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『廃墟奇譚 4 』
ジェームズ・ブラックマン5128)&ナイトホーク(NPC3829)

 廃墟の中にいると時間の流れが怪しくなる。
 それはここに来たときから、ずっと雨が降っていて薄暗いせいでもあるのだが、それよりももっと本質的な部分で時間の流れのことを上手く考えられない。まだ一週間ほどしか経っていないような気もするし、何年もこの男と一緒な気がする。
「どうした、夜鷹。何か用でもあるのか」
 ジェームズはそんな夜鷹の心を読んだかのように、コーヒーを飲むのをやめ顔を上げた。夜鷹は自分が読んでいた本をテーブルの上に置き、寝転がっていたソファーから起きあがる。
「あのさ、俺まだ外出ちゃダメ?」
 自分がこの廃墟に軟禁されてからどれぐらいになるのだろう。流石に最初ほど苛ついて自殺の真似事をしたり、ジェームズの寝首を掻こうなどとは思わなくなってきたが、それでも暇つぶしには限界がある。
 それに、夜鷹はまだ研究所のことが気になっていた。あそこにいた鳥たちはまだ生きているのか、そして自分に忌まわしい事をした研究員達は、まだのうのうと暮らしているのか…それを考えると自然に険しい表情になる。
「外に出て、何をする気だ?」
 その表情の変化をジェームズは見逃さなかった。表向きに傷が癒えたように見えても、まだ夜鷹の心の傷は生々しい物があるのだろう。本人は隠しているつもりだろうが、研ぎ澄まされたように微かに流れる殺気でそれが分かる。
 それを取り繕うように夜鷹は大げさに溜息をついた。
「別に。単に暇だから、そろそろ新しい本でも読みたいなって。ここにあった本、横文字のも読み尽くしちまったよ」
 …気付かれている。
 夜鷹はそんな事を思いながら、とりあえず本当のことを言った。ジェームズに嘘を言ったところで通じないだろう。だったらまず本当のことを言った方がごまかしもきく。
 この廃墟には結構本があったのだが、外に出られないので夜鷹は暇つぶしに黙々と本を読んでいた。コーヒーの入れ方を教わったり、カクテルを作ったりもしていたのだが、圧倒的に読書をしている時間が多かった。歴史、文学、図鑑…まるで活字中毒のように、何かを求めて文字をたどる。そうしていないと時間に押し潰されそうだったからだ。
「何か暇つぶしになる物が欲しいな。チェスも将棋も同じ相手だと流石に飽きる」
 それを聞きながらジェームズは外の世界に心を馳せた。確かにそろそろ一度外に出て、日本の情勢を知っておいた方がいいかもしれない。第一次世界大戦がどうなったのかも多少気になる。
 それに夜鷹が退屈している気持ちはよく分かった。まだ外に出すわけにはいかないが、何か退屈しのぎになることを教えた方がいいかもしれない。退屈で体は死なないかも知れないが、心を殺す事が出来る。長い生を生きる自分達にとって退屈は敵なのだ。
「明日にでも、ちょっと外に出てこよう。本だけでいいのか?」
 ジェームズがそう言うと、夜鷹は顔を上げてふっと笑った。
「しばらく暇がつぶせりゃ何でもいいよ」
 夜鷹はそう言うと、またソファーに寝転がり本を読み始めた。今読んでいるのは英語で書かれた古い料理本だ。そこには『上手なコーヒーの入れ方』も載っており、それを覚えようとしているらしい。
「………」
 お互い無言だった。
 言葉を出せば、言わなくてもいいことを言ってしまいそうだった。
 ジェームズも夜鷹も、まだお互いの距離感を計りあぐねている。どこまで近づけばいいのか、それとも近づかないままの方がいいのかそれが分からない。
 雨はいつものように降り続いているだけだった。

