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『Piece of my wish 』
3009)&清芳(3010)&(登場しない)

 日々を過ごしているだけで幸せで、特に問題がある、等と思った事はさしてない。
 ただ、遠く、かの地から離れ、この場所に生きて。
 かの地では違う事も、また教わり吸収して。
 その中で、興味深いと最も思ったのは――、
「ジューンブライド……??」
「ああ、アンタの国じゃあ聞かないかな? この月に結婚すると幸せになれるんだよ」
 本当かどうかは確かめてみないと解らんがね。
 雑貨屋の主人は笑いながら、馨が購入した品々を丁寧に袋へと詰め、「でも俺は、カミさんと結婚して幸せになった口だが」と、さらりと言い切った。
 好ましい、笑顔だ。
「幸せになれるのですね……?」
 馨が居た場所では、この時期は、しとしと降る雨に全てが覆われる。
 何処までも薄暗い空と、湿った空気、温かさを時に含む雨とで、どこか湿った―ー、物悲しい思い出ばかりがあるような、季節。
 なのに、この場所では「幸福になれる」と言う伝承がある。
 これは、元居た場所では決して知りえなかった事だろう。
「それは……良い事を聞きました」
 口元に浮かべた微笑は真に嬉しそうで。
 話をした人物も自然に笑顔となっていた。




 大量の荷物を棚に片付けながら、馨は傍らの人に今日あった話をゆっくりした口調で話し始める。
 話している事を聞いていないような口ぶりで「ああ」とか「うん」と返しているが、多分、きちんと聞いているのだろう。
 その証拠に。
 動いてる筈の手が、時折止まったり、驚いたように動いたりと、実に雄弁だからだ。
 こういう時、笑っていいものか迷ってしまう。
 あまりに正直で素直で、笑みを禁じえないほどに。

「と、言う訳でして二人だけで、如何です?」
「うん、別に……って、何故に今頃!?」
「ですから、それは最初にお話したとおりですよ」
 幸せになれると言いますし、それに。
 言葉を区切り、手に触れる。
「清芳さんだって、どうせなら幸福にあやかりたいでしょう?」
「……あやからなくても充分に幸せな場合、どうすればいい?」
「答えは簡単です」
 なら、もっと幸せになれば良いんですよ。
 幸福は――、分け合う事ができるものですから。
 一人ではなく二人なら。
「幸せも、二倍?」
「ええ、勿論」
「哀しみは分けられないけれども、喜びと言うのはいいものだ。が、」
「はい?」
「まずは片付けてから、ゆっくり話を聞く…解ってると思うけれど、手を何度も止めてしまって片付けれてない」
「はい。では後ほどゆっくりと」
「ああ」
 話を区切り、二人は片付けを再開する。
 無言だったけれど、何故か、穏やかな空気があり。
 その理由を、二人とも解っていながらも、手を動かす。
 時間は、限られているのだから。




