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『 灼熱注意報発令中! 』
舜・蘇鼓3678)&長沢・エドワード(NPC3730)


 暑い。
 それはもう、暑い。
 なんていうか途方も無く暑い。
 どの位暑いのかというと、れっきとした神様である舜・蘇鼓がヘバって起き上がれない位暑いのである。
 蘇鼓は中国の神様だから、湿気の多い日本に居るとちょっと体質的に合わないのだろうか。ラブラドール・レトリーバーも生まれてからはじめて迎える夏は、腹に湿疹が出来ると言うのでそれと同じものかもしれない。
 いや、大分違うと思われる。
 蘇鼓の着ている薄い質感のシャツが少し変色している。それ程の汗を掻く熱さである。だから体質とかそんなものを超越していて、暑いものは暑いのである。
 ―ミーンミンミンミンミンミー・・・・・・
 ―シャシャシャシャ・・・・・・
 ―ツクツクボーシ!ツクツクボーシ!
 蝉の声がBGM代わりに当たり一帯に響く・・・・・・。
 って、ちょっと待て。明らかに最後の泣き声はツクツクボウシであり、彼らは夏の終わりに鳴く蝉ではないか。小学生達の夏休みの宿題のラストスパートの友である。友といっても宿題は手伝ってくれない薄情な友。だが友達とは時として薄情なものなのだ。
 いやいや論点はそこではなく、夏の初めの今時分、何故ツクツクボウシが鳴くのかという疑問がこの鳴き声を聞いたご近所一帯に湧いて出た。
 「・・・・・・あー・・・・・・すげぇ、俺。声帯模写まで出来るぜ・・・・・・」
 幽霊の正体見たり枯れ尾花。というわけらしい。
 この暑い中それを冗長させるかのように、蘇鼓が自分自身で蝉の鳴き真似をしていただけなのである。見事だが実に暑苦しい。実に暑苦しいが見事だ。そしてその精神的に増した暑さに本人もやられていては世話は無い。
 夏が暑いのは、地軸が太陽の方に傾いていて太陽により近くなるから、とは前にどこかで聞いたことがある。だから暑さは自然の摂理であり、仕方がないといえばそれまでなのだが、神様なのに少し格好が悪い気もする。
 畳の上でゴロゴロて寝転がっているのだが、白い肌には玉のような汗が浮かんでは流れ、浮かんでは流れている。すぐ隣には蘇鼓の幼馴染、帝鴻が同じ様に汗に塗れて身体を転がし、畳を温めないようにしている。ころころと動いていて、一見とても愛らしく見えるのだが、汗まみれなので、見ていると熱さが感染してくる様な錯覚を覚える。
 部屋はドアも窓の開け放していて風通しは良いのだが、如何せん通る風が生暖かいので全く清涼感が無い。部屋には扇風機が一台置いてある。ぶぅ〜ん、という蚊が飛んでいるような音を立てて首を振っている。ガタガタという不吉な音も絶えず一緒に聞こえてくる。それが不快指数を増長させている。
 「・・・・・・あっちぃな〜・・・・・・」
 何度目かの寝返りを打ったその拍子に、蘇鼓の魂の叫びが零れ落ちる。
 「ぅおぉい、帝鴻。てめぇも暑いだろぉ?あ・つ・い・よ・な・ぁ!」
 ヘバリこんでいた帝鴻わ掴んで上下に振る。完全な八つ当たりである。帝鴻は抵抗(シャレじゃないよ!)できないから成されるがままだ。辛うじて極めて短い手足をバタつかせて抗っている。
 「クーラーとかいうやつでもあればなぁ・・・・・・」
 しょっぱい気持ちになりながら蘇鼓は扇風機を見つめる。
 昨夜、蘇鼓の塒の一つであるこの美鳳亭の倉庫から引き釣り出してきたのだが、かなり草臥れていて、一晩と半日でもうほぼ使い物にならなくなっている。
 「そういや、あの倉庫随分色んなものがあったな・・・・・・」
 昨日は行った時は扇風機のことしか頭に無かったし、目にも映らなかっただろうからあまり鮮明には覚えてはいないのだが、色々と雑多におかれていた気がする。現に獣道がやたらと狭かった。
 「もしかしたらも一個くらいは落ちてるかもしんねぇな・・・・・・・・・・・・ぅしっ!」
 天啓とはまさにこの事。ボロい扇風機といえども二個あれば効果は倍増するかもしれないではないか!
 「行くぜ帝鴻!」
 ・・・・・・帝鴻は嫌そうに身体を振った。しかし勿論彼(?)のサイズでは、抱えられた状態ではろくな抵抗も出来ないから、蘇鼓に付いて行かざるを得ないのだ。今に始まった事ではないが、やっぱりほんのちょっぴり切ない気持ちにはなるのだけど。


