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『夏の想い出、宝物。 』
3009)&清芳(3010)&(登場しない)

 朝から夕方頃まで学校に通っていたはずの子供達が、ある日突然、学校に行かなくなる。大量に宿題を出されはするが、まずそんなものそっちのけで遊びまわる者ばかり。彼らが遊べるような所は大抵、甲高い騒ぎ声で溢れる事となる。
 人それを、夏季休業という。すなわち、夏休みである。
 一方、全ての親が子供に合わせて都合よく休みをとれるわけではない。かといって開放感に心躍らせる子供を野放しにしておいては、何がどうなるかわからない。
 そんな親達の目にとまったのは、教師役二人が引率するという、「子供短期合宿」参加者募集の知らせだった。

 ◆

「馨先生ぇ‥‥疲れたぁ‥‥」
「はいはい、もう少しで到着ですから、頑張ってくださいね」
 子供達の多くは、街から歩いてきた疲労と背負ったリュックの重さに、すっかりへばっていた。勢いよく進んでいた時の反動もあるのだろう。息が切れ、水筒の蓋を開ける事すら思いつかないらしい子供達のために、馨は自らの水筒を傾けた。
 棒になった足を休ませながら、子供達は順番に喉を潤していく。日よけの帽子を被ってはいるが、どの子も汗をかいており、額に前髪が張り付いている。ある程度年長の子であれば自分でタオルを使うが、幼い子は滴るたびに腕で拭うだけ。上手にタオルを使えない子を世話するのは、清芳の役目になっていた。
「ねえ清芳先生。まだ着かないの?」
「あとちょっとだ。ほら、見えるだろう?」
 タオルの心地よい感触のように柔らかな清芳の笑顔が、その子の視線を前方へ導いた。森が見える。様々な緑色の入り混じる、素敵な遊び場が。

 森の中は、木々のおかげで差し込む日光の量が少ない。おかげで暑さが和らぎ、子供達の元気もすっかり回復した。元気を取り戻しすぎて、今度は引率の二人がどっと疲れる事になったのだが。
「あそこに虫がいるんだけどさ、さすがに手が届かねぇよ」
「ふむ。この枝振りなら登れそうですね」
「じゃあ僕が登るーっ」
「あ、こら! 待ちなさい!」
 子供の特徴の一つとして、あまりよく考えずに実行する、というものがある。ガキ大将と馨の話を横で聞いていた男の子も例に漏れず、さっそく一番下の枝に手を伸ばした。
 男の子は飛び跳ねて手を伸ばし、何とか指先で枝に触れたものの、しっかりと掴む事ができなかった。樹皮で手を滑らせたのだ。
「危ないっ」
 高度はさほどでもないが、万が一にでも頭を打ってしまったら。男の子が心配なだけでなく、自分達を信頼して大切な子供を預けてくれた親御さんに申し訳が立たない。
 馨は咄嗟に、自らの身体を地面に放り出した。そして次の瞬間、その子がどすんと馨の上に落ちてきた。その子はまったくの無傷であり、馨が一言、重みに呻いただけで済んだ。
 ただし。
「この際ですから、安全な木登りの仕方を覚えてもらいます!」
 子供達(と馨自身の)安全を目的として、突発的に授業が開かれる事となったが。

 昼になり、子供達は信じられないようなものを見る目で、清芳と清芳の前に置かれたものすごい量の弁当を凝視した。
「先生、これ‥‥全部食べるの?」
「勿論だ。きちんと食べておかないと、いざという時に力が出ないからな」
「でもこれはさすがに‥‥」
「あ、そのおかず美味しそうですね。清芳さん、分けてもらえますか」
 呆気にとられる子供達を尻目に、馨が小皿を差し出す。馨にとっては見慣れた光景なので、動じる事もない。
 しかし子供の中にも剛の者はいるわけで。
「ここからここまで、全部俺にくれっ」
 馨に対抗心を燃やしているのは、出発時からずっと清芳にべったり張り付いていた少年である。自信満々にニヤニヤする少年。負けてなるものかと馨も更なる量を要求したが、少年と違ってこちらはきっぱりと清芳に断られてしまった。
「馨さん、大人気ないぞ」
 先生がもう一人の先生に怒られたとあって、子供達がくすくすと笑い出す。少年に至っては既に清芳からもらったおかずを貪っている。「おかわりー♪」という明るい声に馨がうなだれていると、意気消沈して下がっていた彼の肩を、ガキ大将がぽんと叩いた。