 片付けが終わったのは、それから一時間は軽く経っただろう時で。
 二人とも居間で、お茶を煎れ、互いの顔を見合わせると、ゆるりと話を始めた。
「二人だけで充分ですよね」
「知り合い少ないしな」
「と、言うより御知り合いの方々は皆さん知ってらっしゃると思いますし」
「あ、そっか」
「そうですよ。私たちだけで、静かに、ね」
「う、うん」
「清芳さん……何も其処で、どもらずとも」
「いや、何だか緊張しちゃって」
「緊張せずとも大丈夫ですよ、二人だけですから」
「…その二人だけってのが、一番の問題なんだって!」
「……そんなに、私がお嫌いですか」
「い、いや、そっちじゃなく!」
「そうですか……お嫌だったのですね…浮かれて、申し訳ありません……」
 さめざめと泣きを入れつつ、しょんぼり肩を落とす馨に清芳は慌ててフォローしようと「あー」とか「ええっと」と言い、馨の気配を探っている。こう言う場合、どう言っても墓穴を掘りそうな気がするだけに、上手い言葉と言うものも、中々見つからず、焦る。
 すると、そんな清芳の戸惑いを覆すように、灰色縞の仔猫が馨の膝元に寄り添い、「にゃ♪」と鳴く。
「……っ!」
 馨の愛猫、百草の鳴き声に堪えきれないように肩を揺らす。
 後に其れは、かみ殺した笑い声になり、漸く清芳は「またも」自分が騙されていた事に気付いた。
 落ち込んでいたのではない。
 からかう事が前提で。おかしくて笑いを堪えていたのだ。
「……だ、騙した……っ!!」
「すみません、でも清芳さんが悪いんですよ」
「何で!」
「気付かないのですから、教えません」
「む、むぅ……」
 ぶるぶる、震える拳をどのようにして抑えたら良いものか、清芳は、考えをめぐらしながら、ポツリと呟く。
「……指輪は欲しいな」
 いきなりの方向転換――いいや、話題に戻したと言うべきだろうか――に、馨は内心驚きながらも、表情を変える事無く、頷く。
 その指に象られる一つの光は、あって悪い物でなければ、困るものでもなく。
 寧ろ、あれば良いと想っていたものだったから。
 傍らに居る人には、決してそう言う望みを馨が言う事はなかったけれど。
「欲しいですね、あと白のヴェールも」
「そ、それは必要ないだろう! 黒いのがあるし、あれで充……」
「どのような物があっても充分と言う事はありませんよ。期日が余りありませんから、大きな望みはいえませんが、本当なら服だってオーダーメイドで」
「い……、要らん要らん!!」
「しかも、そうやって照れてしまいますし」
「うぅ……」
「まあ、清芳さんが、そうなのは仕方ないとして話を進めましょうか」
「ああ」
「で、指輪を買いに行くとしまして」
「うん?」
「一緒に買いに行きます? それとも別々に?」
 馨はさらりと言ったつもりだったのだが、その言葉は清芳には直撃過ぎたらしく、まるで金魚のように口をパクパクとさせるばかり。
 自分達で指輪を購入する――、そこまで思考が至らなかったのか、もしくは「欲しい」と言えば誰かが揃えてくれると思っていたかのどちらかだが、多分。
(清芳さんなら後者っぽいですねえ)
 時々妙に、鈍い所があるほどだが、これも幼い頃からの修行による世間とのギャップの所為なのか馨には、良くは解らない。
 が、
「……今の表情で答えを頂きました、個別に買いに行きましょうか」
 これ以上、照れで逃げ出しかねない清芳に笑いかける。
 すると漸く安堵したのだろうか。
 穏やかな笑みが口元に浮かんだ。
「う、うん……申し訳ない」
「いいんですよ、じゃあ、はい」
「え?」
 手をいきなり差し出され、清芳が目を丸くする。
「指のサイズを、覚えられるのなら。覚えておいて下さい。…薬指です」
「ああ……」
 そっと指に触れ、薬指を自分の指で握りこむ。確りとした手であるのに指は綺麗に長く、やはり一緒に行ったほうが間違いは少ないのでは、と清芳は考えながらも、自分の発言を撤回してしまうのは恥ずかしく、覚えこむように更に強く、握りしめると。
「……清芳さん、痛いです」
 そんな馨の声がして、慌てて指を離す。
 大きな手、長い指、いつも撫でててくれる、大好きな手を力の限りに握った事への謝罪を口にして。
「ゑ? ご、ごめんっ……つい、力の限りに」
「いえ、良いんですけどね。…覚えました?」
「うん。大丈夫だと思う」
「じゃあ、次は私の番ですね」
 清芳の左手を自分の掌の上にそっと乗せ、指を握る。
 ただ、それだけの事なのに、奇妙なまでに緊張する、のは。
(形に出来るからなのか、それとも)
 また、別の何かがあるからなのか。
 無茶ばかりしている筈の手は、思ったよりも白く、小さかった。