 大股で木造安普請な美鳳亭の廊下をずんずんと突き進む。物置は玄関から一番遠くの場所にある。蘇鼓の部屋はその丁度間辺りにある。
 「オヤ蘇鼓サン、ドウしまシタ?」
 「あ、エド」
 美鳳亭の談合場所といわれる居間には、管理人の長沢・エドワードがテーブルを拭いていた。蘇鼓は管理人の事をエドと呼んでいる。
 「物置ガサ入れ大作戦・Part2だ!」
 ビシッと決めたVサイン。割合元気が戻ってきたようだ。
 「コノ暑いナカ、ご苦労サマデース。ナニかご入用ナラ、私持てきますヨ?」
 「んにゃ、大丈夫。いやさ、扇風機をもう一台追加しようと思ってよー」
 左足で右足の脛を器用に掻きながら、物置の方角を指し示す。その方向は東向きで太陽が燦々と輝いている。中庭にはシーツやエプロンなど、洗濯物が太陽の光を浴びて輝いている。
 「オオウ、ソウでしたカ。デハお気をつけて下さいネ」
 ・・・・・・物置で一体何に気を付ければいいというのだろうか。
 常人なればそこで疑う者も居るだろうが、相手は舜・蘇鼓だ。何も意に介さずに管理人に向かって「おぅよ」と返事をした後、やはり意気揚々と物置に向かった。
 恐らく蘇鼓は“何か”に出会っても気にはしないだろう。
 むしろそういう者が居た方が、蘇鼓は暇を持て余さずに済むから喜ぶかもしれない。彼は典型的愉快犯だから、騒ぎを煽って自分は楽しむだけ、という事をしでかしそうだ、と、帝鴻は人知れず嘆息した。帝鴻には顔のパーツが無いから、帝鴻のキモチの中だけの事なのだが、手がダラリと下がった事から見て、それは察する事ができる。そしてそういう事態に何度もめぐり合い、大変な思いをしてきたのだろうという事もまた、容易に想像ができた。
 実はこっそりと苦労性でもあるのだ。
 
 物置の戸はかなり古くなっていて、開ける時に少々難儀する。両手で思い切り引っ張ると、ガタガタとようやく戸が開く。
 中は太陽の日差し眩しいお昼時でありながら、夜の様な静けさと暗闇を持っている。
 だが一応近代様式になっているので、電気は通っている。戸を開けたすぐ右にスイッチがある。昨夜ちゃんと確認したので、今回もすぐにパチリと電気をつける。
 パチパチと点滅を何度か繰り返した後、一度大きくパチと爆ぜた後、ちゃんと電気が付いた。
 中は閉め切っていた為にかなり蒸し暑くなっている。むわっとした熱気が肌をじわじわと焼いている様だ。
 「・・・・・・ヤベェ。早く見つけねえと、茹で鳥になっちまう」
 確信にも似た想像が頭を過ぎり、蘇鼓はシャツの短い袖をまくって気合を入れ直す。
 「帝鴻はここで待ってろな」
 彼は居ても荷物運びは出来ないから、室内温度を上げるだけなのだ。よって、ここで留守を預かる事になる。
 ならば何故付いて来たのかといわれると、帝鴻は返答に窮するだろうが、蘇鼓が行くと言ったのだから仕方が無い。蘇鼓には秘密だが、帝鴻は蘇鼓の保護者気分なのだ。
 「っしゃ、行くぜ!!」
 かくして、舜・蘇鼓は熱気と埃とガラクタの中へと飛び込んでいった。
 
