▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『天然魔女の事件簿〜闇は惨劇の薫り〜 』
伊吹・夜闇5655)&ルーリィ(NPC1404)



 その日の空は灰色で、店の外にゴミを出しに出た私は、空を見上げて嘆息した。
日差しがないから涼しいのは良いけれど、このどんよりした空気は、何故か気分を落ち着かなくさせる。
そう、嵐の予感を感じるような。
(…雷が鳴らなきゃいいんだけど)
 ともすれば遠くのほうからゴロゴロ、と聞こえてきそうな空に、私は1人心の中で祈った。
雷が怖いわけじゃないけれど、こんなレンガ作りの古い家は、雷の直撃でもあったら大事になる。
避雷針でも立てておくべきかしら―…と、そんなことを考えながら、私は店の玄関を開け、自分の体をすべり込ませた。
そしてドアを閉じようと後ろ手にノブを握るが、あと数十センチ、のところでドアは止まってしまった。
「…? 何か挟まってんのかしら」
 そう声に出して、ひょい、と下を見る。
でも”それ”が何か分からなくて、私はハテナマークを浮かべながら、スカートを抑えてしゃがみこんだ。
 ”それ”は黒い斑の物体で、ぴくぴくと痙攣するように震えながら、扉の下部に挟まっていた。
じーっと良く見てみると、にゅっと伸びた腕のようなものから、白い旗を振っているのが分かる。
…小さな腕に、白い旗。となると、思いつくのは一つしかない。
 私は嫌な予感に顔を青ざめながら、ゆっくりと”それ”を拾い上げ、自分の手に乗せた。
そして至近距離に顔を近づけ、まじまじと眺めてみる。
まるで血の飛沫が飛んでいるかのように、黒い斑に染まっている”それ”。
ウェーブがかかった長い黒髪の隙間から、小さな小さな瞳が見えた。
その瞳は私を認めると、安心したように笑みの形にゆがみ、そしてふっと閉じられた。
「ちょっ…! た、大変! 夜闇ちゃんっ! 夜闇ちゃーんっ!!」
 私は叫びながら、ゆさゆさと手の中の”それ”を揺さぶった。
私の手の中でぐったりしている”それ”―…見覚えのある夜闇人形は、ついに目を覚まさなかった。