 互いが、互いの指のために購入しようと赴いた店は、不思議な事に噛み合う事が無かった。
 馨は馨で。
 清芳は清芳で。

 互いに行きやすい店、懇意にしている店があったからだが、指輪に関しては幾ら行きやすく馴染んだ店とは言え、簡単に選べるものではなかった。

 簡単に選んだとしたら後悔すると言うことも解っているだけに、迷いは更に深くもなるのだけれど。
 ウィンドウに飾られた銀の放つ光。
 其処に嵌めこまれた宝石の鮮やかな色。
 華美になりすぎず、また邪魔にならない……その様なものを探していても「これだ!」と思えるものが中々無い。
 絶えず持っていて貰いたいからこそ悩むのだが……無いと言うのも困る。
「すみません」
「はい?」
「指輪は、この中に入っているもののみでしょうか?」
「何かお探しで?」
「ええ…結婚指輪を」
「それでしたら、倉庫に何点かありますのでお持ちしましょう」
 奥へと消えていく店主の背中を見送る。
 ややあって、艶やかな布張りの箱を持ってきた店主が「こちらなど如何でしょうね」と、箱を開けた。
 息を、呑む。
(……倉庫の方に隠れていましたか)
 その中には目当ての商品が確かに、あった。
 石も小ぶりで邪魔になるようなものではなく、控えめな輝きと言い、銀の環の作りも細すぎず太すぎる事も無く丁度良かった。
 手を伸ばし指輪に触れると、まるで誂えた様にサイズまでが同じで。
「こちらの指輪、お幾らでしょうか?」
 今、見れたのは縁に違いないと、馨は店主に値段を問い掛けた。

 一方。
 清芳も清芳で、唸っていた。
 石も何も無い、シンプルな形が良いと思っていた。
 そして、出来るのであれば裏面に文字を刻んでほしいと。
 が、指輪はあれども、そう言う刻印サービスをしてくれるところが無い。
 当然と言えば、当然かもしれない。
 彼らは売るだけで、そう言う職を生業にしているわけではないのだから。
 気に入りの店は全て、見た。
 もう、後は無いような気さえするままに、一軒の店が目に入った。
 ……どうやら、彫金をしてくれる所らしい。
 これで最後だと覚悟を決め、清芳はドアベルを鳴らし扉を開けた。
 店主は奥に居るのだろうか、人っ子一人居らず、店で作られたであろう商品たちだけが自らの存在を語りかけている。
 一個、指輪を取ってみればイメージに近いものが数点あり、じぃぃと、音がしそうなほどに指輪を見つめた。
 あの指には、どれが似合うだろう。
 出来るなら一番似合うものがいい。

(どれなら、喜んでくれるかな)

 満面の笑みが見れたらいいのに。
 静かな空気の中で清芳は数点を見比べ続けている。




 幸せになりましょう、とか。
 充分に満たされてる、とか。

 言葉で納得していた筈のものが、二人で行動を始める、それだけで。
 如何に、小さい世界を指していたかを、知る。

 互いに互いの物を選ぶ。
 其処に居ないのに近くに居るような存在感に。

 ただ、ただ。
 歓びを、思い出す。
 そして。
 言葉ではない、存在に、全てを委ねたくなってしまう。

 これは、きっと一人では味わう事など無い感情。
 二人で歩むからこその、幸福の道標。




 指輪を互いに買い求めた後。
 清芳は、真っ直ぐ家に帰り、まずは練習用の花束を作る。
 二人だけの結婚式なので、家で咲いた花たちに協力してもらおうと丁寧に選び、鋏を入れていく。
 選んだ花は百合。
 小ぶりではない大輪の花は二つ、三つ切っただけもで充分な存在感を見せる。

 さて、リボンの色や包み紙の色は、どの色にすべきだろう?
 真面目一筋な顔に、穏やかな笑みが浮かんで、百草、「にゃあ?」と語りかけるような鳴き声をあげた。

 そして。
 馨は馨で、もう一件、別の店へと急ぐ。
 指輪を買うので大分時間が経ってしまったけれど、まだ店自体はやっている筈。
 解っているが足が急いてしまうのを止められず、目当てのものがまだあった嬉しさに、口元を綻ばせた。

『あなたと、一緒に』

 互いが、互いの心へと満ちて行く。
 柔らかな、夕刻の日差しが、街を彩って行く。

 ああ、そう言えば、夕陽を一緒に見ようと約束していたのだと、ふと思い出す。
 互い互いに違う場所に居るけれど、まるで、空気のようにとても。

(近くに在る)

 ただ、式を挙げようと思い立っただけなのに、本当に想い馳せる事が数多くある。
 その面白さに、これは、どのような想いから来ているのだろう等とも考えて。
 帰宅したら、話してみるのも面白いかもしれない。その時に彼女から出た言葉が違うものであっても、それもまた、其々の思考の面白さゆえだと、笑みを浮かべることも出来るだろうから。