 「お」
 すぐに蘇鼓は声を上げた。決して音を上げたのではない。
 そこには白い両手を広げた位の大きさのラジオが横たわっていた。使えそうなのですぐさまギ・・・・・・もとい、無断で借用する。
 「おぉ?」
 続いて、物置入り口すぐ左手側に、無造作にシワシワになって、“何か”が目に入ったのだ。興味を惹かれてつまんでみると、埃塗れではあったが、ビニール製のプールであった。あまり見かけない、長方形タイプのものだ。
 埃まみれという事を除けば、穴も開いているようには見えないし、十分現役で活躍してくれそうなシロモノである。
 「お お お お お!?」
 気に入ったのか、その場で広げてみる。縦の長さは蘇鼓の腹の辺りまである。横幅は足の長さより少し足りないくらい。余談だがこっそり蘇鼓は足が長い。
 模様は、可愛らしくデフォルメデザインされた緑の蛙が敬礼をしているものだ。
 「いーもの見つけちゃったぜ!これは後、アレがあれば完璧だよな〜!」
 暑さも忘れるほど盛り上がり、蘇鼓はまた何かを探索し始めた。
 「みーっけた!」
 ガサガサと大きな音に驚いている帝鴻が物置を除くと、蘇鼓が一本の大きな傘を掘り出していた。ネイビーブルーと緑が交互になった色合いのビーチパラソルだ。柄に刻印がある。メーカーものらしい。
 「やったぜ、帝鴻!コレさえあればこれからの夏は簡単に乗り切れるぜ!」
 埃塗れになって茶色くなりかけた蘇鼓が満面の笑みで物置から出てきた。片手にはビニールプール、もう片手にはビーチパラソルを持って。何をするのか想像のついた帝鴻も、嬉しそうに宙を舞った。