 あの恐ろしい事件は、こうして幕をあげたのである。







「これは…殺人、いえ殺人形事件ね」
 ぐったりとしている夜闇人形をテーブルの上に横たわらせ、私は片手を腰に、片手を顎に添えて唸った。
夜闇人形は、私の店で倒れた。持ち主のそれに似せた黒いドレスでは、あまり目立たなくて分からないけれど、
もしかしたら体にまで、この飛沫が飛び散っているのかもしれない。
…そう、この元は白い旗に飛び散っている、血にも似た飛沫と同じものが。
「…色が黒いのが少し気になるけれど…。もしかしたら夜闇ちゃんのテーマカラーが黒だから、それにあわせているのかもしれないし」
 本来血といえば赤色を指すものだが、この場合は真っ黒の墨のようなものだ。
何故かしら。あわせているとはいっても、自由に血の色を変えられる人間なんて聞いたことがないし―…
ってちょっと待てよ、夜闇人形は人形だったわ。ってことは。
「ひらめいた―…!」
 私はパチン、と指を鳴らした。
夜闇のテーマカラーは黒。ってことは、夜闇に似せたこの人形の血は、黒くなっているんだわ!
 私は一つ謎が解け、すっきりして額を拭った。
はぁやれやれ、私にかかればざっとこんなもんよ。
「でも謎はまだ残ってるわ。―…そう、この旗よ」
 私は1人でそう呟いた。いわずもがな、現在私がとてもハマっている、某探偵ドラマの主人公のように。
あのドラマでは、主人公は被害者と犯行場所をくまなく探してたわ。
”ここに残る痕跡が、犯人を如実に現しているのです”―…そう言って。
「ふむ、ってことはこの旗が犯人を如実に現しているってわけね」
 私はそう呟いて、夜闇人形がぐっと握っている小さな旗を取ろうとした。
―…でも、何故か取れない。
「あ、あれっ? ふんっ、ふんっ」
 鼻息を荒くして、でも旗を折らないように、渾身の力をこめて抜こうとするけれど、全くびくともしない。
やがてセーブしながら力を出すのに疲れた私は、ぜいぜいと肩で息をした。
「な、なんで―…? はっ、分かったわ!」
 またまた、ピカーン。今日の私ってば最高に冴えてるわ。
欠かさずあのドラマを毎週チェックしてた甲斐があったわね! うちの店の連中には”くだらない”の一言で片付けられたけど。
「これは死後硬直がもう始まってるからなのね。死体はそのままの姿で固まってしまうって言ってたもの!」
 …でもそれには数時間以上かかったはずだけど、うーん…。
まあいいか、多分夜闇人形は小さいから、すぐに死後硬直が完成しちゃったのよ。うん、きっとそうなんだわ。
「第二の謎、完遂! さて次は? っていうか旗がまだなのよねー…仕方ない」
 少し見づらいけども、文句をいってられる場合じゃない。
私はポケットからルーペを取り出し、屈んで旗をじっくり観察した。
黒い飛沫がところどころに飛び散って斑になっているから、完全に判読はできないけども。
「何々…『るーりぃ よやみ    くれ』。 このよやみ、とくれ、の間のスペースがあからさまに怪しいわね。
うーん、元は何て書いてあるのかしら」
 丁度黒い飛沫が飛んでいる部分なので、何て書いてあるかは分からない。
ってことは、推理するしかないようね。
「…推理…! ふ、ふふふふふ」
 私は心の中に浮かんだ”推理”の文字に、思わずぞくぞくしちゃったわ。
推理ですって! この私が! ふふふのふ、名探偵ルーリィの誕生ってわけね。
この謎、この私がまるっとどこまでもはっきりきっぱり解いてあげようじゃない!
「文字数は…そうね、この間隔から察するに、3か4文字…ってところかしら」
 ○○○○くれ。うーん…この中に入る文字は何かしら。多分動詞よね。
夜闇ちゃんから連想できる言葉―…”あそんで”くれ? うーん、じゃあこの血の説明がつかないわ。
それに何で夜闇人形が1人で私のところまで―……はっ!!
「ひ、ひらめいた―…!」
 私は顔を上げ、目を見開いて拳を握った。
こ、これは―…多分正解だわ。とんでもなく自信があるもの。
でも、でも―…もしこれが真実ならば、大変な事件だわ!
「ううん! 大変だからこそ、名探偵が必要なのよ!
夜闇人形は私の店で倒れた。ということは、犯人は私に挑戦状をたたきつけてるんだわ!
その挑戦、受けたっ!」
 両の拳を握り締め、ふんっと気合を入れる私。
お友達を助けるためだもの、どんな場所にでも踏み込んでやるわ―…。

 そう。夜闇人形が旗に残したダイイングメッセージとは。

 ―…るーりぃ よやみ たすけてくれ。










 さすがに夜闇人形を放っておくわけにもいかず、私はスカートのポケットに彼女を入れて店を出た。
どこを探せば良いのか検討もつかないけれど、立ち止まって入られない。
あの大人しくて人見知りする臆病な夜闇ちゃんが、今まさに危険な目にあっているかもしれないんだから―…!
「さて―…まずどこに行こうかしら」
 というより、夜闇ちゃんが行きそうな場所ってどこかしら?
そう思えば、私って殆どプライベートなことは知らないのよね―…。
「こうなったら―…そう、勘よ! 魔女の星が導くところにきっと夜闇ちゃんは居るわ!」
 私はぐっと拳を握り締めて叫んだ。
通りすがりの人が、ぎょっとした顔で私を振り返ったけれど気にしない。
魔女の星って? 私の額に(多分)ある、北極星みたいな星のことよ。
きっとその星が私が行くべきところを導いてくれるはず。
「えーっと、そうね」
 うちの店の前の通りは、左右に分かれている真っ直ぐなものだ。
まずは、どちらに行くか決めなければいけない。
「うーん、うーん」
 私はひとしきり唸ってから、パッと顔を上げた。
「よーし、右っ!」
 だって、今朝の星占いで、ラッキーアイテムは”ライト”って書いてあったもの。
右は英語でright、ってことはラッキーな方角なんだわ!
「うん、冴えてる冴えてる!」
 私は1人で頷きながら、右の方向に悠々と足を進めた。