 楽しみ、というものが在ると。
 不思議な事に、頑張れたり、逆に楽しみが過ぎて眠れなくなったりと感情に振り回される事が多い。
 だが、それを不愉快に感じないのは。
 楽しみと思う自分自身が確かに在ると知っているからかも知れない。




 結婚式を教会で挙げるべきか、どうかは、ギリギリまで悩んだ。
 清芳は「二人だけなら、教会でなくとも家の庭でも問題ないのでは」と主張し、馨は馨で、「庭も素敵ですけれど、こういう時は神様にも見て頂くのも良いのではないかと思います」と清芳の主張に折れる事がなかった。
 結局、こういう時は折れないものが勝つ。

 ――つまり、馨が勝った訳だが。

「二人だけと言ったのに、更に神を証人にする気か!」と言う清芳の叫びには一切、耳を貸さなかった。いや、喩え、耳を貸したとしても変更する気など、さらさら無い訳だが。

 こうして、場所も決まり、互いに買い求めたもので式を挙げる日も、やってきた。
 僅かな日数だった筈なのに、買い求め走った日々の何と楽しかった事だろう。
 教会、マリア像の前に、清芳が居る。
 ドレス姿ではない。けれど、またいつもとは違う服を着ている、それだけなのに、いやに胸に響く。
 清芳も同様に初めて出逢った時のような気持ちで馨を見ていた。
(緊張のあまり、じっと私は貴方を見ていたっけ)
 真っ直ぐに見返してくれた瞳は、最初の頃と変わらぬままに穏やかで、今も変わらずに見返してくれる。
 不思議なものだ、人の縁と言うものは。

 馨、清芳の傍らに立つとふわりと何かをかけた。清芳が持つ黒のヴェールとは違う、それは、白く何処までも長く、淡い光沢を放つ。

「似合いますよ、とても」
「こんなに長くなくても、良かったのに」
「店で見かけた時、これしかないと思ったんです」
「……ありがとう」
「どう致しまして。さて、じゃあ清芳さん。お手を、どうぞ?」
「……指に合うかどうか、互いに緊張する一瞬だな」
「合いますよ、きっと……自信はあります」
「うん……」
 指輪を出し、清芳の指へと嵌めてゆく。「自信がある」と言ったとおり、寸分の狂い無く、清芳の指へと納まる。銀の光と、小さな宝石の放つ光が合わさって、それはとても美しいものに彼女の瞳に映った。
「た、高かったんじゃ……?」
「予算内でしたよ。とても良いご主人で、結婚指輪ならと」
「こんなに綺麗だと……私のがつまらなく見えそうだ」
「そんな事はありませんよ。はい」
「わ、解った。ええと……」
 落ち着いた馨とは対照的に、あたふた慌てながら、銀の指輪を出し、馨の指へと嵌めた。サイズは、どうにか合っていた様で、馨に気づかれぬよう、小さな息を一つ吐くと、
「良かった、合ってたな。シンプル過ぎて申し訳ない」
 と、笑顔を浮かべた。
「いえ。多分裏面の方に秘密があるのでしょう?」
「……あのな。そうやって何でも解っちゃうって問題だと思うぞ」
「申し訳ありません。で、何と?」
「私から、貴方へ。そして今日の日付を英文で入れて貰った」
「では、無くさない様に気をつけねばいけませんね。無論、無くすつもりもありませんが」
「当然だ。無くしたら見つかるまで家には帰らん」
「――……有り難うございます」
 では、互いに誓い合うとしましょう。
 無くさない、と言う事と共に在ると言う事と、二つ。
 穏やかなる聖母と神の子を証人にして。

 あなたが居て、とても嬉しい。

(じっと見られていたのに、それでも煩わしくなかったのは)

 彼女の目に、害意がないことを知っていたからかも知れない。
 ただ、真っ直ぐに、こちらを見ていた瞳。

 今も昔も、変わらずに、ただ。

 触れ合う唇の温かさから、零れる、息。
 首へと回された腕の力の強さと百合の香り。
 確かにある互いの存在を感じながら、二人は祝福の空気が場に満ちたのを感じていた。


『これからも』


 その言葉を誓いの言葉にして。
 共に、何時までも。





―End―
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年07月20日

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