 そして、美鳳亭の裏庭へと二人は急いだ。まずビニールプールを膨らませる為に管理人に足踏み式ポンプを請求する所から始まり、水撒き用のホースで誇りを洗い流し、そしてまた様子を覗きに来た管理人にかき氷をねだるのも忘れない。
 どうでもいい余談だが、ゆするとねだるは同じ漢字をあてる。ちょっとした宇宙の神秘である。 10分ほどして、ビニールプールに空気が溜まり、水の出を最大限にしてホースをプールの中に突っ込む。水が溜まるのでにやる事があるので、蘇鼓は大急ぎで部屋に戻る。
 帰ってきたときの蘇鼓の格好は、ちょっと怖かった。
 ピンク地の柄物のアロハシャツに対太陽用の細めのサングラスをしている。下も水着に履き替えたようだ。
 「完璧だな!」
 下から見上げた帝鴻は、サングラスが太陽光を浴びてキラリと光ったのを見て、ちょっと怖い筋のお兄さんかと錯覚した。
 タイミングは丁度いい頃合だったようで、蛇口を強く戻して水を止める。片手にはサイダーの缶が握られている。この間初めてやったパチンコで貰った景品だ。共同冷蔵庫に入れておいたので、缶には“舜・蘇鼓”と名前が書かれている。缶がぬるい内に書いたのか名前は水分で消えていない。
 いそいそと縁側に上り、満面の笑みをたたえた後、
 「行くぜ!!」
 そう言って、蘇鼓は帝鴻を抱えてプールに飛び込んだ。
 ばしゃぁん、と大きな、そして涼しげな音を立てて水飛沫が上がる。地面はすっかり水で濡れて茶色から黒へと一時的に変色した。少しばかり縁側にも掛かったようだ。しかし当然といえば当然で蘇鼓はそんな事意に介していない。
 頭まで水に浸かったので、ぶるぶると振ると、綺麗に飛沫が飛び散った。
 「オウ、蘇鼓サン、気持ち良さそーデスね!」
 「へへへ、いいもの見っけたぜ!」
 管理人が共同の居間から覗きにきた。
 「ソウソウ、これカラオ素麺茹でますケド、食べますカ?」
 「あ、俺さ、カキ氷喰いたい。ない?」
 「オケイデスよー、確か去年買ったカキ氷機ありマシタ。しろっぷもイチゴ味のがあったと思いますヨ。チョト待てて下サーイ」
 「さんきゅー、エド!」
 見送ってすぐに、ラジオのスイッチを入れる。物置にあったものの癖に、小型ながら新しい形の物だ。
 居間の時間帯はあまり面白い番組はやっていないので、夏メロ特集の番組に合わせる。昔懐かしいものから最新のナンバーまでが次々と流れる。テンポがいいのでますますご機嫌になる。
 5分ほどした後、管理人がお盆に大盛りカキ氷を持ってきた。イチゴのシロップがなみなみと惜しげもなく掛かっている。
 「ドウゾー、蘇鼓サン」
 プールに浸かったまま、蘇鼓は受け取る。かなりご機嫌だ。
 「うひょー、つべたくてキモチチイー!」
 一口食べて一瞬身体を強張らせる。シャクシャクと独特の食感とスプーンを差した時の音だけで既に涼し気だ。
 「帝鴻サンは食べられナイんですネェ。暑いノニ大変デスネ」
 帝鴻は口がないので物が食べられない。しかし元々食べるという概念が無いので、特に問題は無い。食べる事で涼を取れないのを不憫と思ったのか、管理人は大きめのタライを持ってきて、少しばかりの氷と水を入れて、帝鴻をそこに入れた。
 気持ちいいのか、帝鴻はチャプチャプと水深の浅いタライの中を転げまわっている。管理人は茹でた素麺を持ってきて、つるつると食べている。
 ラジオからは流れている夏メロは、今人気のグループの歌っているものだ。いまいち歌詞が聞き取りづらい。格好をつけるだけで満足に歌えない“自称ミュージシャン”が近頃とみに多い。
 「いやー、でもいいモン見っけたなー。偉い、俺。最高、俺」
 でろっ、とプールの壁にもたれかかり、空を仰ぐ。
 夏の太陽はやはり燦々と照りつけているが、居間はプールとカキ氷という夏の最良の友が居るので、「どーんと来い!」という心境の蘇鼓である。
 カキ氷は徐々に溶けているので、最後の方はサラサラと口に流し込んだ。管理人は空になった器と自分の食べた素麺の皿とを流しに持っていく。彼は几帳面になのですぐに洗うのだろう。
 「オイ、帝鴻。こっち来いよ」
 タライの中でまどろんでいた帝鴻を無理矢理抱きかかえ、蘇鼓は自分のプールへと引き釣り込む。暑いのか帝鴻は暴れた。
 「あ、んだよてめぇ!!」
 バシャバシャになるのが楽しいらしく、蘇鼓と帝鴻はプールの中で暴れだした。
 ケケケケケッ、という蘇鼓独特の笑い声が辺りに響く。
 二人とも全身ずぶ濡れになるのも厭わずにどんどん水を掛け合って遊んでいる。いくら足が6本、翼が2対あるとはいえ、元々のリーチに相当な差があるので、すぐに帝鴻が不利になる。
 状況不利を素早く悟った帝鴻はプールから出ようと、さっと身を翻した。
 「逃がすかぁぁっ!!」
 ガっと手を伸ばした蘇鼓だったが、それはむなしく空を切り、かわりにプールの壁に鋭い爪が突き刺さる。
 ブスっと。
 ぷしゅー!!っとなる。
 ざばざばぁ、と零れ落ちる。勿論水が。
 四つん這い状態で蘇鼓はちょっと珍しく途方に暮れた。
 辺り一面が水浸しになる。畳の上じゃ無くてよかったなぁ、なんて見当違いな事が頭を過ぎる。 蘇鼓の鋭い爪がビニールプールに穴を開けてしまったので、空気が漏れてプールが萎み、水が流れ落ちた。まあそういう訳なのである。
 「あちゃぁ・・・・・・」
 思わずため息が出る。
 折角のパラダイスがまさしす水と化してしまった。
 「折角いいモン見つけたのになぁ・・・・・・」
 もう本来の用途を果たせなくなったプールを摘みながら、再びため息。心なしか描かれた蛙が寂しそうだ。
 帝鴻は蘇鼓の周りをちょっとバツが悪そうに羽ばたいている。どちらが悪いというよりも、ちょっとはしゃぎ過ぎただけなので、何とも言い難い。
 暫く俯いたままの蘇鼓だったが−
 「うしっ!プールもう一個探しに行くぞ、帝鴻!」
 気合を入れなおし、勢いよく立ち上がり身体も拭かずに廊下に上る。
 「オオゥ、どしたんデスカ、そんなに濡れ濡れデ?」
 「やぁな、かくかくしかじか・・・・・・」
 古来より伝わる簡潔な話術で、蘇鼓は今までの経緯とこれからの予定を伝えた。
 「んじゃちょっくら行ってくんな!」
 「アア、蘇鼓サン!チョト待て下サーイ!!」
 大きな音を立てて物置に向かって走る蘇鼓の後を、管理人が慌てて追いかける。
 何故かと言えば。
 蘇鼓はびしょ濡れだから、雫を垂らしている。それを拭いていくためである。
 美鳳亭は木造なので、腐る可能性があるのだ。
 管理人は大急ぎで台所から乾拭きを持ってきて、はっきりと判る蘇鼓の足跡を拭いて行った。



