▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『amie 』
秋山・悠3367)&ステラ・R・西尾(NPC0771)

 バーゲンの季節に女同士が待ち合わせ、となれば当然その目的はただ一つである。
 某有名百貨店、その一階に店を構えるオープンカフェで手持ち無沙汰に人並みを眺めていた秋山悠は、黒髪、もしくは中途半端に色を抜いた金髪もどきやあからさまな着色に不自然な色合いの中に、一際目立って輝きを放つような金髪を見つけて、大きく手を振った。
「やっほー、ステラ〜っ!」
昼間の高く強い陽光を、揺れる髪が煌めくように含む錯覚に、悠は眼鏡の上に掌を翳して、待ち人の姿を改めようとした。
「や〜ん、悠〜〜ッ♪」
半身をテーブルの上に乗り出して居場所を示す悠に、ステラ・R・西尾は口ではイヤだと言いながら喜びを全身で示して抱き付く。
「待っタ? 元気ダッタ? 夏バテしてナイ? ダーリンのキャベツ美味シかっタ?」
矢継ぎ早に問いながら、豊満な胸を惜しみなく押し付けて、ぐりぐりと頬を肩口に擦りつける、近所の人懐っこい大型犬を彷彿とさせる相変わらず反応に、悠は苦笑しつつその背に手を回して軽く抱き返した。
「ちょっとだけ待ったわ。私も家族も元気一杯、旦那がゴーヤ料理に嵌ってるから夏バテの心配はナシ。キャベツ、1箱もありがとね、美味しく頂いてる。青物は都会じゃ高価いから家計的にもとっても助かってるわ」
一つずつ、丁寧な悠の答えに漸く満足したのか、ステラは少し身を離すと……しかし、悠の両肩に手を置いたままにっこりと嬉しげに微笑んだ。
「お役に立てて、良かったワ♪」
てらいのない感情表現は、如何にステラが欧米人といえどもあまりにストレートで、メールや電話でない久方ぶりの逢瀬に、その直撃を受けた悠は、あまりの眩しさに眼鏡を外して尺骨のあたりで目を擦った。
「アラ、また徹夜?」
充血して赤くなった悠の目を、ステラの翠の瞳が覗き込む。
「お肌に悪イわヨ、そんなニ〆切キツいの?」
ごく自然に案じて、踏み抜かれた地雷に一瞬こめかみに浮かんだ青筋は、麗人の他意なき無邪気さに、怒りの捌け口を見失ってぷしゅぅと音を立てて引く。
「〆切……〆切ね」
うふふあははと心の伴わない乾いた笑いが、悠の口元が魂と共に洩れ出でた。
「ネタ……ネタさえあれば〆切など恐るるに足らず、押し寄せようが潜もうが須く返り討ちにして、旬の食材と交換して食卓に乗せて貪り食ってやるのに……ッ」
「やーん、悠しっかりシテーッ?!」
視線を宙に漂わせ、ステラがするに任せたまま無抵抗にガクガクと首を揺らしながら、悠はぶつぶつと呟いた。
「落ち着いテ悠、今日は私トショッピングでしょ?!」
私からグにかかるまで、傍点を打ちたい力強さを込めたステラの言に、でろりとはみ出た魂が悠の口に吸い込まれる。
「……そうだったわね! ステラ、今日は休み?!」
「モチロン!」
ビシリと親指を立ててステラは力強く肯定し、その後肩を落としてしくしくと両手で顔を覆った。
「悠とバーゲンに行くっテ言ったラ、ミンナして市街戦ノ準備始めるノ〜」
災難ある所にその人あり、とまで歌われる悠、そして休暇となれば、必ず何処かで事件が起きて呼び出しを食うステラ……ある意味最強タッグである彼女等の合流に、最悪の事態を容易に想定するる程に、IO2も浸透した不文律にある意味こなれてきている。
「どうりでねー。今日はやけに黒服を見ると思ったわ」
ざっと周囲を見回しただけで、頭の上から足の先まで黒々とした人種が両手に余る程。
 梅雨が長いとはいえ、夏の日差しの強さから違和感としか言い様のない黒スーツ姿は、イマイチ街に溶け込めてない。