 ◆

「一つ、あまり深い所に行かないように。二つ、着替えは最低限しか持ってきていないのだから、水の掛け合いは控える事。三つ、目に入ると大変だから砂は――」
「せんせーい、きりがありませーん」
「あ、あぁ、そうだな」
 生真面目に注意事項を述べていた清芳を、子供の一人が遮った。引率者としてはいくら心配しても心配し足りないのに、子供達はただ早く海の水に足を浸したくて仕方がないのだ。遊び道具を鞄から引っ張り出して見せ合っている彼らを見て、清芳も渋々と話を終わらせる。無理に話を続けたところで、彼らの耳には入らないだろう。自分達がしっかりと監督するしかないか、と彼女は馨に視線を送る。
 些細な、それでいて胸に響く電撃をくらったような気がした。目が合っただけなのに。
「どうかしましたか、清芳さん」
「いっ、いやっ、何も‥‥何でもないっ」
 妙にわたわたする清芳をよそに、水遊びは始まった。
 早速そこここでバシャバシャと激しい水音が聞こえるようになり、明日の洗濯物の多さを予感させてくれる。当然、濡れ鼠になる子も出てくる。服と身体を濡らしたまま遊び続ける子供達にため息も出るが、心の底から楽しそうな表情をしているので、結局何も言えなくなる。
 清芳は自分でも気がつかない間に、子供達の姿をじぃっと見つめていた。
「混ざってくればいいじゃないですか」
 あまりに前方ばかり見つめすぎて、隣に馨が来た事もわかっていなかった。声をかけられ驚いた彼女の様子はまさしく図星をつかれた事を示しており、馨の口元が和らいだ。
「監督は私がしていますから、どうぞ」
「役目を放棄するつもりはない。それに‥‥」
「何でしょう?」
「‥‥ぬ、濡れたら着替えに困る‥‥」
 この合宿に最低限の着替えしか持ってきていないのは子供だけではない。子供ならば洗った服が乾くまで毛布に包まっていてもらえばいいが、清芳はそうもいかない。毛布に包まった状態で、動き回る子供の世話などできないからだ。
 自分で言った注意事項の事もある。葛藤から、清芳の頬はほんのり朱に染まり始めていた。
「私の着替え、貸しますよ。その間に洗濯をすれば平気ですって」
「でも‥‥馨さんの服は私には少し、大きいから‥‥」
 動き回るためにはちょっと、と清芳は続けたが、もう馨は聞いていなかった。だぶっとした服を着ている清芳を想像して、ついずれてしまった眼鏡の位置を修正するのに必死だった。
「‥‥清芳さん、夜になったら――」
「え?」
「せんせーいっ! あっちで変な生き物見つけたーっ!!」
 間違いなくいい雰囲気が始まるところだったはずなのに、邪魔が入った。森で馨と弁当のおかずについて張り合った少年だ。わざわざ引き離すように二人の間へ割り込み、清芳の腕をとった。そしてそのまましっかりと手を繋ぐ。
 触れ合う手と手を凝視して、馨のこめかみがぴくりと動く。
 すると少年が振り向いた。優越感と勝利に酔いしれた顔が、全てを物語っていた。
「‥‥急に寒気が」
 鳥肌の立ちそうな腕をさすりながら清芳も振り向くと、馨が満面の笑みを浮かべており、何とも言えない強烈なものを発していた。あの目は危険だという事を、清芳は経験から知っている。馨が行動に移る前に、急いで少年の手を引いてその場から退散した。

 波の音。
 誰かの手から零れ落ちる砂の音。
 夕焼け。じきに夜。
 海の色は時間の経過とともに変わっていく。昼間は底の見通せる場所でも、日が落ちれば底に浸した自分の足ですら判別が難しくなる。
 引いていく波に連れて行かれそうになる。見る者を呼んでいる。おそろしいもの。
 けれど輝き始めた星の光が波間に浮かぶ様子はとても美しい。同じ波などなく、同じ光もない。
 あれだけうるさかった子供達が、海の変化の前では誰もが無言だった。何を思うのか、何を感じるのか、無言の彼らからうかがい知る事はできずとも、彼らが何かを学んだという事、その一点だけは揺るぎない事実だ。

 ◆

 安らかな寝顔を確認して、扉を閉める。明日で彼らとお別れだと思うと少々切ない。
「清芳さん」
「ああ、馨さん。大丈夫だ、皆よく寝ているぞ」
 起こすといけないので小声で会話する。見回りが完了し、これで自分達も眠れる。
 そうして清芳が隣の、自分達が使っている部屋のドアを開けようとした時だった。馨が彼女に触れた。
 合宿が始まってからこのかた、そんな触れ合いはなかった。子供達の目があるので、二人とも意図的に触れ合う事を避けていた。だからだろう、彼女が過剰に身体を固くしたのは。久しぶりすぎたのだ。
 清芳が動けないのをいい事に、馨は彼女を抱き上げて、子供達の部屋から最も遠い部屋へと拉致した。
「ここなら多少騒いでも、子供達には聞こえませんよ」
「なっ‥‥」
 ゆっくりと彼女を床におろす。ただしそこは壁際。逃げようとしても逃げられないよう、腕で彼女を囲い込む。
「正直に言うと、もう我慢できないんですよね」
「‥‥我慢って、何を」
「こうしてあなたに触れる事」
 腕が動いて、彼女を抱き寄せる。何日ぶりかの、愛する人の体温。
 清芳がとろんとした気分になるまで、幾ばくもかからなかった。
「清芳さん?」
 馨がかすれた声で問いかける。彼の背中には清芳の腕が回り、ぎゅっとしがみついていた。
「‥‥私も、我慢していたから‥‥」
 清芳は馨の胸に顔を埋めているので、お互いにどんな表情へと変化しているのか、わからない。それでも自分達の周囲を漂う雰囲気の変化は、彼らにも伝わっている。
「清芳さん」
 もう一度、馨が大切な人の名を囁く。
 呼ばれた清芳は、緩慢な動きで顔を上げた。
 馨が近付き始めるのと、清芳が瞼を閉じるのと、どちらが早かっただろう。同時だったかもしれない。
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聖獣界ソーン
2006年07月18日

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