 暫く行くと、人通りが少なくなってきた。
このまま真っ直ぐ行くと、大きな公園があるのよね。
お花見も出来るし、花火大会だって―…って今は夜闇ちゃんの救出が先よ。
でも公園―…公園にいるのかしら?
きっと浚われたりしてるんだから、公園じゃなくって港の埠頭のコンテナとかにいるんじゃないかしら?
でもこのあたりに海って―…東京湾? 遠いわよ、どうやっていけばいいのっ!?
「ううーん…どうしましょ」
 私は立ち止まって頭を抱えた。
こんなときにほしいのって助手の存在よね。私が煮詰まったらさりげなくアドバイスしてくれて、
私が間違えていたらさりげなく方向修正してくれるの。そんな助手って素晴らしいと思わない?
「夜闇人形―…は、だめなのよね、もう死後硬直が終わってるんだもの」
 はぁ…探偵って孤独なものなのね…。
と、思わずため息をついてしまったそのとき。
私の鋭い目は、少し先の舗道に転がっている黒い物体を発見した。
黒…黒といえば夜闇ちゃん、夜闇ちゃんといえば黒。ってことはきっと関係あるものに違いないわ!
 ダッシュして拾い上げると、確かに見覚えがあるものだった。
片手に収まる程度の小さい人形、丸い顔からはぴょん、と耳が二つ生えている。
確かこのうさぎの人形は、以前夜闇ちゃんのダンボールハウスに案内してもらったときに、私たちにお茶を運んでくれた―…。
「黒いわ…」
 あのときはちゃんと薄いピンク色だったのに、今はべとっとなにやら黒い血糊みたいなものがついている。
血糊……はっ!
「分かったわ…! これは夜闇ちゃんが、私に自分の居場所を知らせるために、落としていったものなのよ!」
 真っ黒のうさぎを握り締め、私は立ち上がった。
夜闇ちゃんってば、こんな状態になったらきっとパニックでうろたえているものだとばかり思っていたけれど、
こんな粋なことをしてくれるなんてっ! 無事救出したら私の助手第一号に任命するべきよね。
うんうん、それがいいわ。こんな気が利いてしかも可愛い子、滅多に居ないもの。
さあ、次なる証拠は何かしら? そう思って顔を上げた私は、自分の置かれた状況に気が付き、思わず悲鳴をあげた。
「っ、きゃああああああっ!!?」
 ウサギを握り締めながら硬直する私。
だって、私のこれから行こうとした先に、点々と…似たような黒い物体が転がってるんだもの!
「……はっ! そういえば、これは夜闇ちゃんのメッセージなのよね…!
お、落ち着け私。すーはーすーはー」
 ああ、その点々と黒いものが転がってる様子がホラーだったものだから、思わず悲鳴をあげちゃったわ。
ダメじゃない、落ち着かないと。夜闇ちゃんはもっと怖い目にあってるのよ…!
「よし、あの先に夜闇ちゃんがいるのよね。ファイトっ、私!」
 ガッツをこめて、私は再度足を進めた。









「え、えーと…じゅう、いち」
 私はよっこいしょ、と腰を屈めて、真っ黒になったタヌキだかパンダだか分からないぬいぐるみを拾う私。
「ど、どんだけぬいぐるみ持ってるのかしら、あの子…」
 それにこの真っ黒な血糊。この謎はいまだに解けない。
何故夜闇人形は旗だけに滲んでいて、このぬいぐるみたちは全身がべっとり汚れているのかしら。
うーむっ…思ったよりもこの謎は難解なようね。
 そうひとりごちながら、私はぐいぐい、と今しがた拾ったぬいぐるみを、自分のスカートのポケットにねじこんだ。
さすがにスカートのポケットもぱんぱんだ。次見つかったら、どこに入れようかしら―…そう考えていると、
ねじこんだ拍子に、以前拾ったぬいぐるみの一つが、ぽろりと道に落ちてしまった。
仕方ないわねえ、そう思いながら拾い上げる―…と、ばらばらっとポケットから全部ぬいぐるみが零れ落ちてしまう。
「あらあら、大変」
 せっせと拾い、両手に11個のぬいぐるみを抱え、はぁとため息をつく私。
「もう一度入れなおさなきゃ。11個もあるから大変よね―………え?」
 ちょっとまって。……11個? なんかおかしいわ。なんか引っかかるの。
「…拾って歩いた数が11個。…元から入ってたのも、同じはず…よね?」
 私は独り言をいって、首を傾げる。一体何が気に掛かっているのかしら、私。
うーん、と暫く考えたあとで、私は目を見開いて顔をあげた。
そっ、そーだわ! 元の数は11個じゃない、夜闇人形もポケットにいれてたから、12個のはずよ!
「よっ、夜闇ちゃん!? 夜闇ちゃーんっ!!」
 私は大慌てで、抱えているぬいぐるみたちから、夜闇人形を探すべく道路にしゃがみこんだ。
幸いながら人通りは全くないから、誰に見られることもない。
「きゅう、じゅう、じゅういち!  あああ、やっぱりないわ! ど、どーしよう…!」
 私は顔を真っ青にした。
どこかに落としたのかしら。ううん、それならさすがの私も気づくはず!
ということは…もしかして、もしかして。
「……誰かに盗まれた…?」
 さぁーっ。
私の顔から血の気が引く。
もしかしたら、夜闇人形は夜闇ちゃんを探す一番のヒントだったのかしら。
そして誰かが、それを防ぐべく、連れ去った。
誰かって? 犯人に決まってる!
「たっ、大変!!」
 私はぬいぐるみを抱えながら、慌ててきょろきょろとあたりを見渡した。
でもそんなことをしてても、夜闇人形が見つかるわけもなく。
「ど、どうしよう…!」
 途方に暮れかけた私が見つけたのは。
遥か遠くの道に転がっている、真っ黒な人形だった。