「とか言ってもねー。ステラだってしっかり職場の制服で来てるじゃない」
悠がうりうりと肘で小突く、ステラの腕は黒いレースで包まれていた。
「ウウン、これは日焼け防止。服務規程に沿ってタラ、こんな色も入れれナイモン♪」
言って脇を上げるステラが、纏うのはノースリーブのシンプルなワンピース。
 基本は黒なのだが、両脇、身体の線を強調するかのように、植物めいたグリーンのラインストーンが並んで色を添える。
「いいわね、瞳に合わせたの?」
「ウン♪ 悠もイツモ通りシンプル・スタイルネ。流行に流されない女ッテ格好イイワ♪」
服を褒められたら褒め返す、そしてそれが社交辞令でないあたり、ステラの相も変わらぬ回転の早さに悠は舌を巻いた。
「私、ご近所づきあいは得意じゃないんだけど……ステラとは付き合い易いわ」
本心には真意で。心を晒すにてらいない、ステラを相手にしているとつい……重なるはずもない面影が過ぎる。
 全てを投げ出すようでいて、本当に最後まで、心を明かそうとしなかった紅い瞳。
 不意に思い出す傷のように、痛みの在処を示す残像を悼む、間を与えずに。
「や〜ん、嬉しイッ! 悠、大好き〜ッ♪」
豊満な身体を持つ成人女性に、押し倒される勢いで力一杯首っ玉に抱き付かれ、座業の人間に筋肉だけでそれを堪えよというのはあまりに酷い。
「きゃ〜〜ッ?!」
当然の如く、支えきれずに傾く視界、何の因果かサンダルがすっぽ抜けて空を飛び、パリン、ドタッ、ガシャン、グシャッ……と、不穏な擬音が連続的に続いた。
「あ、ラ〜〜〜……」
後頭部の強打だけは免れた悠を押し倒し、上に乗ったままのステラが擬音の巻き起こる様に言葉を失っているのを見上げ、悠は不満を唱える間もなくスチャッ! とメモを天に構え、天地が逆でも書ける圧力ペンの先を紙面に添えた。
「ちょっと、ステラ! 黙ってないで退いて、イヤ、教えて今すぐ! 何が起こってるのかティーチミーナウ!!」
メシの種の発生を、決して逃すことはしない、今日も職業意識に満ち充ちた悠であった。


 バーゲン巡り、と言っても方や子持ちの大黒柱、方や専業でなくとも主婦、と使うより溜める傾向に陥りやすい立場にそう散財に至らない。
 女性同士が連れ立って出掛けた際、見栄や体裁が手伝って要りもしない服を衝動買いしがちだが、彼女等は買ったところで悠の娘達にステラが見立ててみたりとかワゴンセールで投げ売られている小物や生活必需品の程度と、旦那様方がペアの下着を愛用することになるちょっといやんな展開を秘す程度で満足する、ある意味家計に優しい家庭人達である。
「でもネー、ホントはあんまりサイズがないのヨゥ」
デパート内のディスプレイを冷やかしながら、ぼやくステラに悠も理解を示して頷く。
「あー、ステラならありそうねー。じゃ、ブランドとか結構決まってるっぽい?」
ステラのメリハリのつき過ぎた肢体は既製品の規格外だ。黒をメインにしていても、植物的な紋様を配したデザインが多いのが思い出される。
「わりとそうカモ。悠はアレよね⊃ムサとか多い?」
「ユニク口も大好きです!」
安さと品質。二大ポイントを抑える企業への好感度を、悠は握り締めた拳で現わす。
「でも流石に打ち合わせとかにはどうかなとかねー。かと言ってフォーマル過ぎて日常に着れないのはイヤだし、カジュアル過ぎるのもまたねー」
一応なりと、女性としての礼を押さえる女心の持ち合わせはある悠である。その悩みを聞くに、ステラがパンと両手を打ち合わせた。
「それならイイお店があるワ、悠! 裏通りにネ、個人のデザインで作ってる小さなオ店があるンだけド、アンサンブルがイイカンジなの〜」
「お値段の程は?」