 再び、熱気と埃とガラクタの安置室、物置。
 先程まで涼を取っていた体にはチトきつくなってきた。
 「今度はじっくり見て回るぜ」
 何故か仁王立ちの蘇鼓と、その影から物置を覗き込んでいる管理人と、更にその足の間には帝鴻がウロウロしている。ちょっと絵柄的に面白い。
 「ポチっとな」
 時代めかした言い回しで、電気をつける。先程よりも少し早くに完全に電気がつく。
 プールを発掘したときは左回りだったので、今度は右回りに探索を開始する。
 管理人も続いて入ってきた。入ってすぐに熱気に当てられたのか、既に額の汗を拭っている。
 ガサガサと色々と漁ってみる。
 整理整頓などという言葉とは縁遠いようで、本が積まれているその上に筒状の物が置かれている。布が被せてあるので一見して判らなかったから、蘇鼓は布を躊躇いなく外した。
 そこには。
 直径20?pばかりの試験管(蓋付き)があり、中にはホルマリンと思われる液体が満たしてある。何がホルマリンで覆われているのかというと・・・・・・。
 「なんかコレ、見た事あんなぁ・・・・・・」
 首を捻って蘇鼓は記憶を辿る。
 禿げた頭。ミイラ同然の体。落ち窪んだ眼窩。中途半端に開かれた口には鋭い牙。あばらの辺りにはヒレらしきもの。下半身は魚。
 「コリャ南方の海に住んでた・・・・・・・・・・・・あー、ヤベェ、ぜってー知ってるのに名前が出てこねぇよ。俺も歳かぁ?」
 知り合いなのかよ!という突っ込みはこの際無しにしておこう。蘇鼓にはマンドラゴラの幼馴染だって居る。実は交友関係は広いのだ。
 「ま、いいや」
 あまり熱心に思い出す気が無いようで、布を適当に掛けなおして別の所を探索に掛かる。
 「ス、蘇鼓サーン、大変デース!」
 ヒィィィ、と管理人が悲鳴を上げた。振り向いて狭い獣道を数歩進んで隣に行く。
 「コ、ココココココレ・・・・・・!」
 管理人が手にしているのは、先程の試験管よりも小さいビンだった。中に入っている液体の所為なのか、そもそもビンが不透明なのかは判らないが、中は見えない。何でこんなに怯えているんだろうと首をかしげた時、遠くの方から、「おぉぉぉぉぉぉ・・・・・・」という恐らくは声が聞こえてきた。姿勢を正すとまた聞こえなくなる。
 管理人がピンを蘇鼓の耳に当てる。
 すると、また先程の声が聞こえてきた。管理人の様な特殊能力など何も持たない人間が聞いたら、確かに気を失いかねない副作用がある声だ。
 「な、な、エド。コレ開けて・・・・・・」
 「NO! NO NOデスよ!!」
 最後まで言う前に相当な嫌ぁな汗をかいている管理人が、ビンを蘇鼓から遠のけた。しかし元の場所に置いても蘇鼓が開けると思っているのか、なかなかビンを離さない。しかし持っているのも嫌らしく、なるべく手を伸ばして持っている。
 蘇鼓はちょっと不貞腐れて、辺りを再び掘り返す。
 すると、すぐに蘇鼓の興味を逸らすものが出てきた。
 「お?」
 それは、片手で持てる程度の、非常に繊細な細工の施された小箱だった。上下左右を確認すると、ねじ巻きが付いているので、オルゴールだな、と見当をつけた。
 木製で、銀の細工。なかなかの年代物なのはすぐに判る。蓋には品の良く宝石もあしらわれている。
 問題は、これから紛れも無く妖気を感じる事だ。
 チラリと蘇鼓は管理人を見やる。彼は色々と掘り返す事に夢中で、蘇鼓の見つけたこのオルゴールには気付いていない。
 管理人に見つかれば、ビンと同じ扱いを受けるだろう。それは困る。こんなにワクワクするのに開けるな、というのは拷問の域にまで達している。
 取るべき行動は明白。管理人が気付くよりも先に蓋を開けてしまえばいいだけの事だ。
 ニヤリ、と蘇鼓が笑った。日元からチラリと牙が覗く。
 ギリギリとねじを巻き、一杯になった所で蓋を開ける。
 