「軍靴の足音が聞こえる……」
 ジェームズは久々に外に出て、世界情勢を見ながらそう思っていた。大正三年に始まった第一次世界大戦はまだ終結しておらず、日本は中華民国などに兵を進めている。政情も不安で、民衆の心も浮き足立っている。
「人間という者はそう簡単に変わらないな」
 大きな戦いが起こり、それに便乗し戦が大きくなり、民の心を疲弊させる。昔からずっと行われてきたことなのに、人間はそれを改める気がないらしい。歴史を振り返ればその過ちが分かるはずなのに、それを振り返るようなこともしない。
 まるで蝉のようだ…つまらなそうに読んでいた新聞をテーブルに置き、ジェームズはコーヒーを口にした。
 土の中で七年もの長い歳月をかけて成長し、羽化してからは七日しか生きられない蝉のように、人間は何を考えて生き急ぐのだろう。蝉は七日間を鳴くことで過ごすが、人間は時に同じ人間の屍の山を築き上げることがある。それはいつの時代も変わらない。科学や文化が発達しているように見えて、結局同じ事を繰り返すだけなのだ。
「退屈もここに極まれりだ」
 この退屈は一体どうしたら取り除けるのか。
 自分はもしかしたら夜鷹に何かを期待しているのかも知れない…ジェームズはそんな事すら思う。上手く表現できないが、同じような時の流れを生きる者がいれば、この張り付いたような退屈と焦燥感がなくなるような気がするのだ。
 退屈は敵だ。
 このままだと退屈に殺される。
 日本にやってきたのもそう思ったからだった。死ぬことが恐ろしいわけではない。退屈によって心が渇き、何も感じなくなることが怖いのだ。
「そろそろ帰るか」
 夜鷹もきっと廃墟の中で退屈を持て余しているだろう。ジェームズは包みの中に入った本を持ち、また雨の中へと戻っていった。

「これで、しばらく退屈がしのげるな」
 ジェームズが買ってきた本を夜鷹は嬉々としてめくっていた。テーブルの上には夏目漱石の小説や、文学雑誌などが積まれている。だが、一番上にあった文芸雑誌『第四次新思潮』を見て夜鷹の手が止まった。
「…大正五年発行?」
 おかしい。
 そう思った瞬間頭の底が揺さぶられるような衝撃を覚える。それはずっと忘れていたと思っていたはずの記憶…。
『この怪我では助からないだろうから、研究所に運べ。無駄死にさせるよりはましだ』
 それを言ったのは誰だったか。そしてその時は何年だったか。
「待て、考えろ…落ち着け…」
 ギリッと奥歯が鳴る。あれは、確か明治天皇が崩御したときか。
 それが大正元年で、研究所には二年ぐらいいたはずだ。そこからジェームズに助けられたとしても、ここに来てから二年の月日が経っていることになる。それはどう考えてもおかしい。
 雨が降り止まないのはずっと前から気付いていたし、何度外に出ようとしても出られないので時間の流れが外と違うのかも知れないとは思っていた。だが、それにしてもジェームズの外見にまったく変化がないということはどういうことか?
「頭痛てぇ…」
 頭痛と吐き気がする。それに耐えるように夜鷹は立ち上がった。だが、目眩がして上手く歩くことが出来ない。
 今まで止まっていたままの思考が、堰を切ったように濁流となって流れる。
「くそっ、外に出たい…苦しい…頭が痛い…」
 何とか寄りかかった机の上にあったのは裁ちばさみだった。その冷たい光を見た途端、夜鷹は衝動的にそれを取った。
 頭が痛いなら、死ねばいい。
 その間は痛いことも何もかも忘れられる……。

