く入ってしまった為、頭まですっぽりと入ってしまった。和馬にとっては腰までの深さでも、蘭にとっては頭まで深さがある。かろうじて足がつく、という程度なのだ。
 和馬は慌てて蘭を抱き上げる。蘭は「ぷは」と言って空気を吸い込む。
「びっくりしたのー」
「悪い悪い。ちょっと、深かったな」
「水いっぱいなのー」
「そりゃ、いっぱいあるが」
 和馬は苦笑し、蘭の手を取る。突如支えがなくなった蘭は、和馬の手をぎゅっと握り、顔を水上にあげる。
「ほら、力を抜いて。浮いてみよう」
 和馬に言われ、蘭は全身の力を抜く。すると、ぷか、と体が浮いてきた。思わずきゃっきゃっとはしゃいだ。
「和馬おにー……せんせー、浮いたのー」
「よし。それじゃあ、次はバタ足だ。水面を蹴るように、足を上下に動かしてみよう」
 蘭は言われたとおりに足を動かす。和馬はそれを見てゆっくりと蘭の手を引きながら後ろ向きに歩き始めた。ゆっくりと、視界が動いていく。
「バタ足は足だけを動かすんじゃなくて、足の根元から動かすんだ。で、足の指先はぴんと張るように伸ばして……」
「こ、こうなの?」
 ばちゃばちゃ、と叩いていた音が、ぱしゃぱしゃ、に変わる。
「そうそう。上手い上手い」
 和馬に誉められ、蘭は「えへへー」と笑う。こうしてプールの端まで進んでいった。
「じゃあ、次はクロールの手だ。クロールの手の動きは知ってるか?」
「テレビで見たけど、分からなかったの」
 蘭の言葉に、和馬は「よし」と答えてから蘭をプールサイドに座らせる。
「最初は前にこう伸ばしておいて、こう、回すんだ」
 和馬はクロールの手の動きをやりながら、説明する。
「右が終わったら、左。交互に動かしていくんだ」
「でも、それだったら息が苦しいのー」
「うん。だから、息継ぎっていうのをやるんだ。おっと、その前に地上で手の動きをやってみよう」
 和馬はそう言って、プールサイドに上がって蘭の後ろに立つ。そして、手の動きを教える為に動かしてやり、その後蘭一人で動かす様を見る。
「うん、そんな感じだ。で、息継ぎは……大体左の手を後ろにやる様を見る感じで」
「え?」
 説明が難しかったらしく、蘭はきょとんとする。和馬は「ええと」と言いながら、実演してみせる。
 左手を後ろにやる際に顔を上げ、横を見るという動きを。
 蘭はそれを見て真似をしてみる。地上なので、出来ている気分がしてたまらない。
「じゃ、それを水の中でやってみっか」
「はいなのー」
 和馬に言われ、再びプールに入る。
「1、2って声をかけるから。1で右手を回して、2で左手な。その時に横を向くようにやってみよう」
「わかったのー」
 再び蘭の手を引き、今度は最初にプールに入ったほうに向かって歩き始める。「1、2」と声をかけながら。
 蘭は和馬に言われたとおり、数えている数と共に手と顔を動かすように努力する。が、上手く顔をあげられない。横を見るつもりが、つい上まで見てしまう。
 見かねた和馬が途中で「ストップストップ」と声をかけ、止まった。
「上を見なくても、横で大丈夫だ」
「水が入ってきそうなの」
「大丈夫大丈夫。……多少、水が入っても死にゃしないって」
 不吉な言い方だ。
 それでも蘭は「頑張るの」と言ってこっくりと頷いた。
 再び数を数えながらの動きが始まった。今度は先程よりも上を水に泳いでいる。動きもだんだんよくなってきていた。
「よし、それじゃあ次は蘭一人で頑張ってみよう!」
「はいなのー!」
 和馬は頷いて蘭の隣につく。蘭は大きく息を吸い込み、先ほど和馬に教えられたとおりに手足を動かす。
 足は指先までピンと張って、足の付け根から動かす。
 手はリズム良く回し、左の時に息継ぎをする。横を見るように。
「……なんだかなぁ」
 ぽつり、と和馬が呟く。
 隣を泳ぐ蘭は、あまり前に進んでいなかった。ちゃんとバタ足をしているし、手をまわして水をかいているのだが。
 その進みはなんとも微々たる物だ。
「ちっこいからか?いや、でもなぁ」
 和馬が悩んでいるのも知らず、蘭は必死で泳ぐ。頭の中で「いち、にー」と数えつつ。
 こうして、途中和馬が何度も「引っ張りたい、押してやりたい」という葛藤を繰り返した蘭の泳ぎは、プールの半分くらいまで泳いだ。
 だが、そこで力尽きたらしく、泳ぐのをやめてしまった。和馬は慌てて蘭を抱きあげ、プールサイドに連れて行く。
「頑張ったな、蘭」
「頑張ったのー」
 にこ、と笑いあう。
「これから少しずつやってけば、いつか物凄く泳げるようになるだろ」
「本当なの?」
「ああ、大丈夫だって」
「イルカさんと泳げるようになるのー?」
 蘭が目をきらきらとさせながら尋ねる。和馬はその目に圧倒され、思わず「う、うん」と頷いた。蘭はそれを聞いて「わあい」と大はしゃぎする。
「よし、ひとまず今日はここまでにするか」
「えー。もう終わりなの?」
 不満そうな蘭に、和馬はにやりと笑う。
「いやいや、今日は良く出来ましたの賞品として、カキ氷を進呈するんだぞ」
「カキ氷!」
 蘭は「わあい」と言って喜ぶ。和馬はにっと笑い、蘭の頭をくしゃりとなでる。
「良く出来ましたで賞!」
「賞!」
 蘭はそう言ってきゃっきゃっと笑った。
「蘭は一体何味にするんだ?やっぱりメロンか?」
 和馬の問いに、蘭は「うーん」と悩む。
「メロンもいいけど、イチゴも好きなのー。でも、レモンも好きだし青いやつも好きなの」
「むむ、なかなか難しいな」
「難しいのー」
 悩んでいる蘭に、和馬は笑う。
 流石にカキ氷の味までを教えるという訳にはいかないだろう、と思いながら。


<学校はひとまず閉校し・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年07月28日

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