 カパ。
 
 音は鳴らずに、変わりに立体映像が出てきた。
 すぐに立体映像だと判ったのは、妖気も霊気も全く感じなかったからである。妖気を発していたのはこのオルゴールだったのだろう。
 立体映像は、宗教家の様な格好をした男だった。顔立ちはろくに判らず、ほぼ頭髪が無い頭にぴったりとした帽子を被り、白い大きなローブを着ていたから、蘇鼓は直感的に宗教家だと判断した。
 「ナ、何デスカ、この人・・・・・・!」
 さすがに気が付いた管理人が、やはり蘇鼓の陰に隠れながら立体映像を怯えながら見ている。
 「さぁなー。これ開けたら出て来たぜ」
 オルゴールを管理人に見せる。管理人は発する妖気に押されたのか、喉の奥で短く叫んで、顔を背けた。
 
 “・・・・・・・・・・・・クワ・・・・・・・・・・・・”
 
 微かに蘇鼓の耳に声が届く。
 その後に立体映像が音も無く、ススー、と動いていく。蘇鼓と管理人の身体を通り抜け、物置から出て行く。
 言葉の意味は判らなかったが、蘇鼓は迷いも無く男の後に付いていった。
 勿論、面白そうだからである。ついつい舌なめずりがでる。
 「アアッ、待て下サーイ、蘇鼓サン!置いていかなーいデ!!」
 蘇鼓の背中に管理人の叫びが聞こえたが、入り口で待っていた帝鴻に「エドの事宜しく」と言い、ゆるりゆるりと動く映像の後を付いていった。
 やはり背中から大きな音が聞こえたので振り返ると、エドが転んで埃と汗まみれになっていた。 ケケケッと笑って、蘇鼓は映像の背中を見つめなおして付いて行った。
 
 
 
 “・・・・・・・・・・・・ヴァ・・・・・・ンガ・・・・・・ーレ・・・・・・・・・・・・”
 ガクガクとぎこちない動作で、男は裏庭の一点を指し示した。まるで油の切れたゼンマイ人形の様だ。
 「・・・・・・掘れ、って事かい?」
 尋ねてみても、返答は無い。一定感覚で、ただ、「ヴァンガーレ」と言っているだけだ。
 蘇鼓には特に言語は無い。
 蘇鼓の発する言葉は、日本語が一番聞き取りやすい者には日本語に聞こえるし、それは英語やフランス語、アゼルバイジャン語と様々だ。
 神であるから、人間とは素因子の構成からして違うので、特定の言語というものが無いのだ。
 相手の話す言葉も蘇鼓の耳には何らかの言語に変換されたものになって届いている。今聞き取れないのは、相手が機械仕掛けだからだと思われる。
 「ま、いいや。掘ってみるとするかい」
 裏庭には二羽ニワトリが・・・・・・ではなく、裏庭にはガーデニング用の物置もある。古いステンレス製の扉を開けると、大きいスコップもちゃんと入っていた。
 取り出して、示された一点を掘り出してみる。
 土は然程硬くなく、さくさくと綺麗に掘れて行く。
 「蘇鼓サン・・・・・・置いて行ク、酷いデス・・・・・・」
 よれよれになった管理人が膝歩きで裏庭に辿り着いた。嫌な汗がびっしりだ。
 それを横目で見た蘇鼓は、またケケケッと笑いながら、穴掘りに熱中した。
 