「…夜鷹?」
 何かが床に落ちるような音に、ジェームズは立ち上がり部屋を出た。夜鷹は確か一階のフロアで本を読んでいたはずだ。
 だが、階段を下りたジェームズが見たのは、床に仰向けになり、胸元にはさみを刺し口から血を流す夜鷹の姿だった。
「夜鷹!何の騒ぎだ」
 走って近づくジェームズの言葉に全く答えず、夜鷹は血を吐きながら何事かを呟く。
「頭が痛いんだ…ゴホッ…どう…して、死ねない…」
 ジェームズは刺さっているはさみを抜こうとするが、右手でしっかりと夜鷹が掴んでいるのでそれができない。何とか抱え起こすと、夜鷹の目から涙が落ちる。
「あんたさ…いったい何なんだ…?あれから二年も経ってるなんて…悪い冗談だ…ははっ」
 何故その事を…ジェームズは辺りを見回した。床には今日買ってきた本や雑誌が落ちていて、その文芸雑誌の表紙に目が行く。
「…くそっ」
 ジェームズは自分の落ち度に嫌気が差していた。
 一度経験したことを、また繰り返そうとしていたのは自分ではないか。
 自分はこの廃墟での時間の流れも何もかも把握していたが、夜鷹はここで過ごしている時間と外で流れている時間が違うことを、今知ったのだ。砂時計のように、自分の指の間から知らないうちに時間がこぼれ落ちていく恐怖に、夜鷹は絶望したのかも知れない。
 ポケットからハンカチを出し、ジェームズは夜鷹の口や鼻から流れる血や涙を拭く。
「夜鷹、お前には私がどう見える?」
 それを聞き夜鷹は何か言おうとしたが、器官に血が流れ込むのか咳き込んで上手く喋ることが出来ない。ただ『分からない』と言うように首を振るだけだ。
「…瞳に映るモノが全てとは限らない。心で見ろ、惑わされるな」
「分かん…ねぇ…よ…」
 そう言うと、夜鷹の血まみれの右手がジェームズの顔に差し伸べられた。その隙にはさみを抜き、止血のために怪我をした場所を押さえる。
「あんたが何者…とか、どうでも…いい…ゴホ…」
 生暖かい手がジェームズの頬に触れた。夜鷹は泣き笑いのような顔でジェームズを見ている。
「ただ、怖いんだ…」
「何が?」
 それに夜鷹は首を振る。
「絶対…教えねぇ…」
 言えるはずがなかった。
 『置いて逝かれるのが怖い』など、ジェームズに言えるはずがない。
 ジェームズが人間であろうと、それとも別の何かであろうと、夜鷹にとってはどうでも良かった。悪魔でも何でも構わなかった。
 こぼれ落ちた時間…それは不老不死である夜鷹自身にとっては短いのだろうが、果たしてジェームズにとってはどうなのか。もし定められた命であるのなら、その二年という長さはどれぐらいのものになるのか。
 そしてその時に置いて逝かれたら、自分は正気でいられるだろうか…。
「こんな…事…なら…」
「夜鷹?聞こえないぞ、夜鷹!」
 ……心など許さなければ良かった。
 それは声にならず、差し伸べていた手が血で滑り落ちた。

 雨音は強くなっていた。
 一体どれぐらいの時間が経っていたのか…夜鷹が目を開けるとそこはベッドの上で、ジェームズが椅子に座って夜鷹を見下ろしている。
「気が付いたか?」
 その声に夜鷹は思わず両手を顔に当てた。ジェームズの白いシャツは自分の血で赤黒く染まっている。それだけじゃない。自分が差し伸べた手の痕がまだ頬に残っている。それなのに、自分の両手は綺麗になっていて…。
「どうして死ねないんだ…いっそ水にでも浸けて、ずっと目覚めないようにしてくれよ…」
 そう言うと、夜鷹の両目からまた涙が溢れた。ジェームズに背を向け、声を殺して泣き続ける。ジェームズはそんな夜鷹を見て自分の頬に手を当てた。まだ乾ききってない血が指に付き、思わずそれを口にすると、ほのかに甘苦い味が口の中に広がる。
 夜鷹が恐れているものは、自分と同じものなのかも知れない。
 心を許した者に置いて逝かれる…それは、退屈よりも深く自分の心を凍り付かせる。夜鷹が不死な事は知っているはずなのに、胸に突き刺さったはさみを見たとき、ジェームズは一瞬夜鷹が本当に死んでしまうのではないかと思った。そのまま目を覚まさなかったらと思うと、血の気が引くような気がした。
 ジェームズはそっとポケットから新品の煙草とマッチを出し、ベッドの横に置く。
「私が何者かは、お前の心で見ろ。瞳に映ったモノが本当に正しいのか、それとも偽りなのかは心で見極めろ」
 そう言ってジェームズは立ち上がった。しばらくは一人にしておいた方がいいだろう。
「夜鷹、これだけは言っておく」
「………」
「置いて逝かれなくて良かった。それだけだ…」
 ジェームズがドアを閉めた後、夜鷹は起きあがりベッドの横に置かれた煙草に手を伸ばした。それは『ゴールデンバット』という両切り煙草で、そこから一本取り出し火を付ける。
「苦…」
 初めて吸った煙草はひどく苦く、いつまでも青い煙を燻らせていた。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
「廃墟奇譚」の4本目をお届けいたしましたが如何だったでしょうか。
相関なども見て「人間は過ちを繰り返す」というフレーズを入れたりしてみました。前回でちょっと心を開いたように見えて、また戻る…って、なかなか難しいですね。
潜伏期間は大正十二年ぐらいまでの予定ですので、あと現実時間で七年ほど顔をつきあわせることになります。どうぞお付き合い下さいませ。
リテイクなどはご遠慮なくお願いします。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年07月24日

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