「に、にじゅう…!」
 私は腕の中に山ほどのぬいぐるみを抱えながら、ぜーぜーと肩で息を吐いた。
ジャスト20個目の人形。すでにあたりは薄暗く、自分がいる場所がどこかも定かじゃない。
いくつかの路地を曲がり、辿りついたのは藪が覆い茂ったとある廃屋。
……ここって何処!!?
「ああっ! なんかどんどん探偵ものっていうか、ホラーになってるんだけどっ!!」
 私はぶんぶんと頭を振って叫んだ。こんな展開、名探偵ルーリィには必要ないわよっ!
うぅ、どうしよう。此処がどこかも分からないから、店に帰ることも出来ないし―…。
思わず泣きたくなった私の耳に、突然”がさっ”という音が聞こえた。
私はバッとそっちのほうに振り返る。
「ま、まさか―…」
 その音は、扉が開けっ放しの、この不気味な廃屋の中から聞こえてきたのだった。





「お、お邪魔しまーす…」
 埃まみれの屋敷に足を踏み入れ、私はぶるぶる震えながら足を一歩、また一歩と動かす。
「よ、夜闇ちゃーん…? いたら返事して!」
 夜闇ちゃん以外は返事しなくてもいいわよ…!
心の中でそう叫びながら、私はゆっくり歩みを進める。
 やがて玄関にある大きなホールの真ん中まで来て、私はそこで立ち止まった。
私の目の前に、ぼやっとした黒いものが佇んでいる。
「………!!!」
 私は思わず悲鳴をあげたくなったけれど、すんでのところでそれを飲み込んだ。
そのかわり、ゆっくりとそれに近づいていく。
「……よ、夜闇…ちゃん…?」
 私は蹲るようにその場に佇んでいる黒いものに、ゆっくりと手を差し伸べた。
もう少しで肩に手が届きそうになったところで―…

 その黒いものは、ばたん、と床に倒れた。

「ひっ……!!」
 私は堪えきれずに、小さな悲鳴をあげてしまう。
黒いもの―…真っ黒なウェーブのある長い髪を持ち、真っ黒なドレスを纏った、真っ黒な少女は。
真っ黒な人形が顔に張り付き、顔を真っ黒にさせて、きゅうっと伸びていた。









「……はっ。ここは、どこなのです?」
「……さぁ…どこかしら」
 ふふふ、と私は遠い目をして引きつり笑いを浮かべている。
私の膝の上で目を覚ました夜闇―…但し顔の半分は真っ黒である―…は、きょときょとと目を瞬きさせている。
「夜闇ちゃん…全部、あなたの人形に聞いたわ」
「あ…ルーリィさんなのです」
 いまだはっきりしない頭を抱えながら、夜闇はむくっと起き上がって私を見つめる。
私はその顔半分を真っ黒にした少女を見つめながら、ふふふ、と笑った。
「良く考えれば…あの白い旗を拭けばよかったのよね。あのペンキ、水で落ちるんだから」
「……? どうしたのですか…?」
 夜闇はまだ事態を把握していないのか、きょとん、としている。
そんな夜闇の手を握り、私は彼女の目をジッと見つめて真剣な表情で言った。
「夜闇ちゃん。これから私が言うことをよーく聞いてね」
「……はい」
 根が素直な夜闇は、今自分が置かれている状況を分かっていないにも関わらず、こくん、と頷く。
私はふぅ、と一息ついてから続けた。
「これからはぜっっっったい、お人形にペンキを塗らないこと!!」
「………………???」
 私の強い言葉に、大きなハテナマークをいくつも浮かべる夜闇。
私はそんな彼女を見て、はぁぁぁ、と大きなため息をついた。








 夜闇が命を吹き込んだ夜闇人形は、喋ることはできない。
だがコミュニケーションの手段として、あの白い旗に文字を書き込むことができる。
 夜闇人形を倒れた夜闇から引っぺがしたあと、私はふと気が付いて、夜闇人形の旗をごしごし拭いてみた。
…すると、物の見事にきれいさっぱり黒い汚れが落ちたのだった。

