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『鮮やかな五月晴れ 』
月夢・優名2803)&秋山・美菜(NPC2979)


 夜の帳が下りた神聖都学園に、今日もかすかな雨音が響く。ゆっくりと地面を濡らし、今もなおも降り続ける時雨模様の天気。どんよりと灰色に曇った空から次々と飛び出す仲間たちを全身で受け止めようと、小さな水たまりたちが彼らを待ち構えてさらに騒ぎ声を大きくする。
 学園内にある女子寮の一室で日々の生活を営んでいる月夢 優名の耳にもその音は届いていた。明日は友達と会う日である。今は別に雨季でもないのだから、それくらいのわがままは聞いてもらえるだろう。彼女は晴天を願いながら温かな湯船でゆっくりと半身浴を満喫していたが、いくら時間を費やしても雨足が弱まることはなかった。新緑の季節とも称される5月だが、今年は本当に雨の日が多い。いつか本格的な梅雨に入るとしても、この辺で一度すっきり晴れてほしいというのが彼女の本音だ。

 「明日も雨なのかしら……」

 ゆ〜なはカーテンの隙間から見たくもないが外の様子をわざわざ伺った。別に今さら『外で雨が降っている』確認など必要ない。降っているものは降っている。唯一の救いは雨足が今よりも強まらないことだ。そして彼女が床につき夢の世界へ誘われるまで、その音は耳元で子守歌のように囁く。それが耳障りのいいものかどうかは言うまでもないだろう。こうして夜は更けていく。


 ところが翌日になって、ゆ〜ながいつもの制服に身を包んで寮を出る頃にはすっかり雨は止んでいた。それどころか太陽がまぶしい光で構内を照らしているではないか。あれだけ大騒ぎしていた水滴がところどころに残っていたが、それでも彼女が望んだ通りの天候になってくれた。『もしかしたら昨日の出来事は無邪気な神様のいたずらだったのかしら』などと考えていると、まるでそれを絵に描いたような少女が遠くから駆けてくる。彼女は想像にピッタリの顔が近くまでやってくると、思わず手を口元にあてて笑った。

 「おはよ〜、ゆ〜な!」
 「ふふっ。おはよう、美菜さん。今日は晴れてよかったですね」

 神聖都学園ではあまり見ないタイプの制服を着た少女は美菜……そう、彼女の名は秋山 美菜。ひょんなことからゆ〜なと友達になったとても不思議な少女である。ゆ〜なはその秘密を知る数少ない人物のひとりだが、周囲はおろか本人もそんな事情などお構いなし。いつも元気で天真爛漫な女の子なのだ。そんな相手にゆ〜なは気兼ねなく付き合っていたし、それは美菜も同じことだった。
 今日は土曜日。ふたりは美術の課題に取り組むことにしていた。学園内はいつもより静かな雰囲気を保っている。いくつもの雨粒で乱反射する日の光が人々の目に入ると、自然とそういう気持ちにさせるのだろうか。それは優名や美菜も例外ではなかった。

 「今日はなんだかピカピカしてるよね。どこも輝いてるみたい!」
 「そうね。青空も抜けるような青じゃなくって、この季節にピッタリの鮮やかな空色に見えない?」
 「ゆ〜なって……なんか芸術家さんみたいだね!」
 「最近の長雨で曇り空ばかり見てたからかな、こんなイメージが持てたのって」

 久しぶりの五月晴れに心から感謝しながら、ゆ〜なは美菜と一緒に歩き出す。久しぶりの晴天というだけなのに、なぜどんよりとした気持ちまで吹き消されるのだろう……友達とのお喋りを楽しみながら、彼女は無意識にそんなことを考えていた。


 東京都内の学園でも指折りの実力を持つことで有名な園芸部が屋根つきの休憩所を中心にして見事な花壇を完成させていた。今の見頃はパンジー。まるで蝶が舞うような姿をそこかしこで咲き乱れている。ただでさえ美しいその花をさらに際立たせているのが、昨日までは憎いとまで思っていた雨の粒だった。災い転じて福と成すといったところだろうか。

 「ここには3色しかないんだけど……あたしには虹のように見える。このパンジー」
 「さっきはよくあたしのこと芸術家って言いましたね。今の美菜さんも同じですよ」
 「あれっ、もしかして詩人?」
 「芸術家、でしょ?」

 美菜が「ああ!」と手を一度叩くと、ゆ〜なは素直に笑った。
 そして誰もいない中央のベンチに陣取り、さっそくふたり揃って下書きを始める。自分の目から見える風景をダイレクトに描く美菜と、目の前に広がる現実と無限に広がる空想を織り交ぜながら夢のような世界を描くゆ〜な。ふたりはしっかりと描くことに集中してはいたものの、たまに一息入れるついでとばかりにお隣さんの進み具合を横目で伺う。そしてお互いがお互いに触発されながら、自分の作品のイメージを固めていくのだった。この様子を端から見ていると、なかなか面白い光景である。
 その視線が偶然にして一緒になった時、ふたりはなぜか堰を切ったように話し始めた。こういった作業では間を取るのが難しい。どうやらお互いに相手の作品に対して思うところがあったらしいが、今の今まで感想を言うのをためらっていたようだ。

 「ゆ〜な、あたしが言ったとおりに虹のように描いてる〜! 雨粒が花にない色を見せてくれるんだ……上手だね!」
 「美菜さんだって花びらの色合いとかを考えながら、ひとつずつ丁寧に描いてるじゃないですか」
 「ね、ね。もしこれが完成したら、一緒に見せ合いっこしよっか?!」
 「だったら、あたしも思ったように描けるように努力します。今日の記念になるような絵を、ね」
 「楽しみだなぁ〜、ゆ〜なの絵!」

 見た目も性格も、感性も違うこのふたり。いつもこんな感じで学園生活を楽しんでいる。優名は思った。もしも今日が雨でも、きっと美菜と楽しく過ごせただろうと。でも今日が晴れだったから、晴れの日の楽しさを満喫できている。寮の前で彼女を待っていたあの時に思ったことは、もしかしたら本当だったのかもしれない。美菜は太陽を連れてきた、無邪気な神様だったのかも……

PCシチュエーションノベル(シングル) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年07月18日

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