 5分ほど掘っていたと思われる。
 流石に身体も熱くなってきたので、手を休め様としたとき。
 カチリ、とスコップの刃先が硬いものにぶつかる感触がした。
 おお、と蘇鼓は急いでしかし丁寧に周りを掘り進め、硬物の正体を確かめる。
 それは、オルゴールより一回り大きな箱だった。オルゴールより大分粗末に造りで、表には何か書いてあるがいまいち判別できない。見ようによっては漢字の様にも見える。
 躊躇いもなく蘇鼓は蓋を開ける。その瞬間に男の姿は消えてしまった。
 それを視界の端に入れながらも、蘇鼓は中身を取り出した。
 ズルズルと引き出す。
 「おわ、すっげぇ!激レア品じゃん!!」
 中身は真っ白の毛皮だった。
 蘇鼓は喜んで、「すげー」を連発しているが、管理人には、ただの白い布がどうしてそんなに嬉しいのかが判らない。
 「なんだったんデスカ?」
 「おう、コレな。火鼠の皮なんよ」
 「ヒネズミ?」
 「そそ。南海の火山に住んでる鼠でさぁ。昔は結構居たんだけど、今じゃ伝説扱いっつーか、架空の生き物になっちまってさ。これがあると火に焼かれないんだぜ」
 「・・・・・・ソウ言われれバ、何処かで聞いタ事あるヨウナ・・・・・・」
 「なーんでこんなとこに埋まってたんかなぁ!? いやー、でもいいもの見つけちまっ・・・・・・」
 ヒラヒラと皮を翻していた蘇鼓が、何かを思いついたらしく動きを止める。
 「・・・・・・火が防げるんなら、暑さも防げるんじゃねぇの、コレ!」
 「エエッ!?」
 「うっしゃ、早速試してみるわ!!」
 思いついたが吉日、と言った所だろうか。蘇鼓は土塗れの足も洗わず部屋へと駆け戻る。
 「アアッ、足拭いてカラにして下サイー!!」
 その後を、今度は水拭きを持ってきて慌てて管理人が追いかけた。
 
 
 
 
 数日後。
 管理人は室内電話へと手を伸ばす。
 しっかりと部屋番号を押す。ちょっと古いタイプで、数字の部分が四角い。まるで電卓のようだ。
 管理人の押した部屋番号は、舜・蘇鼓の番号だ。
 とるるるる、とるるるる、とるるるる・・・・・・。
 暫くの呼び出し音の後、カチャリと相手の受話器が取られるのを確認する。
 「・・・・・・蘇鼓サン、生きてマースカ?」
 無言。
 遠くの方で荒い息遣いが聞こえているので、一応答えはYESであろう。そう判断した管理人は用件を伝える。
 「実はデスネ、蘇鼓サン。他の部屋の皆サンから苦情来てマス。蘇鼓サンの部屋から熱気が伝わってキテ、チョーウザイ、らしいデス」
 「・・・・・・・・・・・・イヤ・・・・・・だ・・・・・・。俺ぁ、諦め・・・・・・ねぇ・・・・・・」
 途切れ途切れの返事が聞こえる。
 管理人は嘆息した。
 何故、蘇鼓に少ない住人から苦情がきているのかというと。
 蘇鼓は実験中なのである。
 掘り出した火鼠の皮は火を防ぐ。だから暑さも防げるんじゃねぇの?と思い、美鳳亭中からストーブをかき集め、部屋で焚いているのである。
 温度は50℃を超えているとかいないとか。
 既に暑さは防げないとほぼ断定されているのに、蘇鼓は諦めていない。
 一縷の望みにかけているというよりも、矜持が許さないといった風だ。だから性質が悪い。
 「モウ諦めマショーよ。今度皆でプールに行コウ、計画立ててるんデスヨー。ソレで涼みマセンカー?」
 なんだか哀しくなってきたらしい管理人が、妥協案も兼ねた前々からの計画を打ち明ける。新聞屋さんから遊園地のプールのタダ券を貰ったらしい。
 「・・・・・・イヤだ・・・・・・」
 電話越しにですら熱気が伝わってきそうなので、管理人は受話器を耳から少し離しているが、それでも蘇鼓の魂の叫びは届いた。
 「俺ぁ諦めねぇぞー!!!」
 ―その絶叫は界隈に広まり、美鳳亭の住人全員に絶望をもたらした。
 今、舜・蘇鼓の人生で、(色んな意味で)尤も暑い夏が始まろうとしていた。
 
 
 
 一方その頃帝鴻は。
 堂々と潜り込んだ高級ホテルのプールで、美鳳亭の住人で唯一のリッチで涼しい夏を体験していた。
 世の中そんなものである。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
八雲 志信 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年07月18日

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