 事の顛末は、即ち。

 夜闇人形は、或る日「雨の中でも遊びたい」と夜闇に訴えたのだという。
単に傘とかレインコートでも使えばいい問題なのだけれど、夜闇には梅雨に向けての最終兵器があった。
―…私自らが作り与えた、完全防水完全湿気の”スーパーペンキX”である。
夜闇はぴかん、とひらめいた。つまり、”このペンキを人形自身に塗っちゃえばいいんじゃないか”と。
 夜闇人形は勿論抵抗した。「やまんば ふるい のー めいく とれんど」。
つまり、「ヤマンバギャルはもう古い、今はノーメイク…薄化粧が流行だ」と。
だが夜闇にその言葉が通じたのか、もしくは通じたけれど自分のナイスアイディアを試してみたかったのか、
夜闇の心境は分からないけれど、とにかくその”名案”は実行されてしまった。
―…彼女の大切なぬいぐるみたちに。

「…あのぬいぐるみたちが真っ黒になってたのは、外の人形を夜闇人形が盾にしたからなのね。
その際に、ペンキの飛沫が旗にくっついちゃったんだわ」
 はぁ。とため息を吐き、私は目の前でしゅん、としている夜闇に語りかける。
ちなみに夜闇人形は現在はもうぴんぴんしていて、危機を免れたからか機嫌良さそうに夜闇にまとわりついている―…と思いきや、
主人がしゅん、としているならば我だけは元気になろうと思っているのかいないのか、
夜闇の頭のてっぺんからぴょん、と生えている一房の毛に捕まり、ぶんぶんと振り回されている。
……あれって、もしかして1人逃亡した夜闇人形にお仕置きしてるのかしら―…?
「ま、まあ…。途中で夜闇人形がいなくなったのは、身代わりにされちゃったぬいぐるみが浚っていったのね。
それで、結局夜闇ちゃん自身がペンキまみれになっちゃったってわけ。
どう、ペンキがべっとり顔につくと、嫌な気分でしょう?」
 私がそう口調を穏やかなものに変えて問いかけると、夜闇は逡巡したあとに、こくり、と頷いてくれた。
私はやれやれ、と肩の力を抜き、そこらへんの水道で浸したハンカチを夜闇の頬に添えた。
「まあ、ペンキ自体はすぐに落ちるから大丈夫よ。
でも、もうこんなことしちゃだめよ? お人形と雨の中で遊びたいなら、お揃いのレインコートを作ってあげるから」
「ほ…ほんとですか?」
 私に頬を拭われながら、夜闇はぱぁっと顔を上げる。
私は苦笑して頷き、
「ええ。だからもう、こんなことはしないって約束してね」
 夜闇が嬉しそうに、こくこくっと何度も頷くのを見て、ホッと安堵のため息を吐いた。

 そして、夜闇の顔がすっかり元通りの肌色を取り戻したところで。

 私は笑顔で、計20個もの真っ黒なぬいぐるみたちを、夜闇の前にばっと並べた。
「…さて夜闇ちゃん。いけないことをやったら、その後始末は自分でつけなきゃいけないの。
これは決まりなのよ」
「……はい?」
 夜闇はきょとん、と首をかしげている。
私はにっこり笑いながら、濡れているハンカチを夜闇に差し出した。
「これ全部、拭いてあげてね。…夜闇ちゃんが。」
「…………」
 夜闇、きょとん、としていた顔を唖然とさせて私を見上げる。
私はやっぱり、にっこり顔を崩さない。
「……これ、全部…ですか?」
「ええ。これ全部よ」
「た、大変…なのです」
「そうね、大変ね」
 ぷるぷる震えている夜闇の肩をぽん、と叩き、私はグッと親指を立てた。
「大丈夫! 私の助手なら、これぐらい朝飯前でしょ?」
「………じょ、じょしゅ?」

 そして私も協力して、20個全てのぬいぐるみが全部綺麗になった頃には、外はもうすっかり真っ暗になっていた。




 …あ、帰りはうちの番犬が迎えに来てくれたので、無事に帰ることが出来ました。
名探偵ごっこはこれでおしまいにするよう、きっちり釘を刺されちゃいました。

 探偵って、大変なのねえ…。



 ちなみにあのダイイングメッセージは、「るーりぃ よやみ とめてくれ」だったそーです。
……まっ、誰しも間違いはあるものよね?








                         End.




PCシチュエーションノベル(シングル) -
瀬戸太一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年07月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.