最重要事項にキラリと眼鏡を光らせる悠に、ステラは自信たっぷりに黒いカードを示して見せた。
「品質のワリ、トッテモ良心価格。IO2関係者には2割引の特典つきヨ♪」
果たして如何なる営業を経てか。
 ステラの薦める商品自体にもだが、国際機構を相手に特典を儲けるその店舗の経営に甚だしい興味を覚え、悠は無意識にメモに手をやる。
「行くわよステラ!」
獲物を求めるハンターの目で促す悠……歩きながらの会話に、デパートの正面エントランス、吹き抜けのイベントスペースに足を踏み入れていたその足が同時に止まった。
 そして視線は等しく上へ、バーゲンの期間を赤字に白く抜いて下がる大きな垂れ幕を見上げるタイミングまで同時である。
「……どしたノ? 悠」
表情を改める事はせず、そしてその場から動くこともなくステラは傍らの悠に声だけかける。
「ん〜〜……」
対する悠もまた、見上げる視線に吹き抜け部分全体を窓に、空を映す窓を見上げて目を細めた。
「いや、そろそろ事件が起きる頃かと」
悠は有事に対応出来るよう、収穫物の入った紙袋の持ち手を肩にかけ、袋をしっかと小脇に挟んで固定する。
「私も、そろそろ呼び出しが来る頃カナって」
預かっててくれる? と袋を差し出して、ステラは身体の脇……丈の長いワンピースの側面、ラインの下に隠されたチャックを引き上げ、足の動きを阻んでタイトなラインにスリットを作った。
「うわ、いいわねそれ。お洒落で!」
「うふン、家庭を持っても女心は大事にしたいワヨネ♪」
思わぬ機能にきゃわきゃわと二人が盛り上がっている間に、ビリビリと窓硝子が振動し、地震に似た振動が足下を揺るがすのに異変に気付いた他の買い物客が、パニックを起こして反対側の出入り口に逃げ出す。
 最も、反対側に逃げろと声高に叫ぶ、黒服達の姿が現場に目立っているが。
 ショルダーバックから小型の通信機、一見折りたたみ式のヘッドフォンに見えるそれを片耳に宛て、ステラは復唱の形で悠に情報を伝える。
「エェ、ハイ……ゾウ? ゾウが逃げ出したのネ、って15頭も何処から出て来たノ? 実験用? 密輸入? 無傷で捕獲しなきゃなのネ……ハァイ、頑張るワ。ちゃんと出来タラ、イイコイイコしてネ、ダーリン♪」
通信の相手は同業の夫君らしい。チュッと音高い口付けをヘッドフォンにかまして、ステラは悪戯っぽく悠を見た。
「人間相手じゃないカラ、早く片付きソウヨ。済んだラさっき言ってたお店に行きましょうネ」
事後処理は同僚に任せるつもりなのか、ステラは悠に気易く請け負う。
 預かった荷物にメモを取り出せずにいた悠は、取り急いで紙袋に話の断片を横で聞きながらネタになりそうな単語を走り書きしながら、足は後ろに後退している……勿論、逃げる為ではなく、邪魔にならない位置で事件をつぶさに見て取る為だ。
「解ったわ、でも出来るだけこうなんというか、書きやすくしてね!」
正面から地を揺らす響きと共に、「パオーン」などという雄叫びが聞えてくる。
「悠っテバ、ダーリンより難しいコト言うんダカラ〜」
唇を尖らせて、ステラが不満を示すのに、悠は笑って手を振った。
「がんばってね〜っ!」
信頼を示した笑顔に、ステラも肩の力を抜いて微笑む。
「いいネタになったラ、お茶奢ってネ?」
「印税が入ったらね!」
期日を少々遠くに設定する、悠の返答はステラの愛機を運んで来た、大型ヘリのプロペラ音と屋内に突入する象の群の足音に阻まれた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年07月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.